第46話 異変 7 女の子を縄で縛って捕まえる
「お願い、時間を稼いで! えっと、とりあえず壁になって!」
少女から指示を受けた化物……どう見ても鏡獣なのだが、それは甲高い雄叫びを狭小空間に響かせ、古典的ゾンビのような足取りでこちらへ近づいてくる。
「やるしかねえか!」
考えるのは後だ。陽はバインダーを開き黒き羽根を取り出す。主が念じればそれは瞬きのうちに細身の黒き刃となり、駆け寄る鏡獣を一振りでガレキへと変える。
「ヨウ! たくさん出てくる!」
「わかってる! 一応装束出してくれ!」
現れる鏡獣は一体のみではなかった。次から次へと光の中から溢れ出し、この狭い通路を埋め尽くさんとする。その光の泉は鏡獣の生産プラントなのか?
千景は手の中に赤い光球を生成する。光球は無数の光の帯へと姿を変え、陽と千景の全身を包み込む。帯は対象の肉体及び魂に触れ、その力を喚起し融合し、戦うための装いを与える。光が全て弾け飛び、そこに残るは黒衣纏う戦士たち。
陽が意識しなければ、通常その手には魔を討つ武器として紅の光を放つ大剣が与えられるのだが、陽の意思は新月を選び握り続ける。この閉所で大剣を振るうのは躊躇われるものだ。頭部装束の中折れ帽を片手で少し整えて、陽は敵を睨みつける。
「邪魔なんだよ!」
統率性なく無秩序に迫りくる鏡獣を陽は難なく捌く。力を解放し白き翼を負った千景は上空へ軽々と飛び上がり、魔力弾を撃ち下ろして鏡獣を打ち砕いていく。
「……殺意がねえぞこいつら」
襲いかかってくる、と思ったのだが、鏡獣たちは陽の眼前でピタリと静止するのだ。鋭利な爪はただ無為にぶら下がり、彼らは生産されてはただ陽たちの前に立ち塞がるのみで、攻撃の意思が見受けられない。
化物たちの体で作られた防護壁の向こう、少女は倒れた男の腕を引っ張っている。少女の背には、この空間の出入り口となるであろう黒き穴がいつの間にか開いていて、どうやら彼女は男を引きずり共に逃走するつもりのようだ。
悪ではない、のだろうか。
「千景! とりあえず拘束してくれ、あまり傷つけずに!」
「オーケー、縛るね」
気軽に応じ、千景は鏡獣たちを飛び越え少女の頭上へ。そして、魔力によって光の縄を作り出し無防備な少女に投げつけた。縄は少女にまとわりつき、強制的に身を縛り上げその自由を一瞬で奪う。
「なんか悪いことしてる気がするぜ……」
千景は次に光の泉へ魔力弾を放ち破壊、鏡獣の通行を封鎖し少女の眼前に降り立った。この薄暗い道に残された鏡獣たちは、陽の手により次々と粉砕されすぐに完全排除されてしまう。
少女を守るものは、なにもない。剣を握る黒ずくめの男と、魔を意のままに操る者。けして一般人とは呼べぬ二人の視線を受け、少女はその顔を恐怖に染める。
「こ、殺す気……?」
縛られた女の子が、声を震わせ自らの処遇を問う。元から釣り目なのか、敵意や恐怖に研がれたのか、彼女が目の前の男へ返す視線はひどく鋭利だ……これではこちらが非道な悪人のようである。
槍の男の発言から、少女は命を狙われたことがあると推測できた。であれば陽たちへのこの対応は当然のものだった。
「いや、待ってくれ。いきなり殺そうとなんか思ってない、えっと……話がしたい。君は何者なんだ?」
「は……?」
「あー、えっと……」
無力化した少女への尋問に胸を痛め言葉に詰まる陽。千景が溜息をつき、陽と役を代わる。
「……それじゃあ聞くね。あなたは、魔鏡と一体化してるの?」
「は?」
気の抜けた声を漏らしたのは陽だ。そういえばさっき魔鏡と座標が一致とか言っていたが……
少女はなにも答えない。千景はそのまま問い続けるが、その声調はなぜか幼子をあやすようであった。
「それが原因で、他の破壊者に狙われたりしたの? チカゲたちは、たまたまね、近くで魔鏡の気配を感じて、そしてあなた達を見つけたの」
「…………」
「鏡獣を生み出す力なんて、放置するわけにはいかないけど……」
そこで千景は陽へと視線を投げる。全部は代わってくれないのか……陽は萎れた顔にシワを刻み、適切な言葉を恐る恐る探る。
「えっと……俺たちは、魔鏡を破壊するのが仕事だ。君が魔鏡と関わりがあるなら……」
「わたしを殺すの?」
「…………」
「チカゲたちはね、あなたに悪意があるなら、排除しなきゃいけないよ。でも、そうでないなら、事情を教えて。味方になれるかもしれないよ」
かもしれない。話を聞き出すための甘言だ、嘘にならなければいいのだが。
少女は、恐怖の中に困惑を浮かべる。会話の余地などなく即刻始末されると思っていたのだろうか。
彼女の視線は激しく揺らぎ、そして倒れたままの男に向けられると、舌打ちの音がそこに響いた。
決心を表すような深呼吸をして、少女は、目の前に立つ二人を刃物めいた瞳で睨みつける。威嚇の意思が彼女を包み、必死に身を守ろうとしているのだ。
「おかしいね。他の人たちは、わたしが鏡と一体化してるって知ったら即殺そうとしたけど?」
「他の人たちって、どこの? この近所じゃないでしょ?」
「……中野区とか」
「へえ、東京の? 東京から来たの? ん、チカゲたちはね、東京の人たちとは絡みないの。だからあなたのことも知らないけど……魔鏡は、勝手に一体化しちゃったの?」
「そんなん知らないよ、逆に取り込んじゃったの」
「ん、逆?」
「あ〜〜〜……いきなり連れ去られて、なんか鏡が取り込もうとしてきて、逆にわたしが取り込んだの。なんか知らないけど」
「へえ、ふうん、そんなことがねえ……。連れ去られたんだ、誰に?」
「誰って、あの化物に決まってるじゃん。さっきわたしが作ったやつだよ」
「なるほど……じゃあ、事故と。でも、自分から魔鏡空間……こういうとこに入ってるよね?」
「そりゃ実験のためだよ。制御しなきゃいけないし」
「制御できてないんだ、鏡獣」
「……き、危険はないよ。わたしが出したやつが人を襲ったことはないよ、わかるもん!」
「ふうん……ねえ、出口は自由に作れるの?」
「ここの? 当たり前じゃん、出れなきゃ入るわけないでしょ」
「そっかあ、へえー……」
陽も大体理解した。普通の人間が魔鏡を取り込むなど聞いたこともなく信じがたい話だが、魔に長けた魔人である千景がそうだと疑わぬのであれば陽は異議を持たない。
少女の発言をすべて信じるかどうかはまた別の話だ。まったく真実であるなら、彼女は自分の身に起きた異常について調査実験していて、そこに陽たちが現れたというところだろうか。
「ねえヨウ。この子たち、どうする?」
さて、どうすればベストなのか。陽は帽子の上から強く頭を掻き、深い溜息をつく。
「……話が本当なら、この子も魔鏡の被害者だ。殺すわけにもいかない、かといって放置はできない」
「それじゃあ」
「もう少し詳しく話を聞く必要があるな。とりあえずウチに来てもらおう。命が狙われたこともあると言うなら、なおさらだ」
その案は、もし少女の追跡者がこの北の地まで来ていたとして、それと接触した場合確実に面倒ごとになるというリスクを背負うものだが、千景は肩をすくめて肯定の意を示した。
「保護する、と。まあ、いいんじゃない? 女の子連れ込んだなんて、オチバに知られたら大変だね」
「そのときは、全部説明するさ……」
少女……と、倒れたままの男の意向を無視して、陽と千景はとりあえず話をまとめた。




