チャプター16
〜ルーヴェンライヒ伯爵邸 応接室〜
「それで、こちらが以前お話しされていたお友達の方ですか?」
「ええ、そうなんです」
ひとしきり抱き合った後、ソファに並んで腰を下ろすと、話を続けた。今日訪れることは伝えていたが、二人を同伴することまでは伝えていない。もちろん、この後王子がお忍びでくる予定になっていることも秘密だ。
「こっちがゲートムントで、こっちがツァイネ。二人とも、腕利きの戦士なんです」
「は、初めまして! ゲートムントって言います!」
「今ご紹介に預かったツァイネです。よろしくね」
同世代の娘と知り合う機会は少ない。まして貴族の令嬢であれば尚更だ。そう言った相手とのコミュニケーションにも慣れているツァイネはまだしも、ゲートムントは緊張することしきりである。
むしろ、エルリッヒやフォルクローレと屈託なく接することができていること自体凄いことなのだ。
「ゲートムント様にツァイネ様、どうぞよろしくお願いします。私はルーヴェンライヒ伯爵の娘、エルザです。って、もうご存知ですよね。今日はエルリッヒさんお一人でくるものと思っていましたから、驚きました。ゆっくりなさって行ってくださいね」
楚々とした雰囲気で暖かく笑みを浮かべる様子に、二人はすっかりやられていた。ゲートムントはこんな、ある意味で浮世離れしたような娘と接するのは初めてだし、ツァイネもこういう穏やかな性格の娘と接するのは久しぶりだった。
対応に戸惑うゲートムントと、ちょっと懐かしさを持って接しているツァイネの様子に、エルリッヒは目を細めて観察するのだった。
(二人の態度、面白いわー。エルザさん、私とは全然違うからなー)
しかし、観察するばかりでは話は進まない。
「それはそうと、伯爵様は夕方のお帰りって聞きました」
「ええ。今、騎士団はお城でのお仕事が忙しいそうですから。お父様に御用ということは聞いていますが、それを私が先に伺うことはできますか?」
「それはもちろん構いませんよ。エルちゃん、いいよね? でも、少し物騒な話なので、もう少し待ってくださると助かります」
この後の段取りを考えると、話してみるのもいいかもしれない。少なくとも、エルザをあまり驚かせたくはないというのがエルリッヒの本心だった。
ツァイネは伯爵一人に話せばそれでいいと思っているかもしれないが、人払いをするのも気の毒だ。もし、人払いをするようなことになっても、事前に話題を知っておいてもらえば、疎外感は減るだろう。
「ツァイネ、話しちゃってもいいと思う」
「そう? それじゃ、エルちゃんの判断に従うよ」
「何やら物騒な話とのことでしたが……心して聞きますね!」
エルザは力強くポーズをとる。そんな様子がかわいくて、また抱きしめてしまいたくなるが、ここはグッとこらえる。「それじゃ、私から話していい? 今日来たのは、騎士団のテコ入れの話をしに来たんです」
「テコ入れ? 騎士団に、何か問題があるんですか?」
その声には、少し不安が混じっているようだった。騎士団といえば、父の職場である。そこに問題があるのかも、という話をされては、気が気ではない。なるほどこれは物騒な話だと、お嬢様も少し身構える。
「貴族のエルザさんには耳の痛い話かもしれないんですけど、貴族の中にはその立場にあぐらをかいてる人がいるんです。それが、騎士団で指揮官を任されている人にもいるんです」
「……悲しいことですが、ありえない話ではないですね。続けてください」
そうして、エルリッヒは今日話したい内容や、そのために王子を呼んでいること、何故王子の存在が必要なのかなどを説明した。その一言一言に、エルザは深く頷いていた。王子が来るというくだりでは驚いて目を丸くしたが、この街や人々を守るために必要なことなのだと、内容も趣旨も、理解してくれた。
☆☆☆
「ーーなるほど、それではお父様のお帰りが待ち遠しくなりますね。まだ日が高いですが、どうします? ここでお待ちいただいてもいいですし、何かをして時間が潰せるなら、それでも……」
「そうですねぇ。私だけならエルザさんのお部屋でお話ししてもいいんですが、今日はこの二人も一緒ですしね」
「そうだなぁ。俺たちならここでずっと待っててもいいですが……」
「だね。お屋敷のことならお手伝いできることもあるかもしれないけど、勝手に外の人間が名乗り出るのも失礼だしね。この部屋は居心地もいいし、いくらでも居れますよ。あ、でも、喉が渇いたので何か飲み物をいただけると嬉しいかな」
こういうことは、普段ならゲートムントの役割だが、この場でそのようなことを言い出すのは難儀だろう。なので、そこで悩む前にツァイネが切り出すことにした。程よく、午後のティータイムだ。ツァイネの喉が渇いているのもまた嘘ではない。
「いいですね! それでは、ティータイムにしましょう! ハインツに伝えてきますね!」
ぱん! と手を打ち、立ち上がる。そして、足取りも軽く、応接室を出て行った。ティータイムと言った以上、出てくるのは飲み物だけではないだろう。
ゲートムントは小躍りしたくなったが、必死に黙っていた。
「ツァイネ、いいタイミングだった」
エルザの足音が消えた後、ゲートムントはツァイネの方を向き、真剣な顔で感謝した。
「やっぱり。さすがにそんなに真剣な顔で言われるとアレだけど、そろそろ喉が渇いてくる頃だと思ったんだ。こういうお屋敷で出てくるお茶とお菓子なんて、きっと美味しいよね〜。さすがに親衛隊でもそういうティータイムはなかったから、ちょっと楽しみだよ。エルちゃんはご相伴に預かったことあるんでしょ?」
「あるよ。私の場合はエルザ様とのおしゃべりも込みで楽しい時間を過ごしてるけど、お茶もお菓子もさすがに一級品だよ。うちみたいな大衆向けの食堂じゃあちょっと縁がないかなーってね」
美味しいと感じるのはもちろんだが、どうしても味や食感、それに製法と材料の分析をしてしまう。このお屋敷で作られているものなら厨房にお邪魔して話を聞くこともできるが、秘伝のレシピなら教えてもらえないかもしれない。ましてどこか高級なお店から買ってきたものなら、絶対真相にたどりつくことはできない。だから、気にするだけ無駄だったりするのだが、実は気になって仕方ないのだった。
「えぇっ? エルちゃんお店で出すつもりなの?」
「それ、俺たちに払えるのか? 誰も頼めないメニューなんて意味ないぞ」
「違う違う。自分で作って食べて、同じ味が再現できたら満足ってだけの話。それに、私はあくまで料理人であって、お菓子職人じゃないからね。実際、今はパンだって自分で作ってないでしょ?」
餅は餅屋、という考えが広く浸透している王都では、食堂といえどこのように他のお店から仕入れるのが常套手段だった。そもそもお菓子は出していないが、パンをよその窯から仕入れるのは、お酒を酒蔵から仕入れるのと同じなのである。もちろん、味が落ちてもいいから手作りパンを食べてみたい、という声もなくはないのだが、今は料理用の窯しかなく、パン焼きように本格的なものを設えるのも大変だし、経験も浅く味にはまだ自信がない。自分用にたまに作るのがせいぜいだった。
「そっか、言われてみりゃそうだな。そういうのはそういうお店で帰ってことか」
「そ。うちで扱うなんて、よっぽどのことがなきゃ〜ね」
「ちょっと興味あったけどね」
話がひと段落したところで、エルザが使用人の娘たちを引き連れて戻ってきた。
「お待たせしました。さあ、楽しいティータイムにしましょう!」
使用人たちによって、手際よく準備が整えられていく。テーブルの上には美味しそうなお菓子が置かれ、カップにお茶が注がれると、たちまち部屋中に芳しい香りが広がる。そうして、応接室でのティータイムが始まるのだった。
〜つづく〜




