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ニートだがダンジョンに行こうと思う。


「はあ、わかったよ」

 困り顔ながら兄が了承してくれた。その言葉に満足しながら残っていたデザートのプリン、最後の一口を口の中に放り込む。

「では、そういうことで」

「ちゃんと条件は守るんだよ、僕の可愛いエル」

 うふふ、と笑いながら立ち上がる私に向かって、兄が声をかける。

 彼の出した条件に不満がないわけではないが、今は喜びの方が大きいのでわりと無視しているのだ。

「承知しておりますわ、アル兄様」

 にこりと笑い、食堂を後にした。



 ああ、これで念願のダンジョンに行ける!





 この世界、剣も魔法も騎士団もあるのだが、もちろんモンスター――この世界では宝喰い(グラル=ポルティエ)と呼ばれるものも存在している。そもそも冒険者の仕事は基本この宝喰い退治だ。

 大人しく人里に降りてこないのならそのままでもいいのかもしれないが、こいつらの中には人族を好んで襲う種族や放っておくと増え過ぎて自分たちの住んでいる環境すら破壊してしまう種族もいるため、己の身や自然の恵みを守るためにも冒険者は欠かせない。

 彼らを守り、住民たちとの間を持つためのギルドだってある。

 まあ、それでも彼らだって仕事として冒険者をしているわけで、当然金銭が発生する。それなら割がいいものを選ぶ冒険者が多いだろうし、うまみの無い地域には来てもらえない。そういった隙間を埋めるのは国の騎士団や貴族が領地に作っている領域軍の仕事の一つになっている。こういう民間じゃ手の届かない場所を国が埋めるっていうの、前世の世界と変わらないかも。

 閑話休題、そんな異世界的要素の一つにダンジョンがあるわけだ。

 ここも面倒なシステムだったりするんだけどね。

 森にいる宝喰いは倒すと死体はそのまま。4本足で生活する宝喰いなんかは普通に食材として出てくることもある。2本足も時々。

 しかし同じ宝喰いでもダンジョンの中に出てくる奴らは違う。

 ダンジョンでは基本的に倒した宝喰いは消えてしまう。時々アイテムを落とすRPGゲームみたいな要素もあるけど死体はない。

 さらにダンジョン内のモンスターは一定時間ごとに増える。上に上がるものや下に降りていくものと形は違うけれどダンジョンの奥の方にでる強い宝喰いは一定数から増えないみたいだけど、入り口付近の弱い、雑魚宝喰いは際限なく増える。増える。

 とにかく増える。増え過ぎてダンジョンの外にまで出てくる。

 深い森の奥やら寒い雪山の頂上とかならまだいいかもしれないけれど、人里でこれは困る。

 だから人里の近くのダンジョンは冒険者として登録している人間向けに開放されているのだ。一応、一般人が入らないようにギルドカードを調べる場所はあるけれど、強さや年数なんて見ていないからわりと死ぬ人も多いみたいだけどね。そこらへんは自己責任なのがこの世界です。


 と、ここまでが一般知識。

 知識はあるものの、兄が許してくれないから一度も行ったことがなかった。

 せっかくチート級の魔法使いになったのに。オレツエーできる条件があるのに。

 しかし兄の言い分もわかるのでこれまではなくなく諦めていた。

 侯爵家の娘がメイドさんしか連れずにダンジョンに入るのはねえ、世間体もだけど心配されて当然だ。

 しかし今はハルがいる。ハルバード、私付きの護衛だ。

 この護衛のカードを使って兄を再度説得したところ、兄が条件を出しつつも許可してくれたというわけだ。

 まあ、その条件はちょっと納得いかないところもあるけど。

「本当に行くんですか、お嬢」

「あら、当たり前じゃない。ハルは行ったことあるのでしょう?」

「ええ、何度か」

 後ろをついてくる護衛が嫌そうな声を出すが私は笑って返す。ハルよ、お前だけ行ったことがあるのを私が許すと思うたか。

 ハルは元冒険者なので私よりもいろんなところに行っているし、いろんなものと戦っているのである。

 あまり詳しく話はしてくれないが私もいつかダンジョンに入る許可が出たときのために冒険者ギルドには登録だけは済ませてあり、時折そのあたりに降りて冒険者の話をそれとなく聞いているので冒険者ならだれでも受ける最初の依頼やら離れた地域のことなどを少しは知っている。

 ハルはこの家に雇う際、兄が確認したところそれなりに実績のある冒険者だったようなのでギルドで昼間から酒を飲んで管を巻いている冒険者よりも色々なことをしているのだろう。いいなあ。

「ここから一番近いダンジョンは比較的簡単なものだと聞いていますわ。最奥まで行かなければそこまで強い敵はいない、と。私だって最初から最高難易度のダンジョンを選びませんわ」

「いや、どうせボスマス行くつもりなんでしょう」

「あら、当たり前じゃない。最後まで行かないとクリアしたことにならないわ」

 はあ、とため息を吐かれてしまったが当り前だと思う。

 しかも、なんとこのダンジョンボス、竜なのである。ドラゴンなのである。羽が生えて後ろ足で立っているほうの竜なのである。

 なんてファンタジー。ファンタジー界では最強に分類される竜が近くにいるなんて、素晴らしいではないか。

 私も≪魔法使い殺し≫の使い手よりは竜殺しって言われたい。その方がかっこいい。人間より竜がいい。

 そんなかわいらしい願いが叶う可能性が、こんなに近くにあるのだ。そりゃあ挑戦するだろう。

「まあ、あり得ないと思いますが、もし危険だと俺が判断したら逃げてくださいよ。御館様の条件、忘れないでくださいね」

「それなんだけど、私納得したわけではないのよ?」

「ハイハイ。その前に、エリーザさんに断られたらこの話はなかったことになりますからね」

「わかっているわ」

 兄の条件はの一つはダンジョンにエリーザもつれていくこと。侯爵家の娘がメイドもつけずに出歩くな、ということらしい。

 ダンジョンにメイドさん連れていくのは危ないだろうとか、それじゃあ冥土さんになってしまうなんてちょいサムなことを言われそうだがエリーザは強いから大丈夫だ。

 私付きのエルデやヒメルはごく普通のメイドさんだがエリーザはこの家がごたついていたころの私の護衛を兼任していたメイドである。いわゆる戦うメイドさんだ。

 さすがに専門のハルにはかなわないため現在はただのメイドさんをしているが、こういった場合に連れ歩くのに何ら問題がないレベルの強さではある。前衛から中後衛まで。オールラウンダーなメイドさんがエリーザだ。

「エリーザのことだから行ってくれるわ」

「御館様の従者が先ほど話し合い中に部屋を出ていましたけど」

「やりおるわ」

「お嬢、言葉遣い乱れてます」

 さすがは兄だ。私が引きこもり系ニートでなければ息がつまりそうな生活を私に勧めるだけはある。

 エリーザも私付きとはいえ雇い先は侯爵家、つまり兄が責任者。

 私の夢のダンジョン冒険がまさかの開始前に雲行きが怪しくなってきたぞ。

 内心少し焦っているせいか、部屋へ向かう私の足はほんの少し、いつもよりも早くなっていた。


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