チャプター47
〜コッペパン通り 竜の紅玉亭前〜
「いま、一体何が……」
フランツの体は、いつの間にか地面に打ち付けられ、視界一面には昼下がりの空が広がっていた。槍の穂先をキャッチされたところまではしっかりと覚えている。しかし、気づいた時にはこのような形で地に伏していた。指先でつまんだ状態では、まともに攻撃転じることは難しいはずだ。押しても引いてもびくともしなかったのも驚きだったが、その体勢のままこのような行動に出たことは、二重の驚きだった。
「槍ごとぐるんって回してみたんだけど、どうかな」
「えぇ〜、これで終わり〜?」
「ちょっと地味じゃない? 俺たち、もっと派手な戦いを期待してたんだけど。だって、さっきの殿下の攻撃、見たでしょ? まさかこの粗末な槍であんな鋭い攻撃を出してくるなんて、思わないじゃない。それなのに!」
まるで見世物か何かとでも思っているのか、二人は口々に不満を垂れている。それに同調してか、周囲のギャラリーも残念そうな顔をしている。ギャラリーたちのほとんどは、見知った顔だ。おそらく、ご近所さんとして信じることにしたエルリッヒの正体について、具体的な確信が欲しいのかもしれない。もちろん、見世物として楽しみたい、という思いも大きいのだろうが。
「二人とも、そういうことを言ったらダメだよ。これは半分僕のわがままみたいなものなんだから」
起き上がったフランツが二人をたしなめる。こうして、自分にも非があるという言い方をしてくれるあたり、できた王子である。
保身のために言い訳を繰り返すような為政者の話も数多聞いてきたエルリッヒには、清廉潔白すぎて眩しく見えた。しかし、今はその清廉さに乗るしかない。
「ですって。それに、そんな道楽みたいなノリで通りをめちゃくちゃにしていいんですか? そりゃあ、もっと本気を出せばどうにでもできますけど」
「エルちゃ〜ん、そこの兵士の二人は納得してないみたいだぜ〜? 何か見せてやったらどうだい?」
「そうそう! わたしたちもエルちゃんがすごいっていうところ、見たいし!」
こんな話に乗っかるのは男どもだけだと思ったら、女性陣まで一緒になっている。ご近所というだけなら突っぱねようという気になったが、同性のよしみもあり、女性陣に後押しされては、なんとも断りにくい。
「う〜ん、そう言われたら断りにくいなぁ。他のみんなは?」
周囲を見回すと、10人を越えようかという観衆が楽しそうにこちらを見て、口々に「期待してるよ!」と声をかけてくる。これが不穏な色のない、試合のようなものだということも十分に伝わっているのだろう。要は、フランツが王子だとバレなければいいだけだ。それは、自分たちの行動一つでどうにでもできる。
フランツに耳打ちをして、そのことだけは伝える。
「僕が王子だとばれなければいいんだね。気をつけるよ。それで、何をするのかな」
「それは、今から考えます。そこの二人も、何かアイディアを出してください。私の力を示すことができて、街に被害を出さないで済む方法を」
「えぇ〜? 俺たちが? それはちょっとめんどくさいな〜」
「でも、周囲の目が痛いんだよな。何か考えないとダメなやつ?」
思えば、未だにこの二人のことを紹介してもらっていない。今の鎧姿も似合わないし、王子の護衛とみられる立場から行っても、一般の兵士だとは思えない。だから、少なくとも平民や貧乏貴族以上の貴族なのだろうが、それにしても、である。
(この軽いノリ。貴族の御曹司さまってみんなこんなのかねぇ……)
ノリが軽かろうと穏やかだろうと、実のところどうでもいいのだが、ゲートムントたちと同世代の貴族というのはほとんど交流がないため、少し新鮮だった。
偉そうでもなければ肩肘を張っているでもないので、接する上ではありがたいことこの上ないのだが。
「街やみんなに被害がなければ何でもいいですよ? や、あんまり変なことだったら拒否しますけど。一応言っておきますと、本気を出せば、そこの城壁に風穴を空けるくらいのことはできますんで、その辺はよろしく」
「それ、本当に?」
「こえー。信じたくないね。信じたくないけど、陛下や殿下が信じるからには、本当なんだろうな。そりゃ確かに、城壁を破壊したらどこの魔物に攻められるかわかったもんじゃないよな」
それを踏まえて、二人は考える。頭の普段使わないような箇所をフル稼働させなければならないため、困難を極めている。しまいには、路上に座り込み、腕組みまでして考え込んでしまった。
ここまでされてしまうと、少し気の毒になってくる。あんまり待たせてギャラリーのみんなが興醒めしてしまっても逆効果だ。先ほどのフランツとの模擬戦では、怪我をさせまいとするあまり一瞬で終わらせてしまったが、これでは確かに納得しづらいかもしれない。
もう少し、目に見える形で見せてあげなくては。
「そうだ! その腰に提げてる件で薪割りをしてみせるっていうのはどう? 薪はたくさんあるし、そのうち必ず必要になるから困ることはないし。それか、二人がかりで挑んでくる模擬戦とか」
「その二つだったら、俺は模擬戦がいいなぁ」
「俺も。薪割りって、地味じゃね? いいアイディアも浮かばないしな。結局それかって感じはするけど、わかりやすいし、みんなも楽しんでくれそうだもんな。俺たちも、その方が実感できるだろうし」
シンプルイズベスト。まさにそんな結論がもたらされた。確かに、通りや城壁を壊すわけにもいかず、みんなが楽しめて、この二人にも強さが理解できる。それを考えれば、模擬戦が一番いい選択肢だろう。
「わかりました。じゃ、それで。でも、また素手だと面白くないし、ちょっと武器を使いますね」
「そりゃあもちろんいいけど、何を使うんだ?」
「殿……っとと、フランツ、知ってますか?」
子爵は「殿下」と言いかけてギリギリで踏みとどまった。ギャラリーに素性がバレてはまずいという判断は共通していた。もしバレようものなら、大騒ぎになってしまう、この鎧がある程度身分をごまかしてくれるが、「お忍びで出かけている貴族の息子」くらいに思わせておかなくてはならない。
幸いにも、フランツがエルリッヒの知り合いというのは態度で伝わっているらしく、そこまで詮索はされないだろうが、要注意ではあった。
「いや、僕も詳しくは。確か、フライパンを使うとだけ」
「あぁ、フライパンは使いませんよ? 3人とも、いまさっき私がフライパンを洗ってたの、ご覧になってますよね? せっかく後片付けが終わったんですから、夜の営業までに汚すような真似をするわけないじゃないですかー。今から使うのは、別の武器ですよ。特別の特別、ちょう大サービスですからね!」
笑顔でそう言うと、指先で印を組み、力を込める。次第に足元に漆黒の空間が広がっていく。まさに秘蔵っ子、竜殺しの剣の召喚だ。
「な、何だこれ……」
「地面から何か出てきたぞ!」
「これは、剣?」
まるで地の底から呼び出したような漆黒の長剣を、しっかと握る。剣術自体は一度も習ったことがないので、構えのようなものもなく、ただ手にしているだけだ。それでも、二人は威圧感を覚えていた。
二人もやりではなく腰の剣を抜くと、数歩離れて構える。こちらは、騎士団仕込みのしっかりとした剣術を修めており、簡素な武具でも様になっていた。
「そんな武器を隠していたんだね。見てるだけで吸い込まれそうだよ」
「普段できるだけ使わないようにしてますし、今日は特別ですよ? もちろん、怪我はさせないようにしますから」
「俺たち二人を相手にそんなことを言う余裕があるなんて、よっぽどなのかな。でも、その方が面白いか」
こうして、第二回戦の火蓋は切って落とされようとしていた。
〜つづく〜




