チャプター22
〜コッペパン通り 商工会議所〜
いよいよ、その日がやってきた。コッペパン通りとしての意見をまとめる日だ。商工会議所には、通りで商いをする商店主たちが集まっていた。
集まっているのは商店会に属する人間だけだったが、お触れについての意見は通りの住人全員に権利が与えられている。だから、商店主たちの家族や、他所の通りで働いている住人たちは、今集まっている面々に意見を託す形を取っていた。エルリッヒも、隣のおばさんたちの意見を預かる形で参席していた。
取りまとめ役のリーダーは、いつものように自治会長が務める。
「さて、それでは皆の意見を聞かせてもらおうかの。建設的な議論になることを願っておるよ」
「会長、それはいいんですが、どうやってまとめますか? 多数決でまとめますか? それとも、議論を戦わせますか? 俺としてはどっちでもいいと思うんだけど、ここに集まってるみんなと険悪になるのは避けたいですぜ」
議論が始まるや、釘を刺すように質問を投げたのは雑貨屋のディオ。普段あまり発言をしないのだが、珍しく一番に口を開いた。これにはみんなが頷く。
「そうだな」
「俺たちの結束にヒビが入るってのはよくねーな」
「でも、必要な議論はしなきゃダメでしょ?」
「議論することにも意味があるのかもしれないしね。普段税金の使い道なんて考えないし」
口々に意見が飛んでくる。エルリッヒはそれを「議論が起こること自体いいことだなぁ」と呑気に構えていた。しかし、それも束の間のことだった。
「で、エルちゃんはどう思う?」
「え、私!?」
突如、意見を求められてしまった。議論が白熱すればするほど存在感が薄くなっていくだろうから、みんなの意見をじっくり聞かせてもらおう。そんな風に考えていたのに、早速目論見が外れてしまったではないか。みんなの衆目を集めていて、もはやそんな状況ではない。
「いやー、私みたいな小娘の意見は後でもいいと思うんですけど……」
「エルちゃんや、他の通りの者らは知らんが、この通りの者は、エルちゃんの正体や、それにまつわる言い分を信じることに決めたんじゃ。小娘というのは、いささか謙遜が過ぎやしないかの?」
信じてくれていることは嬉しいが、ドラゴンとして卵から孵ってからの年月や、人間社会で暮らしてきた300年を超える年月を持ち出されると、少し複雑だったりする。
少なくとも、竜王族の寿命においては、未だに小娘に過ぎないのだ。
「そ、それはそうですけど……」
「それに、エルちゃんはもはやこの街にとっては守りの要。それでなくとも、このコッペパン通りでは看板娘でもある。ここで意見を問われたからといって、驚くことはないじゃろう」
そうだった。普段意識していないが、エルリッヒはこの通りに軒を連ねるコッペパン通り商店会のアイドル的存在になっていたのだ。
突然現れた若い娘が食堂を開きたい、という理由で屋敷を借り、営業を始める。それ自体は土地や屋敷も空いていたし、所定の手続きを踏めば誰にでも実現可能ではあるのだが、若い娘という点が珍しかった。物珍しさから、初めはみんなよそ者を見る時の目で見ていたが、そもそも人の出入りは比較的多い王都、田舎ほど排他的な社会ではない。だから、何度か店に足を運ぶうち、みんながみんな、この人柄に惹かれていった。そんなこと、もうすっかり忘れていたのだが。
「看板娘って、それは荷が重くないですか?」
「そうは言っても、みんなが注目しとるんじゃ、何か意見を聞かせてはくれんか? 隣の二人の意見も預かっておるじゃろう? それに、いざとなったら一番危険なのはエルちゃん自身かもしれん。ならば、その意見を尊重するのは道理じゃて。何、わしらは誇らしいんじゃよ。エルちゃんがこの通りの一員で。例えここを選んだのが偶然だったとしても、結果は結果じゃからな」
多くの思いを噛みしめるような自治会長の言葉に、一同が強く頷いている。しまった、これでは逃れられない。
「はぁ……」
ここはひとつ、腹を据えることにした。波紋を呼んでもいけないので、言葉はよく選びたいし、さっきディオが言ったように、ここにいるメンバーの結束は大事にしたい。
長テーブルに座るみんなの顔を一瞥すると、口を開いた。
「わかりました。それじゃあ私の……私と、おばさんたちの意見から述べさせてもらいます。まず、おばさんたちの意見なんですが、何度も私に相談をしてきて、その都度説明をしてあげたので、一応二人が考えて出した結論ってことになってますけど、だいぶ私の意見に寄ってます。多分、みんなもそれはあると思います。だから、その辺りは差し引いて考えてください。後、みんなが私のことを尊重してくれて、正直とっても嬉しいです。でも、今から話す意見を採用するかどうかは、会長さん、会長さんの判断に委ねます」
「よかろう。わしも、曲がりなりにもこの通りの取りまとめ役を仰せつかっておるからのう。そこは責任を果たそうじゃないか」
ここまでの前置きができれば、後は持論を展開するだけだ。勢いで押し切ってしまおう。
「まず、今日の議論の方向性ですが、私は多数決で決めるより、みんなの意見を聞いて、会長さんが賛否のどちらかを採用するのがいいと思います。これは、会長さんに責任を押し付けるっていうことじゃありません。みんなも色んなところで議論したと思うんですけど、兵士の武具の購入なんて、どっちに考えても一長一短ですから。もちろん、皆さんがここでも議論を交わしたいって思ったり、多数決で多い方にしようっていうことを考えていれば、それでもいいと思っています。大事なのは、最終的に意見がまとまることと、その過程でみんなとの結束が失われないことですから」
「本当に、その通りじゃ。わしは、エルちゃんの言い分を採用しようと思うが、どうかの? まずはみんなの意見を一通り出してもらって、その言葉を元に、賛否のどちらかに決める」
「俺は、それでいいです」
「俺も」
「だな。正直、自分たちじゃ決めかねるから誰かに決めてもらえるんなら、なんだっていいってのもあるな」
「あー、わかる。その点、エルちゃんと会長の見識なら信じられるしな」
「じゃ、その方式でいいか」
「異論のある奴、意見を出すなら今だぞ〜」
誰も、異論を唱えようというものはいなかった。議論の場において、全会一致というのはあまり面白くはないし、意見に穴があった場合、誰かの指摘があった方が良いのだが、ここまではさほど大きな話でもなく、ここに政治に関わるような人間がいないため、まあこんなものだろう。
エルリッヒがこれまで暮らしてきた町でも、地域の寄り合いの雰囲気は似たようなものだった。
「じゃあ、私の提案した方法でいいですね? 後から文句を言うのはなしですからね。それじゃ、お待ちかねの私とおばさんたちの意見です。私は、考えるまでもなく、装備の強化をするべきだと考えます。おばさんたちも、同じ意見だそうです」
「おお!」
「そ、そうか」
「よっしゃ、俺の意見はエルちゃんと同じだった!」
「で、その理由は?」
やはり、それなりに波紋は起きる。ここにいる全員が賛成意見を持ち寄っているようなことはないだろうから、反論があるとしたら、それは楽しみだ。だが、今は持論の展開を求められている場所。それには応えなければ。
「それは簡単な話です。兵士の装備がしょぼいからです! みんなは、お城の兵士のみんながどんな装備を身につけているか、見たことがありますか?」
「えーっと、兵士を見かけることはあるけど、装備までは……」
「確かに。なんか、いろいろいるよな。槍を持ってて、革でできた鎧を着て、笠みたいなのをかぶってるのとか、鉄の鎧を着てるのとか」
「そうそう、そんな感じだったね」
「俺たち、案外うろ覚えなんだな……」
「私なんて、全く興味ないから全然覚えてないわ」
口々に出てくる言葉は、予想通りのものだった。
「ですよね。まず、その辺りから解説しますね」
そうして、再び口を開いた。
〜つづく〜




