第33話 わたくし、婚約破棄されませんでしたわ!?
季節は巡り、とうとう私たち一年生が進級する季節へと移っていった。
新学期を迎え王立学院の二年生へと進級する、私こと、セラフィーナ・バルディア。そう、進級するということは――最高学年の先輩方が卒業を迎える卒業パーティーも近づいているということ! それは、クロード様も卒業するということなのだ!!
乙女ゲームや、ラノベなどの知識において、卒業パーティーといえば何を意味するか……! そう、運命の断罪イベントなのだーーーっ!!
(……あ、でも待っていただきたいですわね??)
私は、『小説の中である証拠のノート』を開きながら首をかしげた。
かつての私は、クロード様に婚約破棄されて断罪される悪役令嬢の運命を迎えると思っていたけれど……今のクロード様と私は、誰がどう見ても両想い。正しく、ラブラブカップル、またの名をバカップル! 先日も「生涯どころか生まれ変わっても、セラを絶対に渡さない」という、息が止まりそうなほど重たくて甘い誓いをクロード様から頂いてしまったのよね。
こんな重い愛、それこそ恋愛小説の中でしか見たことがない。なので、やっぱり正しくここは恋愛小説の中なのよ。ただ、私がちょっと改変しちゃったみたいな気もしなくもないが、でもきっと誤差の範囲! 私は悪役令嬢のままなんだと思うのよね。
(クロード様からの断罪ルートは完全に消滅したと考えて間違いないはず……!)
だが! そこで安心しきってしまうのは素人というもの! ヒロインであったサラさんには、クロード様以外にも魅力的で危険な攻略対象がたくさんいるのよ。なので、ほかのルートからの跳弾。ということだって考えられるのよ。
(もしサラさんが別の攻略対象ルートに入っていた場合……巻き込まれ型でわたくしに断罪が飛んでくる可能性もゼロではない……! だって、悪役令嬢だから)
「そうと決まれば、心構えをしておかなければなりませんわ!」
そうと決まればさっそく。と思い、『小説の中である証拠のノート』にペンを滑らせ、断罪の舞台になりそうな場所をリストアップし始めた。
第一候補:『学院の大講堂』
王道中の王道! 大勢の生徒が見守るパーティーの真っ只中、中央の壇上で「セラフィーナ・バルディア! 君の悪行もここまでだ!」と叫ばれるパターン。
ドレスの裾を翻して優雅に異議を唱える練習をしておいた方が良いかしら?
第二候補:『中庭の噴水前』
夜のライトアップされた幻想的な噴水の前。ヒロインをかばうヒーローと対峙するロマンチック(?)な修羅場シチュエーション!
ここは夜でも目立つ扇子の購入を検討すべきかしら?
第三候補:『王城の大夜会』
スケールが大きくなって王城の晩餐会! 国の重鎮たちが揃う前での告発……これは一番胃が痛くなりそうな……。でも、この可能性は低そうね。だって、私たちはまだ学院の学生。そんな大きな夜会に呼ばれる機会なんて、そうそうないわね。
となると、もし王城が舞台になるとしたら……やっぱりユリウス殿下かしら? あ、でも変化球で隣国の皇子、レオンハルト様という可能性もあるわね。皇子つながりで王城の夜会に参加する――なんて展開も、恋愛小説なら十分あり得るわ!
うーん、うーん、と唸る私。でもまず、サラさんが次のどなたを攻略しに行っているのかが、やっぱり肝よね。
「けれども……どこが舞台になろうとも、誰が攻略されていようとも、わたくしは何があってもクロード様だけは諦めない!」
そう、今の私には、世界で一番頼もしくて、そして少し重たくて愛しいクロード様が隣にいてくれるんだもん。どんな理不尽な難癖をつけられようと、堂々と立ち向かってみせるわよ!
「……でも」
ペンを止めて妄想を膨らませてみる。
「もしサラさんの本当の運命のお相手が、クロード様じゃないとしたら……一体どなたなんですの?」
クールで完璧な生徒会長のユリウス殿下かしら?
それとも、次期騎士団長期待のディルク様?
はたまた、ルーク先生……?
ここはダークホース的なレオンハルト様?
「ユリウス殿下にディルク様。ルーク先生、そしてレオンハルト様……! どのお方も恋愛小説でメインを張れるほどの極上ルート! サラさんがどのルートを進んでいようと、絶対にこの甘いシナリオの通りに彼らを攻略いらっしゃるはずですわ!」
私は、それぞれの男性陣がどんな風にサラさんに落とされていくのか、脳内シミュレーションを開始した。
【考察①:ユリウス殿下の場合】
容姿端麗、成績優秀、誰に対しても完璧な笑みを崩さない我が国の第二王子殿下!
けれど、その完璧すぎる笑みは、王族としての重責と孤独を隠すための仮面に過ぎない……!
そんな殿下が、図書館で本を探していたサラちゃんと偶然手が触れ合い、彼女の飾らない素直な笑顔に触れた瞬間――!
『……君の前だと、完璧な王子でいるのが馬鹿らしくなるな』なんて、誰にも見せたことのない切ない素顔を見せてしまう!
『国や立場など関係ない。僕は、ただの男として君を愛したいんだ』と、王位継承権すら投げ打つ覚悟で真実の愛を貫く最高峰の王道ストーリー……ああっ、尊すぎて全国民が泣いてしまう!
【考察②:ディルク様の場合】
無骨でストイック、剣のことしか頭にないはずの次期騎士団長のディルク様。
けれど、放課後にお腹を空かせた彼に、サラさんが「これ、わたしが焼いた焼き立てのパンです! 召し上がってください!」なんて素朴な笑顔で差し入れをした瞬間――!
『……っ、う、うまい……こんなに温かくて優しい味がする食べ物は初めてだ……』なんて、一口食べただけで胃袋とハートを同時に掴まれてしまうに違いない!
忠義と恋心の間で葛藤しつつも、結局はサラさんのパンと笑顔の虜になって「僕の騎士道は、これより君一人を守るためにある!」とか誓っちゃうのよ、絶対に!
【考察③:ルーク先生の場合】
教壇の上では完璧で知的、誰も寄せ付けないクールな眼鏡教師。
けれど、放課後の補習で必死にノートをとるサラさんの健気さに、ふと毒気を抜かれてしまうのよ!
『ふぅ……君は本当に、僕の理性を試す天才ですね』なんて溜め息をつきながら眼鏡を外し、普段は見せない甘くサディスティックな素顔で彼女を翻弄していく……!
完璧な大人の先生が、教え子の一ひらの純真さにドSな一面も抑えられないくらい翻弄されて理性を失っていくギャップ……ああっ、考えただけで身悶えしてしまうわ!
【考察④:レオンハルト皇子の場合】
数多の令嬢を甘い言葉で侍らせてきた、百戦錬磨のプレイボーイ皇子。
けれど、自分の顔や身分に一切目もくれず「あ、レオンハルト様。邪魔なのでそこ退いてください」なんてサラさんに冷たくあしらわれた瞬間――!
『な……っ!? 僕を名前で呼び捨てるどころか、見向きもしないだと……!? ふっ……おもしれー女……!』とプライドを打ち砕かれ、気がつけば彼女の気を引くために毎日パン屋へ通い詰める健気な大型犬へと成り下がってしまうんだわ!
「……完璧ですわ。完璧すぎますわ。サラさん!!」
わたしは『小説の中である証拠のノート』をバシッと閉じ、一人で満足そうに深く頷いた。
「これだけ濃密なドラマが裏で繰り広げられているのですもの! サラさんがどのルートを進んでいたとしても、卒業パーティーで彼らから『君こそが僕の真実の愛だ!』と愛の告白がなされるのは間違いありませんわ! ふふふ……どのお方と結ばれるにしても、わたくしは影から二人を全力で応援しますわよ! ……だから、巻き込まれ断罪だけは本当にお勘弁してくださいましね!?」
まだ見ぬ他ルートの甘い展開に一人で胸をときめかせながら、わたしは断罪回避と高みの見物に向けた心の準備を、より一層強固にするのだった。
◇◇◇
妄想全開の『小説の中である証拠のノート』を久しぶりに抱えて、翌日意気揚々とエリに会いにアリントン侯爵家の屋敷へと向かった私。
応接室で出迎えてくれたのは、エリ……ではなく、息をのむほど美しく装い、心なしかそわそわとした様子のクロード様だった。
「セラ! 朝から君に会えるなんて、今日はなんて素晴らしい日なんだ。……僕に会いに来てくれたのだろう?」
甘く微笑みながら手を差し伸べるクロード様。けれど、私は「いいえ?」と首を小さく傾げて、朗らかに答えた。
「本日はエリに会いに来ましたのよ!」
「……っ!?」
一瞬で雷に打たれたように固まり、ガクッと肩を落としてうなだれるクロード様。
(ああ……切なげに落ち込むお姿も大変絵になりますわ!)
「……ふ。つれないところも、たまらなく愛おしいな」
(即座に立ち直って激甘な瞳で見つめてくるクロード様! 本当にタフでいらっしゃいますわ……!)
その後、案内されたエリの部屋へお邪魔すると、なぜか当たり前のようにクロード様もついてきた。それどころか、ソファーで私のすぐ隣にぴったりと密着して腰掛け、私の手を愛おしそうに握りしめている。……なぜ?
「……本当に最近のお兄様はうっとうしいわね。セラと私の女子会なのに、なぜ当たり前のように居座ってるのかしら?」
エリはパチンと扇子を鳴らし、心底ウザそうな視線を向けるけれど、クロード様は「セラの隣は僕の定位置だ。何か問題でも?」と涼しい顔でスルーしていた。あのパニックからは想像もできない、変わりよう。私が絡むとこんなにも違うの!? さすがのメンタル! でも、ごめんなさい。私もエリに一票。今日はちょっと乙女の秘密の話するのにクロード様は邪魔ね?
「……クロード様、今日は、エリの言う通りなのですわ。乙女の秘密のお茶会なのです。一緒に居たいのはわたくしも同じ。でも、ご遠慮なさって?」
「っ!? ……セラ……?」
クロード様は、私がそんなことを言うと思ていなかったのだろう。この世の終わりみたいな顔をして私を凝視している。うっ。そんな顔されると罪悪感が。……ちょっとくらいなら……一緒にいてもいいかな?
「お兄様? 何そんなあざとくセラに訴えかけているのかしら? 邪魔なものは邪魔ですわよ!?」
「……セラ、僕は邪魔だろうか? ただ、君と一緒に居たいと思っているだけなんだ。決して邪魔などしないから、そばを離れない権利を僕にくれないか?」
「もう。それがうっとおしいんですってば!」
「ま、まあまあ、エリ。邪魔をしないのでしたら問題ありませんわ。実はわたくし、今日はエリに大切なお話しをしようと思って伺いましたの!」
私はクロード様ににこりと微笑みかけて頷いてから胸を張り、昨日書き殴った断罪予測が見えるよう『小説の中である証拠のノート』をテーブルの上にドバッと広げた。
「見てくださいまし! 卒業パーティーでの断罪イベント予測ですわ!」
「断罪……? セラ、君はいったい何の話をしているんだ?」
「そうよ? なんでそうなるのかしら?」
首をかしげるクロード様とエリに、私は力強く語りかけた! ええ、この予想、完璧に仕上げたんだから。絶対に間違いないわ!
「最高学年の先輩方の卒業パーティーといえば、恋愛小説……いえ、運命の断罪イベントの舞台! サラさんが他の攻略対象ルート――ユリウス殿下やディルク様、ルーク先生ルートを進んでいた場合、わたくしに巻き込まれ断罪が飛んでくる可能性がありますの!」
「「……はい?」」
ポカンとする二人に向かって、私は握り拳を作って熱く宣言した。
「ですが! どこが舞台になろうとも、わたくしはもう逃げませんわ! クロード様という世界で一番頼もしいお方が隣にいてくださるのですもの! どんな理不尽な難癖をつけられようと、二人で堂々と立ち向かってみせますわーっ!!」
ババーン!と効果音が聞こえそうな勢いで愛を叫んだ私。
クロード様は一瞬目を見開き、次の瞬間には「……セラ! 君という人はどこまで健気で愛おしいんだ……ッ! 僕が死んでも君を守る!!」と感極まって私を強く抱きしめてきた。
「……あの、お兄様とセラ……お二人とも。少々いいかしら?」
感涙にむせぶクロード様と、誇らしげな姿勢の私に向けて、エリが氷のように冷ややかな、けれどどこか呆れ果てた声を上げた。
「セラ。大変申し上げにくいんだけれど……王立学院は四年制よ?」
「……え?」
「お兄様やユリウス殿下たちは三年生。つまり、最高学年ではないわね。今年度の終わりに卒業パーティーに参加すること自体が、ないわよ?」
「………………へ?」
静まり返るエリの部屋。そして固まる私。今なんと?
私の頭の中で、昨日から組み上げられていた綿密な断罪フラグと妄想劇場が、音を立ててガラガラと崩れ去っていくのがわかった。
(よ、四年制……!? クロード様もユリウス殿下も、ついでにディルク様も参加する卒業パーティー、今年はない……!?)
「あ、あれ……? じゃあわたくし……断罪、されない……ですの……?」
「当然でしょう。一体何と戦ってたのよ?」
「……ということは。ですわよ? わたくし、クロード様に婚約破棄されませんの?」
「セラ!?!? なぜ婚約破棄!? そんなことを、僕がするはずないだろう!」
クロード様が一生懸命弁明しているが、私の耳には入ってこない。だってだって。断罪と婚約破棄はセットなんだよ? 確かに、もうクロード様は婚約破棄しないとは思ってた。それでも、断罪はわからないじゃないか。万が一ってことだってあると思ってたから一生懸命考えていたのに!
「わ、わたくしのあの熱い決意と妄想の数々は、一体何だったのですのーーーっ!!?」
「あら、それは前にも言ったと思うけれど、……ただの、セラの想像する恋愛小説のワンシーンなだけではないかしら?」
呆れ顔で紅茶をすするエリと、「そんなに不安ならば、卒業を待たずとも君と今すぐ結婚式を挙げてもいいのだが!?」と瞳を輝かせるクロード様。
(――っ! ……わたくし、婚約破棄されませんでしたわ!?)
自らの盛大な勘違いに気づいた私は、顔を真っ赤にしてソファーの上に崩れ落ちるのだった。




