チャプター31
〜王城 中会議室〜
一人目の男が籠手を持ち上げる。どちらかといえば軽めのパーツだ。男からしてもどんな金属でできているかわからないので、鉄の重さを想定して持ち上げてみる。
「どれっ! うっ! 子、こりゃあ重たい。確かに、普通の鎧よりは重たいようですぜ」
「どれどれ? 王子様の鎧を持てるなんて、光栄なことでさぁな。それじゃ、失礼して。俺はこの腰垂れを持ってみましょうかね。んっ! なるほど、確かに重たいですな」
「そんなにですかい? あっしは普段力仕事をしてますんでね、腕っ節には自信がありますぜ? それじゃ、皆さん遠慮してるようですからこの胴の部分を。ふんぬ!」
その男は確かにたくましい筋肉をまとっており、発言には偽りがないようだった。しかし、今までとは違い、部材の多い胴当てはびくともしない。
「な、なんだ! 全く、持ち上がる気がしねぇ。 こんなもんを王子様は着ていなさるってのか……はぁ……はぁ……」
男が諦めた時、すでに全身で息をしていた。全力で挑んだのだろう。ここまでの数人の様子で、この鎧がエルリッヒの見立て通りとても重たいことがはっきりとわかった。こんなものを軽々と着ているのだから、やはり只者ではない。誰の目にもそれが伝わっているが、それが好奇心をくすぐるらしく、並んでいる列が短くなる気配はない。
「じゃあ、今度は俺が。ふんっ! ぬおーっ!」
「あ、あのー、無理をしない方が。まだまだ後ろに並んでますし。さ、早く代わってくださいよ」
などと、すっかり何かのイベントのようになっていた。
☆☆☆
「これで全員ですか? あの、どうでしたか?」
「殿下、どうも何も、挑戦したみんな、もうヘトヘトになってますよ。いやはや、こんなものを身につけていなさるとは、我々は何と強靭な王子を戴いているのでしょうな。これは心強いばかりです」
もしこの王子が戦場に立てば、おそらくは相当な戦力で魔物を蹴散らしてくれるだろう。もちろん、次に国を背負う王子が前線に立つということは、危機的状態に陥った時ということだから、それ自体はあってもらっては困るわけだが。
「でも、予想通りでした。この鎧を難なく装備できるだけで、相当の戦闘能力を持っていることがわかりましたよ。その剣も、ただ宝飾の美しい剣ってわけじゃ、ないですよね? 国によっては、王家にのみ伝わる剣術があります。この国も、同じでしたっけ。本当に、心強いです」
優しい表情で話しながら、エルリッヒも鎧を手に取ってみた。これの重量、強度に一番興味があったのは、言い出しっぺのエルリッヒその人なのだから。
(ふむ、確かに重いな。うちのフライパンほどじゃないけど、普通の人間はこんなものをそうやすやすとは着られない。やっぱり、この王子様は底が知れない……)
エルリッヒ自身は”自称”料理人として培った腕力で軽々と鎧を持ち上げてみせるが、それでもその重量は認めるところだった。武器にしろ防具にしろ、重たいことが性能の全てではない。だから、重たいだけで頑丈だ、と評価することはできないのだが、未知の金属を失われた製法で鍛造したということなのだから、きっと強固な鎧に違いない。さすがに強度を試して壊してしまっては元も子もないので、実際に確認することはできないのだが。
「エ、エルちゃんにとってはなんてことないんじゃな。いやはや、すごいもんじゃわい」
隣で見ていた会長をはじめ、周囲の誰もが目を丸くしていた。全く意に介していなかったが、改めて見回してみると、注目を集めすぎてしまっただろうか。
「ん、私は普段から重たいお鍋を持ったりフライパン振り回したりして料理してますから。みんなも、料理をすればもっと力がつきますよ。あぁ、もちろん会長さんは無理をしないでくださいね?」
「う〜ん、それだけではないと思うんじゃがなぁ。まあ、とにかく、殿下がこのようなすごい鎧を着こなす猛者で、エルちゃんもこの鎧を軽々と持ち上げられるだけの力の持ち主、ということがわかれば十分じゃわい」
あまり力持ちと言われると、女の子としては複雑な気分だ。確かに、料理人として自然に腕力が鍛えられた自覚はあるのだが。すでに注目を集めてしまっていることもあり、テーブルの下にでも隠れてしまいたかった。
「な、なあ、コッペパン通りさんよ、このお嬢さん、何者なんだい?」
「俺たちがあんなに苦労したってのに」
「だな。料理っつーことは、うちの母ちゃんも実はこんなに強ぇのかな。恐ろしいぜ」
男たちの驚きように、フロイライン・フレアローゼンはすっかり置いてけぼりになっていた。もちろん、鎧を持ち上げることには一切興味がなかったので、みんながチャレンジしていく様をただただ冷ややかに見ているだけだった。彼女からすると、野蛮に見えて仕方がなかったのだ。
「全く、男たちの様子はまるで理解ができません。それよりも理解できないのはあなたです! エルリッヒ、あなたその腕でこれを持ち上げているというのはあまりにも不自然です! あなた、本当にただの料理人ですか?」
「えー、ちょっと、それは心外なんですけど。私はただの料理人です! じゃあ伺いますが、あなたはなみなみとスープが入ったお鍋を持ったことがありますか? 食材の入ったフライパンを振ったことがありますか? あなたがお店でどんなお仕事をされているかはわかりませんが、今言ったような物より重たい物を扱うことはありますか?」
この問いかけには、さすがにはっきりと答えることができない。「ない」と答えたら負けのような気がするし、「ある」と嘯くこともできなかった。もちろん、それなりに重い生地のロールを持ち運んだり、トルソーを移動させたり、といった作業はあるのだが、全ては弟子のお針子たちに任せている。今となっては重たい荷物を持つ機会など全くないのだ。それに、その重たい荷物も例に上がったようなお鍋などに比べれば十分に軽い。男たちがあれほど重たそうにしている鎧をいともたやすく持ち上げたことにはやはり納得いかないが、それでも、普段から自分より重いものを持っていて、腕力が鍛えられていることは間違いなさそうだった。
「……た、確かにありませんが……それにしても!」
「まぁまぁ。エルさんもフロイラインも、このくらいにしてはどうですか? 僕の顔に免じて。それよりも一番大事なのは、魔王が再び倒されるその日まで、無事に国民を守りきることなんですから」
まさかフランツが自ら仲裁に入ってくれるとは。こう言われては、二人とも言い合いなどできない。おとなしく鉾を収めることにした。フロイラインは、自分の席に戻っていく。
「こんな形でしかまとめられなくて、ごめんね。母上がお世話になってる手前、フロイラインの顔も立てておきたくて」
「いえいえ。ま、私の本来の出自なんて、そうそう理解できるものでもないですしね。私も、不必要に本来の姿を見せたりはしませんし、魔物の仲間だって思われることは悲しいから、できるだけ正体はバレないように過ごしてきましたし。この先この街で激しい戦いが起こったら、その時にどうなるかわからない、てところですね」
噂を耳にした人たちは、なんとなく「街の守護者のような存在が現れた」と考えているようだが、噂を耳にしていない人たちには、さっぱりなのだった。それでも、昔から心に留めてきた「人間として暮らす」ことが守られているのだから、むしろ嬉しいことなのかもしれない。
「それに、フロイライン相手に料理人としての矜持を宣言するのはまだしも、一応王女です、だなんて、とても言えませんよ。喧嘩を売ってるみたいです」
「はは。そうだね」
フランツが二人の端を仲裁したことで、なんとなくイベントムードも静まっていった。もちろん、それでも鎧が重かったことの話題性は失われていないのだが、フロイラインに続いて自分の席に戻っていった。
「それにしても、司会者さん遅いなぁ。何をそんなに……」
通路を確認するため、会議室の入り口に向かおうとしたその瞬間、
「皆の者、待たせたな!」
と、ようやく司会者が戻ってきた。もはや、みんなにとっては懐かしい顔だ。
「司会者さん!」
「司会者? あなたは、タッシェンバッハ子爵。そうか、子爵がこの話し合いの司会をしていたんだね」
フランツは、今まで司会者が誰なのか、ずっと気になっていた。だから、顔を見るなり近寄って行った。子爵といえば、貴族階級の中では比較的下位に属しているはずだ。そんな人物の顔と名前まで覚えているというのか。これには感心するばかりだった。
「ん? また呼んでいない者が来たのか? い、いや、あ、あなた様は!」
顔を合わせた瞬間は誰だかわからなかったようだったが、すぐにその正体に気づいたらしく、司会者の顔が徐々に青ざめて行った。
〜つづく〜




