チャプター29
〜王城 中会議室〜
突如現れた王子フランツに、一同は驚きを禁じ得ないでいた。当然、その姿を見たことのあるものは、ほとんどいない。だが、この場で王子と呼ばれれば、誰も疑ったりはしない。
「貴女は確か、フロイライン・フレアローゼン。我が家でも、貴女のデザインしたドレスはとても好評ですよ。いつもありがとうございます」
「そんな、滅相もない! それよりも、この娘のいうことが事実というのは、どういうことなのですか!」
相手が王子であろうと、何も変わらずにまくし立てる。その様子は、まさに烈火のごとくという言葉がふさわしい。一体、何が彼女をそこまで激しく駆り立てるのか。
だが、フランツも負けてはいない。少しもたじろぐことなく言葉を返す。
「このままでは、次の魔物の襲来があった時に、この街は滅ぼされる可能性が高い、ということです」
「納得できません! 野蛮な荒事は兵士の方々がどうにかしてくれるのではないのですか!?」
相変わらず、野蛮という言葉で片付けようとしている。それがどれほど的外れな言葉であるかは、もはや語る必要すらないというのに。それほどまでに、自分の信念を曲げるというのは大変なのだ。
「もちろん、兵士は全力で戦います。それより上位の騎士たちも戦うでしょう。大貴族の息子だからといって、後方から指示を出すだけ、というような戦いでは済まなくなる可能性もありますから。それに、そこのエルさんも戦ってくれると父に宣言してくれたと聞いています。彼女の参戦は、百人力どころか千人力でも足りないくらいではないかと考えます。でも、数には勝てません。想像以上の多数が攻め寄せてきたら、必ず手薄になる場所が出てきます。それに、僕たちは先日の魔物より凶悪な魔物が攻めてくることを想定しています。どう贔屓目に見ても、今の兵士たちの力では、勝てません。よくて大怪我を負いながらなんとか退治、というケースでしょう」
同じ話を町人であるエルリッヒがしても、フロイライン・フレアローゼンは信じてはくれない。だが、王子であるフランツの口から出た言葉であれば、一考の価値あり、と受け取る。発話者の肩書きは、思いの外大きかった。
「そ、そこの娘が戦ったところで、何になるというのです! それに、騎士団はただ手をこまねいて見ているのですか? それこそ、税金の無駄ではありませんか」
「これは手厳しいお言葉。ですが、知らないのですか? 彼女こそが、先日魔物の指揮官を倒してくれた立役者だということを。彼女がいなければ、我々はすでにこの世界にはいないでしょう。それに、騎士団も、次回の襲来に備え、何もしていないわけではありません。魔王時代の文献をもとに、次に襲ってくるかもしれない魔物が何であるかを割り出し、記録に残っている戦い方を参考に訓練を行っています。今ここで話している、装備の強化だって、対応策の一つです。どうか、ご理解いただけませんか?」
いつしか、全員がその話に聞き入っていた。特に、騎士団の取り組みについては、今まで全く聞かされていなかったので、とても嬉しい情報だった。それだけで太刀打ちできるものではないのだが、そこまでは意識が向かず、ついつい希望の光を見出してしまう。
「もう少し、僕の話を聞いてください。確かに、訓練の内容変えるなど、工夫はしています。ですが、それだけではどうにもなりません。あくまでも、互角に渡り合うだけの武具を身に付けていて初めて成立する部分も大きいんです。何度か視察しましたが、頑張っている兵士たちを、今の貧弱な装備では戦地に送り出したくはありません」
それは切実な願いだった。その言葉の重みを実感できるのは、やはりエルリッヒ一人しかいないのだが。
「……魔王時代を知っているものとして口を挟ませてください。次に来る魔物がどんな相手かは想像できませんが、例えば鎧を着た騎士の魔物を相手にするとします。相手は鎧に身を包んでいるので、その装甲を貫けるだけの武器が欲しいところです。盾を持っていることもあるでしょうから、負けないくらいでないと困りますね。もちろん、人並みに剣なども持っているでしょうから、打ち負けない武器や防具であることも求められます。他にも狼を巨大化させたような魔物かもしれません。ただの狼だって、普通に考えても脅威です。それが、大きくて凶暴になっているのだとしたら、どれほど恐ろしいか、想像する必要すらないですよね。それとも、もっと高位の魔族が襲ってくるかもしれません。私も数えるほどしか相対したことはありませんでしたが、身につけている装備は軽装でも、多彩な魔法を攻撃手段に持っています。もちろん、片手で大木をへし折るくらいの力も持っていますから、軽くいなされただけで大怪我をしてしまいます。さっき話したことともかぶりますが、次に来る魔物の特定ができない、いいえ、次どころかさらにその次以降の襲来すら想定される今、装備品を整えるということは、それだけ市民の安全に寄与する、ということなんです」
「エルさん、ありがとう。僕も、魔物と戦ったことはないから、実体験から来る言葉はとっても助かるよ。特に、鎧の魔物なんて、文献で見た通りだ。倒すことさえできれば、その鎧や武器を兵士に与えたり、資材にしたりすることもできるんだろうけど」
当時は「生ける鎧」などと呼ばれていたが、この国の文献にも記されているのか。それならば、いずれまた襲ってくる可能性もないとは言えないだろう。騎士団向けの敵としてぴったりなので一例に挙げたが、案外的を射ていたようだ。
当時出くわした時のことを思い出してみると、人といる時にはおとなしく護衛の戦士に任せていたが、自分一人の時には。攻撃の隙を突いて蹴り飛ばしてやったものだだった。エルリッヒの動体視力を持ってすれば攻撃を回避することは容易く、その力を以ってすれば、攻撃を受け止めることも容易く、相手の胴を盛大に蹴り飛ばすだけで派手に吹き飛ぶので、いずれ岩や樹木など、何かにぶつかってバラバラになってしまう。それで戦闘は終了だ。
「んー、王子様、お言葉ですが、連中の鎧、勝手に着ると呪われますよ?」
「何! そうなのかい? そこまでのことは文献にもなかったよ」
文献とは、得てして全ての情報が載っているわけではない。どこかしら情報に欠落があるものだ。もちろんその理由は様々で、単純に記録者の知識が足りない場合もあれば、記録者の意識から漏れていた場合もあるだろう。だから、安易に責めることはできない。
今回も、たまたまエルリッヒが知っていただけで、文献を読めば、むしろ知らない情報が記載されている可能性だってるのだ。そう考えると、一度読んでみたいと思えてきた。
「あの鎧の魔物、もともと中はがらんどうで、魔物の精神のようなものが宿らせてあるようなんです。なので、ある程度ダメージを受けると、それが抜けてしまい、倒したことになります。でも、誤ってそれを戦利品とばかりに着込んでしまうと、途端に鎧に支配されて、人を襲う魔物になってしまうんです! 曰く付きの鎧でも使っているのか、予め呪いをかけているのか、抜けた精神が鎧に宿るのか、その辺の仕組みはわかりませんけどね。だから、鎧自体は戦利品としての価値は全然ありません。あの頃はみんなそれを知ってましたからね。それに、放っておくと霧のように消えてしまうんです。だから、鋳潰して再利用、なんていうこともできなくて」
「そうか、残念というべきか、今知ることができてよかったというべきか。とにかく感謝するよ。もしよかったら、城の書庫にある魔物に関する文献を見てもらえないかな。間違っていたり足りない情報があれば、教えて欲しいんだ。それはきっと、この先多くの兵士の命を救うことになるだろうから」
フランツの瞳は、真剣そのものだった。こんな面白い申し出を、こんな真剣に言われては、無闇に断れという方が無理だった。少し考える素振りを見せた後、こう答えた。
「王子様、その話、改めてお返事させていただきます。少なくとも、今回の話が終わった後にでも」
〜つづく〜




