チャプター40
〜職人通り 鍛冶工房・リビングルーム〜
三人は、工房の奥にあるリビングルームに案内された。店先ではできない話をするためだろう。通常、完全にプライベートな空間であるリビングルームに人を案内するようなことはない。親しい人を招く時だけだ。
それが、わざわざこんなところで話をしようというのだから、これは穏やかではない。
親方は三人をソファに座らせた。
「さ、ここなら落ち着いて話ができるな。気の利いた飲み物はねーから、水で我慢してくれ」
「は、はぁ」
「そりゃどうも」
「……」
親方は器用に四つのカップに水を注ぐと、それをテーブルに置き、自分も向かい合うように椅子を持ってきて座った。
「それじゃ、話をしてやろう。ギルドが、というよりはそれぞれの工房がひた隠しにしてる話をよ。俺が知ってる中で、兵士のみんなに武器防具を作るために一番いい金属は、ゴルトナイトだな。こいつぁ幾つかの鉱石の合金なんだが、軽いくせに丈夫、加工もしやすくてそんなに高くない。もちろん、数も出せる。工房がこいつのことを言いたくねーのは、それぞれが少しずつ配合比を変えて性能を工夫してるからだ。だから、ギルドから頼むんなら、平均的な配合で依頼するのがいいだろうな」
「そんな理想的な金属があったとは……」
「多分、騎士団の中にもいますよね、それで作られた武具を身につけてる人」
「いるだろうなぁ。上の連中の鎧とか剣とか、本当にいいもんな」
三人は、大貴族たちが来ている豪奢な鎧や剣を思い出す。それは、美しさだけでなく性能も高く、家臣団や率いる部隊を鼓舞する効果も充分だった。ただ単に自己顕示のためにしつらえているわけではない。
しかし、その発注先や素材までは、誰も知らないのである。秘密、というわけではないが、そのような話題に及ぶことは少ない。だから、今話題に上がったゴルトナイトを使って作られた武具を身につけている者は、いて当然なのだ。
「どこの工房も、一度くらいはお貴族様の鎧やら武器やらの依頼を受けたことがあるはずだぜ? あとはあれだ、俺の知ってる範囲じゃ、北東にある小さい村なんだが、ハインヒュッテっつーところのオヤジが、龍殺しの金属で武器を作ったっつってたな。俺も多少はかじったことがあるが、あれもなかなかだ。そこまで数は出ねーから、武器にするのが一番だけどな」
「龍殺しの金属……そんな恐ろしいものが……」
「あるんですねぇ。なにやら空恐ろしいですが」
「確かに、ちょっと見てみたいですね。あ、でも、龍殺しって、どういう意味なんですか? 結局、どういう金属なんでしょうか」
ゲートムントが扱う槍に使われているその素材は、まだまだ世間では知られていない。鍛冶屋仲間では知らない者はいない程度の知名度があるものの、実際に扱った者はほとんどいないくらいの希少な金属だ。だから、親方もハインヒュッテのオヤジから話を聞いたことがある程度だった。
「ああ。龍殺しの金属ってのは、その名の通りドラゴンが忌み嫌う力を持った特殊な金属なんだが、こいつで作った武器は、ドラゴン以外の相手に単純な武器として使っても十分強力なんだそうだ。数が揃えられるんなら、ちぃっと面白いよな。そういうのもよ」
「そう、ですね。ただ、ハインヒュッテの村はここからだと結構遠いですし、それに、この国の騎士団がそういう武器を制式採用するというのは、少し抵抗があります」
今まであまり意識してこなかったが、この国は国章にドラゴンのモチーフを戴いており、国王はー当人の意思は別にしてーエルリッヒを国防の要に据えようとすらしている。
そんな国の騎士団が龍殺しの力を備えた武器を支給するというのは、どうにも抵抗がある。魔物から国を守るのになりふり構っている場合ではないのだが、矛盾を抱えた方針は打ち出しにくい。
「そっか、そういや、さっき見せてくれた印も、ドラゴンだったな」
「ええ。それに、エルさんのこともありますし」
「え、殿下あの話を本気で信じているんですか?」
「俺はてっきり与太話の類だとばかり」
そうだ。多くの者の反応はこんなものだろう。誰だって、その目で見なければ信じられない。そういう類の、そういうレベルの話なのだ。それでも、彼女と親しいものは信じることにし、疑いを持つことなくその話に合わせている。そして、この国の王ですら、それは同じなのだ。
血を分けた実の父といえど、その真意はわからない。ロマンのようなものを感じたのかもしれないし、魔王軍の侵攻に際し、国防の光明を見出したからかもしれない。だが、フランツは直接会って話をして、不思議な魅力を感じた。だから、あるいは同じような感情を覚えたのかもしれない。
どこまで真実なのかは別にしても、あの時確かにこの王都の上空に突如としてピンク色のドラゴンが降臨し、魔王軍の指揮官を退治せしめて見せた。その事実だけでも、信じてみるには十分だった。
「与太話かどうかは、不幸にも次に魔物が襲ってくればわかるさ。現に、父上もルーヴェンライヒ伯も、彼女が生身でもとても強いというところを目の当たりにしているんだ。だから、僕は彼女の言い分に乗ってみようと思ってね。おっと、彼女はドラゴンの王女らしいから、もっと丁重に扱わないといけないよね」
「殿下……」
「いいじゃないか。むしろ面白いと思うぜ? 俺も殿下の言い分に乗っかってみようかな。まだ会ったこともないけど、あれだろ? こないだ外の城壁が封鎖されてた時に、無理やり帰ってきたから魔物が化けた間者扱いされて、危うく死罪にされかかったんだろ? なかなかに破天荒な経歴じゃん。そういうのも面白そうだし」
子爵はにっかりと笑って見せた。信じるということは、その人物を気に入る、ということとイコールではない。だが、信じると決めた相手を気に入った方が、絶対に楽しいし上手くいく。それは、さほど難しくない世界の道理だ。
「いいねぇ。そうやって信じてやった方が、楽しいよな! ところで、兄ちゃんたち、さっきから殿下って言ってるけど、そっちの兄ちゃんはどういうお貴族様なんだ?」
ここへ来てようやく、二人がフランツのことを「殿下」と呼んでいることに気付いた親方。言われなくても十分に察することができるが、念のため確認してみた。
普段から貴族相手にへつらうようなことのない親方だが、万に一つ推測が外れていない限りは、とんでもないことをしでかしていることになる。
「何を今更。このお方はこの国の王子、フランツ殿下ですよ」
「親方さん、もしかして、ずっと気付かないでいたんですか?」
「は、はは〜っ! こ、こりゃとんだ無礼を! どうか死罪だけはお許しを〜!!」
慌てて椅子から飛び上がると、そのまま三歩下がって盛大に地に頭を付けた。文字どおり、平身低頭である。貴族相手にはへつらわないと決めている親方も、相手が王族であれば話は別だ。さすがに普段どおりというわけにはいかない。
「頭を上げてください。何も死罪だなんて。僕は一向に気にしてないですから。それより、そうして頭を下げられては、話がスムーズにいきません。お願いですから、さっきまでと同じでお願いします」
「そうですよ。殿下はそういうのを嫌うお方なんです。でしょ?」
男爵に言われて、困ったような表情ではにかむ。二人がフランツと接したのは今回が初めてだったが、この数日でどういう人物かを理解し合うくらいには交流の時間を持てていた。
「まぁ、ね。……それで親方さん、その、ゴルトナイトについてもう少し詳しく教えてくれませんか? 一般兵士全員分の武器と防具を作らなくちゃいけないんです。話は、できるだけ詳しい方がいい」
「わかりやした! それじゃ、ちょうどいい! あっしについてきておくんなせぇ!」
立ち上がった親方は、三人を連れてリビングを後にした。
〜つづく〜




