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竜の翼ははためかない9 〜竜王伝説〜  作者: 藤原水希
第八章 それぞれの思い、それぞれの思惑
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チャプター45

〜竜の紅玉亭〜



「あのー」

 みんなにスペシャルメニューの「特製牛肉の赤ワイン煮こみ」を配膳し終えると、隅っこで座っている兵士たち三人に声をかけてみた。

 兵士が食事に来ることは珍しいし、不穏な用事は勘弁だ。

「お客さんですか? それとも、食事に来たんですか?」

「あ、えっと、そう、食事に。食事にね」

 兵士の一人が戸惑いがちに答えてくれた。やはり、兵士が食事に来るとは珍しい。お客様ということであればありがたいことだが、どういう風の吹き回しだろうか。

「申し訳ありませんが、お客様ということであればその笠を脱いで頂けませんか? お城の兵士が来ると、他のみんなが萎縮しちゃうんで」

「あ、ごめん、そうだね。食事中の脱帽はマナーの基本だったね。ごめんごめん。さ、二人も笠を脱いで」

 一人が笠を脱ぎ、それに合わせて他の二人も笠を脱ぐ。すると、二人は知らない顔だったが、もう一人の顔に呼吸が止まりそうになる。

「っ!!」

 トレイを胸に抱いたまま、大きく目を見開いて口をパクパクさせてしまう。

(お、お、お、王子様!)

「な、なんでこんなところにいるんですか! しかも、こんな格好で!」

 努めて小声で問い詰める。まさか、一国の王子であるフランツが、お付きの者を従えているとはいえ、こんな格好でここまでやってくるとは、想定外もいいところだった。

 お付きの二人もどうやら貴族出身者らしい。ちょっとした所作や面差しでわかる。これは一体どういう道楽だろうか。本当に食事に来ただけなのだろうか。悪趣味な遊びでなければいいのだが。

「とりあえず、詳しいことは後で聞きます。ご注文は?」

「え? ああ、注文。そうだね、えっと、何があるのかな。オススメは?」

 この三人、どうやらこう言う店にはほとんど来たことがないらしい。お城暮らしのフランツはもちろん、お付きの二人も貴族だというのだから、庶民の生活と縁が遠いのも無理はない。

 だとすると、やはり冷やかしの類だろうか。

「とりあえず、オススメでいいですか?」

「うん、それで頼むよ。ごめんね、こう言ったお店に入った経験が全然なくて」

「あ、俺もオススメで」

「それが良さそうだね。困らせてもいけないし」

 二人もフランツの注文に倣う。メニュー表はあるのだが、こういうとき、悩むよりオススメのメニューを頼んだ方が手堅いというのは定石で、たまたまだろうが、その流れに沿うことになったようだ。

 だが、事情はどうあれこう思うのも無理はなかった。

(お、この人気遣ってくれた)

 「それじゃ、オススメ三人分ですね。少しお待ちください」

 今日のオススメは何しろ煮込み料理、すぐに用意ができる。あまり優先させると他のお客さんに悪いので、さじ加減は見なくてはならないが、これほど気を使う客もいない。

「お〜い、エルちゃん!」

「あ、はーい!」

 今度はカウンター席から声をかけられる。

「ユルゲンさん、どうしましたか?」

「どうもこうもねぇよ……」

 そうして、馴染み客のユルゲンは小声で耳打ちしてくる。

「あの兵士たち、大丈夫なのか? また厄介ごとに巻き込まれたんじゃないかって心配でよ」

「あはは〜、ありがとうございます。私も同じことを考えて確認しに行ったんですけど、ただ食事に来ただけみたいでした。本当、心臓に悪いですよね。さっきも、一瞬息が止まるかと思いましたもん」

 本当は別の理由なのだが、ここでは一緒くたにしてしまっても問題はなかろう。心臓が止まりそうになったのは事実なのだ。それにしても、わざわざ心配して声をかけてくれることなんて、なんと有り難いことだろうか。

 こうして、街のみんなに支えられているんだと思うと、ふっと胸の内が暖かくなる。

「でも、心配してくれてありがとうございます。ほんと、みんなに生かされてるなーって思いますよ」

「何言ってんだ。それを言うなら俺たちの方こそ食生活を支えられてるよ。ここがなくなったらと思うと、考えたくもないよ。前まで飯をどうしてたのかも思い出せないくらいだからね」

 ユルゲンはにっかりと歯を見せて笑ってくれた。その笑顔に持ちつ持たれつ、なんだろうな、と思った。少なくとも、相手がそう思ってくれているのなら、それだけ貢献できているという自負はしてもいいのかもしれない。

「そんな風に言ってくれて、ありがとうございます。っとと、あんまりしゃべってたら怒られちゃう。戻りますね」

「おう!」

 そうして厨房に戻る。鍋の火加減を確認する地、野菜をかごから取り出して、まな板の上で盛大に刻み始める。

「さーて、次の料理に入りますかね!」




〜竜の紅玉亭・昼下がり〜



 昼の営業が終わり、片づけを作業をしている。カウンターには、この場に似つかわしくない兵士が三人。フランツたちには、話を聞くために食後も帰らず残ってもらった。

 本当に食事したいだけでわざわざ街の南端にあるこの通りまで来たのか。それとも、何か他に目的があるのか。他に目的があるとしたら、なんなのか。それを確認しなくては。

 エルリッヒを驚かせた罪は重い。

「よし、こんなもんかな。んー、お昼ご飯は後でもいいか。話を手短に済ませちゃえば」

 本当なら、掃除などを所在なくカウンターで座っている三人に手伝ってもらいたいところだが、今の所は「お昼ご飯を食べに来てくれたお客様」に他ならず、まして王子様とお付きのお貴族様に手伝ってもらうなど、後からどんな禍根を残すかもわからない。

 やむなくいつも通り一人で片付けを遂行すると、厨房からカウンターの三人に話しかけた。

「で? 王子様は何か用があってここまで来たんですか? それとも、本当に食事をしに来ただけなんですか?」

「この二人を紹介しようと思って連れてきたんだ。今回の件では、彼らの働きがなかったらここまでスムーズには進まなかったからね」

 懸案だった装備品の購入は、フォルクローレの作る特製のインゴットで鉄よりも軽くて丈夫な金属が使われる。そして、今はそのインゴットの調合とお城での細かい装備品の設計が同時に行われている。ここまでの情報がフォルクローレから伝えられていた。

 もう自分の関与度合いはかなり低くなっているのに、わざわざ教えに来てくれたのだ。ありがたいものである。

「んー、そのお二人をわざわざ紹介してくれるのはどうしてなんですか? この街に知ってる人が増えるのは嬉しいことですけど、今回の件で私が関われることはもうないと思いますけど」

「それはそうなんだけどね、この二人はエルさんがあの時街を救ってくれたドラゴンだって信じてないみたいなんだ! だから、直接会って話をすれば信じてくれるようになると思ってね! 二人とも、どう?」

「いや、どうと言われましても。もっとこう、女戦士のような屈強な女性なのかと思いましたが、あまりにも普通のなので、むしろ信じられなくなっているんですが……」

「俺も同じです。まさか、こんなに可愛い子だっただなんて。この子が街を救ったって言われて、誰が信じるんですか? 少なくとも、俺の方が強いようにしか見えませんけど」

 これまでに何度か繰り返されてきたやり取りだ。それはそうだろう。エルリッヒが人智を超える力を発揮できるのは、人でないからに他ならない。料理人として培った腕力は別にしても、それ以外は今のこの姿とは別軸で存在しているものだからだ。そういう自覚があるからこそ、面倒でもあり、諦め半分でもあった。

「またこのやりとりをすることになるとは思いませんでしたよ。それじゃあ、何か人じゃない証拠みたいなのを、見せますか?」

 そう言ったエルリッヒの表情は、少し寂しそうだった。




〜つづく〜

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