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竜の翼ははためかない9 〜竜王伝説〜  作者: 藤原水希
第三章 ルーヴェンライヒ伯爵家の場合
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チャプター21

〜夜 エルリッヒの部屋〜



 夜、エルリッヒはベッドで今日の出来事を思い返していた。

(なんか、大変な1日だったなぁ……)

 伯爵の家にお邪魔したのは昼下がりのこと。屋敷を出たのは夕食を終え、一休みした後だから、もうすっかり夜も更けていた。普通こんな時間に出歩いたりはしないのだが、成り行きもあるし、ゲートムントたちが送ってくれた。別に、どんな不審者に襲われても絶対負けないのだが、そこは家まで送り届けるのが男としての礼儀なんだそうである。正体がばれた今、そんな必要がないことは百も承知だろうに、紳士的に振舞おうとしてくれるのだから、嬉しいやらくすぐったいやら。それよりも、初めてお目にかかった王子フランツだ。彼はお忍びで城を出てきているから、供の一人もつけずに帰るというのだ。身の安全というものを考えればお忍びで出かけること自体危険極まりないというのに、ましてあんな深夜に一人で帰ろうというのだ、周囲が心配したのは言うまでもない。

 品の良さそうな青年があんな仕立てのいい鎧を身にまとって歩いているのだ。のほほんとした貴族のお坊ちゃんにしか見えない彼の姿は、比較的治安のいいエッセン通りからお城までの道を考えても、強盗に狙ってくれと言っているようなものだ。

(いやに自信ありげだったけど……)

 もしかして、フランツはめちゃくちゃ強いのでは、という疑問が浮かんでくる。装備品が強さのバロメーターにならないことは人間社会での300余年で十分に分かっていた。だから、いくら王子として最上級の武器防具に身を包んでいても、その実見掛け倒し、なんていうことはいくらでもあり得る。今までも、本当に金に物を言わせていい装備を着込んでいるくせに実力の伴わない戦士はいくらでもいた。人間の王侯貴族と縁を持ったのはこれが初めてだが、王族が戦士としての実力を持っていなくても、正直何も驚かない。

 もちろん、民衆は王族に国一番の実力を求めて夢を見がちだし、王家に伝わる剣術や秘技で本当に国一番の剣士の名をほしいままにしているケースはあったと聞く。だが、平和だったこの時代の王子がそうだというのは、いささか夢を見過ぎではないか、と考えていた。

 しかし、ハインツが見抜いたように、エルリッヒもまた、彼の鎧が装飾性を追求しただけのお飾りでないことを見抜いていた。素材そのものまでは判別できないが、金属部分の厚みがしっかり取られていること、それに伴って、防御力が高そうだが、その分重量もしっかりそうだということ。

 武器についての見立ては装飾の美しさしか見て取れなかったが、親衛隊があのように特別な剣を支給されているのだから、きっとただの豪華な剣ではあるまい。

 あんな重量のある鎧を軽々と着こなすのだから、剣さばきが二流ということも考えづらい。であれば、穏やかな顔をして相当な実力者という線は十分に考えられる。夜道を一人城まで帰るというのもわからない話ではなかった。

(そこんとこ、今度ツァイネに聞いてみるかなぁ。……気になるし)

 ごろり、と寝返りを打つ。次の考えてしまうのは、騎士団選抜大会のことだ。まさか、あそこまですんなりと話が進んでしまうとは。そして、ツァイネがあそこまで細かく色々と考えていたとは。

 騎士団のことはあくまで騎士団の問題でしかないが、緊急時、騎士団が冒険者ギルドの面々を指揮する臨時体制ができるかも、となれば話は別だった。

 あくまで仮定の話にどこまで真剣に思い入れるか、という問題はあるものの、騎士団の内情にも詳しいツァイネが言い出したことだ、当たらずとも遠からずというのが実際のところだろう。

(実際のところ、どこまで上手く行くんだろうな……)

 大貴族たちの妨害工作、慣れない大会運用、裏工作。考えれば不安要素は色々あるのだが、それら全てを乗り越えなければ健全化は難しいというのも、また一つの事実である。

(騎士団が指揮するって言っても、ギルドのみんなを直接駆り出すんだから、守るのは市街地に決まってるよね)

 ギルド自体は民間の同業者組合に過ぎないが、冒険者ギルドだけはその性質上国営組織だ。ギルドの名を名乗っているが、同業者組合などではないため、所属する冒険者たちは皆有志の市民兵に過ぎない。城の防御を任せるには信が足りない。だから、間違いなく市中を守ることになるだろう。そこに、無能な指揮官がいようものなら、どんな状況になるのか、想像したくもない。

(平民を馬鹿にする貴族なんて、一人もいないって思いたいけど、そんなことないもんなぁ……)

 つい、この間の嫌な記憶が蘇る。まさか、あんなスケープゴートに仕立てられるとは思わなかった。あの段階で正体がばれてしまったわけではなかったからよかったが、あの時はタイミングが良過ぎた。まさか、魔物が人間に化けていると言われるとは思わなかった。本当に、心臓が止まりそうになった。

(本当に、この国に仇をなさなくて済んでよかったよ……)

 今でこそ終わった話だが、決していい記憶ではない。貴族社会の嫌な部分をまざまざと見せつけられたものだ。国王やルーヴェンライヒ伯爵のような素敵な王侯貴族もいるのを知っていたからこそ、今でも気にしないでいられるのだろう。

「……」

 なんだか、色々なことを考えてしまって、なかなか寝付けない。そっと身を起こし、窓際のカーテンを少しめくってみた。

「……明るい」

 ここからでは月は見えないが、月明かりに照らされた夜空はやはり明るい。星々の輝きも、少しばかり勢いを弱めているのがよくわかる。

 この穏やかな夜がずっと続くことを願わずにはいられない。この先も、ここで楽しく暮らしていきたいのだ。できれば魔物が攻めてきても一介の市民として振舞っていたいが、そうも言ってられない。国王にも全力で戦うことを約束したし、自分が出し惜しみをしているせいで犠牲者が増えた、などということになっては何よりも辛い。この力を大手を振って役立てることができるのだ。これまでずっと危惧していたことを気にしなくても良い。ましてこの街に恩返しができるとなれば、こんなに嬉しいことはない。

「まぁ……そんな日はこないまま魔王が討伐されるのが、一番いいんだけど……」

 と、小さく呟く。

 魔王討伐といえば、やはり気になるのは勇者の存在だ。当時の勇者は、本当に何者で、魔王との戦いで何があったのか、そして、魔王封印後、どこで何をしていたのか。末裔というのは本当にいて、本当に魔王討伐の旅に出ているのか。先日フォルクローレと話した話題は、結局のところ結論を出しようがない。当時を知ると言っても、それは同じ時代を過ごしてきただけであり、彼らの冒険に付き添ったわけでもなんでもないのだから。

 まして、森の奥の農村で畑仕事を中心とした生活を送っており、勇者一行の冒険譚が届くのは毎回毎回随分と後になってからだった。世界中に、こういう「勇者が訪れなかった町や村」が存在しているのだ。魔物の脅威も、やはり都市部に集中しており、田舎は比較的のどかなままだった。それでも、人々の心には不安の炎が灯っていたので、勇者の物語や噂話にはみんなで喜んだものだった。

 しかし、本当にその話が全て実話だったのかというと、これもまた、あの時のムラの仲間は誰も証明できない。わざわざ舞台になった街や洞窟に赴くようなことはまずないからだ。時が経ってしまった今はともかく、あの当時であれば、そう言った現地に赴けば、真偽くらいははっきりしただろうが。

「勇者……か」

 100年後の今、彼らの冒険は伝説になっている。が、古今の伝説や神話と同じく、細かいエピソードの真偽は怪しく、今この時代には、「実は魔王は倒されていなかった」という事実だけが置き土産として重たく残されていた。

「伝説なんて、アテにならないもんだね……」

 恨み節のようなつぶやきは、わずかに月明かりの差す部屋の中で、かすかに響き渡った。



〜つづく〜

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