チャプター38
〜職人通り〜
議会の翌日から、三人は忙しい日々を送ることになった。フランツとラインラント男爵、そしてゲハインスト子爵の三人は、街へ出て、武具屋と鍛冶屋を回っていた。
もちろん、フランツは王子としての勉強、男爵と子爵は騎士団の業務があるため、その合間を縫って時間を合わせ、三人で街場へ出かけるのだ。そして、それぞれのお店、工房で鉄よりも丈夫な鉱石は扱っていないかを確認し、それがあれば、武器防具を特注で作る場合の価格と納期について確認し、次の場所に向かう。
そんな日々を数日繰り返していた。
「この街の武具屋と鍛冶工房って、こんなにあったんだね」
「そうですよ〜。それぞれがギルドという組合に加盟して手を取り合いながら、しのぎを削っているんです」
「今回、数が数ですから、できれば全ての武具屋に声をかけて、全部の鍛冶工房に依頼をかけたいところですね」
今日も鍛冶工房を目指し、職人通りを歩いていた。王子と貴族、身なりの良い青年の三人連れが通りを歩く様は、とても目立った。
「ねえ、そんなに色んなところに発注して、品質に差は出ない?」
「そこは、ギルド経由で依頼をかけます。武具屋ギルドから鍛冶屋を通して各工房を動員して、個別に作ってもらいます。後は、剣、槍、鎧一式、種類ごとそれぞれの工房に依頼させれば、ある程度の統一は図れます。どちらにしろ、兵士の体格に合わせてある程度のサイズは用意してもらうことになりますから、そのあたりはあまり厳密には考えていません。性能と品質、納期と時間、その四つがバランスよくできれば、それで」
「そういうことです。あんまり高価だと街のみんなに負担をかけちゃいますし、貴族連中からも睨まれますからね。でも、安くケチって魔物の攻撃を防げなくっちゃ意味がない。全く、難しい任務を仰せつかったもんです」
とはいえ、兵士たちに支給する装備品の強化は二人の悲願だったし、もしうまくいけば、名誉を得られるかもしれない。わずかではあるが、功名心もあった。だから、口では大変だと言いながらも、内心はなかなかに楽しい時間を過ごしていた。それは、こうして外に出て市中を自由に歩く気ままさや、フランツと親しい時間を過ごせることも大きかった。
男爵や子爵といった家柄の者にとって、王子はさすがに雲の上の存在で、滅多にお目にかかることができない。だから、まるで爵位を飛び越えたような気分でもいられたのだ。
「それにしても、僕たち、目立ってない?」
「そりゃあそうですよ。この数日毎日現れる貴族三人衆って、噂になってるらしいです」
「これが、無骨な鎧でも着てれば、まだ戦士に見えるから馴染むんですけどねぇ。用もないのに重たい鎧を着るのも意味がわかりませんしね。それでも、出入りの店はまだ俺たちは顔見知りだからまだいいですよ。初めて行く工房なんて、怪しい人を見るような目で見てきますからね。あれは何度経験しても慣れません……」
鍛冶屋で働く男たちは屈強な荒くれ者が多い。だから、三人のような仕立てのいい服を着た優男が現れれば、訝しむのも無理はない。当然、三人とて日々鍛錬を積み重ねているので見た目は細くとも彼らにも決して負けないのだが、一見そうは見えない線の細さと服装、それに物腰で、「いけ好かない奴」という第一印象が植えつけられてしまっている。
「あはは〜、さっさと終わらせちゃわないとね。えーっと、次の工房は?」
「そこの十字路の三軒先みたいですね」
「お、あそこだな? じゃあ、俺が先に行ってますね」
子爵は一人駆け出し、先に工房へ向かった。事前に話を進めておこう、ということである。
「ごめんくださ〜い!」
少し遠くから、早速挨拶の声が聞こえてきた。
☆☆☆
「お前らか、最近噂になってる身なりのいい三人組ってのは」
フランツたち二人が追いついた頃、子爵は一人親方と話をしていた。しかし、その雰囲気はあまりよろしくないようで、威厳に満ちた親方の風体に、冷や汗をかきながら圧倒されている。
工房内に入ると、フランツが代表者として話を引き継ぐことにした。
「お邪魔します。あの、彼が何かしましたか?」
工房内はものすごい熱気に包まれていて、じっとしているだけで汗が吹き出しそうになる。工房の職人たちは皆半裸で仕事をしているが、それも頷ける話だ。フランツたちも、適うことならそのような薄着になってしまいたい。
「お前ら、最近この辺りの工房を嗅ぎ回ってるらしいな。特殊な鉱石がどうとか武器がどうとか。目的はなんだ? まさか、鍛冶屋ギルドを潰そうって外国の商人か? それとも、お貴族様のお遊びか? ロクでもねぇ用事なら、とっとと帰ってくんな」
「僕たちはそんな風に見られていたんですね。安心してください、僕たちはこの国の者です」
「あの、俺たちの要件、伝えちゃってもいいんじゃないでしょうか。じゃないと、これからも怪しまれ続けますし」
「だよなぁ。殿下、そろそろ言ってもいいんじゃないですか? ギルド経由で町中に広まったらどうなるかっていうのも気になりますしね」
一応、今までは目的を隠したまま話を聞いていた。だが、それでは話が十分に伝わらず、もどかしい思いをしていた。だから、三人の心中にはずっと「そろそろ全部明かしてもいいのでは」という思いが渦巻いていた。それが、こんな風に露骨な嫌悪感を示されたのでは、黙っている意味もない。
現に、今も親方は早く出て行って欲しそうな顔をしている。
「わかった。じゃあ、ここから先は僕が責任をとるよ。親方さんに事情を話そう。親方さん。僕たちは騎士団の用事でお城からやってきました」
「何、騎士団? だったら証を立ててもらおうか。いきなりそんなことを言われても、俺ちが素直に信じるとでも思ってるのか? 本当だったら何か証明するモンがあるだろ? 嘘だったら、もちっとマシな嘘をつくんだな」
「証? なあ、そんなもん持ってたか?」
「あー、あれだ、ネックレスだ。あれを見せよう」
子爵は思い出したようにネックレスを首元から取り出した。それは騎士団員全員が所持することになっているもので、右を向いて炎を吐く竜を象った、勇ましい意匠の一品だった。
普段から身につけることを義務付けられていたが、あまりにも日常になりすぎていて、その存在をすっかり忘れていた。そして、騎士団員ではないフランツは、それを持っていないため、気づくこともできないでいた。
「ほら、これでどうだ?」
「俺たちは怪しい者でもないし、変な目的で訪ね歩いてるわけでもないですよ」
「なるほど、確かにあんたら二人は騎士団の人間みたいだな。で? そっちの兄ちゃんは? 騎士団の用ってんなら、そっちの兄ちゃんも騎士団員で、同じの持ってるんだろ?」
「えーと、僕は騎士団員じゃなくて……あ、そうだ! じゃあ、代わりにこれはどうかな」
そう言って苦し紛れにフランツが懐から取り出したのは、似たようなネックレス。だが、こちらは騎士団のものとは違い、二頭の竜が交差するように向かい合い、互いに炎を吐いてるデザインのものだった。
「こいつぁ、同じ奴じゃねーな。もしかして、この二人の上司か何かか?」
「うーん、上司といえば上司なのかもしれないけど、違うといえば違うし……とにかく、怪しい者じゃありませんから」
フランツが見せたのは、国章を象ったもので、王族にしか所持が許されていないものだった。当然、一般市民が知る由もなく、見せられたところで然るべき身分の人間であるとは判断できない。
「怪しい奴は自分のことを怪しいって言わねーよな。三人とも身分の証が立てられねーなら、うちの工房じゃ話は聞かねぇぜ? それはそうと、竜といえばあれだ、お前さんたち知ってっか? そこの角にある錬金術工房の娘んとこ友達が、実はドラゴンで、こないだ街を救ってくれたらしいぜ。本当かどうかはわかんねーけど、そういう話はいいよな! 男心をくすぐるロマンがある! っと、すまねぇ、話が逸れた。最低限、そこの兄ちゃんの身分を証明するモンが用意できたらまた来な」
「は、はい。あ、それはそれとして、今の話、エル……コッペパン通りのエルリッヒさんのことですよね」
話が通らなかったことは残念だったが、唐突に知っている人物の話が出てきて、つい嬉しくなった。そういえば、今まで全く意識してこなかったのが不自然なくらいだが、この国の国章は一対のドラゴンで、騎士団はそこから一頭を取ったものを団のシンボルにしている。
なんという偶然だろうか。
「確か、そんな名だったか。お、なんだ? 兄ちゃん知ってるのか?」
「はい。彼女とはそれなりに親しくさせてもらっています」
その言葉に気を良くしたのか、親方の表情が変わった。今のフランツの答えだって嘘かもしれないのに、そんなことは一切構う様子を見せない。あえて名前までは出さなかった。そんな中、少なくともエルリッヒの名前がするりと出てくる人物に、悪い奴はいない。そう考えた。
一気に親しげな顔を見せた親方は、一転身を乗り出して話を聞く体勢を取ってくれた。
「いやな、俺んとこも向かいの錬金術工房のフォルちゃんっつーんだけどよ、彼女の紹介でエルちゃんとこの鍋やら釜やらを仕立てたことがあんだよ! なんだ、知り合いなら先に言ってくれりゃあいいんだ! で、要件ってのはなんだ? 遠慮なく言ってみろ!」
態度の急変には驚きつつ、三人は話を進めることにした。
〜つづく〜




