チャプター44
〜中央通り〜
兵士の装備に身を包んだ三人は、中央通りを南のコッペパン通りに向かい、ぎこちなく歩いていた。慣れない装備に身を包んでいることもあるが、何よりお忍びでこのような格好をしていることで、誰かに見咎められやしないかというドキドキが大きかった。
「み、見つからないかな……」
「そうですね。少し心配ですね」
「とりあえず、もっともらしくみせるためにも堂々と歩きましょう……」
おどおどしていたのでは、誰からも怪しまれてしまう。まずは兵士らしく堂々としていなければ。そう考えれば、むしろ不自然な所作をしていたことに思い至る。
三人は努めてしっかりと歩くことにした。
☆☆☆
「それにしても、兵士のみんなは、こんなに粗末な装備を支給されていたんだね。もちろん知ってはいるつもりだったけど、いざこうして自分で直接身につけてみると、それを実感するよ」
「本当ですね。動きやすさはもちろん重要ですけど、それを踏まえても軽装ですし、鎧としても簡素で守りも柔らかそうで。これじゃあ守るものも守れません。この笠も、兜に比べてあまりにも……」
「それを言えば、この槍だって同じですよ。人間相手にはリーチで有利ですけど、魔物はそもそも奇想天外な攻撃を繰り出してきますからね。それに、任意で装備することができるこの剣も、何の変哲も無い市販品ですからね。本当に、どういう基準でこれらが支給されているのか……」
三人とも、騎士団で支給される装備品の遍歴までは調べたことが無い。だから、いつ、誰の発案でこの装備品を支給することになり、いつの国王がそれを認可したのか。少なくとも、最終決定を下したのはフランツの先祖であることは間違いないので、なんだか申し訳ない気持ちになる。
「おそらく、前に魔王が倒された後、もう平和だからって経費削減も兼ねてどこかで発議されたんだろうね。確かに、ちょっとした泥棒を捕まえるのには十分だよ。前にどんなものを身につけていたのかっていう情報と一緒に、どこかに資料が残ってるといいんだけどね」
「それはやぶへびってもんじゃありませんか? もしかしたら、その時の功績でのし上がった人がいるかもしれないんですから。今になって糾弾されちゃあたまらないでしょう」
「それは言えてるな。今頃、慌てて当時の資料を燃やしてるかもしれないよな。とはいえ殿下、俺たちは偶然とはいえこの装備を着ることで、兵士たちの実情を肌で感じることができたんです。これは大きな収穫ですね」
鎧のあまりの軽さに、まるで防具を何も身につけていないんじゃないかという居心地の悪さを感じつつ、フランツは二人に会釈を送った。
「本当だね。これは、偶然と神に感謝、かな」
「ですね」
「おっと、外門が見えてきましたね。コッペパン通りはそこを右でしたっけ」
本物の兵士に見つからないよう気をつけながら、角を曲がりコッペパン通りに入る。通りには他にも数件の食堂があるため、通り一帯からいい匂いが漂ってきており、これにはすっかりやられてしまった。気をつけないと、空腹で倒れてしまうかもしれない。
一刻も早く、目的の店に行かなくては。
この辺りの事情は、王侯貴族も庶民も変わらないのだ。
「それで? そのエルさんとやらがやっているお店というのはどれなんですか?」
「俺たち、殿下がご存知と思って何の情報もなく来たんですけど……」
「そ、そうだったね。えーと、どこかな?」
フランツの受け答えはとても頼りない。実のところ、彼は店が「竜の紅玉亭」という名前であることも、その詳細な所在地も、把握していなかった。
しかし、連れ出してきた手前弱音は吐けない。ここは素直に道行く人に教えてもらうのが一番だと判断した。
「よし、あの人に訊こう。すみませ〜ん」
歩いていた若い男性に声をかける。
「は、はい……なんでしょう」
男性は突如三人組の兵士に声をかけられ、身構えながら応対する。何も悪いことはしていないし、声をかけてきた兵士の物腰も威圧的ではない。それでも、兵士三人という存在がとても大きくのしかかる。
「えっと、ちょっと尋ねたいんですが、この通りにエルリッヒさんという女性が住んでいますよね。その場所を知りたいんですが……」
「え? あ、ああ、エルちゃんに用ですか。それなら……」
コッペパン通りに暮らす者で彼女のことを知らぬ者はいない。だが、ここまで答えて、はたと気づく。彼女はこれまで何度か兵士にお城まで連行されているのだ。もしかしたら、今回もそういう物々しい用件かもしれない。もちろん、後で聞く限りそれらは全てちゃんとした用件であったり濡れ衣であったりしたようなのだが、今回もそうだとは限らない。かといって、事前に用件を確認することも、恐ろしくてできない。
魔物相手には荷が勝ちすぎる手にした槍と腰に提げた剣でも、一般市民からしてみたら、まさに力の象徴に他ならないのだ。楯突くような真似は、恐ろしくてできない。
「じゃ、じゃあ、案内しますんで、ついてきてください」
「ありがとう。助かるよ」
居場所を知らないのも、ここまで気さくなのも、妙に不自然だとは思いつつ、男は三人を連れ、一路竜の紅玉亭へと向かった。
〜竜の紅玉亭〜
竜の紅玉亭は今日も賑わっていた。嬉しいことに、これが繰り返される日々なのだ。いつもいつも来てくれる近所のみんなには感謝してもしきれないし、美味しい美味しいと言って食べてくれることも、本当に嬉しくてありがたくて、お礼を言っても言い切れない。
いつもそんなことを思いながら働いていた。今も、赤ワインのボトルを運びながら、店内に入る来客全員に感謝の思いを抱いていた。
「はーい、ディンケルさんローゼンマリーのボトルお待ちどう。て、昼間っから飲んでていいんですか?」
「今日は、午前中大口の仕事を納品してきたんだよ。今日はもうこれで店じまいってわけさ。昼間に飲む酒ほど美味いものはないよ」
あまり飲みすぎないよう、そして営業時間は延長しないから、と釘を刺し、再び厨房に戻る。厨房では、煮込んでいた牛肉がスパイスの香りと相まってとてもおいしそうな湯気を上げていた。
スパイスは高級品も多いが、中には気軽に使えるものもある。本当なら、もっと多くの種類を国内で栽培できたらいいのにと思うのだが、土壌や気候の影響が大きいため、国外から仕入れざるをえないものが大半なのが実情だった。だから、こうして国内で簡単に調達できる幾つかのものには、本当に助けられている。
「よし、こんなもんかな」
少しだけ味見をすると、器によそっていく。あとは、それぞれのテーブルに運ぶだけだ。今日はいいお肉が少し安く仕入れられたので、これはスペシャルメニューだった。
「はーい、お待たせ〜!」
その掛け声に、多くの客が沸き立つ。こういう反応が返ってくると、本当に嬉しい。これが作りがいというやつだろう。この仕事の醍醐味とも言える。
そんなことを思いながらトレイに器を乗せていると、店の扉が開いた。また、新たな来客のようだ。
「いらっしゃいませ〜! 空いてるお席にどうぞ〜!」
声をかけた直後、その来客の顔を見て、凍りついた。
(っ!! お城の、兵士? まさかまた何か呼び出し? めんどくさいなー)
笠を被っていて顔は見えないが、兵士が三人。確かに空いてる席に三人仲良く着席し、何やら談笑しているようだったが、客と断定するにはまだ早かった。
「あの、エルちゃん」
「へ? あ、ヨハンさん。ヨハンさんも一緒だったんですね」
声をかけてきたのは、近所に住む青年、ヨハンだった。兵士三人に気を取られていて気づかなかった。
「あのさ、あの三人を連れてきたの、俺なんだよ。なんか、事情があるみたいだよ?」
「へ、事情? 呼び出しじゃないんですか? それならいいんだけど……」
どことなく嫌な予感のするエルリッヒは、仕方なく腹をくくることにした。
〜つづく〜




