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第45話 異変 6 化物を生み出す者

 光飲み込む闇の穴をくぐり抜け、陽たちは魔鏡空間へ入り込んだ。

 路地裏、ビルとビルの間の狭小空間。


 空間を挟み込むビルの壁は、まるでジェンガのようにあちこちブロック状に切り取られ、大きく通路側へ飛び出したり逆に引っ込んでいたりと、建築物としては破綻しているがしかしわずかにも揺らぐことなくそこに屹立している。


 本来なら地面に転がっているはずのポイ捨て空き缶は、どういうことかその壁に半分ほどめり込んでいる。


 アスファルトの地面は、路地裏で整備不足であることを考慮しても道路として体をなさない程にデコボコであり、不幸にも自転車で迷い込んでしまえば転倒は免れないだろう。


 薄暗くイビツな細道に、一人の魔人と三人の人間。

 陽の視線の先、二人の男女は背を向けたままでありこちらに気づく様子がない。無防備ではあるが、彼らが陽たちの敵か味方かはまだ判断不能であるために、先制攻撃などは出来なかった。


 陽は、千景の傍らから離れない。


「ねえヨウ。こちらから話しかけてみる?」


 囁くような千景の声は、陽にのみ届いたであろう。


「……そうだな、それしかないな」


 戦闘装束を纏うのはどうなのか。それは戦いの意思表示である……少し考えて、陽は『黒い羽根』の入った皮のバインダーをジーンズのポケットから取り出した。


「──おおいそこの人たちっ」


 攻撃的にならぬよう、警戒心を抱かせぬよう。感情を出来るだけ排した呼び声をビルの谷間に響かせる。声をかけられた二人はどちらも体を大きく震わせ、瞬時に身を翻した。


「だ、誰!?」


 振り向いた女は、突然の侵入者に狼狽え後ずさる。女、というよりはまだ年若い少女であった。

 男も振り返り、しかし退くことはなくそのまま少女の盾となる。こちらが矛を出すかは、彼ら次第なのだが。


「だ、誰だアンタたちは!」


 警戒心を前面に、男は問う。陽よりも一回りは年上だろうか、渋い声のおじさんであった。


「あ、アンタたちが破壊者とやらか! 椿さんを追ってここまできたのか! くそ、しつこい猟犬共め!」

「んん……?」


 男は意味のよくわからないことを叫び陽の首をひねらせる。そして、彼は自身が抱えていたやたら長い荷物から布を取り払った。


 姿を現したのは、槍。陽は槍について語る知識は持ち合わせていないが、おそらくは和の槍であり、長い柄の先に鋭利な刃が取り付けられている。そんな物を持ち歩いていたのかこの男は。


 先に矛、もとい槍を取り出したのは相手だ。しかし、陽は武器を……新月を取り出そうとはしない。彼の言葉に看過できぬ疑問点があるし、そもそも人間とは積極的にはやり合いたくないのだ。殺しても心痛むことのないドクズであれば話は変わるが、陽の狩りの対象は鏡獣だ。


 千景は、身に魔力を纏わせている。それは陽がバインダーまでは用意していることと同様であり、なにかあればすぐに対処が出来るだろう。


「つ、椿さんは、殺させないぞ!」


 ツバキか……森で遭遇した鏡獣が口にした言葉だ。どうやら少女の名前のようだが、やはり関連はあったのだ。


 男は槍を構える。しかし、その様は戦闘に慣れているとは思えなかった。あまりにもへっぴり腰であり、こちらへ対して恐怖を抱いているのは明らかであった。ちょっと脅してやれば転びそうな気がするほどに。


「なあ、どう思う千景」

「どうってねえ……」


 千景も判断しかねるようで、軽く肩をすくめてみせた。だが彼女の魔力は臨戦状態で待機を続けている。


「そうだ。あの人たちが破壊者じゃないんだったら、千景の暗示が効くんじゃないか?」

「んん? んー、やってみようか」


 もし相手を無力化出来るのならそれに越したことはない。敵であれば一方的な処理が可能となり、そうでなければ対話のきっかけとなるだろう。


 千景は右手を前方へ突き出した。男も少女も共に一歩退き、しかしそれ以上は動かない。

 その二人の体を、赤い閃光が包み込んだ。千景の手のひらから放たれたその光は一瞬で消え、そして男は脱力したように膝をつき、そのままアスファルトに倒れ込んでしまった。


「……おい、気絶したぞ? 大丈夫かこれ」

「んん、加減間違えたかも。いや、それもそうなんだけど……」 


 倒れたのは、男だけであった。少女は、連れが意識を失ってしまい狼狽えてはいるものの、千景の力に支配された様子はない。


「まさか、暗示への耐性持ちか?」

「ん〜、耐性っていうか、いや、待って……」


 千景は目を細め、唇に指を添え、呻くような声を漏らす。


「あの子と、魔鏡の座標が一致してる……?」

「なんだって?」


 千景の疑問が解かれる前に、行動に出たのは少女だ。彼女は、閃光を発生させた千景と同じように前方へ手を突き出した。なにか攻撃を行う気か? 陽は身構える、新月を使うことにならなければいいのだが。


 彼女は、手の先から白い光球を生み出した。野球ボール程度の大きさのそれは彼女の足元付近の地面に放たれ、光を浴びたアスファルトは自身が輝きを生み出す光の泉となる。少女の姿を淡く照らす泉から、人のかたちをしたモノがおとぎ話の女神様のようにせり上がってくる。


 光を纏いながら姿を見せたのは、鏡の板を張り合わせて作ったような、人型の化物であった。

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