第37話 僕の婚約者に、今日も気付いてもらえません
今日も僕のセラは、アリントン邸へとやってきた。今は応接室のソファーで、僕の隣に座っている。
数日前の僕の完璧な反論に挫けるどころか、むしろ「勝機を見つけた」とばかりに自信満々な笑みを浮かべて。
手の中にあるのは、あの『小説の中である証拠のノート』。表紙をバシッと叩き、彼女はフフンと胸を張る。
「クロード様! わたくし、ついに世界の真理に辿り着きましたの!」
「まぁ、真理。それは何かしら?」
僕たちの横で優雅に紅茶を飲んでいたエリが、セラの言葉に反応する
「真理……かい? また新しい証拠でも見つかったのかな」
僕も紅茶に口をつけながら尋ねると、セラは待ってましたと言わんばかりに目を輝かせ、『小説の中である証拠のノート』を開いて見せてきた。そこには、びっしりと新しい文字が書き込まれている。
「いいえ! 今回は証拠ではありません。先ほども言いましたが、「世界の真理」に辿り着いたのですわ!」
「……この世界が恋愛小説の中ではないことに納得しちゃったのかしら?」
「いいえ、エリ。そうではないのです」
「……というと?」
なんだか雲行きが怪しいな。と思いつつ、一応聞いてみることにした。まだ「恋愛小説の中」というのは諦めてなさそうだが……セラの言う真理というのは、なんだ?
「わたくし、自分が悪役令嬢として断罪されると思い込んでおりましたけれど……そもそもそこが完全な勘違いだったのですの!」
「……断罪されると思い込んでいたことが間違い、というのは、もう証明されたのではなくて?」
「……ほう?」
「そうなのです! 実はここ……婚約破棄がすべて終わった後のハッピーエンドの世界だったのですわ!」
君が悪役令嬢ではない、とようやく現実を受け入れてくれたのかと一瞬だけ期待したが、続く彼女の言葉に、僕は危うく紅茶を吹き出しそうになった。
「……はっ?」
「……ぶふ」
エリは我慢できなかったらしいが、僕は何とか耐えた。耐えはしたがーー
(……また、僕の想像を超える、斜め上の考えの答えが返って来たな)
僕が首を傾げると、セラは指を一本立てて、ドヤ顔で熱弁を振るい始めた。
「だってクロード様、毎回仰いますでしょう? 「婚約破棄なんて絶対にしない」とか「世界の果てまで追いかけて連れ戻す」とか! これこそが最大の伏線回収ですわ! 本編で過酷な試練を乗り越え、一度はすれ違いそうになった過去があるからこそ、いまのクロード様は「二度と失わない」と誓ってあそこまで激甘で執着してくださる……! これぞこの世界の真理! 完全にハッピーエンド後のヒーローのセリフだったのですわ!」
「……いや、僕は最初から君一筋だし、試練なんて一度も……」
「あるいは!」
僕の冷静な突っ込みを華麗にスルーし、セラの妄想――いや、彼女なりの「完璧な理論」はさらなる加速を見せ始める。
「わたくし、実は将来の悪役令嬢のお母様という可能性も考えましたの! わたくしたちの間に生まれてくる可憐な娘が、完璧すぎるスペックゆえに未来の本編で高慢な悪役令嬢として立ちはだかるのです! わたくしが前世の記憶を持っていたのは、娘を破滅から救う最強の母親になるためだったのですわ!」
「……僕たちの、娘……」
その言葉の響きに一瞬だけ心が揺らぎかけたが、セラの勢いは止まらない。
「そうですわ。わたくしたちの子どもが、女児ならば悪役令嬢。ならば男児なら……? クロード様の美貌と冷徹な知性を受け継いだ、未来のメイン攻略対象者として君臨することになりますわ!」
熱っぽく語っていたセラだったが、そこまで言うと急に青ざめ、自分の胸をぎゅっと押さえた。
「……ですがクロード様! 母親として、そんな見ず知らずのヒロインなんかに、うちの愛しい息子を簡単に渡してしまってもよろしくて!? 「パンをくわえてぶつかった」くらいのラッキーイベントで息子のハートを奪おうなんて百年早い。そう思いませんこと? 怪しい女が近づいてきたら、わたくし、意地悪な姑として立ちはだかってしまいますかもしれません……っ!」
まだ影も形もない未来の息子の将来と、未来の嫁姑問題に勝手に頭を抱え、ソファーの上で「どうしましょう、どうしましょう!」と身悶えし始めるセラ。
横では、必死に笑いをこらえているものの、隠しきれていないエリがセラへと質問を投げかける。
「セラ。それはすごいわね! まさか、婚約破棄がすべて終わった後のハッピーエンド世界だったなんて気づかなかったわ! でも、「パンをくわえてぶつかった」くらいのラッキーイベント。ってなぁに?」
「いいところに気が付きましたわね、エリ。それは、恋愛小説の「あるある」設定で、学院に遅刻しそうな主人公が、パンを口にくわえて走っていると、曲がり角で運命のお相手とぶつかる王道フラグなのですわ」
「へー。そんなこともあるのね! さすがセラ。よく知ってるわね」
「はい! だって、設定を読み間違っていたとしても、ここは恋愛小説の中。それならば、前提そのものを疑うことが、正しい理論。わたくしは勘違いしておりましただけですの! そして、そこには我が子が関係してくるのですから、これくらいは当然の嗜みなのですわ」
……なるほど。僕の反論では覆せないと悟った彼女は、譲れない、この世界は恋愛小説の中、ということはそのままに、ならばと僕が論破しようのない「未来の妄想」へと戦場をシフトさせたというわけか。
「……ふっ」
あまりの愛くるしさに、僕は思わず吹き出してしまった。
「……クロード様? なにを笑っていらっしゃいますの? わたくしは大真面目ですのよ!」
「つまりセラは、僕との子供のことまで想像している。それはすなわち、僕たちがこのまま結婚というイベントを通過し、君は僕に愛され、可愛らしい子供を授かることになる。ということまでを想像した。ということだね?」
「っ!?」
そこまでは想像していなかったのか、真っ赤になって口をパクパクさせるセラ。
「ち、違っ……! 違いますわクロード様! これは物語の考察であって……」
そして一生懸命、「これはあくまでも、本編のその後の世界という意味なのですわ!」とか「次世代編という意味でのことですわ」とか、真っ赤な顔で言い訳をしていた。
セラは僕との未来――それも、僕たちの間に生まれる愛くるしい娘や、僕にそっくりな息子の姿、さらにはその子が通う未来の学院での人間関係や嫁姑問題にまで、驚くほど具体的に思考を巡らせているくせに――
(……そこまで僕との未来を想像しているのに、まだ僕が君を愛していることには気づいていないのか?)
これほどまでに僕と結ばれた後の人生を、何年、何十年先まで事細かに描いているというのに。
なぜ彼女は、そのすべての前提となっている『僕がセラを狂おしいほど愛し、心から欲している』という目の前の事実にだけは、一切気づいてくれないのだろう。
「僕との未来をあれだけ具体的に妄想しているのに、どうして一番肝心なことには気づかないんだ……」
思わず口から漏れた呟きに、セラはぱちくりと目を丸くして首を傾げた。
「え? 肝心なこと……? なにかわたくし、大事なことを見落としていましたかしら……?」
「……ハァ」
(――っ! ……僕の婚約者に、今日も気付いてもらえません)
どこまでも天然で、どこまでも僕の「本当の気持ち」を『物語の設定』として処理してしまう愛しい婚約者。
彼女の腰を引き寄せ、膝の上にすっぽりと抱き上げる。
「いや、すまない。セラがあんまり可愛いものだからね」
「っ!? だ、騙されませんわよ!」
「ふふ。でも、セラの完璧な理論で一つだけ、僕も大賛成な部分があったよ」
耳元で低く囁くと、セラはピクッと肩を跳ねさせた。
「え……ど、どこですの……?」
「ハッピーエンド後の世界というのも素敵だが……僕たちの愛くるしい娘や、僕に似た息子が生まれるという話だ」
「ひっ……!?」
「つまりセラは、僕との子供が欲しいということだろう? 未来の母親として、今からそんなに気合いが入っているなんて……最高に愛おしいよ」
「ちっ、違うと先ほども申し上げましたわ!?」
膝の上のセラが逃げないようにギュッと抱きしめる。
(本当に愛おしくてかわいいセラ。君は僕に完璧な理論で負けていると思っているだろうが、僕は君にはいつになっても勝てそうにないよ)
「……ハイハイ。お兄様、セラが呼吸できずに気絶しそうよ? 恥ずか死んでしまう前に離してあげてくださいな。あと、そういうのは二人っきりのときにお願いしますわ」
膝の上のセラは、これでもか。というほどに真っ赤になりプルプルしていたので、先ほどまで座っていた僕の隣へ、そっと降ろしてあげることにした。
「エリィィィ……」
離したとたんにエリの隣へと移動し抱き着いているセラ。僕が君を愛しているという事実は、小説の設定ではないとどうやって気付かせるか、僕はため息を一つ吐くのだった。
「……そういえば、セラはこの世界が恋愛小説だということは揺るがない真理なんだな?」
「え、ええ、そうですわ」
「恋愛小説の設定では、婚約者は婚約破棄するまではセラに優しくする。間違いないかい?」
「え、ええ。間違いありませんわ。でもそれが?」
僕はセラに向かい、極上の笑みを浮かべて、そのライラックの瞳を見つめた。
「それならば、この瞬間、婚約者がセラに優しくすることも真理だ。ということだね?」
「えっ!? はっ!?」
「だって、ここは恋愛小説の中なのだろう? 婚約者は悪役令嬢と婚約破棄するまでは優しい設定なのだよね? でも婚約破棄はしないよね? ならば、ずっと愛している」
「ふえ!? ど、どういうことなのかわかりませんわ!?」
セラは理解できない。という風に赤くなったり青くなったりして、本当に僕を飽きさせない。
「セラ、君が言ったんだよ? この世界の、それこそ真理を。だからこれは設定どおりだよね?」
「っ!?」
「愛しているよ。セラ」
「~~~~っ!?」
セラは耳まで真っ赤にして、何度も瞬きを繰り返している。それでもやっぱり、僕の言葉を「恋愛小説の設定」として受け取っているのだろう。
……本当に、どうすれば君に伝わるのかな。
「……まあ、いいか」
いつか、君自身の心で気付いてくれる日まで。僕は何度でも、君に「愛している」と伝えよう。だって――君を愛することだけは、どんな物語の設定でも、僕自身が決めたことなのだから。
……さて、今の僕の言葉を「設定」と受け取るのか、それとも「本心」だと気付いてくれるのか。セラはいつになったら、僕の気持ちに気付いてくれるのだろうね?
――『悪役令嬢の完璧な婚約破棄計画 ~ヒロインと恋するはずが、なぜか私と恋しています!? でも設定通りってなんでぇ?~ 完』――
ずっとセラ一筋のクロード様。これぞ揺るぎない真実。なので、設定通りと言い張ってるのは彼でした〜。
ま、バレバレでしたね。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
あと、おまけもありますので、そちらもよろしくお願いします。
おまけは夕方投稿するつもりです。
次作、出来上がりましたら投稿しようと思いますので、その時また、よろしくお願いします。




