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「………えっ?」
「まずね、自分だったら白麦を集めてどうするか、って考えてみたんだ。集めた白麦はお金、もしくは他の品と変えないといけないよね。つまり誰かに売らないといけないんだ。でも一体誰が買うのか。ここまではいい?」
「あ、はい」
思わず返事をしてしまったフィンだが、実際にはまだ思考が追いついていなかった。
「白麦を普段から食べるのは貴族や裕福な商人くらい?大多数の人にとっては贅沢品で、滅多に食べられないよね。貴族は自分たちで食べる分も考えて自領で白麦を作ってるだろうから、わざわざ買うことは無い。裕福な商人も嗜好品として買いはするだろうけど、どうせ買うなら商品として売買して利益を出したいはず」
「………」
「だけどここで別の問題が出てくる…アルテリーゼ全土で作られた白麦を、一体誰が商人から買うのか?そして買ったは良いけどその『大量の白麦』を消費しきれるのかってね」
「白麦の消費…」
「白麦っていわゆる『腐る通貨』な訳で、貨幣と違っていつまでも貯めてはおけない物だよね。だからどんどん消費しなきゃいけないんだけど、白麦って値段が高いじゃない?」
「…そうですね」
「嗜好品の白麦は値が高くて買える人が限られている。買う人がいなかったら在庫が増えていってどんどん値下がりするはずなんだけど、実際にはそうなっていない。ということは『安定した白麦の売り先』が有るって事でしょ?」
ここでいったんアルは茶を口に含み、一呼吸置いた。
「思い出したんだけど、この国って『大陸の麦畑』って呼ばれてるんだよね?それでピンと来ちゃった!国内がダメなら国外、つまり他国へ売っちゃえば良い!白麦は他国への『輸出品』として集められる!」
「………」
ビシっ!と音が鳴りそうな勢いで指を突きつけるアル。絵にかいたようなドヤ顔だったが、突きつけられたフィンの方は無表情だった。
「で、本題に戻るけど『白麦の輸出』は『王家が独占』してるんじゃないかな?莫大な利益が出るその利権を、他の貴族や商人には決して渡さないだろうからね」
「税として白麦を集め、それを国外に売る。その利益が納められるのは王家が管理する国庫。そしてその国庫からは当然国としての様々な支出や、貴族達への褒賞が払われる。それって全部『王家の特権』だよね。つまり『国イコール王家』って構図を作って、権力を王家に集中させているんだ」
「………」
「あーでもよくよく考えたら流通は商人に任せた方が良いのかな。ノウハウも有るだろうし。『御用商人』とか『王家御用達』って肩書きやお墨付きを与えれば旨味も有る…か?いや、それだけじゃ弱いな」
「それなら国外に白麦を運ぶ時、相手の国と商人に貿易を行う許可を与えればいいか。せっかく他国に行くのに売り物が『国主導の白麦』だけじゃ勿体無い、一緒に他の品も運んだ方が良いよね。あくまでも国同士の貿易の『ついで』って名目で、そっちは商人達の自由にさせれば………」
「はぁ」
「ほぉ」
「そうですか」
「なるほど」
などとオウム返しに淡々と答えているフィン。だがその内心は酷く動揺し、冷静さを欠いていた。
(何なのだ、何なのだこれは!)
(わたしよりも遥かに早く)
(わたしよりも遥かに深い)
(まだ5歳の子供がだ)
(15歳だった私にこんな答えが出せたか?)
(いや、無理だろう)
(私は今何を見、何を聞いているのだ?)
しかしその動揺を決して顔に出す事はなかった。それはフィンのプライドが許さなかった。
アルの方はと言うと、何とも歯切れの悪いフィンの受け答えに不安を募らせ、だんだんと声が小さくなっていた。
(うーん、フィンの反応が薄い。これって俺の答え間違ってたんじゃ………そうだとしたらすっごい恥ずかしいんだけど!自信満々に言ってたから余計に…!)
「え、えーっと。なので、白麦を税として集める理由は『白麦の輸出を王家が独占するため』そして『その独占した利益で王家の権威を守るため』かなって思ったんだけど…」
「………」
フィンは白麦を税として『納める』のはなぜか、という『納める側』の立場で問題を出したのだが、アルはいつのまにか『税を集める側』つまりは王家の視点で語っていた。
「フィン、どうかな…?」
「………」
フィンは無言のまま机に置いてあるベルを鳴らした。
静まり返った室内にチリンチリンと涼やかな音が響き、ほどなくして現れたのはレイの母親のサーシャだった。
「はいはい、何か御用ですかっと。げっキツネ顔………じゃなくてフィンドルト様。あれ?アル様もいるじゃないか、珍しいね」
「サーシャさんこんにちは!」
「ディルトラント様をお呼びしてくれ、大至急」
キツネ顔と呼ばれても特に気にも留めない様子のフィン。
侍女としては有り得ないほどの軽い言動に普段なら一言二言は物申すのだが、今はそれどころではないのか全くの無反応だ。
「あん?ディルトラント様?さっきはレーティア様のお部屋にいたけど、今はどこにいるかねぇ」
「頼む、急いでくれ」
「………へ?あ、あぁ。分かったよ」
一瞬きょとんとした顔を浮かべたサーシャ。これは無理もない事だろう。
普段は侍女に対して『頼む』などと口にしないフィンがそう言ってきたのだ。これは只事では無いと判断したサーシャはスカートを翻し、大急ぎで廊下を駆けて行った。
「ドアは閉めて―――もう聞こえんか、まったく…」
「えーっと、フィン?」
「お話はディルトラント様がいらっしゃってからに致しましょう」
「あ、うん…」
狭い屋敷だ、すぐにディルトは見つかったのだろう。廊下を大股で歩く靴音が聞こえて来た。
「待たせたねフィン―――って、アル?こんな所でどうしたの?」
アルが居るとは思わなかったのだろう、目をパチクリさせて驚くディルト。
「お父さん!いやーフィンに勉強教えてもらおうと思って」
「どうぞ、まずはお掛け下さい。ディルトラント様に茶を」
「はいよ、今淹れてくるよ」
そう言って茶の用意のために部屋を出たサーシャ。それを待つ間にフィンはこれまでの経緯をディルトに説明した。
要点だけをかいつまんだものだったが、それでもディルトに十分に伝わったらしい。
「―――と、いうわけです」
「ふんふん、なるほどね」
サーシャに淹れてもらった茶を飲みながら、ディルトは呑気に答える。
「…驚かれないのですか?」
「まぁアルだし、もう驚き慣れたというか。最近は白麦の事もあったしね」
ぴくり、とフィンの眉が跳ね上がった。ひしひしと嫌な予感を感じるが、だからと言って聞かない訳には行かない。
「白麦の事とは?一体何の話ですか?」
「あっ!しまった…」
「………ディルトラント様?」
うぅ、失敗したなぁと呟きながらもディルトは渋々告白する。
「えーっと、アルの発案で去年から白麦の栽培を再開してました!」
「………」
「フィン?」
「………はぁぁぁ」
と、フィンは隠す気の無い大きなため息をついた。
「色々と聞きたい事も言いたい事もありますが、今は取り敢えず置いておきましょう。それで、白麦の収穫は出来たのですか?」
「去年は作付けの3割くらい?今年は5割?もっと行きそう?」
「順調だよ!」
「まったく報告が上がってないのですが?」
口調は丁寧だが、その額にはピクピクと青筋が浮かんでいた。
「さ、栽培方法が確立するまでは黙っておいた方がいいかなーって、もし駄目だったらがっかりさせちゃうからね………」
その言葉に嘘は無い。軌道に乗ったら報告しようとしていたのだろう。しかし悪気が無いからこそ余計にタチが悪い。
その返答を聞くとフィンは目を瞑り、疲れたように目頭を揉む。こんな大事な事を黙っていたディルトに怒りを通り越して呆れ返っていた。
「フィン、疲れてるなら休んだ方がいいよ。最近寝てないんじゃないの?」
なんとか平静を保っていたのに、ディルトの無自覚なその言葉で通り越していた怒りが全速力で引き返し、決して高くはない怒りの堤防を決壊させた。
「誰のせいで疲れていると思っているのですか!」
「え、えーと…もしかしなくても僕?」
「私は一応王家から出向している立場なんですよ!その私に白麦の収穫を隠していたなんて!それは王家に隠していたのと同義です!こんな事を他の者に知られたら………!」
「知られたら?」
「あーそれはマズイね。というかお父さんフィンに言ってなかったんだねー…」
「良くて脱税!悪ければ謀反の疑い有りと判断されます!税の免除中だったからなんて言い訳は通用しません!」
「ご、ごめん!そんな大ごとだとは…」
事の重大さにまったく気付いていないディルトに激昂していたフィンだが、自分を落ち着かせるように深呼吸した。
「………今年の収穫予想は作付けの5割ですか。『昨年の報告』よりも予想値が多いですね、この調子で増やして行きましょう」
「え?去年は報告なんてしてないよ?今日初めて言ったんだし」
キョトンとした顔で聞き返すディルト。せっかくフィンが気を利かせているのにそれに気付いていない。
「いいえ!『昨年の報告』よりもっ!間違い無く予想値が多いです!報告書は私が作成を『忘れていた』のですぐに作ります!」
「???」
「お父さん、ここはフィンの厚意に甘えようよ」
「詳細な資料はお持ちでしょうか!?まさか作っていないなんて事はありませんよね?大事な白麦の栽培に関する資料です、さすがのディルトラント様でも…そんな、事…は………」
だんだんと尻すぼみになって行くフィン。話すに連れてディルトの顔から表情が消えて行くのに気付いてしまったからだ。
「………し、しりょう?」
「…ま、まさか、本当に何の記録も、取って…いないのですか?」
これは笑って誤魔化せる問題じゃない、と遅まきながら気付いたディルト。だが無い物は無い。
「それなら俺が作ったよ!ただ正式な書式とかが分からなかったからほとんどメモみたいな物だけど。もし報告書に添付するなら清書しないといけないかな」
「さ、さっすがアル!」
「…それは拝見しても?」
「うん!今持って来るね!」
そう言うと椅子からぴょんと飛び降り、フィンが止める間も無くドアを開けっぱなしにして駆け出して行く。ついさっきも見たような光景にフィンは今日何度目かの溜息をついた。
「子爵家の嫡男が、自分で物を取りに行くなんて…」
「あはは…あれは間違い無く僕の影響だね」
こういう時大抵の貴族なら侍女に命じて持って来させるのだが、アルは絶対にそんな事はしなかった。
自分で出来る事は自分でするし、そもそも侍女の事を家族同然に思っているので、頭ごなしに命令するなんて事自体アルの頭には無かった。
一方のディルトもその身分からすれば有り得ないほどフットワークが軽かった。
行動が早く、上と下との風通しが良いという評価も出来るが、子爵家の当主という立場とヘイルムーン領の領主という肩書からすれば余りにも軽すぎる。
不当に低く見られる―――有り体に言えば侮られる事が少なからず有った。
フィンは常々やり過ぎないように、とは釘を刺していたのだがディルトはやり方を変える気は無いようだった。
今はまだいい。
だが将来、他の貴族達と関わった時にまでそんな態度を取れば確実に下に見られる。フィンはそのことを懸念していた。
「…」
「…」
アルがいなくなり、途端に静かになった室内に2人だけでいると沈黙が重く圧し掛かって来た。それだけならまだしも何故かフィンが笑顔でディルトを見ている。
普段笑顔なんて見せないので不気味で怖い。その雰囲気に耐え切れずディルトが席を立とうとする。
「ぼ、僕アルを手伝ってこようかな〜」
「ディルトラント様はここで説教です」
「え」
にっこりと笑いかけるフィン。だがその細い目の奥は全く笑っておらず『覚悟は出来ていますね?』と語っていた。
アル早く帰って来てー!というディルトの心の声は誰にも届くことは無かった。




