チャプター34
〜王城 月光の間〜
中会議室で決定した町人たちの意見は、すぐさま翌日の議会に掛けられた。王子であるフランツの意見が取り入れられたそれは、貴族社会の象徴とも言える議会にとってはあまりにもセンセーショナルなものだった。
『王侯貴族からも資金を徴収する』こんな提案は前代未聞で、普段であれば一笑に付してしまうものなのだが、何しろこの部分の発案者が王子なのだから、最低でも議論せざるをえない。
もちろん、これに驚いたのは国王も同じだった。素早い議会の招集は彼の動きがあってこそだ。
「こんな話は前代未聞ですぞ! 陛下、一体どうなさるおつもりですか!」
議会が始まるや、諸侯の一人が国王に食ってかかった。本来であれば部屋で勉強しているはずの王子が、勝手に部屋を抜け出して勉強をサボり、あまつさえ公的な会議に割って入り、勝手に意見を、それも貴族を締め付けるような意見を提案するなど、あってはならないことだった。その責任を国王に求めたくなるのは、当然のことだった。
「陛下、これは殿下の管理不行き届きではありませんかな? このような経緯で出された意見など、検討するのにも値しませぬ。陛下の権限を以って、即座にお取り潰しを」
「その通り! 陛下、この件について、殿下の責任は免れませんぞ?」
「うむ。陛下の責任も、なくはないのではないですかな?」
「まあ待て、王子のことは余からも厳しく処断する。だが、この意見自体は検討に値すると思うが?」
諸侯の追求は国王とフランツの責任問題、そしてそこからの廃案に及んだ。彼らとしては、フランツが勉強の時間に抜け出そうが、その責任がどこにあろうが、そんなことは実際どうでもよかった。大切なのは、貴族にも応分の負担を求めるこの意見を棄却させることのみなのだ。
だが、そんな思惑を意識してか、国王は即座に廃棄することはせず、提出の書類を手に、一考の価値を見出した。これには、諸侯たちの多くが苦々しい表情を浮かべた。その様子に、国王はため息をつく。
「はぁ。そなたら、貴族からも聴取することの何が不満なのだ。そなたらよりも貧しい者たちが払うなけなしの税金で武具を買おうというのだ。出せる範囲で出すのが筋ではないか。それに、この提案書には我ら王族も出すべきである、と書かれておるぞ? 向かい合うのは国難だ。ここにいる者で、魔王軍の攻勢を経験したことのある者は誰もいなかったのだから、皆で立ち向かうべき問題ではないのか? 国のため、兵士のため、民のため、我らも資金を出そうではないか。どうか?」
「どうか? ではありませんぞ! 我ら貴族は税を免除されている立場なのですぞ? 税を払うなどともってのほかです! 国難といえど、その大切な仕組みは守られなければなりません!」
「そうです! ここで我らがこれを飲めば、平民たちがつけ上がることにも繋がります! 国は国王が支配し、貴族が支えていることを思い知らせてやらなければなりません」
「ですな」
「そうだ。ルーヴェンライヒ伯、あなたの意見はどうなのですか。今回のことでは、発案者であるあなたのことは外せません。どうですかな?」
「私は、別に良いと思いますぞ? 兵士の装備品購入の件については、屋敷でも使用人にも意見を聞いてみましたが、やはり、増税につながるのではないか、という意見が多く出ました。まだ何も決まっていない状態で増税も何もないのですが、我らも負担することで、増税の可能性が遠のくのであれば、彼らの不安も緩和されることでしょう。そもそも、我らはどれほど出すかもまだ決まってはおりませんが、平民に比べれば圧倒的に数が少ないのですから、まずは双方の納得出来るラインを探すのが肝要かと。それに、これが殿下の国政デビューと考えれば、いい働きではありませぬか。もう、貴族だけが甘い汁を吸う時代は、終わりつつあるのかもしれませんな」
伯爵は比較的民衆寄りの考えをしていた。だから、この意見を目にした時も、驚きこそすれ憤るどころかむしろ笑いが止まらなかったくらいだ。
『この国の次の王は、貴族を特別扱いしない政策を取ろうとしている』
それがわかった時の快哉たるや、なんとも形容しがたい感情だった。特権階級である自分の身分が脅かされようとしているのに、むしろ将来行われるかもしれない改革を喜んでいる自分がいた。
閉塞感のある貴族社会に風穴を開けてくれるかもしれないという期待感と、この国の未来がまだまだ捨てたものではないと思わせてくれる喜びがあった。
「全く、貴殿は民衆に甘すぎやしませんか? 我らが何故に貴族であるのかを、今一度知らしめる時が来ているのかもしれんというのに」
「今更、民衆の暴動を招くおつもりですか? そうして既得権益に固執しているからこそ、殿下はこのような案を出したのかもしれませぬな。陛下、議論の余地などありませぬ。騎士団の一員としても、早々の可決をお願いいたします! 我らは、早く購入する武具や商店の選定に入らねばなりません」
「うむ……」
伯爵の言うことはもっともだった。魔物がいつ攻めてくるかもしれない今、悠長に議論している暇はない。だが、その一方で、いかに国王といえど、一存で決めることはできなかった。議会の過半数の賛成がなければ、採決することはできないのだ。後は、国王の意見がここにいる貴族たちの意思決定にどれだけ影響を及ぼすことができるか、である。
「そなたらの意見はだいたいわかった。伯爵のような賛成派が少数ということもな。なればこそ、我が国はこの案の採用を持って国のあり方の正常化を図りたいと考えるが、いかがか?」
「陛下、それはどういう……」
「今の国の様子が正常ではないとでも言いたいのですか? それは我々への侮辱ですぞ? いかに陛下といえど」
多くの貴族たちは、今回の意見でささくれ立っている。それは無理もないのだが、最低限、今回は特例である、ということを考慮すれば、反対してる余裕などないはずなのだ。それを、こうして喚いている。
さすがに、騎士団に所属している者たちは先ほどの伯爵の言葉で我に返ったようだが、既得権益や目先の財産など、魔物がこの国を滅ぼしてしまえば、何の価値も持たなくなってしまう。果たして、どれだけの者がそこまで考えているのだろうか。あるいは、装備品の買い替えを不要と考えているのか。もしそうなら、楽観視にもほどがあるというものだ。
「貴公らは、今置かれている状況がわかっておらぬようだな……」
眉間に手を当て、大げさな振る舞いで悩ましいと言わんばかりに語り始めた。彼らを説き伏せられるとしたら、これが最後だろう。国王として、どこまでの権威があるのか、それを試すいい機会かもしれない。
「この意見は、今回の事についてしか触れておらん。そなたたちに永続的に税を払えとはどこにも書いておらん。それに、そなたら貴族にも金を出せとは来ているが、いくら出すとも書いておらん。そもそも、民衆より経済的に余裕のある我らがこのような時に資金を捻出しなくて何が特権階級なのだ。我らが民衆を守る姿勢を見せてこそ、民はついてくるというもの。この非常事態、そなたらの本性を炙り出すにはちょうど良かったのかもしれぬな。今一度問う。武具の購入に我ら王侯貴族も出費すべきであるというこの案に、反対する者はおるか?」
ここでまだ反対意見を持ち出す者がいたら、それは国益に反する者だ。国として、切り捨ててもいい。そこまで過激なことを言ったのはフランツだが、あながち間違いではないのかもしれない、とすら思っていた。
国王と王子、そして親子として、今回の件について直接話すことができた時間はあまり多くはなかったが、それで十分だったようだ。
「……ふむ。それでは、全会一致ということでよろしいな」
苦渋の選択、といった面持ちの者も多くいたが、心のどこかには、今ここで楯突くことが国のため、ひいては自分のためにならないという考えもあったのだろう。誰のおかげかはわからないが、結果的に、短い時間で話をまとめることができた。
「それでは、騎士団の武具刷新についてはこれを可決とし、費用については我ら王侯貴族を始め、王都の全国民の負担とする!」
立ち上がった国王は、声高らかにそう宣言した。
〜つづく〜




