チャプター46
〜コッペパン通り 竜の紅玉亭前〜
うっかり口にしてしまった提案により、その実力の一端を見せることになってしまったエルリッヒ。何をするかも決めないまま、店の外に出た。通りであれば、とりあえず店の中よりは動きやすい。
「それで、何をしたら信じてくれますか?」
「ごめん、そこまでは考えてなかったよ。どうしようか」
「街を破壊して見せてもらうわけにもいきませんしね」
「じゃあ、殿下と模擬戦なんてどうですか? ぶっちゃけ、殿下は俺たちより強いですよね?」
騎士団に属している「兵士」より上に位置している者なら、誰しも一度くらいは「鎧姿のフランツ」と対面したことがある。王子という立場で、騎士団のイベントごとなどでは挨拶をすることも多いからだ。
騎士団員という立場に真剣でない者からすれば、装飾や翻るマントの美しさに目を奪われるだけだろうが、真面目に研鑽を積んでいる団員が見れば、豪奢なだけではない鎧の頑丈さにも目がいくはずだった。その頑丈さはエルリッヒが見抜いた通り、「得体の知れない特殊な金属」でできているだけではなく、「厚み、重量」もあって初めて成立するものだ。それを軽々と着こなすため、普段から鍛錬を怠っていないことも自然と伝わってくる。
であれば、それだけの鎧を着るために積まれた努力が、そのためだけに費やされているはずがないということも、自然の流れだった。
「そもそも、殿下はあの鎧だけじゃなくて、王家の剣術も修めてますしね。それに、この鎧を着た時、軽くて不安って思いましたよね? 一般の兵士は、この軽装でも初めは重くて苦労してるんです」
「ちょっとちょっと、そんなに持ち上げても僕にはまだ何の権限もないんだよ? 君たちの爵位を引き上げてやることも、騎士団の中で出世させてあげることも、今の僕にはできないんだから、そんなにおだてなくてもいいよ」
「殿下、俺たちは本心から言ってるんです。それに、出世したかったら自力で頑張りますって。といっても、貧乏貴族ほどお金に困らず、大貴族ほど堅苦しくない今の立場も、なかなかに居心地はいいですけどね」
子爵と男爵は、案外とその「下級貴族」の立場を満喫していた。無理に出世を求めず、かといって代々の稼業である騎士団での役割は全うする。平時には大きく評価されることもないが、一方では騎士団の維持にはその役職に誰かが就任していないと困る。そんな程よい立場が彼らの領分だった。
とはいえ、急に時勢は変わってしまった。本人たちの否応なくその働きが評価され、何かしらの出世をする可能性もなくはないのだが。
「……そうか、わかったよ。それじゃあ、二人が評価してくれたということで、ありがたく受け止めておくよ。でも、エルさん、こんな野蛮な方法で大丈夫? もっといい方法があれば、僕はそちらで全然構わないよ?」
「あれこれ考えても、そうそういいアイディアって出るもんじゃないんですよ。なかなか出てこないからいいアイディアなわけですしね。それに、お腹も空いてるんで、早く終わらせたいなぁ、と。だったら、手合わせするのもいいんじゃないかと思えてきまして。さすがに王子様と戦うなんて想定してなかったからびっくりですけど、できるだけ怪我をさせないようにしますからね! というか、怪我なんかさせたら、良くて死罪……ひぃぃぃ!!」
幸いなことに、死罪にでもなろうものなら全力で脱出すればどうにでもなるし、迷惑をかける一族郎党もいない。だが、万が一にもこの通りのみんなに迷惑をかけたらと思うと、迂闊に死罪になるわけにもいかないのだった。
何としてでも無事に終わらせなければ。
「怪我をさせず、頑張って戦いますから!」
「大丈夫大丈夫。僕に何かあっても、エルさんに罪が及ぶようなことはないから」
フランツの屈託のない笑顔が優しく包む。きっと、もしものことがあっても全力でかばってくれるつもりなのだろう。それでも、それならばなおのこと怪我をさせるわけにはいかなかった。その気持ちには報いなければならない。
「それじゃあ、どうしましょうか。このまま戦いますか?」
「そうだね。せっかくだし、この槍で戦ってみるよ。兵士たちの気持ちも知りたいし。それでいいかな」
槍で襲ってくるということなら、これは一興だ。先日ゲートムントと戦ったばかりだ。その比較も面白い。なんだかんだとこのようなことにワクワクするのは性分のようだ。
「私は構いませんが、王子様、その、王家の剣術とやらに槍術は入ってるんですか?」
「槍術はないね。でも、僕は兵士たちの気持ちを少しでも理解したいんだよ。兵士たちの中には民間出身者も多いからね。槍術どころか付け焼き刃の者ばかりだ。それなら、同じだよ。それでいいんだ」
こんなことで強さを証明する模擬戦になるのだろうかとも思うが、強大な相手と戦うというシチュエーションであれば、まさにぴったりなのかもしれない。
「さて、あんまり立ち話してもなんだしね。始めましょうか」
「そうだね」
フランツは少し後ずさりして間合いを取ると、槍を構えた。王家の剣術には槍の扱いは含まれていないと言っていたが、その構えはなかなか堂に入っている。そして、いつになく真剣な表情に、ただならぬ気迫を感じた。もしかしたら、この装備での立ち居振る舞いだけでなく、魔物と相対した時の兵士の気持ちを知りたいのかもしれない。
対するエルリッヒはというと、さすがにフライパンや竜殺しの剣で応戦するわけにもいかない。素手で戦うことにした。槍のリーチは本来一方的に有利になる場面も多いが、なんとでもなるだろう。
それよりも、ギャラリーが集まりつつあることの方が問題だった。
(さすがに、王子様だってバレたらまずいよね。バレないうちにカタを付けなきゃ!)
固く拳を握り、こちらもフランツを見据えた。
「それじゃあ、いつでもどうぞ!」
号令がかかるや否や、フランツは一瞬にして間合いを詰めてきた。槍のリーチの活かせる距離まで近づくと、そのまま激しい突きを繰り出してくる。
これが普段重たい鎧を着て鍛えられた肉体の出す速度か。槍の心得はないようなことを言っていたが、十分ではないか。もしかしたら、「王家の剣術に槍術は含まれない」というのはただの謙遜ではないのか。正直、これだけの身のこなしで攻撃が繰り出せるのであれば、この装備でも十分に渡り合える。
(もっとも、魔物たちの体にの槍が通るかは別なんだけど……)
エルリッヒはここでも回避に徹していた。防戦一方と見ることもできるが、フランツはさすがにそれほど楽観視はしていなかった。攻撃の隙を伺っての回避ではないかと見ていた。
もちろん、もしこの攻撃が当たってしまえば、それはそれで怪我をさせかねないのでどうしても遠慮してしまう部分はあるが、エルリッヒの力を信じていない二人にそれを知らしめるためには、多少なりとも本気にならなければならなかった。それが、模擬戦という形式を取ったことへの礼でもある。
「さすがに素早い!」
「それはお互い様ですよ! まさか、ここまでだとは思いませんでした!」
当たれば怪我をする距離での素早い攻撃。それを、こちらも恐ろしいほどの速度で避けていく。その攻防だけで、二人はもちろん観客たちも言葉が出なくなっていた。
「でも、これは私の力をお見せする場でしたよね! ですから、こうです!」
「なっ!」
それまでずっと回避を続けていたが、おもむろに左手の人差し指と中指を顔の前に立てると、その二本の指で穂先を挟んで見せた。もう、押しても引いてもフランツにはどうす事も出来なかった。
「それっ!」
「っ!」
次の瞬間、フランツは宙を舞っていた。
〜つづく〜




