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竜の翼ははためかない9 〜竜王伝説〜  作者: 藤原水希
第二章 ゲートムントとツァイネの場合
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チャプター12

〜近くの森〜



 吹き飛ばされたツァイネは、広場の境界にあたる木に激突していた。

「がはっ!」

 一応”十分に”手加減はしたから、出血したり骨折したりという怪我はないはずだ。とはいえ、思いの外勢いよく吹き飛ばしてしまったので、心配になる。

「えーと、大丈夫……?」

 そろりそろりと歩み寄り、倒れこむツァイネに声をかける。ぐったりとしているように見えるが、本当に大丈夫だろうか。もし怪我をさせてしまったのであれば、さすがにやりきれない。

「あぁ、エルちゃん。まあ、なんとかね。まさか、こんなに強烈な一撃をもらうとは、思わなかったよ」

「はぁ、よかった。気絶させたり怪我させたらまずいと思って、手加減はしたんだけど、思った以上に吹っ飛ばしちゃって。ごめんね」

 手を貸してツァイネを立たせる。やはり、ダメージ自体は追っているようで、立ち上がる所作は重たい。怪我をしていないというのも、自己申告なのかもしれない。さすがに、外からでは判断できない部分も大きいので、こればかりは信じるしかないのだが。

「いいって。手合わせをお願いしたのは俺なんだから。怪我してないのは本当だよ。まあ、それなりに痛かったけどね。いや、でも、いい経験になったよ。ありがとね」

「あんなんで、本当によかったの?」

 戦士ではないエルリッヒには効果のほどはわからない。ほんの短い間手合わせを行っただけだ。それも、一方的に攻撃を受けただけだ。あれで何を学べたのだろうか。

「いや、十分だよ。焦ってスピードを殺す攻撃をしちゃったし、胴がガラ空きだったのを気づいてたのに対策しなかった。攻撃が全部受け止められて、焦っちゃったんだよね。それにしても、たった一撃もらっただけなのにあんなに強烈だったなんて、思いも知らなかったよ」

「て、手加減はしたんだよ? そんなに強烈でもなかったでしょ」

 手近にあった倒木をベンチ代わりに座ると、話を続ける。あまり強烈と言われると、気恥ずかしくなってしまう。ツァイネは感心しきりだが、女の子としては、あまり力を褒められても嬉しくはない。

 あまつさえ、ゲートムントにあのわずかな間の出来事がどれだけ凄かったかをずっと語っている。

「いやー、今の話を聞いたら、俺もワクワクしてきたぞ!」

「はぁ。あんまり期待されてもねぇ。でもま、約束だし、ゲートムントとも試合をするよ」

 ため息ひとつ。もちろんゲートムントには通じない。早速、槍を手に立ち上がり、ウォーミングアップを始めている。エルリッヒも、引き続き星屑の剣を借り、立ち上がった。

「そういえば……」

「何?」

 行きがけにツァイネが声をかける。

「エルちゃん、あのすごい剣を持ってたよね。あれで戦えばいいのに、なんで俺の剣を借りたの?」

「だってほら、貸してくれるっていうし。もちろんそれだけじゃなくて、あれはできるだけ使わないようにしてるんだよ。一族の間でも、重たい意味のあるものだから。というわけで、ちょっと行ってくるね」

 あまりゲートムントを待たせても悪い。再び先ほどと同じ位置に立つが、相変わらず特に構えることもなく、棒立ち同然の様子だった。

 対するゲートムントの構えはさすがに堂に入っている。表情は明るいが、どこにも隙が見えない。こちらから攻め込むわけではないからいいが、見事なものである。

「それじゃあ、さっきと同じ! ゲートムントの好きなタイミングで攻めてきて!」

「オッケー! それなら早速!」

 力強い踏み込みととともに、こちらも一瞬で間合いを詰めてくる。これも幾多の実践で培ったスピードだろう。ツァイネほどではないが、十分な速さだった。

 先程と違い、今度はリーチにおいて圧倒的に有利なゲートムントが相手だ。間合いを見誤れば無傷というわけにはいかないかもしれない。

「それそれそれっ!」

 まるで挨拶だと言わんばかりに、鋭い突きを繰り出してくる。動体視力が人間と違うので、それ自体を避けることは容易い。しかし、攻撃の起点を見出すのは難しかった。

 結局のところ、専門的な戦闘訓練を受けているわけではないため、攻撃のボキャブラリーは乏しいのだ。

「へへっ、防戦一方かな? このままじゃ、俺が買っちゃうかもな!」

 突きの最後、大きく槍を振り上げて、そのまま空に向けて大きく振り回した。外連味の大きい技だが、対人戦で相手を圧倒したり、間合いを離させるのには有効な技だ。

「よーし、このまま畳み掛けちゃうぜ!」

 その、大旋風と呼ぶべき技で景気づけを行うと、さらに間合いを詰めてきた。槍本来の得意な間合いではない。そしてそのまま、柄を使って打撃攻撃を放ってきた。

「嘘!」

「嘘じゃねーよ!」

 一瞬、その意外性に気圧される。

「さすがに全然当たんねーな。けど、このまま勝つのも、難しいんじゃねー?」

 これではまるで拳法家との戦いである。がしかし、間合いが縮まったということは、ゲートムントがエルリッヒの間合いに入った、ということでもあった。

 確かに一撃一撃は避けているだけでも重いのが伝わってくるし、手並みも巧みだが、これならばどうにでもなる。そういう確信があった。攻撃の筋を見定め、槍をしっかと受け止めた。

「そろそろかなっ! よっ!」

「えっ?」

 こうなってしまうと、押しても引いてもビクともしない。人智を超えた力を持っていると、座学的な知識はあっても、目の当たりにしてしまうと、この細腕のどこにそんな力が、と頭が混乱してしまう。

 まして、この槍はドラゴンが生理的に忌避するとされる、竜殺しの力を秘めた槍だ。人間にも通用しない力だが、エルリッヒの正体はドラゴンだ。以前もこの力が効かないとは聞かされていたが、そんなことはないのでは、という期待が頭の片隅にずっと残っていた。

「くそっ! どうなってんだ!」

「鋭い穂先なら怪我をするかもしれない。でも、ここなら、安全にキャッチできる、でしょ?」

 快活に言われても納得はできない。こうなってしまうと、槍を手放すしか選択肢はなかった。

「次の手は、出させないよ。それっ!」

 ゲートムントが槍を手放すことを考え始めた次の瞬間、視界が高くなった。なんと、槍を軸に、ゲートムントごと持ち上げてしまったのだ。

 そして、そのまま地面に叩きつける。

「っ!」

 重い地鳴りがして、ゲートムントはしたたかに打ち付けられる。

「はい、これで私の勝ちでいいかな?」

「くっそー!」

 打ち付けられた瞬間は、衝撃と痛みで声も出なかったが、それもすぐに引いた。代わりに、激しい悔しさが襲いかかってきた。もしかしたら、エルリッヒの正体の話は全てでまかせなのではないか、そんな風に頭のどこかで信じていなかったのかもしれない。同じ人間であってほしい、という思いがあったのかもしれない。信じていないから、本気を出せずに遠慮していたのではないか。しかし、今目の前で起こったことが全てであり、自分が本気で戦っていたことも、竜殺しの力に期待していたことも、やはり真実だったのだ。

「どう? こんなんで満足してくれた? いや、まぁ、満足してくれなくてもこれ以上模擬戦に付き合う気はないんだけど。あ、あと、手加減はしたから、多分怪我はしてないよね?」

「あ、あぁ。っとに、世の中広いなー。こんな身近にこんな強い相手がいたなんてな。下手な魔物と戦うより、よっぽどいいぜ。なーツァイネー、いい経験になったな!」

 相変わらず地面に打ち付けられた格好のまま、ツァイネに話しかけた。その表情は晴れやかだ。

「その格好で言っても、負け惜しみにしか聞こえないけどねー!」

 座って観戦していたツァイネも、今の戦いには感心することしきりだった。それは、エルリッヒの攻撃だけでなく、ゲートムントが至近距離での攻撃も身につけていたことにも感心していた。

「でも、ゲートムントがあんな攻撃をするなんて知らなかった!」

「驚いただろ? 槍の武器は間合いだけど、弱点は接近戦だからな! いろいろ工夫してんだよ、俺も!」

「へぇ〜、頑張ってるんだね。ほら、起きれる?」

 先ほどと同じように手を貸して、ゲートムントを起こした。立ち上がり、土を払うと屈託のない笑顔を浮かべた。

「ありがとな。いやー、負けた負けた! あんな負け方をしちゃうなんてな!」

「私も、アイディア勝負だよ。槍の人との対決なんて、なかなかないからね」

 エルリッヒもまた、笑顔を返すのだった。




〜つづく〜

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