チャプター20
〜ルーヴェンライヒ伯爵邸 大広間〜
ツァイネは窓辺に立ち、すっかり日の落ちた外を眺めながら話を続けた。
「大事なのは、大会で優劣を決めることだけじゃない。騎士、貴族が地位と名誉を賭けて戦うって言ってるんだ。やる気のある人は訓練にも身が入るさ。当然、今回振るい落とそうとしてる名ばかり指揮官たちは、そんな殊勝なことはしない。下手をしたら、家柄に物を言わせて裏工作に走るかもしれない。勝ち負けの裏工作どころかどんな手を使ってくるか、想像もつかないよね」
「そうだな、それはあるだろう。危惧すべき事態だ」
伯爵は重々しく頷く。それに呼応するように、フランツもゲートムントも、エルリッヒもエルザも、もちろんハインツも、忙しく頷いている。
その様子を窓越しの反射で確認すると、再び口を開いた。
「だから、何かしらの裏工作に走れば、それを捉えて処罰したらいい。鍛錬してないだけで、もうそれは退役の対象だしね。そうして、まともな騎士だけを残していくんだ」
「それで、魔物が攻めてきたらどうするのだ?」
「そう、僕もそれは気になったんだよ。魔物はいつ攻めてくるかわからないからね」
もし、騎士団の洗浄が終わらないうちに魔物が攻めてきたら。もし大会中に攻めてきたら。そんな不安が二人の頭をよぎっていた。もちろん、いつであろうと魔物が攻めてきたら立ち向かうだけなのだが、混乱は避けられないだろう。しかし、ここでもツァイネは落ち着き払っていた。相変わらず、その頭にはすでに何かしらのアイディアがあるようだ。
「今言った通りだよ。きっと、大会を開く、なんて言ったらまともな騎士は今以上に訓練を開始する。それなら、準備は今以上に整うと言っても問題ない。それで、いざとなったら、大会の存在を盾に特例編成と言って伯爵たちが再編すればいい。名ばかり指揮官には、『大貴族のご子息に何かあったら困る』とでも言って、屋敷に帰ってもらえばいい。こんなこと、平時じゃなかなか言えないけどね」
「なるほどな。なかなかにいい案だ。もちろん、大貴族連中も阿呆ではないから、何かしら手は打ってくるだろうが、ばその場で対処していけば良いか。今これだけ思案できているのであればな……」
「うん! ツァイネ、僕も早く開催したくなってきたよ! ワクワクするね!」
普段どんな生活をしているのだろう。フランツは興奮を隠しきれない様子だ。穏やかそうに見えるが、意外と血気盛んなのかもしれない。それに、楽しそうだと思っているのはゲートムントも同じだったし、エルリッヒも直接関係はないものの、ボンクラ貴族を追い落とすのは面白そうだと思っていた。
一方、エルザはあまり血生臭いことが好きではないため、みんなが無事であればそれでいい、とだけ考えていた。それよりは、父の表情から憂いの色が薄れ、フランツが楽しそうにしているのが嬉しかった。
「それでは、まずは私が公爵殿に王子からの内々の相談、ということで騎士団の再編と、そのための大会の開催を打診しよう。殿下、いざという時は、頼みましたぞ」
「うん、任せて。でも、僕は全面に出ちゃダメなのかな。ツァイネの意見は逐一尤もだから、僕が直接言ってもいいんじゃないかと思うんだ。ダメかな」
フランツは、むしろ積極的に関わりたがっているように見える。確かに、その方が発言力があるのではないか、と思われたが、ここでもツァイネはその言葉には乗らなかった。
「殿下、それはダメだよ。伯爵たち貴族と違って、王族は政争の中心だ。あくまで内々に不安を打ち明けた、という形で関わることで、余計な諍いは避けたいんだ。即位前から汚い貴族社会の陰謀にはあんまり巻き込みたくないしね」
「ツァイネ、ありがとう。だけど、僕のことなら大丈夫。できることがあったら、いつでも言って欲しいな。王子がこの国を憂いてはいけないなんて法、どこにもないだろう? だったら、もっと関わらせて欲しいな。それに、何政争に巻き込まれるなら、今から乗り切れなくちゃ、次の王としてやっていけないと思うんだ。だから……」
フランツの気持ちは、ツァイネにも痛いほど伝わってきた。だが、だからこそ守りたいのである。友人としても、国家の王子としても、何必ずやってくるであろう即位の日までは、少しでも自分の時間を過ごして欲しいのだ。
「俺の方こそ、ありがとう。でも、そこまで言ってくれる以上、今回の話にはこれ以上表立って関わってもらうわけにはいかないです。尚更ね。だから、その分大会開催が決まった後のアイディア出しみたいなところでは、アイディアを借りたいな。知恵、貸してくれるでしょ?」
「ああ、もちろんだ! 僕でよければ、どれだけでも力になるよ!」
一瞬しょげたような様子も見せていたが、すぐに表情に力を取り戻す。この辺りの扱いを、ツァイネはよく心得ていた。それは、親衛隊としてフランツに接する時間がそれなりにあったツァイネならではの手腕である。
一通り話を出し終え、それぞれが安堵の表情を浮かべ始めたところで、エルリッヒが口を開いた。
「ねえツァイネ、ひとつ疑問なんだけど、いい?」
「もちろんだよ。何?」
相変わらず窓の外を見つめたまま、ツァイネは朗らかに返す。
「さっきからずっと窓の外を見てるけど、誰かいるの? 少なくとも、怪しい気配は感じないけど。それとも、私たちにも内緒にしてるさらにもう一人が来るの?」
「なんだ、そんなことか。さすがにもう一人来るようなことはないよ。ここに移動したのは、ただの気分転換さ。ずっとソファで座って話をしてたら、お尻が痛くなっちゃってね」
「なっ! ツァイネ、お前! 俺はてっきり何か意味があってそこに行ったのかと思ったのに!」
「私も思いました!」
「僕もだよ!」
「うむ……そなたのことだから、てっきり何か意味があるものだと思ったぞ」
「みなさん、ご意見は同じようでございますな。ツァイネ様、本当に、何もないのですかな?」
サイトにハインツが穏やかな表情で尋ねてくる。穏やか瞳、柔らかい声色、丁寧な言葉遣い、それらを全て備えたハインツは、その一方で一切の隙がない。
ツァイネもこれには面食らってしまう。
「え、えーっと、あの、本当に何もないんだけど、なんか、すみません」
「謝ることじゃないんだけどねー。でも、みんな気になってたってことだね。どれどれ?」
本当に自分の目で確認するため、エルリッヒも窓際に立った。さっきまでツァイネが見ていた窓の先の景色をじっと目を凝らして見つめてみるが、確かに何も特別なものはない。
人間以上に夜目の利く自分が見て何もないのだから、少なくとも今の時点では、ツァイネの言い分に嘘はないのだろう。言葉尻からも、何かを隠しているようには感じられなかった。
ただ、いきなり窓際に移動するという行為は、あまりにも意味ありげだった。
「まーったく、いきなりここに来るから、何事かと思ったじゃん」
「だから、勘繰らせちゃってごめんって。俺も、こんなに疑われるとは思わなくて。ただ、会話にメリハリをつけたかっただけだからさ」
やはり、その言葉に嘘はなさそう。ならばこの話はここまでで良いか、と追及の手を緩めることにした。もし疑いの通りに不審者がいれば撃退すればいいだけだし、内緒の追加客がいるのであれば、それはこの話に関わる人物のはずだが、そのような者が来ないうちに話がまとまったということは、いない、ということでもある。
「こっちこそ、変に疑っちゃってごめんね。本当に何かあれば、今まで何もないってことはないもんね」
「そうだよ。みんなが一斉に俺の方を見るんだから、今日一番焦っちゃったよ」
そっと胸をなでおろし、再びゲートムントの隣に座る。
「あー、なんか、話してたら喉が渇いちゃった。ハインツさん、すみませんが水をいただけませんか?」
「それもよろしいですが、お夕飯、できておりますよ?」
その意外な言葉に、思わずゲートムントが声を上げる。
「それって! 俺たちもってことですか!」
「はい。せっかくでございますので」
「あの、僕も、いいんですか? 突然来ちゃったんだけど……」
不安げなフランツの様子にも、ハインツはにこやかな顔を崩さない。
「もちろんでございます。殿下がいらっしゃった後、密かに手配をいたしておりましたので。それに、王子殿下にご列席いただけるなど、当家の誉れでございます。ですが、お城でも、お食事が待っているのではありませんか?」
「いや、せっかくだから市井の食堂とやらに行ってみたいと思っていたから、帰りが遅くなることはこっそり伝えて出てきたんだ。だから、僕も大丈夫だよ」
その言葉に、ハインツは一層にっこりとした。
「それはよろしゅうございました。それでは、食堂にご案内いたします」
そうして、世にも賑やかな夕食どきが始まるのだった。
〜つづく〜




