チャプター30
〜王城 中会議室〜
「王子様、今の話し合いが終わったら、正式に回答させていただきます。断る理由はありませんけど、私にもお店がありますし、そのあたりの細かいことを決めさせてください」
お城に残る魔物に関する文献にチェックを入れ、資料としての価値を正していく。その楽しそうな話は、むしろ断ったらもったいないと思えるほどのものだ。
魔王が人間社会に侵攻を開始してから勇者が倒すまでの全期間、少なくともこの世界で暮らしてきている。全然の冒険者ほど多くの魔物には出会えていないし、自分で戦ったときはあっさりと倒してしまうので、もし奥の手を持っていたとしてもそれを知る機会がないままに終わっているのだが、それでも出会った魔物ついてはある程度の知識を有しているし、街や戦士たちからの噂話で知っていることも多い。そんな、これまでは自分専用だった知識を、公に役立てられる機会があるというのだから、面白いことこの上ない。
もちろん、門外不出の貴重な文献を直接読むことができる、ということへの好奇心もある。いずれにせよ、断る理由はどこにもなかった。
「あ、でも、そんな大事な話、一存でっていうか、思いつきで決めてしまっていいんですか? いくら王子様と言っても、際限なく自由には振る舞えないですよね? それに、権限だって、まだそんなには与えられてないって印象があります。その辺、大丈夫ですか?」
「そうだね。一応、学者たちには確認を入れてみるよ。でも、僕も文献の調査に協力してるんだけど、みんな、どこまで正しいのか、結構悩んでるんだ。だから、断られることはないはず。それにしても、僕の王子としての権限や裁量なんて、よく気にかけてくれたね。ありがとう」
朗らかなその表情は、次の王様としてどんな国政を見せてくれるのか、という期待をさせてくれるものだった。優しいだけの王では国は回らない。だが、厳しいだけでも回らない。
「ちょ、ちょっと! ここにいるわたくしたちを差し置いて話を進めないでくださいます? 今は、装備がどうという話をしていたはずですのに!」
「その話について、僕から言えることはもう言いました。この国の兵士たちは、比較的簡素な装備を身につけているんです。ですから、できれば装備品の買い替えにご理解いただきたい、ということです」
「殿下のお気持ちはよーくわかりました。後は、部屋を出て行った司会者殿がどのような回答を持って帰ってくるか、ですな」
「そうでしたそうでした。それが大事ですね」
話はまだ終わっていない。早急な増税が必要となれば、世論を動かすのは難しくなる。あくまでも、今まで通りの徴税、最悪でも緩やかでわずかな造成に留めてもらわなければ、多くの市民は納得しない。そもそも、議会や貴族だけの独断でことを進めるつもりがなかったからこそのお触れなのだから、そこのさじ加減はまだ生きていると思いたかった。
「とはいえ、時間がかかってますね」
「誰か偉い人が難色を示しているんじゃないんですか? 司会者さんは教えてもいいかって言いますけど、偉い人は教えられんと言って、また司会者さんがそれではみんなが納得しない、とか言ったりして」
「あぁ〜、ありそう」
「詳しい話の流れを把握していなくてごめんね。司会者とやらがいない理由、僕で役に立てるかな」
そういえば、フランツはふらりと現れて話に割って入ってきたのだった。城内に入ってから別れるまでの間に今日お城に上がった目的は説明したが、今、話がどこまで進んでいるのかについては入ってみるまでわからないはずだ。話を途中までしか聞いていないのも無理はない。
「えっとですね、装備を買うのはいいが、増税されたらかなわん、というのが多くの市民の正直な意見なんです。もちろん、購入そのものに反対する人もいますし、増税されても装備は強化すべき、という人もいるんですが、やっぱり少数派みたいですね。それで、増税も何も、今騎士団の財政状況がどうなっていて、このために自由に使えるお金がそもそもあるのか、あるならどのくらいなのか、なんていうのが知りたいんですが、司会者さんは最初言えるわけがない! なんていう感じで突っぱねてたんですが、後になって自分の権限じゃ教えてもいいか判断できないから確認する、という話になりまして、今確認しに行ってもらっているところなんです。……なかなか戻ってこないですけどね」
「そっか、僕も、騎士団の財政状況までは把握してないな。父上もお忙しいから直接許可を取りに行くのも難しいだろうし。もし、司会者とやらが悪い知らせを持ってきたら、掛け合ってみよう。それくらいならできるだろうし」
少々ずるい気もしたが、国や街を守るためだ、使える手段はできるだけ駆使するべきだ。そう言い聞かせれば、何も気まずいことなどはなかった。
そして、まだまだ司会者が戻ってくる気配がなさそうだったので、先日来気になっていた質問をフランツにぶつけてみることにした。
「あの、王子様。一つ質問してもいいですか?」
「もちろん。何?」
質問内容を話していないうちからフランツの返答は快い。彼はこの街を救った大いなる竜であるエルリッヒに全幅の信頼を寄せていた。国王と同じく、この国を魔王の危機から救う要としてみているのだ。
ここまで信用しているのは、他に挙げればコッペパン通りの人たちやゲートムントとツァイネの二人、それにルーヴェンライヒ伯爵家の者達くらいしかいない。
「王子様が着てるその鎧、実はかなり重いですよね。そんな鎧を軽々と着こなしてるあたり、王子様は戦士としてもかなりの素質があるとみているんですが、どうですか?」
「う〜ん、どうかな。この鎧は王子としての正装の一つみたいな者だからね。さっきも言ったように、歴代の王子が代々受け継ぐ者だし。もちろん、王族は王家に伝わる秘伝の剣術を学んでいるから、弱いっていうことはないと思うけどね。一応、民を守ることができる強さは持っていないとダメだから。そうだ、なんなら今から脱いで見せようか。誰かこれを持ってみれば、重さがわかるんじゃないかな。えぇと、そこのあなた、留め金だけ外してもらえますか?」
「え、私ですか? へ、へぇ。光栄です!」
お呼びがかかったのはノイエブルク通りの代表者。突然指名されれば驚くのも無理はない。だが、光栄に思ってしまうのが庶民の真理だ。
「ほら、鎧のつなぎ目に留め金がありますよね。籠手やなんかは僕でも外せるんですけど、こっちはそうもいかなくて」
普段も、使用人が着付けてくれているのだろう。いざという時、自分で脱ぎ着できない鎧というのは不便だろうが、もしかしたら実戦を想定していないのかもしれない。それにしては実用的な強度を持っていそうなのだが、そもそも鎧というものを身につけたことがないので、この辺りはあくまでも想像でしかなかった。
そんなことを考えている間に、留め金外しは終わったようだった。
「ありがとう。これで全部かな。それじゃ、ひとまず脱いでいくね」
みんなが注目する中、鎧を一つずつ外し、足元に置いていく。その度に、重たい金属音が身体中に響く。やっぱり、ものすごく重たいんじゃないかという疑念が確信に変わっていく。
「よし、これで全部脱いだよ。やっぱり、こうして軽装になると本当に身軽だね。それはどんな鎧でも一緒だろうけど。さ、誰かこれを持ってみてくれませんか?」
フランツが有志を募る。せっかくだったらということで、無造作に置かれた鎧の前には男たちの行列ができていた。
「会長さんは並ばないんですか?」
「わしはもう力も随分衰えておるでの。こういうのは、若い者の反応を見るのが一番楽しいんじゃて」
そう言いながら笑った会長の視線は、鎧に注がれていた。
「それじゃあ、いいですね? みなさん順番に、好きなパーツでいいので持ってみてください。本当に、エルさんの言うように普通の鎧以上に重たいのか」
そうして、鎧の重量を確かめるイベントが始まることとなった。
〜つづく〜




