チャプター17
〜ルーヴェンライヒ伯爵邸 応接室〜
楽しいティータイムも終わり、日も傾き始めた頃、ハインツがやってきた。
「皆様、旦那様のお帰りです。大広間へどうぞ」
「ありがとう、ハインツ。さ、皆様参りましょう」
四人は、ハインツの後に続いて部屋を出て、大広間に向かった。道すがら、ゲートムントはふかふかの絨毯を踏みしめる度、廊下に飾られた大きなツボや、防御力は低そうなのにやたらと装飾の美しいフルプレートメイルを見る度、『こんな屋敷が自分の家とかスッゲー!』などという感想を抱いていた。
もちろん、エルリッヒとツァイネも、初めて貴族の屋敷に足を踏み入れた時な似たような感想を抱いてきたが、すでにそのような段階はとうに過ぎていた。
冒険者としての依頼には、貴族からのものもそれなりにあるが、冒険者ギルドという国営の仲介機構が発達しているこの国では、直接依頼人と顔をあわせる機会はほとんどない。だから、今日という日はゲートムントにとっては貴重な経験を積んでいる日なのだ。
(ねえツァイネ、例の件、大丈夫?)
(例の件? ああ、王子のこと? 一応、伯爵の帰宅より後で、ていう段取りにはなってるよ)
歩きながら、エルリッヒとツァイネは小声で確認し合う。日が傾いているが、来るはずの王子はまだ来ていない。お忍びでくるとなれば、日中よりも夜の方が難易度は高いはずだ。そんなことを考えたら、不安になってきた。
今はツァイネの話を信じるしかない。もし来なければ、自分たちの意見として進言するに留まってしまう。最悪、国王もー本心はわからずとも表向きはー尊重してくれている自分の立場を利用するしかない。
全ては、この国を守るため。
(その言葉、信じるからね?)
その言葉の重みが、ツァイネの背中に重くのしかかった。
「さ、この扉の向こうが大広間でございます。旦那様がお待ちですよ」
そうこうしているうちに、大広間までたどり着いた。この奥で伯爵が待っているという。ここでもゲートムントは一人緊張が高まっていくのであった。
(落ち着け俺! 王様に会ったことだってあっただろ!)
そう自分に言い聞かせても、なかなか緊張は取れるものではない。一人汗をかきながら、扉が開くのを待っていた。
☆☆☆
「お帰りなさいませ、お父様」
扉が開くと、まずエルザが中に入り、父の帰宅を労った。次にエルリッヒが中に入り、形式的な挨拶と礼を言う。
「伯爵様、ごきげんよう。本日はお時間を作っていただいて、ありがとうございます」
「うむ、こちらこそ、騎士団のことと聞いているが、気に掛けてくれてありがとう。できることとできぬことがあるが、これからのことは国民全てに関わってくることでもある。できるだけ叶えよう。して、そちらの二人は……おや、そなた……」
伯爵がエルリッヒの後ろにいる二人のうち、ツァイネの姿に気付いた。
「はい。ご無沙汰してます。元親衛隊のツァイネです。覚えていただいててありがたいです」
「いや、あの頃を知る騎士団員で、そなたのことを忘れた者はおらぬよ。衛兵などの下級兵士だけは身分を問わず門戸を開いているが、そこから登っていくのはたやすいことではないからな。装備は質素、実力は重要視されるが、まずは身分がものをいう。そんな世界で親衛隊に大抜擢されたのだからな。さ、まずは座りたまえ。その話はそれからだ」
促されるように二人も大広間に入り、ソファに案内される。これは応接室にあったものと同じものだろうか。ゲートムントは相変わらず地の底まで沈み込んでしまいそうな感触に戸惑う。
「あの話を聞いた時は、正直私も驚いたよ。平民出身の人間を親衛隊に登用しようというのだからな。私はその後実力を見て納得したが、ずっと反対している者がいたのも事実だったな……」
「はい。それはずっと感じていました。反対派ややっかみの目線も、親衛隊としての仕事に影響がない限りは気にしませんでしたけどね」
二人はかつての話に花を咲かせたが、それがひと段落すると、ようやくゲートムントに意識が向けられた。
「さて、それで、こちらの青年は誰かね?」
「はい。彼はゲートムントと言います。冒険者ギルドに所属する戦士で、腕利きですよ? 二人とも、私の友人です」
エルリッヒが手短に紹介する。ゲートムントは相変わらず緊張からか表情が硬く、自己紹介をしろと言われても無理だっただろう。
「伯爵様にお目にかかるのが初めて緊張してるみたいです。そのあたりは大目にみてくださいね」
「よいよい。さて、話を始めようか。できれば、夕餉の前に終わらせられれば良いが、どんな話なのかな?」
「じゃあ、それは俺の口から説明します」
ここで再びツァイネが口を開く。そして、先ほどエルリッヒがエルザにしたのと同じ説明を繰り広げる。話を聞いている間、伯爵はずっと難しい表情をしていた。
それはそうだろう。騎士団の有り様についての耳の痛い話をされているのだから。
「うむ……大体の話はあいわかった。騎士団において、家柄を鼻にかけ、鍛錬を怠り実力も伴わぬ者がその家柄だけをよすがに指揮官の座に就き、部隊を率いている。もちろん全てではないが、その指摘に値する者がいるのは事実だ。嘆かわしいことではあるが、何せことは家格に関わること、私一人ではどうにもならぬのでな」
「やっぱりそうですよね。いくら伯爵といえど、騎士団の人事に口を出すのは限界がありますよね」
ルーヴェンライヒ伯爵の名前は騎士団の中でも知れ渡っている。それでも人事権を動かせないのは、先日ツァイネが話をした通り。貴族社会では、伯爵よりも格式の高い家柄はいくらでもある。それは爵位からでも明らかだが、それゆえに騎士団内部でも口を出せない相手というのは多数いた。
「……そういうことだ。これまでは他国との諍いもなく、野盗のような相手か、今ほど強くはない魔物の討伐に赴くのみだったからよかったが、これからは違う。魔王軍相手に、それは多くの者を命の危機に晒してしまう。越権行為と言われても、これは進言しなければならぬ時が来ているようだな」
「あの、こんなことをいうのはなんですが、騎士団には伯爵よりも家柄のある人で、同じことを考えている人はいないんですか?」
エルリッヒは素朴な疑問をぶつけてみた。答えを聞くまでもなく、伯爵の表情は険しいままだ。これだけ立派な屋敷に住んでいる伯爵ですら、手出しできない相手がいるというのだから、やはり貴族社会というのは面倒くさい。
「そうだな、いないわけではないが、徒党を組むにはよほど足りぬよ」
「そうですか。それじゃあ、伯爵とその方達で意見を言っても、限界がありそうですね」
「それじゃあ、やっぱり、俺たちの作戦には意味がありそうですね。そろそろなんだけど……」
何かを期待するように窓の外に視線を向ける。すると、火の玉のような明かりがゆらゆらと近づいているのが見えた。
「ん? 窓の外に何かあるのかね?」
「ええ、ちょっと。俺たちのためにも、伯爵を後押ししてくれるといいんですが……」
「私、ドキドキしてきた……」
「俺も……」
まさか、ツァイネがここまでの人脈を動員できるとは思っていなかった。だから、それまで普通にしていたエルリッヒも、さすがに緊張が高まるのを感じ取っていた。
それはエルザも同じようで、表情が硬くなっているようだった。
「実は、もう一人呼んでいるんです」
「ふむ。それで外を見ていたのか。で、それは誰かね?」
「来てのお楽しみです。カンテラの明かりが見えたので、そろそろのはずなんですが……」
少し待っていると、ノッカーの鳴る音が響いた。エントランスからは離れているが、ドアが開いていたせいだろう。乾いた音がしっかりと聞こえた。
「ハインツ、よろしく頼む」
「はい」
いつものように穏やかな様子でハインツが玄関に向かって行った。扉の婿に控えている人物が誰かも知らないまま。
〜つづく〜




