第36話 わたくしも、勘違いしていましたわ!?
こんなに長くなるとは思っていませんでしたが
次回ラストになります。
そして、あとおまけ+1話(合計2話)で終了となります。
「く……屈しませんわ……! わたくしは絶対に屈しませんわよ、クロード様……っ!」
自室の机に向かい、私は鼻息も荒くペンを握りしめて、この世界について再度考えているところだった。
先日、『小説の中である証拠のノート』に書き連ねた、この世界が恋愛小説である証拠リストを、クロード様は見事なまでの冷徹なロジックと激甘な甘やかしで、一つ残らずロジカルに論破して見せた。ええそれはもう見事に。
『現実の観察結果か、君の個人的な感想だね』
……なんだか、思い出すだけでも悔しさが込み上げる。
だって、だってだって。
あの完璧なクロード様に「君の勘違いだよ」と優しく諭されると、恋心とは別に「絶対にクロード様がぐうの音も出ないほどの完璧な証拠を見つけて論破して差し上げたい!」という、変な対抗心がメラメラと燃え上がってしまうんだもん! 分かっていても、悔しいものは、悔しいんだもん!
「見つけてみせますわ……クロード様が絶対に否定できない、これ以上にない決定的な世界のバグを……!」
それからの私は、まるで執念深い探偵のようで。ひだまり食堂で働きながら、図書官へ行っては古文書を漁り、下町の景観を観察したり美味しいものを食べたり。そしてついに――見つけたんだから!
「ふ、ふふふ……できましたわ! これぞクロード様も白旗を上げるしかない、絶対的な証拠ですわーっ!」
数日後。わたくしは満を持して侯爵家の応接室へと乗り込み、クロード様の前にバサッと一枚の紙を突きつけましたの!
「クロード様! 今日こそ認めざるを得ませんわ! これをご覧くださいまし!」
「……やあ、セラ。今日も可愛いね。……で、これは一体何だい?」
私を愛おしそうに見つめつつ、クロード様は差し出された紙に目を落とした。そこに書かれているのは、私が総力を挙げて調べ上げた王立学院の設立記念日に隠された暗号だった!
「よくお聞きくださいまし! 学院の設立記念日は十月十五日。そして創立者のイニシャルはS・A! これはわたくしが一生懸命前世の記憶を思い出し、なんとか今、それっぽい恋愛小説があったなって思ったタイトルの『ステラ・アカデミー』の略称と完全に一致いたしますの! 単なる偶然でここまで一致するはずがありませんわ!」
私はドヤ顔で胸を張る。どうだ! これなら歴史的背景も言い逃れできるわけがない!
だが、クロード様は困ったような、けれどどこか愛おしそうな苦笑いを浮かべ、あっさりと口を開いてきたのだった。
「……セラ。十月十五日は、我が国の初代国王様が即位された日だよ。そして創立者のS・Aは、初代校長であるサンディ・アスキス公爵のイニシャルだね。我が国の歴史教科書の三ページ目に載っているよ?」
「………………へ?」
「君が一生懸命調べてくれたのはとても嬉しいけれど……やっぱり、ただの現実の歴史だね。そして、今日はこの間僕がお願いした通り、ひだまり食堂に行く日じゃないのにおさげ髪にしてくれているんだね。うん。やっぱり似合うよね。それも」
「~~~~~っっ!!」
またしても! またしてもあっさりと、爽やかに撃沈させられたーーーっ!! そして最後に私に一言甘い言葉! もうもうもう。耳が溶けちゃうじゃんかーー!
「うぅ……またしてもクロード様の勝利ですの……?」
私は赤い顔を隠すべく俯いて、上目遣いでクロード様を睨む。
「っく、セラが可愛い……。んん、また、新たな証拠が見つかった僕に言いにおいで? いつでも相手にするからね?」
私はクロード様に二重の撃沈をして、自分の邸へと帰ることになるのだった。
◇◇◇
自室に戻った私は、ベッドの上に倒れ込んで枕に顔を埋めて悶絶していた。なぜこうもクロード様をコテンパンに言い負かし「まいったな。セラの言う通りだったよ」って言わせられないのぉぉ。悔しすぎる!
いくら証拠を突き付けても、クロード様の手にかかればすべて「ただの現実」として処理されてしまう。あまりの敗北感に打ちひしがれていた……その時だった。
私の頭の中に、稲妻のような閃きが走る。……ん? もしかして、この世界は私が思っていた世界とは違う、って可能性は?
(……ちょっと待って。もしかして、そういうことかしら?)
私はガバッと跳ね起き、ベッドの上に正座した。
(なぜ……なぜわたくしが探す証拠は、ことごとくフラグとしての機能が噛み合わないのかしら? クロード様とわたくしはすでに相思相愛で、断罪イベントの起こる卒業式も今年はなくて……)
私は思考の深淵へと潜り込んでいき、そして一つの答えが導かれた。そして思わず己の膝をバンッと叩いてしまう。
「も、もしかして……わたくし、最初から前提を勘違いしていたのではなくて!? 世界が違うのではなくて、前提から違ったのではなくて?」
そうか! そうだったんだ! 私が「これから悪役令嬢として断罪される」と思い込んでいたこと自体が、最大の勘違いだったとしたら……!?
(――っ! ……わたくしも、勘違いしていましたわ!?)
私の脳内妄想エンジンが、凄まじい勢いで新たな可能性を弾き出し始めた! ついでにアップデートもしたかもしれない。
そうだよ。なんで忘れてたかな? ラノベやネット小説、恋愛小説には、時に「本編のその後の世界」や「次世代編」というものが存在するじゃない! ヤダ、どうしよう。私ってば天才!
【新仮説①:実は『婚約破棄後』のハッピーエンド世界説】
実はすでに前世でいう本編は過去に終わっており、私とクロード様はあらゆる困難を乗り越えたその後の世界を生きているのでは!?
よくよく思い出して?
私が『小説の中である証拠』として作ったノートを見せるたび、クロード様は決まってこう言っていたのではないかしら?
「僕は婚約破棄など絶対にしない」
「君が僕から離れようとしたなら、世界の果てまで追いかけて連れ戻す」
……なるほど、これだわ! これこそが最大の証拠だったのよ! 過酷な本編の試練を乗り越え、一度はすれ違いや第三者の妨害で離れかけそうになった過去があるからこそ、彼は「もう二度と君を失わない」と心に固く誓った。違う?
だからこそ、あそこまで「婚約破棄なんて絶対にしない」と断言するのよ! それ故の、あんなにも私に激甘で何があっても揺らがない深い執着を見せているんだわ!
「なるほど……! これは完全に、ハッピーエンドを迎えた後のヒーローのセリフですわーーーっ!!」
完璧すぎる伏線回収に、私は鳥肌が立つのを感じた! あの重すぎるほどの愛情と執着は、すべて「ハッピーエンド後のヒーロー特有の誓い」だったのですのね!
ああ、なんかそれならクロード様の態度にも納得だわ。もう、本当に耳が溶けるって、いつも思うんだよね。嬉しいんだけれども甘すぎて恥ずかしいのよ。
でも、あるいはーー
【新仮説②:わたくし、実は『悪役令嬢の母親』説】
私は実は悪役令嬢本人ではなく……将来の悪役令嬢のお母様、だったとしたら!?
想像してみて!
私とクロード様が結ばれ、将来生まれてくる愛くるしい私たちの娘の姿!
私譲りのつつじ色の髪とライラックの瞳、そしてクロード様譲りの極上の知性と気品を持った、完璧で可憐な我が子!
ああ、想像するだけで萌える! 最高に可愛らしいに違いない。
「……ハッ! その完璧すぎるスペックこそが、未来の「本編」における高慢な悪役令嬢のフラグなのでは!?」
そうよ! そういうことよ!! 完璧すぎる容姿と高貴な家柄を持つ令嬢こそ、ラノベやネットの恋愛小説でヒロインの前に立ちはだかる高飛車な悪役令嬢の王道ポジション!
つまり、私が前世の知識を持って生まれたのは、自分が断罪を回避するためではなく……将来生まれてくる娘を、破滅の運命から救い出すためのもの!? そう考えればつじつまが合う。むしろ合いすぎるじゃない!
「もし娘が未来の主人公に「おーほっほっほ!」と扇子をパチンと鳴らし始めたら、母として全力で「これ、およしなさい!」と教育的指導を入れなければなりませんわね!」
未来の娘の高笑いや断罪回避の英才教育まで脳内に浮かび上がり、私は全身に鳥肌が立つのを感じたのだった!
なるほど! 私の本当の役割とは、悪役令嬢として破滅することではなく、未来の悪役令嬢を正しく導く、最強の母親になることだったのかーーーっ!!
あ、でももう一つの可能性も――
【新仮説③:わたくしの息子が『攻略対象者』説】
もう一つの可能性。それは……もしもクロード様との愛の結晶が息子だったのなら?
もう一度、想像してみて!
クロード様のあの美貌と冷徹なまでの知性、そしてわたくしの愛らしさをしっかりと受け継いで生まれてくる、我が愛しの息子……!
艶やかな髪を揺らし、幼い頃から「母上、僕が守って差し上げます」なんて大人びた笑みを浮かべる天使のような男の子!
そんな男の子が生まれたとしたら……!
「……ハッ! 冷徹で完璧な侯爵公子……! これ、完全に乙女ゲームのメイン攻略対象者のポジションではありませんこと!?」
そうよ! 完璧すぎるスペックと重すぎる愛情表現を持つ男の子なんて、未来のヒロインが放っておくはずがないわ! そこに腹黒設定なんかも入ってしまったら?
もう完璧に、攻略対象者(俺様系・腹黒侯爵公子)として未来のヒロインを翻弄すること間違いなし!!
つまり私の息子は、未来の物語で主人公の乙女を翻弄し、あるいは彼女に狂おしいほどの執着を見せるメインヒーローとして君臨することになるのね!?
「……あ、あら? ちょっと待ってくださいまし……」
そこまで妄想が膨らんだ瞬間、私の胸にぬっと冷たい暗雲が立ち込めた。
「わたくし……母親として、そんな見ず知らずの主人公とやらに、うちの愛しい息子をそう簡単に渡してしまってもよろしくて!?」
まだ影も形も、存在すらしていない我が子の顔が脳内にありありと浮かび上がり、私は目頭が熱くなる。
「ダメですわ! こんなに大切に、手塩にかけて育てる予定の我が子ですのよ!? 放課後の図書室で転んだ拍子に手が重なった、だの街角でパンを咥えてぶつかった、だのといった行き当たりばったりのラッキーイベントで息子のハートを射止めようなど百年早いですわ!」
私は、恋愛小説での「あるある」を想像し一人憤慨する。
「息子を奪おうとする怪しからんヒロインが現れたら、わたくし、意地悪な姑として立ちはだかってしまいますかもしれません……! 「うちの息子に近づかないでくださる?」なんて言ってしまったらどうしましょう……っ!」
そして、まだ見ぬ息子の将来と未来の嫁姑問題に勝手に頭を抱え、私はベッドの上で「どうしましょう、どうしましょう!」と身悶えしてしまったのだった。
「ですが、これも母としての愛ゆえ! 息子が素敵な恋をするのは応援したいけれど、変な虫がつかないよう、わたくしが厳しい目でチェックして差し上げなければ……っ!」
まだ生まれてすらいない我が子への親バカ度が限界突破し、すっかり「未来の偉大な母」としての使命感をメラメラと燃やす私であった。
ああ、でも我が子がそんな運命をたどってしまうなんてーー
「わたくしが悪役令嬢として断罪されるというのは、完全なわたくしの勘違い! 運命の真実とは、わたくしが未来の物語の登場人物を生み出し、育てるという重大な使命を帯びていたということですのね!?」
そうとなれば、話は変わってくるよね。未来の我が子がどんなルートを辿ろうとも、母として全力で愛し、破滅の運命からは絶対に守って見せるんだから!
「クロード様との愛を育み、未来の物語へとバトンを繋ぐ……! ああ、なんて壮大で素晴らしい使命なのかしら!」
すっかり「未来の母」としての新たな決意を固めた私は、満足気に頷いた。そりゃ、クロード様に言いくるめられるわけだよね。
……まあ、この完璧な新説をドヤ顔で報告した際、クロード様から「……つまりセラは、僕との子供が欲しいということかい?」と凄まじい熱度の瞳で見つめられ、自ら墓穴を掘ることになるのを、この時の私が知る由もない。




