おまけ 俺の幼馴染は、俺の扱いがひどすぎる【ジャック】
35話で、サラをデートに誘そうことに成功したジャックのお話です。
よろしくお願いします。
「よしっ! 朝一番に迎えに行くからな!」
満面の笑みでそう告げ、俺は弾むような足取りで木漏れ日パン工房を後にした。
胸の奥が、どっどっとうるさいくらいに高鳴っている。
ここ数日、あからさまに元気がなくて落ち込んでいたサラ。そんなアイツをなんとか励ましたくて、心臓をバクバクさせながら絞り出した『進級前の市に遊びに行こう』という誘い。
(やった……! サラとふたりきりの、実質『デート』の約束を取り付けたぞ……っ! あの、流星群が降る日に二人で出かけたあの日、サラにはまったく相手にされてない事実を突きつけられた。でもあの時願ったんだ。少しでも男として意識してもらうことを。なのであの時のリベンジを果たす!)
鍛冶屋の修業で鍛えたこの拳を、俺は陰で固く握りしめた。 幼馴染という近すぎる距離感のせいで、今まで一度も「男」として見られたことがない。だからこそ、この市でのデートでカッコいいところを見せて、男として意識させてやるんだ!
――そして、迎えた当日。
俺は気合を入れまくった一張羅を着込み、髪も気合を入れて整え、指定の時間の十分前に木漏れ日パン工房の前で待機していた。 ガラッと店のドアが開き、出てきたサラの姿を見て、俺は思わず息をのむ。
いつもの小麦粉まみれのエプロン姿ではなく、可愛らしいお出かけ用の服を着たサラ。
(う、うわ……めちゃくちゃ可愛い……っ! やばい、顔が熱い……!)
心臓が破裂しそうな俺に向かって、サラはパッと花が咲くような笑顔を向け――
「ジャック! 今日は励ましてくれてありがとう! 串焼きの屋台、出てるんでしょ? 楽しみだわー!」
開口一番、『励まし』というワードを爽やかにぶち込んできた。
(う……っ! ま、まあいい! 最初は気晴らしの名目だったんだからな! ここから挽回すればいい!)
気を取り直して、俺たちは賑わう広場へとくり出した。 人とすれ違うたび、サラと肩が触れ合いそうになって俺の緊張はピークに達する。 「人混みがすごいな、はぐれないように手……繋ぐか?」なんてセリフを必死で予行練習していた、その時だった。
「あ! ジャック! 見て見て、あの串焼き屋さん!」
サラが目を輝かせて指差したのは、大流行りしている肉の串焼き屋台だった。香ばしいタレとジューシーな肉の匂いが漂っている。
「お、おお、美味そうだな。……サラ、何か食べるか?」
俺がそう言った瞬間、サラは待ってましたとばかりにニッと笑った。
「いいの!? ぃやっほー! ジャックに奢ってもらっちゃおっと! すみませーん、この一番高い『特選大盛り特大肉串』を二本ください! とびっきり大きいので!」
「ちょっと待てサラ!? 一番高くてでかいやつ!?」
「えー? 「おじさんとおばさんに頼んででも連れ出す!」ってあんなに必死に言ってたんだから、それくらい奢ってくれたっていいじゃない! ね、ジャック?」
上目遣いで、悪びれもなくニコッと笑うサラ。
(くっ……可愛い! 可愛いけど……俺の財布のダメージがエグい!!)
「……わかったよ。おじさん、それ二本くれ」
泣く泣く財布から銀貨を吐き出す俺。 手渡された特大の串焼きを受け取ると、サラは「わーい!」と声を上げ、大きな口でガブリとかじりついた。
「んーーっ!! 美味しいーっ! お肉が柔らかくてジューシー! 奢りの肉ってなんでこんなに美味しいのかしら!」
幸せそうに頬を膨らませ、もぐもぐと食べるサラ。その口元にタレがちょこんとついていた。
(……あ、口元にタレが……。これ、小説とかだと指で拭いてやって『ついてるぞ』とか言う胸キュン展開じゃねえか!?)
俺はゴクリと唾を飲み込み、震える手を伸ばそうとした。
「あっ、手拭き手拭き……っと!」
だが俺が手を伸ばすより一秒早く、サラは自分のポケットからハンカチを取り出し、ガシガシと豪快に口元を拭き取ってしまった。
「ぷはーっ! ごちそうさま! 美味しかったわジャック! 次はあっちの甘味屋台に行きましょう!」
「……あ、ああ……そうだな……」
伸ばしかけた俺の手は、空しく空を斬った。
(気づけよ……! 少しでいいから、俺の気持ちに気づいてくれよ……っ!)
その後も、俺が格好つけて荷物を持とうとすれば「大丈夫! パン生地捏ねてるから腕力には自信あるの!」と断られ、雰囲気を良くしようと景色のいいベンチに誘えば「あっちの甘味の焼き立ての匂いにつられてお腹空いちゃった!」と食べ歩きに夢中になり……。
結局、俺の「実質デート」は、ただの『サラの腹を満たすための食べ歩きツアー』として幕を閉じたのだった。
帰り道。オレンジ色に染まる石畳を並んで歩きながら、俺はポケットの中で何度も拳を握りしめていた。
今日こそ、ただの「幼馴染」から一歩踏み出すんだ。特大肉串も甘味も奢り倒した。サラの腹は満たされている。あとは、俺のこの溢れんばかりの情熱を伝えるだけだ!
俺は意を決して、ずっと気になっていた話題を口切りにした。
「……そういえばさ、サラ」
「ん? なあに、ジャック?」
串焼きと甘味を堪能して大満足のサラは、ご機嫌な様子で首を傾げた。
「お前、ずっと憧れてただろ? 物語に出てくるようなドラマチックな出会いとかさ……運命のヒーロー、みたいなやつ」
ここ最近、アイツが「恋する乙女モード」で思い詰めた顔をしていたのは知っている。どんなヒーローを夢見ていたのかは知らんが、俺はサラがずっとそんな夢物語に憧れていたことを知っていた。
だが、サラはふっと柔らかく微笑むと、あっけらかんとした声で首を振った。
「ああ、それね! ふふ、憧れてたわよ。でもねジャック、今はもう憧れてないの! むしろお腹いっぱい!」
「えっ……そうなのか?」
予想外の返答に俺は目を丸くした。
「うん! 雨宿りで濡れたシャツの貴公子と肩が触れ合うとか、路地裏で不良に絡まれたところを格好よく救出されるとか……そんなの現実に起きるわけないじゃない! わたし、やっと目が覚めたの。物語のヒーローを待つより、現実の普通の恋の方がずっと素敵だって気づいたんだもの!」
妄想を綺麗さっぱり吹っ切ったサラの笑顔は、夕日に照らされて眩しいくらいに輝いていた。
現実の恋。等身大の恋! ……今だ。今しかない!!
「そ、そうか……。ならさ、サラ」
俺は喉の渇きを覚えながら、必死で呼吸を整えた。胸の鼓動がうるさいくらいに打ち鳴らされる。
「もしお前が本気でそう思ってるんなら……俺が一人、紹介しようかと思ってたんだけど」
「えっ!? 本当!?」
サラの目がパァッと輝いた。よし、喰いついた! 俺はごくりと唾を飲み込み、覚悟を決めた。
「その等身大のヒーローってやつに――俺が立候補してもいいか、って――」
「えーっ! 誰紹介してくれるの!? ジャック、すごーい!」
「……えっ?」
俺の「俺が立候補しても」の声を完璧にかき消す勢いで、サラが目をキラキラさせて食いついてきた。
「ねえねえ、どんな人!? だってジャックの鍛冶屋に来る人って、やっぱりいかつい冒険者さんとか、カッコいい騎士様とかでしょ!? 「いつも最高の剣を打ってくれて感謝するぜ、ジャック!」みたいな頼りになる熱血剣士さんとか!?」
「あ……いや……」
「それとも、ちょっとクールな後衛任されるような頼れる冒険者かしら!? どっちにしても鍛冶屋さんの知り合いなら、すごく強くて逞しい人に決まってるわよね! うわぁ、誰だろう、気になるっ!」
俺が「俺だ」と言う隙すら与えず、サラは一人で「ジャックが紹介してくれる最高の出会い」を勝手に想像して盛り上がっている。
「……」
開きかけた口が、情けなく半開きのまま固まった。
(俺だ。……「紹介したい奴」ってのは、今お前の目の前で一張羅着て、財布をすっからかんにして、真っ赤な顔で立っているこの俺なんだ……!!)
「あはは! ジャックってば、幼馴染のわたしの恋路まで心配してくれるなんて、本当気が利くんだから! ありがとね!」
バシバシと力強く背中を叩かれ、俺の心は音を立てて砕け散った。
撃沈した俺は、夕暮れの街で一人、力なく肩を落とすのだった。
「……あ、ああ。……どういたしまして……」
「それに今日は本当にありがとう、ジャック! 美味しいものいっぱい食べられたしさ、すっかり元気が出たし! やっぱりジャックは頼りになる最高の幼馴染ね!」
「……幼なじみ……お、おう。元気になったなら、よかったよ……」
最高の幼馴染という、絶対に越えられない壁を爽やかに叩きつけられ、さらに俺は力なく笑うしかなかった。
(――っ! ……俺の幼馴染は、俺の扱いがひどすぎる)
だけど……くそっ、やっぱり可愛いから嫌いになれねえ……!
一向に男として意識してくれる気配のないサラの横顔を見つめながら、俺は次回こそはと、心の中で静かに、そして泣きそうになりながら更なるリベンジを誓うのだった。
負けヒロインならぬ、負けヒーローのジャック。
でも実は、裏設定で、ジャックは本物の攻略対象という恋愛小説の「設定通り」の唯一の人物としてました。
セラフィーナも、10話でエリカに攻略対象とは?で、説明するときに、幼なじみとかいたりする。と、ひとことだけ言ってました。
でも、サラは絶対にジャックが攻略対象とは気づかない。サラからしたら幼なじみは攻略対象にはならないのです。
唯一本物なのに、サラの中ではずっとモブ(笑)
ちなみに、表設定としてはもちろんクロード様。セラの言う真理の「設定通り」と自分で言ってるし。
一応、そんな設定の込められていた「設定通り」なのでした。
最後までお付き合いありがとうございました。




