チャプター11
〜近くの森〜
「えぇ〜っ! ちょっと、それ正気?」
思わず大きな声が出てしまった。それくらい突拍子もない話なのだった。まさか、いつも冷静なツァイネがこんなことを言い出すだなんて。
ツァイネが言い出すくらいだから、当然ゲートムントは……
「おっ! それ俺もやってみたかったんだよ! 俺からも頼む!」
「順番でいいから、お願い!」
「一応、急におかしくなったわけじゃなさそうだけど……怪我のことも心配だけど、そもそも私戦う人じゃないし……」
大きく手を振って拒んでみるが、二人の態度は変わらない。それどころか、拝み倒すような態度である。
「絶対エルちゃんには怪我させないから!」
「俺も気をつける! だから、頼む!」
「う〜ん、怪我のことは、私じゃなくて、二人の方なんだけど……」
困ったようにポツリ、と零す。手合わせをすると言っても、どこまでのさじ加減で戦えばいいのかもわからない。先ほど行っていた実践的すぎる訓練を想定したら、大怪我をさせてしまうかもしれない。手加減をしても、まだ安全かどうかはわからない。
「それに、フライパンもないし。木の枝で戦うわけにもいかないでしょ?」
「それは、星屑の剣を貸すよ。それならいいでしょ? 怪我のことは……頑張って耐えるしかないけど……」
「いくらなんでも、怪我をするってことはねーだろ。一応鎧を着てるんだしよ」
そういえば、全然気づかなかったが、二人ともいつもの鎧ではない。もっと簡素な、市販のものと思われる鉄製の鎧を着ていた。痛んでもいい練習用ということだろうか。
「二人とも、その鎧……」
「ああ、これな。一応、練習用ってことで着てるんだ。いつもの鎧よりは防御力は落ちっけど、こいつの方が重い分、訓練にはいいんだ」
「気をつけないと、すぐへこんじゃうんだけどね。と、とにかく、一度でいいから頼むよ! エルちゃんが本当は強いって知って、ずっとお願いしたかったんだ!」
あまりに必死なその態度は、どうにも断りづらい空気を作ってくる。本当に、どうしたものか。一度願い通り練習に付き合って、思い切り突き放したほうがいいのか、それとも必死に断ったほうがいいのか。友人として盲目的に考えるのであれば、満足させてやるのがいいのだろうが。
腕組みをして、大げさに悩んでみる。
「う〜ん、でもな〜。加減がわからないしな〜。それに、さっきも言ったけど私食堂の人だしな〜。緊急事態でもないのに戦うのはちょっとな〜。でも、無下に断るのも悪いし。う〜ん、困ったな〜」
「そっか、そんなに困らせてるんじゃ悪いよね」
「だな。残念だけど、諦めるしかねーか」
話の流れとしては、とてもありがたい方向に傾いていた。だが、この二人の落胆した様子は、普段見たことがないほどだった。そんなに? と驚いてしまうが、それだけ本気だったということか。
自分と戦うことがそんなに大きな経験になるのであれば……
「よし! 二人がかわいそうだから受けよう! ただし、私が一撃でも与えたら、そこで終わり。それと、どんなに武器や鎧が痛んでも、文句はなし。それでいい? それが約束できるなら、相手をしてあげよう」
こんな条件でも、飲むといわれれば正気を疑うレベルなのだが、答えは聞くまでもなさそうだった。二人の瞳が少年のようにキラキラ輝いている。
いや、つい数年少年が終わったような年齢ではあるのだが。
「それじゃ、俺から行かせてもらうね。言出屁だし」
「あ! ツァイネ! くそ〜!」
嬉々として順番を競う二人の様子に、「戦闘狂」などという単語が浮かばないでもなかったが、街や人を守るのが目的と言われれば、邪険にもできないのが正直な心理なのである。
いざとなったら街を守ると宣言しても、手が足りないのもまた事実。もともと実力の高いこの二人がさらに己を高めてくれれば、こんなに助かることはない。
「全く、この二人は。はい、それじゃあ始めるから、ツァイネ、武器貸して」
「ん、そうだったね。はい、星屑の剣」
鞘からサラリと抜かれた一振りの剣を受け取る。修行のために二人で国内各地を回っていた時に、とある村で手伝いをした報酬として受け取った秘伝の宝剣と聞いているが、なるほど美しい。どこの武器でも見られる銀色の刀身は、光を受けてキラキラと輝いている。鍔や柄の装飾も美しく、邪魔にならない程度に彫刻が施され、宝石が埋め込んである。金銭的価値も高そうなのに、こんなものを簡単に譲ってくれるものなのだろうか。
「ありがと。綺麗な剣だね」
「でしょう? 斬れ味抜群だし、しなやかだし、いいんだよ〜」
武器としての価値が高いのは大前提か。出自のさっぱりわからない武器だが、なるほど良さそうだ。もしかしたら、かつて勇者一行が冒険の最中に収集した貴重な武具は、どこかのタイミングで各地に返納されたり譲渡されたりして、さらにそれが功労者や村長などの所有物になっているのかもしれない。とすれば、これもそんな武器のうちの一振りか。
あくまでも可能性の一つにはすぎないが、もしそうなら、面白い話だ。
「よし、ちょっと軽すぎるのが気になるけど、いい感じだね。それじゃ、いつでもかかってきていいよ」
軽く数度素振りをすると、広場の端に移動して、ツァイネの攻撃を促した。思えば、若いながらも歴戦の二人と友達付き合いを続けていて、その攻撃を受けるのは初めてのことだ。
(いや、戦士でもない女の子が攻撃を受ける機会なんて、あっちゃまずいか。やっぱり変だよな、このシチュエーション……)
冒険者ギルドには少数だが女性の戦士も所属していることは知っている。しかし、自分はそのような立場ではない。町娘がなぜ戦士と剣を交えるのか、受け入れている自分も大概”普通”から外れているんだと思い知らされる。
「はぁ……」
小さくため息をつくが、ツァイネはその様子には気づいていないようだった。楽しそうな雰囲気が少し離れたここからでもよく伝わってくる。
「それじゃ、行くよ!」
その本領は修行の果てに身につけた双剣術だ。今はそれが振るえない状態にあり、本気ではないとも言える。それでも、ツァイネは一向に構わなかった。本気のスピードで挑んでいいのか、本気で斬りつけていいのか、一瞬の逡巡はあったが、相手を信頼すればこそ、遠慮は無用だった。
事実、エルリッヒは一切構えを取っておらず、全く剣術の心得がなさそうだった。油断を誘うためというよりは、明らかにこれが自然なスタイルなのだと窺わせる。
遠慮はいらない。その言葉を胸に、勢いよく踏み込んだ。
「たぁっ!」
一瞬で間合いを詰めると、そのまま思い切りよく振りかぶった。いつでも寸止めできるよう心身ともに気を入れているが、それは杞憂に終わった。
スピード自慢のツァイネの剣戟は、あっさりと受け止められてしまった。
「なるほど、この攻撃、実際に受けてみるとこんな風に見えるんだね。ちょっと興味深いよ」
「なっ! それなら!」
今度は素早く攻撃を連発する。右から左から、振りかぶり、時には薙ぎ払い、果ては鋭く突きを放ち、なんとか一太刀浴びせようとする。しかし、そのどれもが星屑の剣で受け止められるか、ひらりと避けられるかで、まるで攻撃が通らなかった。鍛え上げた素早さも、すべて見通されているということだろうか。
「くっ!」
今度は力で勝負だとばかりに力を込めて剣を振り下ろした。スピードが落ちるから受け止められるかもしれないが、一までより力が乗っている分、防ぐのも大変なはずだ。そして、もし回避されようものなら、その方向に軌道を変えてやる。それなら、一撃を与えられるかもしれない。
「でやあぁぁっ!」
しかし、胴体がガラ空きになっていることに意識が向いていなかった。
「それじゃ、危ないぞー」
エルリッヒは身を屈めると、剣を逆に持ち替え、柄で胴を突いた。
「っ!」
次の瞬間、ツァイネの体は大きく吹き飛ばされていた。
「な、何が起こったんだ……あいつ……」
遠巻きに見ていたゲートムントは、目を丸くすることしかできないでいた。
〜つづく〜




