第5話 わたくし、恋愛小説の中の悪役令嬢ですわ!?【前編】
長くなりましたので前後編です。
よろしくお願いします。
婚約が決まってから、さらに五年が過ぎたころ……
お父様とお母様が注いでくれる、春の柔らかな陽だまりのような大きな愛に守られながら、十歳だった私はいつしか、十五歳という立派な淑女の年齢を迎えていた。
秋には王立学院に入学とか、私も今世でも高校生なんだ。ほへー。でもこの世界、放課後買い食いとかないんだろうなぁ。残念だ。楽しかったんだけどな。そういうの。コンビニスイーツとか。あれはなかなか侮れないレベルだった。
私は「前世」と「今世」というこの不思議な状態が、同じような年齢になることに思いを馳せていた。微妙に何かがずれている気がしなくもないけれども。何に負けるかわからないが、気にしたら負けだ。うん。
そこへとんとん、とドアをノックする音が響き、私の部屋にお母様とセルジオがやってきた。
「セラフィーナ? 大丈夫? サロンでお茶でも一緒にどうかしら?」
「あ、はい、お母様。セルジオも一緒なのね」
「はい。今日はお母様とご一緒しています。お姉さまともご一緒出来たら嬉しいです」
ああ。いつ見てもセルジオに癒される。なんてかわいい弟なんだろうか。ほんと異世界最高!
ニコニコと笑うセルジオの頭を優しく撫で、私たち三人はサロンへと向かうことにした。
「お姉さま。あの、それと……、またお姉さまのクッキーが食べたいです」
サロンへ向かう途中、セルジオがもじもじとしながら上目遣いで言ってきた。ぐは。それ絶対わかってやっているでしょう!? もちろん、断る理由なんてナッシング!
「いいわよ。今日はもしナッツがあれば、ナッツ入りのドロップクッキーにしましょうか」
「やった!」
「それならば、出来上がったらお父様の書斎へ持っていきましょうか。きっとあの人はセラフィーナの作ったお菓子が食べれなかったら拗ねてしまうわ」
それは、ありえるかも。想像できちゃうわ。お父様のすねた顔。
ふふふ。と笑いながら、でもこうやって受け入れてくれる家族が大好きだな。と再確認した私。よし、たくさん焼こう。そうしよう。
いつもと変わらない、穏やかな午後のお茶の時間。お父様は執務室でお仕事中で、お母様とセルジオと三人で、美しく手入れされた庭園を眺めながら私の手作りクッキーを片手に極上の紅茶をいただく。――そんな、至福のひとときになるはずだった。
……あれ? ふと、私はカップを口元で止めて、庭園の向こうを見つめた。なんだか、この景色……もの凄く見覚えがある気がするなぁ……どこで見たんだろう。そう首をかしげながら、紅茶を一口含んだ。うーん。なんだろう、こう、なんていうか……小骨がのどに刺さった感じで気持ち悪い。思い出せ私。
……うーん。庭はいつも見ているから、庭じゃないんだよねぇ。なんか、こう見覚えがあるのはもっと、大きな意味で……そう。そうだ。この世界。え? 世界? 世界そのもの!?
ハッと気づいた私は、思わず辺りをきょろきょろしてしまった。そんな私をセルジオが不思議な顔で見ている。
「お姉さま? どうかしたのですか?」
「ううん。何でもないのよ。セルジオ。そう、なんでもないの……」
え? えっと??
ちょっと待って。この世界、当たり前だけれども、王侯貴族がいて、冒険者ギルドがある。馬車が走り、美形ばかりの騎士がいて、貴族の子供たちが通う特別な学院が存在する。前世で、どこかで、それこそ狂ったように画面越しに見た覚えがあるわ。この設定のオンパレード……。
「え? ……ネット……小説……?」
「お姉さま? なに? よく聞こえないんだけど、何か言った?」
私の呟いた言葉がよく聞こえなかったようで、セルジオが首をかしげて不思議そうにしている。でも今はそれどころじゃない。何、この感じ……。
「えっと、私はどこに転生したのかしら?」
ポツリと呟いたその瞬間、頭の中でバラバラだったパズルのピースが、ガチリと音を立てて繋がった。すべてが鮮明に浮かび上がってくるように――
そうして、はっきりと、一つの答えを導き出した。
え!? ここって、もしかしなくても恋愛小説の中じゃない? 私の立場って――
「――っそうですわ!!」
勢いよくガタッと立ち上がった私を見て、お母様が上品に目を丸くして、セルジオも隣で凝視しているのがわかる。びっくりさせてごめんね。でも、だって!
「あら? どうしたの、セラフィーナ。急に立ち上がるなんて」
「お母様!」
お母様の声にかぶせるように私は声をあげた。そして、お母様とセルジオの目を交互に見て、力強く頷いた。絶対そうに違いない。
「なぁに? どうしたの?」
「びっくりしたよ。お姉さまは今度何を思いついたの?」
私は深呼吸を一つ。そして、これ以上ないほど自信満々に言い放った。
「ここ、前世でわたくしが読んでいた恋愛小説の中かもしれませんわ!」
「まぁ!」
「……はぁ?」
お母様とセルジオはパチパチと瞬きをした。
「……そうなの?」
「はい!」
「えっと、お姉さま。それは……なに?」
お母様はキョトンとした顔をし、セルジオはいぶかしげな顔で、二人とも私を見ていた。
私は力強く頷いた。だって、そうなんだもん。こんなテンプレ満載の世界、前世ではネット小説とか、それも恋愛系の小説の中でしか見たことないんだよ!
そう思うと、もう疑う理由などどこにもない気がしてくるのが不思議だよ。うわーまじか。もう驚くことないと思っていたけど、転生して早十年。ここにきてこの事実。マジウケる。いや、笑ってる場合じゃないんだけど。
「ええ、きっとそうですの! 間違いありませんわ。わたくし、この恋愛小説の中の一部なんですの!」
「そうなのねぇ」
「……ふーん?」
あれ? お母様は否定しないのね? セルジオもとりあえず否定しないんだ? それどころか――
お母様は優雅に紅茶を一口含むと、「それで?」と続きを促してきた。
私の前世の記憶に対する家族の受容度の高さは、やはり計り知れないと思い知った瞬間だ。
「え? ……えっと……」
勢いで言ったのはいいものの、肝心の恋愛小説のディテールを思い出そうとしてみたが――
あれ? タイトル……なんだっけ? 確か、めちゃくちゃ長い題名だった気がするのだけれど。いや、ラノベってみんな長いタイトルだったけれども! 最後まで読んだはずなのに、どうしても肝心な部分にモヤがかかったように思い出せなかった。あれ?
「……タイトルも、登場人物の名前も思い出せませんわ。ほかのことなら覚えていますのに……」
「そうなの? 全部は思い出せないのね」
「はい……」
私は確実に読んだ記憶はある。なのに、細かいところほど曖昧だ。なんだっけ? 大まかなストーリーの筋書きだけはすぐ言える。学院が舞台で、そこで出会うヒロインに婚約者が恋をして、最後は「悪役令嬢が華麗に婚約破棄される」という、あの王道の流れだ。
……確か、ヒロインは下町の娘とかで、特待生枠で王立学院に入学するの。それで、礼儀がなってないとか何とかいちゃもんつけて、ヒロインをいじめる悪役令嬢。その婚約者は、身分が高い、王子様とか侯爵令息が鉄板で。……ん? 待って。あれ? 私の婚約者のクロード様も、アリントン侯爵家のご令息、だよね? それに、私もうすぐ王立学院に通、う……?
そこまで考えて、私は自分の頭に手をやった。指先に触れるのは、見事な渦を巻き始めている気品あふれる縦ロールの髪。
……っていうか、私のこの見事な縦ロール! これも前世の恋愛小説で嫌というほど見た、絵に描いたような悪役令嬢のテンプレートじゃあなかろうか!? 髪の色はつつじ色だけれど、赤系統なのは間違いない。これは誤差の範囲!! え? やば。そんな気がしていたけれども! ……私やっぱり悪役令嬢!?
私の中で、すべての条件が完璧に揃ってしまった。揃ってしまったよぉぉ!
(――っ! ……わたくし、恋愛小説の中の悪役令嬢ですわ!?)
これほどまでに悪役令嬢の条件が揃っているなんて――私は、もう疑う余地などないと思い込んだ。だって、そうでしょう? それ以外にある? ないよね。
「間違いありませんわ、ここは恋愛小説の中です! そしてわたくしは、悲惨な結末を迎える悪役令嬢ですわ!」
「……そうなのね」
「……お姉さま、悲惨な結末って、それ本気で言っているの? というか、悪役令嬢って何?」
セルジオがますますいぶかしげな顔で言ってくる。私だって信じられないよ! でも、だって、ほら、証拠がそろってる。
「そうですわよ。クロード様は、わたくしじゃないご令嬢に恋するんですの。そして、わたくしはその方をいじめますの。たぶん。でも、それが悪役令嬢。お分かりになって?」
「いや、クロードお兄さまはお姉さま以外、好きにならないと思うけど? それに、悪役令嬢って、お姉さまはまだいじめとかしていないから悪役じゃないよね? いじめなければ悪役にならないよね?」
「いいえ。いじめてしまうものなのです。それが運命!」
私だって、悪役令嬢になんてなりたくないけれども。でも、きっと、そうなるんだよ……だって、すでに私はクロード様のこと――
私とセルジオが話しているのを聞いていたお母様がふんわりと微笑んだ、その時だった。
コンコン、と部屋の扉が叩かれて、執事は来客を告げた。
後編へ続く




