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悪役令嬢の完璧な婚約破棄計画 ~ヒロインと恋するはずが、なぜか私と恋しています!? でも設定通りってなんでぇ?~  作者: かず


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第30話 わたくし、運命に抗ってみせますわ!

ひだまり食堂の騒動が落ち着き、クロード様に手を握られながらアリントン侯爵家の馬車へと揺られる帰り道。


店を出る直前、ハインツ様がパタンと手帳を閉じ、深々と息を吐いた。


「やれやれ。これで本日の「侯爵家嫡男、酸欠脱走事件」および「伯爵令嬢、筋肉痛(恋心)による駆け込み事件」は無事に解決ですね。捜索願を出さずに済んで何よりです」

「本当よね、ハインツ。お兄様を回収するのにどれだけの手間がかかったことか。……だけれど、今回の功労賞は間違いなくセラね。さすが私のお義姉様ね?」


エリが扇子を口元に当て、クスクスと楽しそうに目を細める。


「えっ? お、お義姉様?」


急にエリにそんなことを言われて動揺する。だって、いきなりそんなこと言うなんて。


「ふふふ。だってそうじゃない? お兄様と結婚したら、セラはお義姉様だもの。これから、セラお義姉様って呼ぼうかしら」


エリはニヤニヤ顔を隠そうともせず、さらに楽しそうに目を細める。


「お、おやめになって! いきなりそんな、からかわないでくださいまし! それに、まだきちんとクロード様に告白もしていないのに……」

「それなら早く告白するべきね! 大丈夫よセラ、あたっても砕けないから! でも、今回の騒動、本当にセラのおかげだわ」

「わ、わたくしは何も……ただ、自分の見苦しい本音をぶつけてしまっただけで……っ」


顔を赤くする私の横で、ハインツ様が「ふむ」と無表情のまま手帳に何かを書き込み始めた。


「セラフィーナ様のおかげで坊ちゃんの生存率が飛躍的に上がりました。本日付の記録には「セラフィーナ様の一言により、侯爵公子、奇跡の蘇生」と記載しておきます」

「ちょっ、ちょっとハインツ様!? 変な記録を残さないでくださいませっ!」

「いくらセラフィーナ様のお願いでも、それはお受けいたしかねます」

「ちょっと! そこは、受けてくださいましっ!」

「ふふふ、良いんじゃないかしら? セラ。さあ、お兄様が馬車の中で首を長くしながら、手を開閉して待ってるわよ。……もう、逃げてはダメよ? 運命なんて自分が切り開くくらいの勢いでね?」

「エリ……うん」


エリに背中をポンと優しく押され、私は覚悟を決めて馬車へと乗り込んだ。


カタン、コトンと優しく揺れる馬車の中。隣には、私の手を愛おしそうに、けれど絶対に解けない強い力で握りしめたクロード様が座っている。


車窓の外を流れる夕暮れの街並みをじっと見つめながら、私は胸の奥にそっと手を当てた。


(わたくし……ずっと、大切なことから目を背けて逃げていただけでしたのね)


これまでずっと痛くて、苦しくて、息もできないほど苦しかった筋肉痛(胸の痛み)。 けれど今、隣で私の手を愛おしそうに、けれど絶対に解けない強い力で握りしめてくれているクロード様の温もりに触れていると、その痛みの正体がはっきりと分かってしまう。


あれは病気でも筋肉痛でもなく――私の恋心そのものだったのだ。振り返れば、いつだって胸の奥が痛むのはクロード様のことばかりだった。


クロード様がヒロインと結ばれると本気で信じていたとき、それが正しいと思っていたとき。


サラさんがクロード様に優しく微笑んでもらえる未来を考えたとき、それが私じゃないと思ったとき。


――胸の奥がずっと重く痛んでいた。


そして、 門の前でサラさんと一緒にいるクロード様の姿を目撃したあの瞬間、息が止まるほどの激痛に襲われた――。


なのに、どうして今、こうしてクロード様に強く手を握られているだけで、こんなにも心が温かく、安らいでいるのだろう。


(わたくしはこれまで、ずっと悪役令嬢という役割に縛られて逃げていただけでしたの……)


前世の記憶で知り得たあの物語の筋書き通りなら、私はいずれ婚約破棄され、可憐なヒロインであるサラさんとクロード様が結ばれるのが正しい筋書きなのだと。


そう自分に言い聞かせて、傷つく前に身を引こうと、運命のせいにして予防線を張っていた。


「わたくしは悪役令嬢ですもの」「どうせ棄てられる定めですわ」なんて、物分りの良い振りをしながら。 でも、本当はただ怖かったのだ。クロード様に拒絶されるのが。自分以外の誰かを愛おしそうに見つめる姿を見るのが。そして――自分がこれほどまでに、クロード様を愛しているという事実に気づいてしまうことが。


けれど――。


『嫌だ! 絶対に嫌だ!! 僕はセラ以外と結ばれるつもりなんて毛頭ない!!』


ひだまり食堂で、なりふり構わず大声で叫んでくださったクロード様の必死な声が、何度も頭の中でこだまする。 酸欠で顔を真っ赤にし、生まれたての小鹿のように脚をガクガクさせながら、それでも私だけを求めて走り寄ってきてくれた。


(……あんなにも愛おしいお顔を見せられて、諦められるはずがありませんわ……っ!)


どんな物語の筋書きよりも、どんな破滅の予言よりも、目の前で私を求めてくれるこの人の熱温度(体温)の方が、ずっと確かで、愛おしい。 運命(物語)のせいにして逃げるのは、もうおしまいだ。


私の隣で、クロード様は未だに興奮冷めやらぬ様子で、握りしめた私の手と自分の手を交互に見つめ、デレデレと緩みきった顔を必死に繕おうとしている。


「……セラ? 急に黙り込んで、どこか苦しいのかい? また胸が痛むなら、僕がずっと抱きしめて――」

「苦しくなんてありませんわ」


私はクロード様の言葉を遮り、ギュッと自分から手を握り返した。


「セラ……?」


驚いたようにフォレストグリーンの瞳を丸くするクロード様を、私はまっすぐに見つめ返す。


「わたくし、もう悪役令嬢だからなんて言い訳をして逃げるのはやめることにしましたの」

「え……?」


私は、もう運命(物語)から逃げない。そう決めた。だから、正しくクロード様と向き合おう。


「もしも」や、「やっぱり」なんてことも、もしかしたらあるのかも知れない。


でも――どこかで運命(物語)が邪魔をしようとも、私はきちんとこの気持ちを正しくクロード様に伝えよう。


きっと、クロード様なら大丈夫。クロード様を信じて大丈夫! 私とクロード様は伊達に十年一緒にいたわけじゃない。そうよ。ぽっと出のヒロインなんかに負けてたまるか!


「サラさんがどれほど可憐でも、物語の運命がどうであれ……わたくし、クロード様を誰にもお譲りしたくありません。わたくしが、クロード様の隣にいたいのですわ」


自分の頬が熱くなるのが分かったけれど、今度は視線を逸らさなかった。ずっと逃げ続けていた自分の気持ちを、ついに完全に自覚したのだ。私は、クロード様が好きだ。世界中の誰よりも、この方を愛しているのだと。


「……っ!!!!」


私の決意の告白を聞いた瞬間、クロード様は息を呑み、今度こそ爆発しそうなほど顔を真っ赤にして固まった。


「セ、セラ……今、君は……っ! 僕を譲りたくないと……僕の隣にいたいと……っ!?」

「二度は言いませんわ!」


ぷいっと横を向いたわたくしの肩を、クロード様が感動に震える腕で力いっぱいに抱きしめてくる。


「あああああ……セラぁぁぁーーーっ!! 夢じゃないんだな!? 僕は死んでも君を離さない……生涯かけて、君を幸せにしてみせるからね……っ!」

「く、苦しいですわクロード様……っ! 抱きしめる力が強すぎますわ!」

「離さない! 離すものか! 今離したら僕の魂が昇天してしまう!! セラは安心して筋肉痛でも何でも、一生僕の腕の中で痛んでいてくれ!!」

「そ、それは止めてくださいまし! わたくしの心臓がいくつあっても持ちませんもの……」


クロード様の体温を感じながら、私はそっと瞳を閉じた。たとえこれからどんな運命(物語)の強制力が襲いかかろうと、もう絶対に負けない。


(――っ! ……わたくし、運命に抗ってみせますわ!)

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