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竜の翼ははためかない9 〜竜王伝説〜  作者: 藤原水希
第七章 武具屋あるいは鍛冶屋の場合
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チャプター41

〜職人通り 某所〜



 親方は三人をとある場所に案内した。それは、工房を出てすぐのところにある、こじんまりとした三角屋根の工房。煙突からは、怪しげな黒煙がもくもくと立ち上っている。

「嬢ちゃん、いるか〜?」

 ドアを穏やかにノックしてから声をかける。

「あの、ここは……」

「ん、ああ、中の奴に会って話せばわかりまさぁ。お〜い、いるのか〜?」

『は〜い! その声はオヤジさん? ちょっと待って〜、今出るから!』

 扉の向こうから声が聞こえてくる。親方が「嬢ちゃん」と言った通り、聞こえてきたのは若い娘の声だ。これまでの話からすると、それが噂の錬金術士であることは想像に難くはなかった。

 だが、爆弾の話は武具の話が終わってからにして欲しかったのに、いきなり先ほどの流れで錬金術工房に案内されるというのは、どういうことなのか。武具の調達にも関わることなのだろうか。

 考えていると、静かに扉が開いた。中からは、鼻を突く薬品臭が漂ってきた。

「はーい、お待たせ〜。オヤジさん、どうしたんですか? おや? 後ろにいるのは貴族さん? もしかして、何かの依頼?」

「ま、似たようなもんだ。中、入っても大丈夫か?」

 親方としては、ギルドの手前もありこのメンツで一緒にいるところをあまり見られたくなかったし、何より、こんな軒先で自己紹介させるわけにはいかない。この薬品臭からすると、何かの調合中らしい。もしダメだったら、また自分のところに戻るしかないと考えていた。

「ん〜、調合中ですけど、それでもよければ。どうぞどうぞ」

「おう、急に悪いな」

 錬金術士の娘、フォルクローレは気さくに招いてくれた。四人は中に入ると、一層濃くなった薬品臭に眉根を寄せる。これは、一体何を作っているのだろうか。なぜ彼女は平気なのだろうか。

 何度か錬金術工房に入ったことのある親方は奥に入ると、もうもうと湯気を上げる錬金釜を覗き込んだ。よくわからない、光を放つ緑色の液体が煮立っていた。

「とりあえず、空いてるところに座ってください」

「あ、ああ」

「お、お邪魔するよ」

「へぇ、これが錬金術士の工房……」

「これはすごいな……」

 次第に薬品臭にも慣れていった四人は、工房の隅に置かれたソファに腰掛けた。調合作業は中断できるものではなさそうだが、放っておいても大丈夫らしく、フォルクローレは椅子を持ってきて、四人に向かい合うように座った。

「で、なんですか? っと、その前に、三人は初めましてですね。あたしは錬金術士のフォルクローレです。なんだかわかりませんが、とりあえずよろしく」

 フォルクローレの自己紹介に合わせて、フランツたちも自己紹介を始める。

「こちらこそ、よろしく。なるほど、君がエルさんの友達だね? 確かに、雰囲気がどこか似てるよ。えっと、僕はフランツ。この国の王子だ」

「俺はフリードリヒ・ラインラント男爵だ。まあ、好きに呼んでくれていいから」

「俺はメッサー・ゲハインスト子爵。俺も、好きに呼んでくれていいよ。俺たち二人は、騎士団に所属してる」

「お、おお、お貴族様だと思ったら、王子様。いきなり大物が出てきたね。それで、どうしてうちの工房に? しかも、騎士団の人たちがこんな二人して」

「それなんだよ。とりあえず、俺が話すからよ、それを聞いてやってくれ」

 今回のことについて、親方が説明を始める。フォルクローレには少し難しいかと思ったが、普段から街の外で素材収集のために戦いを続けているせいか、細かいところまでしっかりと理解してくれていた。


☆☆☆


「ーーなるほどね。で、どうしてあたしなの? あたしも、武具を作る時は鍛冶屋さんにお願いしてるよ?」

「そうだ。こっからが本題だ。新しい武具について、俺はゴルトナイトを紹介したんだよ。嬢ちゃん、あれのインゴッドを作ってくれたよな。そいつをお願いしてぇのさ」

 その話を聞いて、フォルクローレの表情が変わった。快活な娘の顔から、商談をする錬金術士の顔になる。

「それはつまり、王国依頼ってことですね? 報酬と期日、必要な数を教えてください。数が揃えられなきゃ、意味がないですから」

「そうだな。数はたくさんいるよな。一斉に装備を入れ替えるなんざ、並大抵の話じゃないからな。今回の計画は、騎士団からの依頼で武器屋ギルドから鍛冶屋ギルドを通じて俺たちに一斉に鋳造依頼をかけさせる。そのために、嬢ちゃんの作ったゴルトナイトのインゴッドを全員に使ってもらう。そういう計画だ」

 同業者のまだ誰にも話していない計画を、親方はここまで計画していた。もちろん、フランツたちも同じ段取りだったが、詳細を詰める前にここまで話してくれたのは、むしろ渡りに船だった。なにしろ、三人は怪しい三人組として見られていたのである。深く事情を知っている相手がいるのは、本当にありがたい。

 しかし、それで問題がクリアになるわけではない。大量発注という難題が横たわっていることは何も変わらないのだ。

「ん〜、騎士団の一般兵士の人たち全員、ですよね?」

「ああ。もちろん、それより上位の連中でも、今使ってる武具より強いっていうやつが現れりゃ、そいつにも使ってもらわなきゃなんねーけどな。俺たち職人通りの親方連中と徒弟たちは、嬢ちゃんの作るインゴッドが安定して高くて均一な品質をしてるってことをよーく知ってる。だから、同じもんを仕上げるためにも、あいつらを説得するためにも、こいつが重要なんだ。できるか?」

 親方はそれが無茶な数の発注であることを十分に理解していた。それでも、現時点では必要な数を明確には出せないでいる。それこそが、今回の話の難しいところだ。兵士ごとの得意な武器に応じてそれを仕立てる、という話にすらなっている。つまり、武器によって必要な素材が変わってくるのだ。

「そうですねぇ。この街には錬金術士はあたし一人ですし? ゴルトナイトならさほど難しいアイテムじゃないですし? なんならもっとすごいインゴッドも作れますし? 受けるのはやぶさかじゃないですよ? もちろん、現実的な期日と報酬を提示してくれるのなら。でも、今コンテナの中、インゴッド用の素材が少ないんですよねー。だから、採取しに行かなくちゃならなくて。誰か、鉱石の目利きができて、鉱山や火山で採掘の出来る人、出せませんか?」

 フォルクローレは嫌な顔一つせずに受け答えた。今までも無茶な依頼は色々こなしてきているので、それから比べれば、よほどまともだ。期日も報酬も、これから交渉すれば良いのだから。とはいえ、アトリエのコンテナに備蓄してある素材が足りないという問題は、どうしようもなかった。そして、数が多いとなると、素材集めと調合を一人で行うのは、時間がかかりすぎて現実的ではない、と判断した。

「オヤジさんでも、知り合いの方でも、誰かいれば現実的なんですけどね」

「そうだな、そこは、ギルドにあたってみるしかねーかもな。俺たち親方衆はその辺の目利きも体力や腕力にも自信はある。あとは、人数の確保だけだからな。期日と報酬については、王子様とこっちの兄ちゃんたちと相談してくれ」

「そうだね。まだ、正式な話はできないけど、騎士団からお金を出しってことは、これは税金で発注する依頼になるってことだけは覚えておいてほしい。しかも、今回は僕ら王侯貴族からも出すっていうことになってる」

 それは「安く押さえろ」という要求のようでもあり、「王侯貴族の財力が後ろに控えてるから好きにやれ」と後押ししているようでもあった。もちろん、報酬額が多かろうと少なかろうと、作成する素材の品質や生産コストは変わらないのだが。

「わかりました。とりあえず、内諾ってことでいいですよね? あたしが作る中品質のゴルトナイト、本当にゴルトナイトでいいんですよね? 他の金属でなくて。とにかく、それを使って鍛冶屋さんが一斉に鎧やら剣やらを作る、てことであれば、他の依頼の合間にあれこれ始めちゃいます。でも、後になって反故にされるのは、なしで頼みますね。こっちも商売なんで」

「わかってる。事は魔王軍との戦いに関わる話だ。僕らが動いている以上、絶対にこの話に邪魔は入れさせないよ」

 フランツの言葉は力強かった。場面場面で色々な表情を見せるのが、彼の大きな魅力である。それを知れば知るほど、この国の将来が安らかに思えてくる。だが、それも無事に魔王軍を撃退してこその話なのだ。なんとしても、末端の兵士が犬死するような場面は減らさなくてはならない。

「王子様、この国のため、頑張りましょうね!」

「もちろん!」

 椅子ごとフランツの目の前に詰め寄ると、フォルクローレは右手を差し出した。それを、フランツの手がしっかりと取る。交渉成立の合図だった。




〜つづく〜

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