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竜の翼ははためかない9 〜竜王伝説〜  作者: 藤原水希
第五章 フランツの場合
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チャプター33

〜王城 中会議室〜



 フランツの言葉が、会議室中を駆け回った。 それは、さすがにエルリッヒでも言えないでいた言葉だった。特に、子爵とエッセン通りの代表者の表情は凍りついたまま、微動だにしていなかった。

 彼らはこの中でたった二人の貴族だ。この場にいて、何か反論でもするとしたら、この二人しかありえない。果たして、何か意を唱えてくるだろうか。

「はは。さ、さすがは殿下。冗談がお上手でいらっしゃる……」

「だな。まさか、我らから徴収しようなどと、高度すぎて思いつきませなんだわ……」

 これを冗談として受け流そうとしているが、声は震えたままだ。本気と受け取りたくないだけなのだろうが、あくまで必要な資金は平民から取る、という意識の表れにも聞こえた。

 だが、それが一層フランツの疑問を誘った。

「冗談? 僕は本気だよ? もちろん僕ら王族も出すよ。でも、貴族から金貨の一枚も出さないっていうのはおかしいと思うんだ。僕ら王侯貴族からも出す前提で予算組みをしてみたらどうかな。それなら、みんなの負担も少なくなって話が通りやすくなるんじゃないかな」

「お、王子様〜!」

「よくぞ言ってくださいました! それでこそ我らの王子です!」

「言われてみりゃ、貴族だけ特別扱いなんて変だもんなぁ」

「聖域なき予算組み、それなら皆も文句は言うますまい。もちろん、出費のバランスが取れてこそですがね。貴族だけ出費が少ない、なんてバランスだったら、我々は納得せんが」

「あはは、それはそうですよね。でも、王子様のアイディアなら、私たちはみんな納得しますよ!」

 最高の妙案に、一同は喝采だ。もちろん、こんな大胆なアイディアを出したら、おそらく議会は大荒れになるだろう。王子の発案といえど、すんなり通るはずもなく、それどころか議論にすらかけてもらえないかも知れない。それでも、一石を投じる意味はあるだろう。

 少なくとも、国王には直接上申できるのではないか。それが最高の希望になるはずだ。さすがに、国王の口から出たのでは、無碍にはできない。

「でも、何か悪いですね。王子様にばっかり頼っちゃって」

「気にしないでほしいな。今話してるのは何のため? 誰のため? この国と、この街と、そこに暮らすみんなを守るためでしょ? だったら、これはみんなの問題だ。僕が動くのは当然だし、お金の要ることなら、貴族にも捻出させるのが道理じゃないかな。もしここで意見が荒れるようなら、それこそいい機会だよ。僕が即位する日はまだ先だろうけど、その時国のためにならない貴族なんていらないからね。今から炙り出すことができると思えば」

 ゾッとした。そう形容するのが一番ふさわしいであろう感覚が、エルリッヒの背筋を走る。この王子は、一見のほほんとしたおぼっちゃまのように見えるが、その実屈強な戦士でもあることが明かされた。しかし、ここへ来て見せた一面は、先ほど城門の前で見せた一面に通ずる、ある種冷酷にも見える為政者たらんとする者のそれだった。利権に固執して本来の役目を果たさない政治家など、国にとっては不要ということだ。これまで多くの志ある王侯貴族が挑んできた命題に、果たしてこの王子が応えられるかは、まだ先の話になる。だが、その下準備を今の段階から進めているとなると、話は別だ。あの国王がその権勢を以って譲位するであろうことは目に見えている。その時、誰が若い新王だからと軽んじることができるだろうか。

 頼りなげに見える双肩の後ろには偉大なる先王の姿があり、この国難を含め、実地に王の有り様を見てきているのだ。彼に不要だと判断されれば、あるいは貴族の家柄ですら、安泰ではないだろう。そして、この秘められた体躯を前に、下手な暗殺は通用しない。

「で、殿下……」

「ん? なんだい? もしかして、今僕の言ったこと、理解できないわけじゃないよね? 僕が即位するまでにはまだしばらくある。でも、その時までこの国が無事かどうかを決めるのは、みんなの決断次第ってことは、忘れないようにね。貴族の一員として恵まれた生活をしたいのなら、今の、父の代からこの国と、ここで暮らすみんなのことを第一に考えたほうがいい。ただ、それだけの話だよ」

 また、穏やかな顔に戻る。彼の主張や思惑の根っこにあるものは、いつも変わらない。勇者であれ誰であれ、魔王討伐が為される日まで、国土と民衆を守ることができるかどうかが一番なのだ。

 今奔放に過ごしているのも、そのための地均しのようなものなのだろう。ただ志が高いだけでは、国は守れないし動かせない。

「残念なことに、この国にも、政争に敗れたばかりに身分ばかりの貧乏貴族はいるからね。今は無理でも、将来僕はそういう立場の人たちの声にも耳を傾けなくちゃならない。どんなに正しい主張をしていても、貴族が甘い汁を吸えなくなるような意見であれば、それは排除されてきた。そんなことでいいと思う? 僕はね、それを良しとは思わないんだ。もちろん、父も同じだと思うよ。でも、まだ体面と各家の歴史を重んじすぎているところがあるんだ。だから、僕はそれをなんとかしたい。その時に、子爵はちゃんとついてきてくれるよね?」

「も、もちろんでございます!」

 子爵としては、こう答えるしかない。だが、これは革命やクーデターのような活動ではないのだ。次代の国づくりの青写真なのだ。子爵のように貴族社会では身分の低い者や、先ほどフランツが例に出したような貧乏貴族にとっては、この賭けに乗ることで、爵位を高めたり、真っ当なお屋敷暮らしのできる貴族に返り咲けるかもしれない。子爵自身がそこまで考えて答えたかどうかはわからないが、結果的に、大きな賭けに乗る形になった。

 あとは、これを双方がしっかりと覚えてさえいれば、先々の貴族社会は、面白い変化が起こるだろう。

「おっと、話が逸れちゃったね。それじゃあ、皆さんの意見も聞きたいと思います。今僕の言った、貴族社会からも税を取って装備品を購入する案に賛成の人、反対の人、意見があったら教えてください。この意見には、僕も把握できていない騎士団の今の財政状況やまだ決まっていない購入する武具の金額なんかによってみなさんの負担する税の額が変わってしまう、という穴はあります。それをよく加味して考えてください。もちろん僕が王子だからって、遠慮はやめてくださいね。それじゃあ、意味がないから」

 フランツの顔は真剣そのものだ。言葉はあくまで丁寧に、表情はあくまでも穏やかに、それでも、この眼差しから逃れられる者はいないだろう。もしかしたら、ここにいる人々は、将来の議会を先取りして体験しているのかもしれない。そう考えたら、とてもワクワクした。

 まるで、平民が”直接”政治に参加しているようではないか。

「じゃあこうしよう。意見に賛成だったら左手をあげてください。反対の人は右手を。賛成でも反対でも、意見のある人は両手を。これで伺いたいと思います。みなさん、挙手をお願いします」

 その呼びかけに、司会者も含めた全員が手を挙げた。なんと、フロイライン・フレアローゼンまでが左手を上げていた。どれだけ言い繕っても王子の意見には異論を唱えにくい、という側面はあるだろう。だが、全会一致というのはなかなかないことだ。少々出来すぎているとすら思えてしまう。

「みんな、僕に遠慮してない? 本当にそれでいいの?」

「少なくとも、私は賛成です。すぐに増税って言われたらさすがに手放しで賛成はできないかなーって思ってたんですけど、貴族連中からもふんだくってくれるんだったら、私たちの負担はだいぶ軽くなりますよね。だったら、まずはこの意見を議会にあげて欲しいです。みんなも、似たようなとこじゃないでしょうか。その、フロイラインまでが賛成してくれたのは意外でしたけど」

「わ、わたくしは! ただ、兵士が魔物にやられてしまったら、元も子もないと考えただけですから!」

 もともと賛成意見を持ち込んだ代表者が圧倒的多数だった。そのおかげもあり、フランツの提案を軸に、あっさりと話はまとまってしまった。

「王子様、ここに来てくれて、本当にありがとうございました」

「少しは役に立てかな? 騎士団の懐事情を教えてくれないってわかった時には、直接乗り込んで確認しに行こうと思ったけど、波風を立てずに済んで良かったよ」

 にっこりと微笑んでいるが、波風が立つのはむしろこの後だということを、エルリッヒもフランツ自身も、よくわかっていた。




〜つづく〜

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