チャプター43
〜職人通り フォルクローレのアトリエ〜
「よっし、始めますか!」
フォルクローレは錬金釜の前で腕まくりをして、脇に積まれた大量の鉱石と向き合った。鍛冶屋総出の採掘ツアーは、なんとか一人の死者も出すことなく終わることができた。残念ながら、幾つかの採取地では戦闘を避けることができず、兵士や親方、徒弟たちにけが人が出てしまったが、戦闘自体は想定の範囲内だったので、持たせていた薬が役に立ち、大事には至らなかった。そんな経験を踏まえながらも、親方たちも徒弟たちも楽しそうに帰ってきてくれたのは、本当に幸いなことだった。
そして、この採取旅で当事者である兵士たちはもちろん、鍛冶屋のみんなも、「兵士の武装は強化したほうがいい」ということを肌で感じたらしかった。単なる護衛としてではなく、そういう意味も含めての騎士団からの派遣だったのかもしれないと思うと、フランツたちの采配には少しばかり唸ってしまう。
もちろん、そんなことは考えておらず、結果的にそうなっただけという可能性もあるのだが。
「さてー、さてさて〜? 素材の内訳は大丈夫かな〜?」
親方たちは、自慢の目利きでフォルクローレが教えた通りに集めてきた、と言っているが、まずは黒い鉱石が山と積まれているだけなので、選別して釜に投入しなくてはならない。
素人から見たら全て同じに見えるこの鉱石が、最低でも三種類のものが混じっているというのは、まさに錬金術士としての腕の見せどころだった。
今回は大量に作らなければならない。時間がかかるし体力もいる。失敗したらせっかくの素材が無駄になる。だから、こちら側で用意する他の素材の調合をしながらも、いつも以上に体調管理に気を配ってこの日に臨んでいた。
「それじゃ、まずは一個作ってみようかな」
今更練習でもないが、一個から作ってみることにした。黒山をかき分け、三つの鉱石を見つけ出すと、それを雑に放り込んでいく。
雑と言っても手に持った感覚で重量は把握しているため、概ね規定値を外れることはない。このあたりの鉱石は、地質的にも採取地を問わず含有量、純度は似たり寄ったりなのだ。ただ、鉱石としての分布量が違うだけで。だから、自分の感覚で手に取れば、それで大体はわかる。
これも全て、この街の錬金術士として働いてきた成果だ。
「じゃあ、あとは中和剤を入れて、と」
フラスコになみなみと満たされた赤い液体を少したらすと、それまでお湯が煮立っているようにしか見えなかった錬金釜の中が輝き出す。ここからが、本格的な腕の見せどころだ。
「よし、ぐ〜るぐ〜るぐ〜るぐ〜る」
のんきな声を出しながら、杖で釜をかき混ぜる。このさじ加減が品質を左右するので、各錬金術士たちの数字や知識では計れない実力のバロメーターになっている。当然、フォルクローレはこの街唯一の錬金術士として、徐々に向上している周囲の期待に恥じない「ぐるぐるテクニック」を磨いてきたつもりだった。
一通り中をかき混ぜ終えると、あとは翌日まで、適当なタイミングで釜をかき混ぜてやるだけで完成だ。素材としてはそこまで高度なものでもないので、調合難度は低めで、所要日数もさほど必要ではなかった。
間違いなく、最初の一個は綺麗に成功するだろう。問題は、ここから先だ。
「……何しろ、数が多いからなぁ」
一度に調合できる数は限られているから、よく考えて作業しないといけない。作業全体での体調管理などもしっかりと考えないと倒れてしまう。
錬金術士としては、思いの外やりがいのある以来になりそうだった。
「よーし、がんばるぞ〜!」
誰が見ているわけでもないが、大きく拳を突き上げ、気合いを入れるのだった。
〜王城 騎士団詰所〜
騎士団の詰所では、フランツたち三人が話をしていた。ここまでくれば、三人にできることは少ない。だから、今後の相談というよりは、半ば思い出話のような内容に花が咲いていた。
「錬金術士殿は今日から金属の作成に取り掛かるそうです。なんとか、ここまで来ましたね」
「一時は何をどうしたらいいかもわからなかったけど、二人のおかげでここまでこられたよ。ありがとう」
「滅相も無い! 俺たちはできることをしたまでです。それに、殿下の機転あってのことですよ。もちろん、街のみんなの頑張りもありますけどね」
子爵はテーブルの上に置かれたティーカップに口をつけ、視線を遠くに向ける。そこには、予備の鎧が立てかけてある。それを見て、一瞬眉根を寄せる。
「そういえば、採掘から帰ってきた兵士たちですが、やっぱりけが人が出てしまいましたね。皆、口々に魔物が強くなってるとこぼしていました」
「やっぱりな。殿下、俺たち三人は途中からしか関わってませんが、やっぱりこの話は正解でしたね」
「ああ、本当にね。今の装備のまま次の戦いに送り出していたらと思うと、ゾッとするよ。もちろん、次の侵攻がいつ訪れるかはわからないけどね」
二度目の侵攻以来、城では監視を強化するべく、城壁だけでなく、城の四隅にある尖塔からも見張りを行うことにした。平和な時代には不要ということで、これまでの100年間は人を置かずにいたが、より遠くからの襲来に備え、ここにも兵士を配置することにしたのだ。
こんな小さなことでも、世情が確実に物々しい方向に向かっていることを実感させられる。
「前回の襲来では、指揮官が突如現れた謎のドラゴンに倒された。それを踏まえて、魔王軍も慎重になってくれるといいけど……」
「ですねぇ。ただ、たまたま通りがかった野生のドラゴンが一方的に襲ってきた、なんていう考え方もできますし、じゃあもっと強い奴を差し向けようって考えることもできますよね」
「そこなんだよなー。殿下も、楽観視できないんじゃないですか? 俺たちは日々できることをするしかありませんが、抑止になってくれていたら、本当にいいですよね」
せめて、装備品の強化政策が終了するまでは、平和であってほしい。それが三人の願いだった。
「ところで殿下、こんなところで油を売っていていいんですか?」
「あー、今頃はフォルケン先生はカンカンだろうね。でも、いつものことだから。そうだ、二人もエルさんに会ってみたくはないかい? よかったら、この後お昼をどうかな」
「殿下、またよからぬ企みをしてますね? でも、乗り掛かった船です、お付き合いしましょう」
二人の腰はずいぶん軽くなった。もともとさほど爵位の高くない二人は比較的自由に市中に出歩いていたが、それに輪をかけて、この、お忍びでどこへでも行ってしまう王子様に感化されていった。
もともと、二人の職務は毎日忙しいというほどでもないため、昼時に出かけるくらいのことをしてもバチは当たらない。とはいえ、コッペパン通りは街の南端、城から出かけるのには若干遠い。
「確か、噂の彼女はコッペパン通りでしたよね。行ったことはありませんが、南端にあるのは知ってますよ。行くなら急ぎませんと」
「そうか、そうだね。あと、できるだけ目立たない格好がいい。どうしよう」
「それじゃあ、三人揃って見回りの兵士の格好でもします? たまにはそういう趣向も、いいんじゃないですか?」
子爵の提案が面白かったのか、フランツは笑顔でこれを受け入れ、三人は貴族だとすぐわかるような格好から、一般の兵士達なじ格好をすることにした。何しろ、支給用の鎧や槍は十分に余っている。
「それじゃ、案内しますね。こっちで着替えますんで」
「うん、よろしく」
「思ったら、俺たちも兵士の格好は初めてだよな。思いの外ワクワクするな」
そうして、三人のお忍び道中が始まろうとしていた。
〜つづく〜




