チャプター23
〜コッペパン通り 商工会議所〜
「外に出て魔物や盗賊と戦う機会のない人には縁のない話だと思います。でも、正直言って、この街の兵士のみんなは、装備がショボいんです。それだけ平和っていうことだと思うんですけど、この間の侵攻だって、よく死者を出さずに乗り切ったと思います。怪我人で済んだことは、奇跡でしたね」
「そんなに? やっぱり、俺たちにはよくわかんねーな」
「だな。俺たちからすりゃ、槍を持って鎧を着てたらもう十分だよ」
それがこの時代しか知らない人たちの率直な意見なのだろう。いつ魔物が襲ってくるかわからなかった魔王時代はもちろん、それよりも古い、いつ隣国が攻めてくるかわからなかった魔王前時代、兵士は末端に至るまでもっと強力な武具を身につけていた。
それが叶わない資源の乏しい国や貧しい国が魔物に対抗するため、あるいは時代によっては他国に攻め入るため、武装強化のための資金集め物資調達に奔走していたのを目の当たりにしたこともある。だから、今のような軽装の兵士が街を守っている現実は、平和の産物以外の何物でもない、とは思う。
だが、それではダメな時代になってしまった。幸い、この国では親衛隊には強力な武具が支給されているため、それらを製造する技術自体は残っているようだが、末端に支給するまでには至らないようだ。このあたりの事情は時代を問わず各国で共通していた。”偉い騎士”ほどいい武装を身にまとっているのだ。そういう人ほど安全なところにいるのにも関わらず、である。
末端の兵士は、予算の都合と身分の都合で、どうしても切り捨てられる実情があった。それでも、今のこの街の兵士よりはいいものを装備していたのだ。
「正直、あんな装備でまともにやりあったら、全く相手になりません。この間襲ってきた魔物は、私の見立てでは結構弱い部類でした。だから、まだなんとかやりあえた。でも、撃退に成功しましたよね? 指揮官は私が倒しましたけど、末端はなんとか倒すことができた。じゃあ、次も同じレベルの魔物を引き連れてやってくると思いますか?」
「そ、そりゃあもっと強いのがいるんなら、そいつらを連れてくるよな……」
「そ、そうなったら大変だぞ!」
「み、皆殺しだ!」
一部の人たちが途端に慌て出す。無理もない。前回のガーゴイルは雑魚だったから死なずに撃退することができた。でも、もっと強かったら、あの槍の穂先は通らないかもしれない。あの鎧では攻撃が貫通して防げないかもしれない。いわゆる”騎士様”はお城の守りで手一杯だろうから、末端の兵士がやられたら、次は民衆に矛先が向くのは当然だ。少し考えただけで、最悪の想定が浮かんでしまう。
「そうです。そのために、武具を揃えるべきだって言っているんです。魔王時代を経験した私が言うんです!」
普段、みんなとの時間の流れが違うことを否応なく意識してしまうから、この手の言葉はあまり言いたくないのだが、みんなを安心させ、納得させるには、これが一番だ。最終的には会長がみんなの意見をまとめて提出するが、自分の意見を言うからには、それが採用されてほしい、という本音はあった。
装備がしょぼいなどという理由ごときで無駄な死者は出したくないのだ。ただの一人だって。
「そ、そうか、エルちゃんはあの時代を知ってるんだもんな!」
「だ、だな。こんなに心強いことはねぇぜ!」
「ああ! 信じてついていけば大丈夫だよな!」
「あの、兵士の装備がダメだっていうことはわかったんだけど、結局、それを買うのは俺たちが納めてる税金でしょ? だったら、無駄遣いはしてほしくないな。もちろん、今回のことが無駄遣いだって言いたいわけじゃないんだ。でも、俺たちだって決して裕福な生活をしてるわけじゃない。だから、今税が重くなったら、それはちょっと飲めないところもあるって思っちゃって。国庫だって、無限じゃないだろうし、貴族連中が工面してくれるとも思えないし」
と、ここまであえて口に出してこなかった「資金調達」の話を持ち出したのは、ペーターだ。こう言うちょっと視点の違う意見は、議論の場においてはとても重要になる。この話題を避けては賛成も何もない。
「ペーターさん、尤もだと思います。昔、本当に昔、私が行ったことのある国の例を出しますけど、隣国を攻めたいけど物資が足りないから装備品を整えなきゃならない、なんて国がありました。そこは行商人から自国で取り扱っているものよりも上等の装備品を仕入れていました。でも、代償に、市民は重税に苦しんでいました」
「やっぱり……」
そういう実例を出されると、明日は我が身と思ってしまうのが人々の常だ。一様に、不安の色が広がる。窓から除く空は青く澄み渡っているのに、この会議室が少し暗く見える。
だが、あえて明るい表情を作った。
「ペーターさん、これは例その一です。次のケースは、魔物の侵攻に備えて強化したいっていうケースです。その国では、御用商人に装備品を手配していました。私も風の噂でしか知りませんが、無事に装備品の刷新に成功したそうです」
「でも、出所は税金なんだろう? それなら一緒じゃないか……」
ここまでの話は、まだ「事情と手法の説明」に過ぎない。話の区切りが良いからといって、話が終わったわけではない。ペーターの不安をなだめるように頷くと、話を続けた。
「騎士団、ひいては国が何かを買うんです。拠出元は税金以外ありませんよ。大事なのはその調達手段です。民衆の生活に大きな影響が出るような増税は全く褒められませんが、他で税金を確保できるなら、別にいいと思いませんか?」
「確かにね。でも、そんなにいい手段があるのかな。他の国や昔の事情は知らないけど、税金と言ったら俺たち平民から取って、貴族と聖職者は免除っていうのが常だとばかり」
みんなも頷いている通り、残念ながら古今東西ほとんどの国は同じ仕組みをしていた。むしろ貧しい層からしか徴税しないのだから、国とはなんと不公平なものだろう。税とはなんと不公平な仕組みだろう。エルリッヒもかつてそんな風に思ったものだったが、いつの間にか当たり前すぎて慣れてしまっていた。
だからこそ、違う仕組みを導入している国や、導入を試みようとした国のことは鮮明に記憶に残っていた。
「まず、私たちはこの国の財政状況を知らなければなりません。たとえば、いざという時のために貯めているお金があるとしたら、追加で税が重くなるわけじゃないですよね? たとえば、賭け事を公営にして税金を集めている国がありました。それはもちろん身を持ち崩す人も出るから一概に褒められた方法じゃないですけど、手を出さない限りはそんなに関係ないです。実際、その国の財政は潤っていたから、一定の効果はあるようですね。あとは、貴族からも課税しようとした国もありました。さすがに失敗したようですが。とまあ、お金の出所については、私たち一般市民には知りえない部分が色々あって、そこまで踏み込んだ意見を言わせてもらわないと意味がないっていうことです」
「な、なんだか難しいね。でも、一概に税が重くなるとは限らないってことだけはわかったよ」
「だな。俺たちもそれが引っかかってたんだ」
「だけどよ、兵士の装備を強くすることに決まったとして、どっから金を出すのかは俺たちの誰も知らねーわけだろ? 後から税が重くなるってのはなぁ」
「! そうだよ! その可能性はあるよな! 会長さん、その辺て確認できるのか?」
「い、いや、わしらはただ通りの意見をお城に出すだけじゃからな。そこまでの確認はできんじゃろう」
そうなのだ。ここでどれだけの議論を交わしても、お城に意見を提出した後の話までは検知できない。他の通りでそこまでの議論がなされているかはわからないが、とにかく、その問題はどうにかしてクリアにしなければならないだろう。
「……はぁ」
「ん? どうしたの? ため息なんかついて。もしかして、俺たちの様子に失望しちゃったんじゃ」
「ごめんよ、あんまりこういうことに詳しくなくて」
どうにもエルリッヒの言動は他の面々を一喜一憂させてしまう。どんな些細なことでも、もう少し言葉を足さなければならないだろうか。
「ごめんごめん、そういうことじゃなくって。一応聞くけど、私の意見に全面的に異論のある人は、いないですか? いないのも不自然なんだけど、いたら話を聞かせてください」
「いや、ねぇ。税金の無駄なんじゃって思ったけど、今の話を聞いたらそうも言ってられないってわかったからさ」
「そうそう。特にあたしら女どもは反対かなーって思ってたんだけど、考えが甘いってわかったよ。尤も、血気さかんなだけの男たちも、どうかと思うけどね」
じろり、と男衆に視線を向けるのはご婦人方。みんな、普段からよくしてくれる、心強い人たちばかりだ。少し苦笑いを浮かべた後、エルリッヒは立ち上がってみんなを一瞥した。そして告げる。
「ここはもう、私がやるしかなさそうですね。会長さんが意見を出しに行く時に、ついて行ってその辺の話をしてきます! なんとしてでも、みんなには納得して欲しいですから!」
まるでリーダーの演説のようなそれは、会議室中の拍手喝采を持って迎えられた。
〜つづく〜




