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悪役令嬢の完璧な婚約破棄計画 ~ヒロインと恋するはずが、なぜか私と恋しています!? でも設定通りってなんでぇ?~  作者: かず


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第31話 僕の婚約者は、今日も慈しい

セラを伯爵家の屋敷まで送り届け、僕自身も侯爵家の馬車に揺られて帰路につく道中。一人になった僕はそっと自分の右手をかざし、その感触を慈しむように見つめていた。


(……信じられないな)


ひだまり食堂からの帰り道、馬車の中でセラが僕に届けてくれた言葉。


『クロード様を誰にもお譲りしたくありません。わたくしが、クロード様の隣にいたいのですわ』


照れくさそうに頬を染めながらも、まっすぐに僕を見つめ返してくれた彼女の瞳。そして、僕の手を強く握り返してくれたあの温もり。


夢ではない。手の中に残るかすかな温もりが、あれが揺るぎない現実だと教えてくれている。


(セラが……僕を拒絶するどころか、僕の隣にいたいと言ってくれた)


今までどれほど彼女の言動に振り回されてきただろう。だが、それらの苦労や不安が、たった一度の告白ですべて報われた気がした。


こんなにも満たされた気持ちになったのは、人生で初めてだ。いっそ今日という日を、国の祝日に指定したいと本気で思ってしまうほどに。


(この胸の喜びを誰かに誇りたい気もするが……駄目だな。セラのあの可憐な愛の告白は、僕だけのものだ。他の誰にも教えるつもりはない)


静かな車内で一人、込み上げてくる愛おしさに口元が緩むのを抑えきれずにいた。


屋敷へと到着し、自室に戻って重厚な扉を閉める。上着を脱ぎ、静かに息を吐いたものの、胸の奥で燻る情熱と幸福感は一向に冷める気配がない。


ソファーに深く腰掛け、そっと目を閉じる。脳裏には、今も鮮明にあの可憐なセラの姿が浮かんでいた。


「……セラ」


愛おしい彼女の名を口に漏らした、その時だった。

「こんな時間にかかわらず、随分とご機嫌ですね、お兄様」

「――っ!?」


静まり返った室内で、不意に鈴の転がるような声が響き、僕は素早く視線を向けた。


サイドテーブルのランプの灯りの下、いつの間にか侵入していた妹のエリカが、優雅に紅茶を嗜んでいた。


「エリ……っ!? ……どこから入った。扉は施錠していたはずだが」

「ハインツに解錠させたのよ。それよりお兄様、一人でセラの名前を呟いて余韻に浸るのも良いけれど、もう少し周囲に気を配ったほうがいいわよ?」


扇子で口元を隠し、くすくすと楽しそうに目を細めるエリカ。


「っく、……見られていたのか」

「ええ。部屋に入る前から、随分と幸せそうな雰囲気がだだ漏れていたわ。いつも冷静なお兄様がそこまで無防備に顔を緩ませるなんて、流石に侍女たちもびっくりしていたわよ?」


僕がわずかに眉をひそめて黙り込むと、エリカはニヤリと口角を上げて紅茶のカップを置いた。


「でも、無事にセラと気持ちが通じ合ってよかったわね! ハインツも『これで無駄な捜索活動から解放される』と胸を撫でおろしてたわ」

「……ハインツはまた余計なことを。だが、何も反論はできないな」


やれやれと息を吐く僕に、エリカはパチンと扇子を閉じ、少しだけ雰囲気を柔らかくした。


「ふふ、一時はどうなることかと呆れてたけれど……セラの心を完全に射止められて……よかったですね。おめでとうございます、お兄様」


少しのからかいと、心からの祝福を込めた妹の言葉に、僕も今度は自然な笑みを返したのだった。


◇◇◇


翌朝、僕は居ても立ってもいられず、早朝からアリントン侯爵家の馬車を走らせ、セラを迎えに行くべくバルディア伯爵家に急がせた。


なによりもセラに早く会いたかったのだ。


「クロード様……? こんな朝早くから、いったいどうなさったのですか?」


身支度を整えたばかりのセラが、驚きつつも出迎えてくれる。その可憐な姿を目にした瞬間、胸の奥から込み上げる愛おしさを抑えることができなかった。


「……昨夜のことが、夢ではないと確かめたくてね」


僕はセラの小さな手をそっと包み込み、まっすぐに見つめた。


「君が僕の隣にいたいと言ってくれたこと……僕をお慕いしていると言ってくれたこと。あれは本当に現実、だったんだな」

「もう……クロード様ったら。疑い深いですのね」


セラは困ったように微笑むと、ぽっと頬を桃色に染め、ギュッと自分から僕の手を握り返してくれた。


「夢などではありませんわ。わたくしは、クロード様の隣にいたいのです」


(――っ! ……僕の婚約者は、今日も慈しい)


手から伝わる温もりと、その言葉。確かな手応えに、僕の心は静かな歓喜で満たされた。そのまま僕の馬車に同乗してもらい、共に王立学院へと向かうことにした。


「ふふふ。クロード様。朝早くからお迎えに来ていただきありがとうございますわ……セラフィーナ。良かったわね」


応接室の入口で二人を見守っていたセラの母――伯爵夫人が、声をかけてきた。その瞳には、互いの気持ちを通じ合わせた僕たちを優しく見守る温かさが宿っている。


「伯爵夫人、朝から不躾なお邪魔をして申し訳ありません。セラを学院まで送り届けたく思いまして」

「構いませんのよ。ふふふ。クロード様がそれほどまでにセラを愛おしんでくださっているのなら、母としてこれ以上の安心はありませんわ」


上品に微笑む伯爵夫人の隣で、不機嫌そうに腕を組んでこちらを睨みつけている影があった。セラの弟のセルジオだ。


「……朝から人の屋敷に上がり込んで、お姉さまとイチャイチャと……」

「これ、セルジオ。失礼ですよ」


伯爵夫人に窘められたセルジオは面白くなさそうに頬を膨らませ、僕とセラの繋がった手を嫉妬の混じった目で見つめている。根っからの大好きな姉を奪われて、かなり拗ねているようだ。


「……クロードお兄さま」

「なんだい、セルジオ」


僕が静かに問いかけると、少年はフンと鼻を鳴らし、少し生意気な目つきで僕を指さした。


「お姉さまは……僕の大切なお姉さまなんだ。今度こそ絶対に悲しませないでください。もし……またお姉さまを泣かせるようなことがあったら、僕が絶対に許しませんからね!」


どこか必死さの混じった義弟の言葉に、僕は思わず口元を緩めた。大切な姉を想う純粋な気持ちが伝わってくる。


「……ああ、約束しよう。僕の命に代えても、セラを二度と泣かせたりはしない」


まっすぐに言葉を返すと、セルジオは「……当たり前です」と呟いて明後日の方向を向いた。けれど、その耳たぶは少し赤くなっている。


「では、お母様、セルジオ。行って参りますわね」


セラが嬉しそうに手を振り、僕たちは仲良く並んで屋敷の門へと向かった。


◇◇◇


一緒に馬車に乗り、隣に座るセラフィーナ。


(ああ、一緒に登校できるなんて! 夢のようだ)


僕は幸せを噛み締める。いや、朝だけでは足りない。登校だけで満足なんてできるはずがない。


「セラ、今日の昼は一緒にランチはどうだろうか」

「ああ、ごめんなさい。今日はエリとスペシャルランチを食べる約束しているんですの」

「……っく、エリと……」

「はい。今日は月に一度のスペシャルランチの日、牡蠣の白ワイン蒸しに、極上コンソメスープ、鹿肉の赤ワインローストに、なによりデザートに梨のコンポートが付きますの!」

「……っ、そうか」

「はい! 月に一度しかないので逃したくないのです!量は多めですが、わたくし、お残しはいたしませんの!」


(……セラが可愛い。スペシャルランチについて一生懸命説明している姿……少し食いしん坊なところも、ずっと見ていたい。でも、そんなに楽しみにしているならば、月一度と言わず、毎日食べれるよう生徒会として建白してみようか)


セラが喜ぶのなら、生徒会長のユリウスにだって文句を言わせず完遂させてみせよう。


僕はそんなことを考えながらセラを見ていたが、それとこれは別だと、一緒に昼も過ごすことをあきらめる気はなかった。


「……では、明日のランチは一緒にどうだろうか」

「明日ですか? はい。明日はエリにクロード様と食べると伝えますわ。あ、三人で食べますか?」

「いや! 二人で、中庭で食べよう!」

「二人で……。分かりましたわ」


頬を赤くしてセラは承諾してくれた。


セラとランチ! 明日は料理長に頼みセラが喜ぶものを作らせよう!


◇◇◇


次の日。


「ではセラ、また昼休みに」

「ええ、楽しみにしておりますわ」


教室の前までエスコートしてから一旦別れを告げる。僕は自分の教室へと入っていくセラの背中を、愛おしく見送った。


そして――待ちに待った昼休み。


僕はあらかじめ用意させていた昼食を手に、約束通り中庭の大きな木陰へと向かった。


中庭の大きな木陰。木漏れ日が柔らかく落ちるベンチに、セラが僕を待って座っている。あの日の奇跡が未だに信じられないが、そこに君(セラ)がいることで真実だと告げてくれる。


「……セラ」


だから、僕は最愛の婚約者の名を呟いた。その声に反応するように、セラが僕の姿を認めるとパッと顔を輝かせる。


「クロード様」

「待たせてしまったね、セラ」


(夢じゃない……! 幻なんかじゃないんだ……っ!)


あの日の帰り道、馬車の中でセラが言ってくれた言葉が、また今も脳裏で何度も甘く再生される。


『クロード様を誰にもお譲りしたくありません。わたくしが、クロード様の隣にいたいのですわ』


――思い出すだけで、胸が熱くなり、体中の血液が激しく沸き立つ。 かつての僕は、彼女に拒絶されるのではないかという恐怖とパニックで、息を吸うことすら忘れて倒れかけていたというのに。


「クロード様……? どうなさったのですか? 急にじっと見つめられては、恥ずかしいですわ……」


ぽっと頬を林檎のように赤く染め、上目遣いで僕を見つめてくるセラ。


「すまない、セラ。あまりにも君が可愛くて……そして、こうして君が僕の隣にいてくれることがやっぱり嬉しすぎて、夢ではないかと、また確かめていたんだ」

「もう……大袈裟ですわ。夢などではありませんでしょう?」


あの日、学院の門の前で見せたようなパニックも、酸欠による見苦しい醜態も、今の僕にはもう存在しない。僕の瞳に映っているのは、世界で一番愛しい少女の姿だけだ。


呆れたように、けれど愛おしそうにクスクスと微笑むセラの美しさに、僕の視界は完全にピンク色の甘い世界へと塗り替えられていた。


隣に腰掛け、手にした昼食を二人で分け合いながら、僕は彼女の細く柔らかい手をそっと握りしめた。まるで世界で最も壊れやすい宝物を扱うように優しく、けれど二度と離さないという固い意思を込めて。


照れくさそうにしながらも、彼女は僕の手をぎゅっと握り返してくれた。その指先の温もりが、僕の心臓を心地よく跳ねさせる。


(ああ……セラ、僕のセラ……! 僕は世界でいちばん幸せな男だ!)


「クロード様……これでは昼食が食べられませんわ……」

「ああ、すまない。でも僕の隣にいてくれて、僕の手を握り返してくれることが、本当に嬉しくて、たまらないんだ」


溢れ出す愛おしさを抑えきれず、僕は彼女の手を一層大切に包み込み、甘く穏やかな眼差しで、ただひたすらに最愛の少女を見つめ続けていたのだった。


恥ずかしそうに頬を染めながらも、セラはしっかりと僕の手を握り返してくれる。その細く柔らかい指先の感触を慈しみながら、僕はふと思い立った疑問を口にした。


「そういえばセラ、聞きそびれていたのだが……あのひだまり食堂でのお手伝いは、これからも続けるつもりかい?」


僕の問いかけに、セラは「あら」と少し目を丸くした。


「元々は、僕に婚約破棄されて平民になった時のため……という理由で始めたと聞いたのだが、違うのだろうか? そもそも僕は婚約破棄などするつもりはなかったのだが、だがもう完全にそのようなことなどないし、君が平民になる未来も万に一つも存在しないだろう?」


万が一にも離すつもりはないという意思を込めて手を握り直すと、セラはクスッと可愛らしく微笑んだ。


「ふふ、確かに始まりはそうでしたわね。けれど……今となっては、純粋にお手伝いそのものがとっても楽しいのですの! アンナさんや食堂の皆様も温かいですし、わたくし、これからも変わらず続けたいと思っておりますわ。なにより、ガルスさんのお食事は美味しいですし! それに、知っていますか? あそこにはシチューとハンバーグもありますのよ! この世界の隠されていた真実があそこにはありますの!」

「そうか……」


楽しそうに目を輝かせるセラの姿を見つめながら、僕は静かに頷いた。


(ああ……セラが可愛すぎる)


つい先ほどまで僕の隣にいたいと言ってくれた彼女が、今は目を輝かせながらシチューとハンバーグについて語っている。


――可愛い。本当に、何をしていても可愛い。


(……それにしても、シチューとハンバーグが「この世界の隠されていた真実」とはいったいどういう意味なんだ? ただ、平民には人気な食事と言うだけだが)


少しだけ気になったが、今はそんなことはどうでもいい。セラがこんなにも楽しそうに話しているのだから。


「君が楽しいと感じているのなら、僕がそれを止める理由はないよ。……それなら僕は、君が食堂に立つ日はこれからも変わらず客として通い詰めることにしよう」

「まあ! クロード様が毎日のように街の食堂へ通うなんて!」

「何を言っているんだ。愛しい婚約者が働く店に顔を出し、君が運んできてくれた料理を食べ、他の男が手を出さないよう見張る……当たり前のことだろう?」

「まぁ、見張りまでなさるおつもりですの!?」


呆れたように、けれどどこか嬉しそうに声を弾ませるセラ。


風に揺れる木々から柔らかな花びらがひらひらと二人の頭上へ舞い落ちる中、甘い微笑みを交わし合う僕たちの周りには、誰一人として割り込めない完璧な二人の世界が完成していた。


周りに誰がいようと、学院の他の生徒たちがどう見ていようと関係ない。今の僕の視界にはセラしか映っていないし、この世界には僕とセラの二人しか存在していないと言われても信じるだろう。


僕の手を温かく握り返してくれる最愛の婚約者を見つめながら、僕は心の中で静かに誓う。


(生涯かけて君を守り抜く――いや、それだけでは足りないな。死がふたりを分かつその時まで……いや、たとえ生まれ変わったとしても、僕は絶対に君を誰にも渡しはしない)


もし彼女が世界の果てに逃げ出そうと、僕は必ず追いかけ、その手を掴み取るだろう。そして今度こそ、何があっても彼女の隣に立ち続ける。僕の人生のすべては、彼女を愛し、彼女と共に生きていくためにあるのだから。


指先の力を少しだけ強めると、セラは何も知らずに、ただ愛おしそうに僕へ微笑み返してくれるのだった。

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