チャプター42
〜職人通り フォルクローレのアトリエ〜
朝、うっすら日が昇り始めたような、徹夜をしていない日ならまだ熟睡しているような時間に、フォルクローレのアトリエは珍しく活気に満ちていた。
「いい? 鉄鉱石はみんなでもどうにでもなると思うけど、ゴルトナイトはそれに、こっちのゴルトアイゼン鉱石とゾンネ鉱石を使った合金だから。ほらこれと、これ。よーく見ると、鉄鉱石と違うでしょ? これをしっかり覚えてね!」
大まかな方針が決まると、騎士団の動きは素早かった。早速武器屋ギルドに発注をかけ、根回しによって直接鍛冶屋ギルドに鋳造の依頼が来た。そして、同時に鍛冶屋ギルドはフォルクローレのアトリエにも依頼をかけた。
こちらも兼ねてからの打ち合わせ通り、フォルクローレはインゴットを作るための素材収集を親方衆に頼むことにした。彼らは彼らで、フォルクローレが作るインゴットがなければ仕事が始められないので、断る者はいなかった。
そして、今日は素材集めのための講釈が行われている、というわけである。
「ほほぅ。確かに鉄鉱石とはちょっと違うな。だが、これを山で見分けるのは難しそうだな」
「それは大丈夫です。見分けがつかなくても、全部一緒くたに持って帰ってきちゃってください。全然関係ない鉱石は、好きに使っていいですから。もちろん、あたしにくれても全然いいですし。というわけで、よろしく!」
「おう、任せとけ! 俺たちがきっちり採掘してきてやっからよ!」
工房の親方たちはとても頼もしかった。なにしろ何れ劣らぬ屈強な男たちである。彼らが直接山に赴いてピッケルを振るうというのだから。しかも、騎士団の兵士たちが護衛についてきてくれるという、破格の体制だ。多少の危険はもろともせずに任務を遂行してくれることだろう。
「他に何か疑問はある?」
「いや、大丈夫だろう。あとは現地でやってみるさ。お前らも大丈夫だろ?」
「おうよ!」
「俺たちに任せとけ!」
本当に、彼らに任せておけばしっかり鉱石を集めてきてくれるだろう。素材採取を人に依頼する時、信じて送り出すというのは、とっても大切なことなのだ。
「じゃ、行ってらっしゃい!」
満面の笑顔に見送られ、親方衆はアトリエを出て行った。採取先の分担はすでに決めてあり、護衛の兵士たちと荷車のついた馬車は街の入り口で待っているはずだった。さすがに国家事業、話の規模が大きい。もし、早朝の散歩などで事情をよく知らない街の人が見たら、何事かと思うことだろう。そこへ、屈強な親方衆が徒弟を引き連れて押し寄せ、それぞれの分担先に向かう馬車に乗り込んで出発するのだ。ある意味は異様な光景である。
「さてと! みんなが帰ってくるまでできることもないし、他のことをするかな」
みんながいなくなると、机に座ってスケジュール帳をパラパラと眺めた。お城では、この後親方たちに作ってもらう 武具のデザイン作業が進んでいるはずである。これもコストや材料調達に関わってくる要素なので、今頃は担当の人たちが頭を悩ませていることだろう。その点、フォルクローレの分担であるインゴット作りは非常に気楽だった。鋳造されることが目的なので、デザインのデの字も関与しない無骨なアイテムである。
「さーて、何を作ろうかね。それか、寝直すのもいいな。眠くなってきた……」
こうして、フォルクローレにつかの間の日常が戻ってきた。
〜コッペパン通り 竜の紅玉亭〜
「そういえば、鍛冶屋のみんなが出かけるのは今日だっけ」
朝の仕入れが終わり、仕込みを行ってる最中、ふとそれが今日であることを思い出した。一応の関係者であるところのエルリッヒは、今回の採取旅には直接は無関係でありながら、フランツとフォルクローレの二人から、それぞれ別々に今回の計画を聞かされていた。
「鉱石採掘か〜。大変そうだなぁ」
ピッケル片手に岩山を掘る作業は大変だけどちょっと楽しい。きっと、あの親方たちはワイワイ言いながら楽しくやってくれるだろう。もちろん、魔物などが現れなければ、だが。
一般的に、鉱山や火山などには若干の魔物が出現する。獣程度であれば、あの親方たちのことだ、多少の苦労はしても、勝てないことはないだろう。しかし、魔物であれば事情は違う。いつも使っている槌を持って行っているとは思えず、ピッケルはさすがに武器としては心許ない。お城の兵士が護衛に付き添ってくれるらしいが、大元の議題は「兵士の装備が弱い」ことである。その兵士たちが護衛についたところで、魔王の復活で強化された魔物たちと渡り合えるのかどうか、あやしいのである。
「あれ、ギルドの人たちを護衛に付けた方が良かったんじゃ……」
当然、兵士を使うのと冒険者ギルドに依頼をかけるのとでは、かかるお金がまるで違う。だが、ギルドの戦士たちは獣とも魔物ともそれなりの数の実践を経験しており、装備品も自分で稼いだお金で、時には自分で集めた素材を持ち込んで、既製品ではない一品ものの特注品を身につけている者が多い。戦力という意味では、段違いなのである。
「それとも、兵士に外を見せたり、実戦経験を踏ませるのが目的?」
それであれば、リスクは高いが納得はできる。運が良ければ、危険な敵に出会わないまま帰ってくることもできる。それは、目的がそうであればはたしていないことにもなるのだが、何しろ道中の実際の危険度は、終わってみて初めて総括することができるものであり、出発前に判断できるのは、ギルドや騎士団が保有している街道の情報くらいだ。採取地の都合から、必然的に危険度は高めになるわけだが。
「まさか、そこまで、むしろ何も考えてないってことは、ないよね??」
大半の兵士は、体格だけで言えば親方衆より劣っているのだ。徒弟たちも、細身の者も多いがいずれもしっかりと筋肉が付いていて、採掘現場では活躍できるだろう。戦闘では全く別の立ち回りが求められるので、鍛冶仕事で鍛えられた肉体がそのまま活かせるわけではないが、むざむざとやられることはないだろう。そして、それは兵士たちも同じなのだ。
「二度は経験してることになるわけだけど、兵士の訓練って、人間同士か木人形相手だろうからなぁ……」
平和な時期ならそれでもいい。しかし、魔王は復活してしまった。魔物は強くなり、実際にここまで攻めてきた。それはつまり、今までの訓練が相対的に手ぬるくなった、ということである。そして、騎士団がその実情に対応できているかどうかは、怪しい。結局のところ、ほぼ実戦経験なしの状態で街の外に放り出されるのと同じだった。
定期的に街道の魔物退治に出ることはあるが、都度一つの街道に絞って、集団で出発するのだ。今回とは勝手が違う。
「みんな、無事に帰ってきてくれるといいけど……」
職人通りの鍛冶屋全員と知り合いなわけではない。それでも、知っている鍛冶屋たちは、皆とてもいい笑顔を向けてくれていたし、誇りを持って家事の仕事に向き合っていた。どうか、彼らが無事でありますように。
今は、そう祈るのが精一杯だった。
「っとと、考え事しながらだと危ないな。ナイフで怪我なんて情けない真似、したくないもんな」
考え事と言うよりは、心配事といったほうが正解だったかもしれない。フォルクローレは笑顔で送り出したと言っていたが、今まで以上に危険になった採取地に、戦力的には物足りない兵士の護衛だけで送り出そうというのだから。
送り出す側に回ったフォルクローレは、一体どう考えているのだろうか。時として両手に爆弾を抱えて一人で外に出ることもあるが、普段はギルドで護衛を二人ほど雇って出発している。明らかな戦力差は感じていただろう。
兵士を護衛につけることが騎士団、ひいては国の決定だとしたら覆せない。だから笑顔で送り出したのだろうか。せめて、笑顔で。
「いや……フォルちゃんはそういう考えの娘じゃない。それに、無事に帰ってくることを前提とした計画なんだから、やっぱりそこまで考えていないってのが実際のところかな……」
だとしたら、いささかお粗末な気がしないでもなかったが、真意・真相は雲の上なのだった。
〜つづく〜




