チャプター18
〜ルーヴェンライヒ伯爵邸 玄関〜
「はい、どなたですか?」
玄関のドア越しに、ハインツが応対する。先ほどの話から、もう一人くるとは聞いていたが、それ今扉の向こうにいる相手とは限らないし、害のない相手とも限らない。
穏やかな声色の向こうには、執事としてこの家を守るのに必要な経験と知識が研ぎ澄まされていた。
『あの、私はフランツと言います。ツァイネの招きで来ました……』
いささか気弱そうな気配を感じたが、精悍な声をしている。ツァイネの名を出した以上、怪しい者ではなさそうだ。いい若者なのだろう。
念のため、身構えたまま鍵を外すと、ゆっくりと扉を開けた。
「フランツ様ですね? お待ちしておりました」
「ありがとうございます。日が落ちてきちゃって、どうしようかと……でも、無事にたどり着けてよかったです」
カンテラの火を落としながら、青年は穏やかに話す。その様子は、どこか世間知らずのように見えるが、身にまとっているのはプラチナブルーの地金に金の装飾が施された鎧。あまつさえ、真紅のマントすら垂れ下がっている。エルリッヒたちは四人目の来客について、その素性を明かさなかったが、話の筋からするとルーヴェンライヒ伯爵家をしのぐ家柄の子息だろうか。
侯爵家の誰かだろうか。いや、騎士団を動かすのであればまだ足りない。となれば、公爵家の人間だろうか。もしそうなら、とんだ来客である。
さすがに、貴族名鑑までは把握しきっていない。それに、フランツという名前はありふれていて、それだけで特定するのも難しい。この辺りは、やはり大広間で紹介してもらうしかないだろう。
「さ、お荷物をこちらへ。皆様大広間でお集まりです。ご案内致しましょう」
「ありがとう」
ハインツの見立てでは、この鎧は決して見掛け倒しの装飾品ではない。金属部分の厚みはしっかりあり、防御力、すなわち重量もある。こんなものを軽々と着こなし、平然としている時点で、ただの貴族の小倅ではなさそうだ。少なくとも、”しっかりと”鍛錬を積んでいる。
手荷物はカンテラだけ。同じエッセン通りのどこかにある自宅からやってきたのだろうが、この辺りは世間知らずの貴族のおぼっちゃまといったところだろうか。そして、いくら日が傾いているとはいえ、こんな目立つ鎧を着て街を出歩いているのはいささか不自然だ。市中を出歩くのであれば、鎧を着込んだりはしない。
そして、腰に下げられた剣をちらり、と見た。
「……」
柄と鞘だけでは判断しきれないが、かなり仕立てがいい。そこまでで得られる情報では、名剣のように見える。鞘の中に隠された刀身が見てみたいものだ。
「さ、こちらでございます」
第四の客は確かに怪しいが、一切殺気を感じないため、悪人でないのは間違いない。今のこのわずかな時間でも、ただ者ではないことは十分に伝わってきた。きっと、この話は面白くなるだろう。
「旦那様、お客様をお連れしました。フランツ様とおっしゃられるそうです」
「おお、そうか。ご苦労だったな。フランツとやらも、遠路わざわざ相済まぬ。ツァイネからの招集とのことだが……」
立ち上がり、ねぎらいの言葉をかけながら歩み寄り、ようやく来客の姿をはっきりと捉えた。
「なっ! で、で、殿下! フランツ殿下ではありませぬか! なぜこのような場所に!」
目の前にいたのは王子その人だった。当然、仕掛けたエルリッヒたちと、事情を聞かされていたエルザは知っていたが、伯爵とハインツは驚き、そして恭しく頭を下げた。
「なぜ、と言われても、そこのツァイネに誘われたから来たんだけど。もしかして、僕が来ることを聞かされていなかったの? だとしたら、ツァイネも人が悪いなぁ」
「ツァイネよ、もう一人くるとは言っていたが、殿下がお越しになるとは聞いていないぞ。然るべき準備というものがあるのだ」
「伯爵、それじゃあお忍びにならないと思います。これから話す内容は、一部の貴族連中を敵に回す話なんですから」
伯爵家で要人を出迎える準備をしていれば、それだけ怪しまれかねない。そう考えてのことだった。もちろん、いたずら心がないわけではなかったが。
「さあ、ツァイネ、まずは自己紹介をしてくれるかな? 君と伯爵以外は、初対面になるよね?」
「そうですね。それじゃあ順番に。まず、あちらにいるのが伯爵のご令嬢エルザさん」
「初めまして、殿下。エルザ・フォン・ルーヴェンライヒと申します。いつか舞踏会などでお目にかかる機会もあるかと思っておりましたが、よもやこのような機会にこのような場でお目にかかるとは思いませんでした。以後、お見知りおきを」
ソファから立ち上がったエルザは、さすがに貴族らしい上品な立ち居振る舞いで挨拶する。
「それから、こっちがエルちゃん」
「え、いきなり愛称から? えーと、初めまして、王子様。コッペパン通りで食堂を営んでいるエルリッヒと申します。陛下とは何度かお目にかかっておりますが、殿下とは初めてになりますね。殿下も、よろしければ気軽にエルとお呼びください」
「エル、エルリッヒ! そうか、君があのエルリッヒか! いや、話は父上から何度も聞いているよ! なんでも、竜の王女だそうだね! どう見てもそうは見えないけど、すごいんだろう? いつかその強さを見せてくれるかい!?」
フランツの前のめりな様子には、つい身構えてしまう。が、国王が自分のことを何度も話してくれていたというのは驚きだった。そうなると、今までの態度に嘘は見られなかったが、やはり信じていいのかもしれない。
「え、えぇと……」
「ほら王子、エルちゃん困ってるから。最後に、こっちがゲートムント、俺の相棒の槍使いだよ」
「あ、えーと、どうも、ゲートムントです」
こちらは先ほどと同じだ。まして、相手は同世代の王子、これはこれで緊張してしまうし、どのように挨拶すればいいかもわからない。
「そうか、君が。君のこともツァイネから聞いているよ。噂に聞く天下無双の槍さばきも、いつか見せてくれるね?」
「お、おう。じゃなかった。は、はい!」
王子なりの配慮か本心か、歩み寄ってくれるのはとても嬉しかった。表情を見る限りは、本気でゲートムントの実力を見たがっているように見受けられた。
「最後は僕の番かな。どこまで知ってるかはわからないけど、僕はフランツ・ヴォルフガング・レーデ…。最後まで名前を言う必要なないよね、長いし。この国の第一王子だ。いや、第二王子はいないから第一はつけなくても一緒か。とにかく、次の王位継承権は僕ってことになってる。まだ権力も立場も実績もないけど、この国を思う気持ちは父上にも負けないつもりだ。これからよろしく。それで、大体の話はツァイネから聞いてるよ。騎士団の組織洗浄を行いたいんだって? ここから先は、ツァイネと伯爵、どっちに聞いたらいいかな」
「じゃあ、言い出しっぺの俺から。伯爵にも今話してたところなんだけど、実力も何もない、家柄だけで指揮官をやってる貴族の将校たちを騎士団から追い出したい。それで、実力のある人間だけでまとめたい。少なくとも、指揮官は貴族出身者でいいから実力のある人選を」
「ツァイネよ、騎士団から追い出すというのは早計ではないか? 実力が伴わぬのであれば、一兵卒からでも……」
ツァイネの話は、伯爵の耳にはいささか暴論に聞こえた。実力の伴わない、家柄しか誇るもののない貴族が指揮官の座に就いていることへの危惧は共有できるが、追い出すことまでは考えていなかった。
「それじゃあダメなんです。彼らは実力だけで言えば、市街を守る衛兵たちよりも下なんですから。いくら装備が良くても、そんな実力を伴わない、威張ることしか能のないような連中が前線に出たら、戦場は混乱するばかり、彼らだけだけじゃなく、兵士たちもただの犬死です」
その言葉に迷いはなく、王子と伯爵を見つめる瞳は鋭かった。
〜つづき〜




