チャプター24
〜王城 城門〜
商工会議所での議論が終わった後、自治会長はエルリッヒを伴ってお城までやってきた。午後から、いよいよ各通りの代表者が集まって役人に意見を発表するのだ。長い事コッペパン通りの自治会長を仰せつかってきたが、お城に上がるのは初めてという事で、緊張を隠せないでいた。
それほどまでに、一般市民にとってお城というのは無縁の施設なのである。
「エ、エルちゃんや、ここから先は任せたぞい」
「も〜、頼りないなぁ。しっかりしてくださいね? すみませーん」
会長はあてにならない。結果論だが、お城に上がる事に慣れている自分が同伴していてよかった。そんなことを思いながら衛兵に声をかける。立っている二人は、知らない兵士だ。それなりの人数が持ち回りでここに立っているということなので、人材の豊富さがよく分かる。
「ん? 君たちは?」
「今日、お城で寄り合いがありますよね? あれで来ました。こちらはコッペパン通りの自治会長です。ほら、会長」
「お、おお、そうじゃったな。これで大丈夫ですかな?」
会長は衛兵に身分証を見せる。自治会長のような立場にあるものは、国から身分証を持たされる。もちろん、こういう時に用いるものだ。衛兵はそれを確認すると、何も言わすに会長に返した。
「はい、確認終了です。お通り下さい。でも、俺たちも集合場所までは聞いてないから、それは中でまた誰かに訊いてね。他の通りの人もいるはずだから」
「そっか、それじゃあ中で訊きますね。ありがとうございます。さ、会長、行きましょう」
「ああ、そうじゃな」
二人が門を潜ろうとすると、衛兵たちが槍を交差させて道を塞いでできた。
「ん? 何か不備があったんですか? そんな風じゃなかったですよね?」
「ああ、もちろん。身分証は国が交付するものだからね。偽造の痕跡もなかったし。そうじゃなくて、君だよ君。君は呼ばれてないだろう? 同伴者は認められていないんだ。だから、君はここまでだよ」
「申し訳ないけど、帰るかこの辺で待つかしていてくれるかな」
盲点だった。同伴者不可とはどこからも聞いていなかったので、気にせず会長の要請に応えたが、よもやこんなところで止められようとは。
衛兵二人の態度も悪くないから、強硬手段に出るのも忍びない。だが、ここまで来て門前払いを食うわけにもいかない。何としてでも、この先に進まなくては。
「ごめん、会長さん。先に行っててもらえます?」
と、一言断りを入れた上で、しばし思案の時を過ごした。こうしている間にも、他の通りの代表者が現れては城門をくぐり抜けていく。と同時に、同じように幾人かの同伴者がここで止められていた。彼らは皆、素直に諦めて引き返していく。おそらく、「不安だからついてきてほしい」とか、「お城見物がしたい」とか、何かしらの「さして重要ではない」要件でついてきたのだろう。
だが、エルリッヒは違っていた。こんなところであきらめるわけにはいかない。
「お嬢さん、まだいたの? 本当に待つつもり?」
「いつ終わるかわからないし、帰った方がいいと思うよ?」
「帰りませんよ。もし、私がここで引き返しでもしたら、どうなると思います? この私を追い返しちゃったことになるんですよ? これはもう、懲罰ものでしょうね」
あまり使いたい手段ではなかったが、正攻法が思いつかないので、少しだけいやらしい手を取ることにしてみた。これでうまくいけばいいのだが。
「えぇと、何を言っているんだい? だって君、呼ばれてないでしょ?」
「それとも、何か特別な理由でもあるの?」
「あるとも。大有りです! そもそも、私を誰だと思ってるんですか。私こそ、今回の話を最初に言いだした張本人なんですよ! コッペパン通りのエルリッヒといえば、お城の中でもそこそこ有名人なんですよ? それを知らないとあっちゃあ、まだまだですね!」
ついに、名乗りまで入れてみた。言ってることは概ね間違っていないが、お城で有名人というのは、それこそハッタリだ。誰かに確認されたら、すぐにバレてしまう。それでも、最終的に国王に話がいけば、それでゴールだ。ハッタリを効かせるの価値はある。
「ん? 誰だって? 一応、こう見えてもここに立ってるのが俺たちの仕事なんだよね。だから、あんまり話に付き合ってる時間はないんだけど……」
「そうそう」
正直若い娘と話す機会の少ない二人は、それなりにこのやりとりを楽しんでいるのだが、あくまでも表に出すわけにはいかない。ここは職務最優先だ。そっけない態度で追い払おうとする。
それでも引き下がらずに、話が長引くならそれはそれであり、というスタンスだ。
「なっ! 今の話が通じてない! 仮にも、私は竜の王女だってのに!」
「今度は何? 竜の王女? またまた面白い冗談を」
「だな。そういや、こないだ魔物が攻めてきた時、助けてくれたのが竜の王女だったんだっけ? 普段はこの街の住人として生きていて、赤い髪をした元気な女の子。王様が信じてるって話だから、立場上与太話ってバカにするわけにもいかないけど……」
話をしながら、エルリッヒから視線を動かせなくなった。今目の前に立っている女の子が、まさしくその特徴にぴたりとあてはまるではないか。
どこまでが与太話で、どこまでが事実なのかはわからない。だが、国王と面会したことがあるらしいこととまた魔物が攻めてきた時のため、国防の要として戦ってくれる約束をしたらしいことは、事実として伝わっていた。
「ま、まさか、本当に?」
「ヤー! 本当だよ」
「おいおい、いくらなんでも素直に信じる方がどうかしてるって」
一人は相変わらず信じようとしない。幸か不幸か、これまでこの噂とは無縁の兵士生活を送ってきたようだ。一時期は騎士団でもかなり話題に上っていたので、知らない者はいないと思われていたが、さすがに人数を考えれば、そんなことはなかったようだ。
「お前知らないのか? 騎士団の中でも信じてるやつは結構いるぞ? それに、あのツァイネ殿と親しいって噂だ」
「おい、そりゃ本当か? 竜の話が本当でも嘘でも、そっちの話は聞き捨てならんな。あの方は俺たちの憧れだ」
ここでもまた、効力を発するのはツァイネの名前だった。”そこそこ浸透している噂”より、平民出身兵士の中では伝説になっている先輩の方が、インパクトは大きい。
「あー、またツァイネの名前に負けたか。はいはい、そうですよ。私はツァイネの友達ですよ。わかったならここを通してくださいな。絶対怒られないから。早くしないと、会長さん緊張で倒れちゃいますって!」
「いや、だからな、そういう問題じゃなくてだな」
「用と資格のない者は通せないんだよ」
頑固と言うべきか、職務に忠実というべきか、それはわからない。だが、これだけ話しても全く先に進めないのは、少々ストレスがたまる。
何かもう一つ、いい手が思いつけばいいのだが。
「用と資格、ねぇ。用は、今回の話し合いに参加するため。資格は……そうだなぁ、竜の王女じゃ、ダメ?」
「ダメも何も、冗談にしか聞こえないだろう。それに、竜の王女って何だ。さっきの話は別にしても、本当に他国の王女様なら、お供の一人もつけずにこんなところに来るか」
「そうだなぁ。俺はあの噂、結構信じてるから、王女様ってのはありだけどなー」
これはもしや、突破口になるか? そう思ったらもう一押しだ。
「じゃあ、王様でも大臣でもいいから、確認してきて! ここに竜族の王女、コッペパン通りのエルリッヒが来ているけど城内に入れてもいいかどうか!」
「いいわけないだろ! 確認にだって行けんわ。持ち場を離れるわけにはいかないからな」
「ま、そーだよねー。俺、正直陛下や大臣様がどんな反応をするか、気になってるんだけどねー」
一人崩せても意味がないのか。これではダメだ。そう思った時、背後に気配を感じた。
「あれ? 君は……エル殿じゃないか! こんなところで会うなんて、奇遇だね!」
「ん? その声は……」
「今度は知り合い? 一体誰……」
「なっ!!」
その姿を前に、衛兵二人は硬直するのだった。
〜続く〜




