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竜の翼ははためかない9 〜竜王伝説〜  作者: 藤原水希
第五章 フランツの場合
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チャプター32

〜王城・中会議室〜



「お、王子様! なぜこのような場所に!」

 司会者、タッシェンバッハ子爵は驚きのあまり、一歩も二歩も後ずさりしてから話をする。フランツは気にする様子を見せないが、子爵としてはそのようなことは許されないのである。普段お目見えすることのない存在に、ついひれ伏してしまいそうになるが、平民たちも見ている手前あまり情けないところは見せられない。とはいえ、驚きもあって、司会者として、また貴族として、威厳などあったものではない。

「しーっ! バレたら怒られちゃうんだから、声を抑えて」

「は、はい! でも、このような場所にどうして」

 一度たしなめられ、小声で問いかける。こっそり城を抜け出す癖があるというのは城内ではよく知られていたので、今回もその類いだろうとは考えたが、城内にいるのになぜ問題があるというのだろうか。結局のところ、王子という存在は遠く、あまりよく知らないのだった。

「あー、実は、勉強の時間に抜け出してきているんだよ」

「なんですと! それはいけませぬ! 早くお戻りください! それに今は大事な話し合いの最中です。ですから……」

「ん? ちょっと待ってください。司会者さん。じゃなくて、タッシェンバッハ子爵、でしたっけ? 子爵様、王子様が大事な勉強の時間に抜き出してここに来ていることを咎めるのはいいと思うんです。それって臣下の礼だと思いますから。でも、今大事な話をしてるからっていう理由で帰ってもらうのは、ちょっと違うんじゃないでしょうか」

 気になったことは、立場や身分を超えて口を挟む。今のエルリッヒには、それができた。場を弁えればとても言えないようなことでも、必要だと思えば遠慮せずに伝える。そうしなくては、国のためにならない。そう思えばこそだ。もちろん、そこには国王やフランツとの縁があり、力では絶対負けないという自信があるからなのだが、他の誰にもできないことができるなら、それは自分がやらなければならないことなのだ。

「娘、何が言いたいのか? 王子はまだ政に関るお立場ではないのだ。大事な話は難しい。一通りの勉学を修められてからでなければ」

「王子、言われっぱなしでいいんですか? 若い頃から実地に国の政に関わってこそ、いい王様になれるんじゃないかって思うんですけど。多分、市中に出てるのも、そういうことなんじゃないかって思うし、そんな王子様だからこそ、この場にもいて欲しいって思うんです。みんなはどう思ってるんだろう。ちょっと訊いてみますか? この場に王子様がいてもいい人、いて欲しいと思う人、どのくらいいます?」

 ここは勢いだ。その思い出話しをどんどん進めていく。見たところ、フランツの同席に反対するものはいないようだった。フランツ自身の考えを確認することもせず、同席しても良い、という空気を作った。

「みんなはこんな感じですけど、どうです? 子爵様の言葉をお聞かせいただければ」

「殿下には、次代の国王陛下として立派に成長していただくため、日々のカリキュラムを大切にこなしていただきたいと考えている」

 それは、エルリッヒの欲しい回答ではない。話をはぐらかされたような気がして、ついつい言葉が止まらなくなってしまう。部屋の隅にいる子爵の元に詰め寄り、鋭い視線を向けながら話す。

「今言ったのはそういう話じゃないって言いましたよね。王子が立派な王様になるために勉強を大切にして欲しいっていう話じゃないんです。まだ王子だからっていう理由で大事な話から遠ざけるのはどうなんだっていう話です。こんなにいい勉強は他にありませんよ? そういう話です」

「っ! なっ!」

 その威圧に、子爵は気圧されていた。こんな小娘にいいように圧倒されるなど、仮にも貴族の一人、あってはならないことだ。そんなプライドが、いいように砕かれようとしている。

「王子がここにいても、いいですよね?」

「そ、それは、殿下のお気持ち次第だ。それでよかろう」

 なんとかこの娘との会話を終わらせなければ。なぜか本能がそう語っていた。もしかしたら、本能ではエルリッヒの正体を感じ取っていたのかもしれない。

「うんうん、それでいいんですよ。というわけで、王子様、どうですか? この会議に参加したら、きっといい勉強になると思いますよ?」

「そうだね。どうせもう勉強から逃げてるのは事実だし、ここにいれば、カムフラージュにもなりそうだ。それじゃあ、同席させてもらうよ。もし僕が変なことを言ったら、遠慮なく指摘してくれると嬉しいな。まだまだ庶民生活のことは理解しきれてないから」

 フランツの席は一応とばかりに一番の上座に用意された。鎧を着るのは後でいいと、部屋の脇に片付けてから着席する。そして、タッシェンバッハ子爵は、一応司会者という立場なのでそのまま元の席に戻り、なんとか会議は再開される運びとなった。


☆☆☆


「さ、それでは話を続けましょうか。子爵様、長い時間がかかったようですけど、騎士団の財政具合は教えてもいいんですか? ダメって言われたんですか? そこがわからないと、話が先に進まないんですよね」

「そ、それはだな……」

 子爵は口ごもる。その様子だけで答えは出ているようなものだった。

「はぁ。ダメだったんですね?」

「すまぬな。国の重要機密である騎士団の懐事情を明かすわけにはいかぬと言われてな」

 こればかりは、騎士団側の言い分もわからないではないので仕方ないのだが、呼ばれた側としては、その「懐事情」こそが増税か否かに直結する要素だと考えているので、失望感は大きかった。

 あちらこちらから、ため息が漏れる。

「そうは言っても、なかなかに時間がかかってましたから、粘ってはくれたんですね。ありがとうございます」

「い、いや、結果そなたらの望みを叶えられなかったのだから、同じことだ。いずれにせよ、高級な武具を買い揃えるとなれば、増税の可能性があると思っても良いだろうがな」

 子爵の言葉は民衆を突き放す。弱い武具では装備の強化として不十分で、強い武器では庶民の生活を圧迫する。何をどうしても、この図式だけは変わらないのだ。それが、今の騎士団の蓄えだけでまかなえるような額の装備品なら、まだ民衆も納得するのだが。もちろん、戦力の強化という観点における目標の達成は置き去りにされ、そのことから人々の意識は逸れていくのだが。

「どこかの篤志家が寄付でもしてくれんかのう。武具でもお金でも良いから」

「会長さん、それはさすがに虫が良すぎますよ〜。命と引き換えに、なんていう考えもありますけど、生きるか死ぬかを抜きにしたら、その人のメリットが少なすぎますもん。まあ、現実的な落とし所で弱すぎなくて、高すぎない武具を選んでもらうよう期待するしかないでしょうね」

「あの、ちょっといいかな。議題は先ほどエルさんから聞いてるし、どっちの言い分もわかるんだけど、どうしてこの話に貴族の出資の話が出てこないのかな」

 エルリッヒと子爵、そして会長とエルリッヒの話を楽しそうに聞いていたフランツは、おもむろに疑問を投げかけた。

「あの、王子様、私には敬称はつけなくていいですよ? 王子様の方が立場が上なんだし」

「いや、そういうわけには。あなたは仮にも一国の王女、立場を尊重すればこのような呼び方だって失礼に当たるんだし。……と言いたいところだけど、本人の希望なら。そうさせてもらうよ。やっぱり失礼だと思ったらいつでも言ってくれていいからね。で、それはそれとして、さっきから疑問だったんだ。増税がどうとか、騎士団の財政がどうとか。貴族は聖職者と並んで税が免除されている。それに加えてみんなよりははるかに大きなお金を手にしている。もちろん、家屋敷や領地の維持にお金がかかるのはわかるし、みんなと同じ平民階級に属している使用人のお給金で多少は市中に還元されているのもわかる。でも、それでも自由になるお金は決して少ない額じゃないはずだよね。なら、そこからも供出させるべきじゃないのかな。どうして、そういう話になっていないのかな。これは、子爵に訊いたほうがいいかな?」

 それは誰もが口に出せないいた聖域を侵すような話。これができるのは、その上に立つ王家の人間だけだった。狙っていたわけではないが、早速、フランツが隣席することの効果が現れた。

「そ、それは!」

 当然、子爵の額には冷や汗が流れる。きっと、ここからの追及が一番面白くなるところなのだ。エルリッヒは、そう直感した。




〜つづく〜

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