第32話 わたし、「物語じゃない」自分だけの運命の相手を探します!
わたしが必死にクロード様との好感度を上げようとしていた時にさかのぼり――
「よしっ! 決めたわ! 明日は雨に濡れて可憐に風邪をひいたフリ作戦でいくわよーーーっ!」
夕暮れの中庭に、一人で完全に大興奮したわたしの固い決意が響き渡る。だって、学院イベント発生スポットの巡回は、なんかどれも失敗したみたいだし? それならば、次はわたしの守ってあげたくなる可憐さ作戦で行くべきよね!
私は決意を新たに胸にひめ、一路木漏れ日パン工房へと帰宅した。明日は絶対クロード様との好感度を上げるべく看病イベント発生させるのだ!
――そして、翌朝。
チュンチュン、と鳥の爽やかなさえずりで目を覚ましたわたしは、勢いよくベッドから跳ね起き、窓のカーテンをシャッと開け放った。
「さあ! 運命の恵みの雨よ、降り注ぎなさい――って、えぇぇぇーーーっ!?」
窓の外に広がっていたのは、雲ひとつない雲外蒼天の超・快晴だった。サンサンと降り注ぐ太陽の光が、わたしの部屋をこれでもかと眩しく照らしている。
「え? ど、どうして晴れなの!? 天気予報はどうなっている? これじゃあ、わたしの雨に濡れて風邪をひいたフリ作戦が実行できないじゃないのよーっ!!」
ガーンとショックを受け、私は朝から頭を抱えた。だって雨が降らなきゃ、ずぶ濡れになって可憐に震えることも、クロード様が上着を羽織らせて『バカだな君は』って抱きしめてくれるシチュエーションも全部ナシよ!?
わたしの完璧な『僕に移せば君が楽になる。なら、いくらでも移してくれ』って言って切ないほどに甘い瞳で見つめてくるのも、『君の風邪も、苦しみも、全部僕が奪い去ってしまいたい』って言う、顔が触れ合いそうなほど接近して、耳元で吐息混じりに囁かれる甘い言葉も、これじゃ全部なかったことになるじゃない!!
「ううっ……どうすればいいの? 雨が降らないなら、自力で水たまりにダイブする? いや、それはただの危ない人だし……だいたいそれじゃ、服が汚れるだけで、後でお母さんに怒られるのが目に見えてるし」
あーでもない、こーでもないと知恵を絞ってみたものの、名案なんてひとつも浮かばない。
「……はぁ。考えても仕方ないわね。とりあえず学院に行って、現地で次のチャンスを探すわよ! きっと何かあるはず!」
わたしは気を取り直すと、制服に着替えて王立学院へと向かった。
ところが――。
お昼になって、中庭でお弁当を食べようと向かった直後、わたしは金縛りに遭ったかのようにその場に立ち尽くすことになった。
「あ……」
少し離れた中庭の木陰に、寄り添うふたりの姿があった。
(あれは……美しい濃茶の髪をなびかせたクロード様と、可憐な伯爵令嬢のセラフィーナ様?)
遠目から見ても仲良く寄り添いあっているのが分かった。どうしてあの二人が――
思わず目をこすって二度見してしまった。え? なんであのお二人が一緒にいるの?
(え……? あれ……っ?)
クロード様は、昨日門の前でわたしに見せた謎の逃走劇が嘘のように、穏やかで甘い瞳でセラフィーナ様を見つめているようだ。そして、セラフィーナ様の手を、宝物でも扱うかのように優しく、けれどしっかりと握りしめているのが分かる。
セラフィーナ様も、少し照れくさそうに頬を染めながら、しっかりと彼の手を握り返しているのが分かった。
風に揺れる花びら、二人の周囲だけに流れる甘くて完璧な空気感。どこからどう見ても、誰も割り込めない本物のラブラブ空間がそこには完成していた。
「な……なんで……?」
頭の中に、巨大なハテナがいくつも浮かび上がる。え? どういうこと?
おかしいわ。物語のヒーローであるクロード様の運命の相手は、ヒロインである「わたし」のはずでしょ? え? 違ったの??
あの日、木漏れ日パン工房で必死にわたしを探して名前を呼んでくれたじゃない! あれは何だったの!?
どうして? なんで?
誰がどう見ても、恋愛小説の挿絵に出てくるような運命の二人は、クロード様とセラフィーナ様のお二人、そのものだった。
物語の表紙を飾るべき美男美女の甘い世界が、そこには確かに完成していたのだ。
「……え? 意味が……意味が分からなさすぎるんだけど……っ!?」
自分が信じて疑わなかった物語の配役が根本からガラガラと音を立てて崩れ去っていくような気がして、わたしはその場にへたり込んだのだった。
わたしは、その後の記憶があいまいで、いつの間にか学院を後にし、いつの間にか家へと帰宅していた。
もちろんいつも欠かさない寝る前の読書タイム、その日はそんなことをした記憶もないし、楽しんだ記憶もなかった。
◇◇◇
次の休日。わたしは実家のパン屋「木漏れ日パン工房」の店先に、お手伝いとして立っていた。
けれど……焼きたてパンを持ったまま、完全に魂が抜けたようにボケーっとしていた。あの日見たあの光景――恋愛小説の挿絵に出てくるような運命の二人。あの日から、私の頭からずっと離れずに、むしろくっきり、ハッキリ焼き付いていた。
「おいおい、サラ、大丈夫か? 朝からぼんやりしやがって、しっかり手伝ってくれよ」
「そうよサラ、ここ数日ずっと様子がおかしいわよ? なにか悩み事でもできたの?」
お父さんに叱咤され、お母さんには心底心配そうな顔を覗き込まれる。 けれど、返事をする気力すら湧いてこなかった。
あれから、いくら考えても意味が分からなかったのだ。あのお昼みた、中庭の木陰で見かけた二人の光景が、どうしても頭から離れない。
二人を取り巻く甘くて完璧な空気感。
あの日わたしが目撃したのは、わたしが描いていた、わたしの理想のヒーローとヒロインの運命のワンシーンそのものだった。けれど――そこに立っていたのは、わたしではないヒロインだった。
(なんで……? わたしがヒロインじゃないの……? 物語の主人公じゃないの……?)
落ち込みと疑問で頭が破裂しそうになっていた、まさにその時だった。
カランコロン、とドアのベルが鳴った。
「おはようございます! 今日もひだまり食堂のお手伝いでお買い物に参りましたわ! アンナさんのお使いですの!」
にこやかに店に入ってきたのは――なんと、サラちゃんだった!
「……っ!?」
わたしはハッとして息を呑んだ。(こ、これって……あの運命の出会いの日とまったく同じシチュエーションじゃない!?)
あの日も、彼女はひだまり食堂のお手伝いとしてこの店に買い出しに来ていた。なぜだか急に心臓がドキン、ドキンと激しく脈打ち始める。嫌な予感がするのを必死に隠しながら、わたしはいつものように対応した。
「あ、い、いらっしゃいませ……! いつもの朝焼きの丸パンと、山型食パンですね……!」
「ええ、よろしくお願いしますわ!」
可愛らしく微笑むサラちゃん。その瞬間――!
バンッ――! カランカラン。
「サラっ!!」
勢いよく店のドアが叩き開けられ、息を切らせたクロード様が飛び込んできた! あの日とまったく同じ声、同じ顔、同じ迫力でサラ! と叫ぶクロード様。
「……っ!」
わたしが思わず声を詰まらせて固まった、その直後だった。
「クロード様!? なぜここに?」
「さっき、ひだまり食堂へ行ったら、今日もここへお使いに来ていると聞いたから。危ないだろう? 僕がきちんと護衛するから一人で行くな」
「まぁ! お迎えに来てくださったのですね! ありがとうございます」
パッと顔を輝かせたサラちゃんが、嬉しそうに、そして確実に自分の名前を呼ばれたという様子でクロード様に駆け寄っていったのだ。
「っ!??!???」
わたしの頭の中で、巨大な雷がドカーンと落ちた。
(……え? えええぇぇぇーーーっ!?)
あの日……あの日、クロード様が必死な顔でサラ! と叫んでいたのは……サラじゃなくて、サラちゃんのことだったのーっ!?
目の前では、クロード様が「ああ、サラ! 探したよ! 君に何かあったらと思うと僕の心臓が……っ」とデレデレになりながらサラちゃんの手を握りしめ、サラちゃんも「もう、大袈裟ですわクロード様」と幸せそうに頬を染めている。
ラブラブすぎる二人を前に、わたしの脳内は大パニックを起こした。
だって、百歩譲ってわたしじゃないとして、ならばあの学院での二人は? クロード様が好きなのは――
「あ、あの……! クロード様のお好きな方は……セラフィーナ様、なんですよね……!? なんでサラちゃんなんですか……っ!?」
耐えかねて尋ねると、クロード様は「ん? 彼女が変装している時はサラと呼んでいるんだよ。彼女の変装時の愛称さ」と当然のようにドヤ顔で答えてくれた。
「……へ? サラちゃん……が、セラフィーナ様……???」
クロード様の言葉を聞いた瞬間、わたしの思考回路は完全に止まってしまった。
(えっ? ちょっと待って!? パニック! パニックよ!! 大パニックよ! これがパニックじゃないなんてどうして言えるの!?)
目の前で、変装した可憐な町娘の姿のまま、クロード様に甘えるように袖をキュッと掴んでいる少女。そして、その少女を目に入れても痛くないと言わんばかりの激甘な瞳で見つめ返す、イケメン侯爵公子。
わたしは二人の顔と、自分の手、そしてお店の看板を交互に何度も何度も見比べた。
「え、えぇぇぇーーーっ!? じゃあ何ですか!? セラフィーナ様が「サラちゃん」で、「サラちゃん」がセラフィーナ様で……っ!? わたしもサラだけど、わたしは「サラちゃん」じゃなくて、クロード様が探していた「サラ」は、伯爵令嬢のセラフィーナ様だったってことですかーっ!?」
「うん? だからそう言っているじゃないか。ややこしいな君は」
「ややこしいのはそっちですよーっ!!」
思わず叫んでしまったわたしを前に、セラフィーナ様は「あらあら」と少し申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんなさいね、サラさん。わたくし、学院の外でお手伝いをする時はこの姿でサラと名乗っていたの。……同じお名前だなんて、奇妙な偶然ですわね」
「ぐ、偶然どころの騒ぎじゃないですーっ!! 奇跡の大事故です!!」
「……そうですわね。本当にごめんなさい」
「えっ? セラフィーナ様は謝らないでください! 別に悪くないです!」
「いいえ。わたくしが「サラ」って名乗ったから……当然、そうなりますわよね。あの時の嫉妬がこんな大惨事になるなんて、わたくしだって思ってもおりませんでしたの」
セラフィーナ様が、「サラ」と名乗ったからなんだって? 小さな声でよく聞き取れない。
「よく聞こえなかったので、もう一度お願いします」
「あ、なんでもないですわ! でも、サラって名乗って本当にごめんなさい」
そうだった! わたしはその場で頭を抱えた。
(えっと、じゃあ、あの日木漏れ日パン工房のドアを叩き割らんばかりの勢いで入ってきたクロード様が叫んだ「サラ」! は……!)
『(平民の)サラ!』ではなく、『(変装した)サラ!』だったのだ……!
「……あ、あの時のサラって……」
「もちろん、僕の愛しいセラのことだが? 何か問題でも?」
真顔で即答するクロード様。
(ないです! 問題しかないけど、ぐうの音も出ないほど問題ないですーっ!!)
あの日から「ついにわたしにも運命のヒロイン属性が……!」と舞い上がり、勝手に、きっとセラフィーナ様みたいな人がヒロインなのね。と、ライバルだと思っていたセラフィーナ様に密かな対抗心を燃やし、図書館でユリウス殿下に誤爆し、食堂で揉みくちゃにされ、中庭で数時間虚しく風に吹かれていた全行程が、ただの盛大な勘違いだったという事実!!!
あまりの衝撃に、膝からガクリと崩れ落ちそうになるわたし。
(恥ずかしい……! 恥ずかしすぎて今すぐこのパン屋の床に穴を掘って埋まりたい……ッ!!)
けれど、赤っ恥に震えるわたしを置いて、二人は「では、パンをいただけますかしら?」「ああ、僕が持とう」と、完璧な二人の世界を作り上げてお買い物を済ませていくのだった。
「………………」
大体、よく考えればサラちゃん。あんなにもお上品で、どこか浮きまくっていて、平民に見えないので、どこかの商家の娘、と思っていたが、実は伯爵令嬢だった。なんて、考えればすぐわかる事だった。
そうして、わたしの中ですべてが繋がった。 すべてのパズルのピースが、恐ろしいほどの速さと精度でガチリとハマった。
(運命の出会いでも……ヒーローがわたしを探しに来たのでも……なんでもなかったぁぁぁーーーっ!!?)
あの日から勝手に舞い上がり、一人で待ち伏せし、妄想を爆発させ、学院中を探し回っていた自分が、恐ろしいほど恥ずかしくなってきた。
「はぁ……」
わたしは深く、深ぁぁぁぁく溜め息をついた。
(そりゃそうよね……。現実で、そんな都合よく恋愛小説みたいな運命の出会いなんて起こるわけないじゃない……)
勝手に「自分がヒロイン」と思い込んで暴走していた現実を、わたしはここでようやく、完全に受け入れたのだった。
……けれど。
仲良く手を繋ぎ、お互いを愛おしそうに見つめ合いながらパンを買っていく二人を見送った時。 胸の奥が、ほんの少しだけキュンと羨ましくなった。
「いいなぁ……あんな風に、世界で一番好きになり合える関係……」
ポツリと呟いたあと、わたしは両手で自分の頬をパーン! と叩いた。
「よしっ! 落ち込んでる場合じゃないわ!」
物語のヒロインじゃなくたっていい! 誰かが用意した運命なんかじゃなく! 今度こそ、わたしだけの本当の運命の相手を、自分の足で探しに行ってやるんだからーっ!
(――っ! ……わたし、「物語じゃない」自分だけの運命の相手を探します!)
夕空に向かって拳を突き上げるわたしの心は、驚くほどスッキリと晴れ渡っていたのだった。




