第29話 わたし、「物語みたいな」イベント発生条件満たします!
今更ですが、それぞれの視点で書いているので、時間軸が行ったり来たり、読みづらくてすみません。
特に、ラストスパートなので、あと数話は行ったり来たりが入り乱れ、、上手くまとめられずにすみません。
「……あっれぇぇぇーーーっ!?」
学院の門の前で、ポツンと一人取り残されたわたしは、去っていく彼の背中をぽかんと見送っていた。
(おかしい……おかしいよね!? どういうこと?)
あんなにドラマチックに待ち伏せして、可憐に『ずっとお待ちしておりましたの!』と想いを伝えたのに。
クロード様は顔を真っ赤にして「人違いだーっ!」と叫んで脱兎のごとく逃げ出してしまった。
(……えっ? 振られたの? …ううん、そんなことないわ。絶対違う! ヒーローが何か叫んでいた気がするけれど、きっとあれは照れ隠しの呪文か、高貴な方特有の照れ防止用の言い回し的な言葉に違いないわ! よく聞き取れなかったし!)
わたしは気を取り直すと、ポクポクと顎に手を当てて深く考え込んだ。
(そうか……分かったわ! 好感度よ! 最初のイベントをクリアしただけで、いきなり告白イベントを起こそうとしたから、彼の好感度条件が足りなくて逃走しちゃったんだわ……っ!)
周りが、まだざわざわしているけれど、気にしない。私は振られてなんていなんだから。きっと醜い嫉妬なんだわ。よくあるよね。そういうの。
そうか。これがうわさの恋のスパイス。ってやつね!
「よしっ! スパイスも回収。次は恋のイベント回収へ行くわよ。恋のイベントは段階を踏んでこそ実を結ぶもの! 学院内での日常イベントを回収しに行くわ!」
(――っ! ……わたし、「物語みたいな」イベント発生条件満たします!)
そうと決まれば行動あるのみ! わたしは次の日さっそく、恋愛小説で定番の学院イベント発生スポットの巡回を開始した。
【ターゲット①:図書室】
高貴なヒーローが一人で難しい本を読んでいるところへ行き、高所の本を取ろうとして手が重なり合うイベントを狙って、わたしは休み時間に図書室へ乗り込んだ。
けれど……広い館内をどれだけ探しても、濃い茶髪の美しい侯爵公子の姿はない。
「う~ん……おかしいわね。図書室で手が重なるイベントなんて、恋愛小説の超定番中の定番なのに……」
ぽつんと本棚の前に立ち、わたしは腕を組んで首をひねった。その時、目の前の古めかしい本棚を見上げて、ハッと過去の記憶が脳裏をよぎった。
(……あ、あれ? そういえば……)
「もう一年近く前のことだから忘れていたけれど、……わたし、ユリウス殿下とイベント発生、してない?」
そう、あれは入学式直後のオリエンテーション。背伸びをして、棚の少し高い位置にある古い装丁の本に手を伸ばした、まさにその時だった。
すっ……と、横から伸びてきた大きな手が、わたしと同じ本に重なったのだ。触れた手のぬくもりに驚いて、思わずぱっと横を向くと――そこに立っていたのは、入学式で流麗な挨拶をしていたあのユリウス殿下だった。
『……失礼。怪我はないかい? お求めの本なら、僕が取ろう』
顔が近くて、手と手が重なって、サラリと本を取って微笑んでくれたあの神イベント。あの時は「現実にあるのーっ!?」と大パニックになって、ペコペコ頭を下げるだけで終わってしまったけれど……。
(ひ、ひぇぇぇーーーっ!? 待って、ちょっと待って!?)
わたしは頭を抱えて、本棚の前でがばっとしゃがみ込んだ。
(もしかして……あのユリウス殿下との遭遇が、この、図書室で手が重なるイベントだったのーっ!?)
冷や汗がドバッと噴き出す。
(ダメよダメダメ! あれはノーカン! 絶対にノーカンよーーーっ!! わたしの本命は、あの木漏れ日パン工房に必死な顔で飛び込んできてくれたクロード様なの! ユリウス殿下は王子様キャラとして素敵だけど、あの時はまだ心の準備ができていなくて『あ、ありがとうございます!』って挙動不審にお礼を言っただけで会話が終わっちゃったじゃないのよーーーっ!!)
必死に頭の中でノーカン指定の判子をバシバシと押ししまくるわたし。
けれど、恋愛小説脳のわたしには、ひとつの恐ろしいルールが思い当たってしまったのだ。
(う、嘘でしょ……? 恋愛小説の世界って、こういう定番イベントは【一つの場所に一回限定】が鉄則じゃない……!?)
ガーン!! と頭の中で雷が落ちた。
もし……もしもあれが、この図書室における一生に一度のイベント消化だったとしたら……?
(やだぁぁぁーーーっ! わたしの貴重な一回が!! 攻略対象じゃないユリウス殿下で誤爆消化されちゃってたなんてーーーっ!? だから今日、いくら待ってもクロード様が現れなかったの……っ!??)
「ううっ……わたしのバカバカ! あの時もっと慎重に本を選んでいれば……っ!」
え? うそでしょ? 貴重な一回、あれで使っちゃったの? えーーー。そんなぁぁぁ。
自分の軽率なフラグ回収を本気で悔やみ、本棚の陰でしくしくと落ち込み、うなだれながらしょんぼり図書室を出ていくのだった。
◇◇◇
いつまでも落ち込んでいても仕方ない! 時間の無駄よサラ。気持ち新たにサクッと次よ。次に期待。次こそ絶対大丈夫。
図書室でのイベント誤爆消化のショックをなんとか引きずらないように励ましつつ、わたしは次なる決戦の地、学院の食堂へと足を運んだ。
【ターゲット②:食堂】
「大丈夫よサラ! 図書室がダメなら食堂があるわ! 食堂といえば――あの運命の相席イベントよ!」
わたしは食堂の入口で目を輝かせ、脳内で完璧なシミュレーションを開始した。
【脳内シミュレーション:王立学院の食堂】
トレイを持ったわたしが、困り顔で広大な食堂を見渡しているの。
『う~ん……どこも席がいっぱいで空いていないわ。どうしよう……』
可憐にオロオロしていると、奥の静かな特別席から、すっと立ち上がる高貴な影――クロード様よ!
『――君、席を探しているのかい?』
『あ……クロード様! でも、そこは侯爵家のお席では……』
『構わないさ。僕の隣が空いている。……良ければ、僕と一緒に食事をしてくれないか?』
周りの生徒たちが「まあ! あのクロード様が平民の女の子を相席に!?」と羨望と驚きで見つめる中、わたしは顔を真っ赤にして『は、はい……っ!』と頷くの。 そして、彼がさりげなくわたしの嫌いなピーマンを自分の皿に移してくれて、『君の好きなものは何だい? 僕の肉料理と交換しようか』なんて甘く微笑んでくれるのよ……!
(きゃあああああーっ! 完璧! これぞ身分差恋愛小説の醍醐味、相席イベントだわーっ!)
一人で胸をときめかせ、鼻息荒く食堂のドアをパーンと開けたわたし。
――だったのだけれど。
「……って、えぇぇぇーーーっ!?」
いつもはお弁当持参していたから知らなかったけど、チョットありえなくない? 目の前に広がっていたのは、ロマンチックな雰囲気とは程遠い光景だった。
「そこの席、わたくしが座ろうと思ってましたの。どいてくださる?」
「あ、はい! 申し訳ありません! すぐ席立ちます! だからどうかお父様には言わないでください!」
「おい、順番守れよ。キチンと並んでるんだから横入りするなよ!」
「はぁ? 俺を誰だと思ってるんだよ。そんな態度とって、ただで済むと思っているのかよ!」
「ひえ! ごめんなさい。ごめんなさい。どうぞどうぞ、そこのお前、この方の邪魔だぞ。どけどけ!」
熱気と怒号(?)が飛び交う食堂内は、下位の貴族の横暴なやりとりのオンパレードだった。
一般用の食堂と、高貴なお貴族様方が利用する奥の高級な場所では、そもそもが違う。パーテーションと護衛付きでがガッチリ分けられていて、奥の様子なんてミリ単位で見えやしない。
「な、なにこれ……!? 席を探して可憐にオロオロするどころか、気をつけないとお貴族様に目をつけられそうなんですけどーっ!?」
必死で背伸びをして奥の高級な場所を探そうとするけれど、体格の良い上級生たちに阻まれて撃沈。クロード様どころか、人影すら確認できない。
「うそでしょ……っ! 相席どころか、そもそも同じ空間に認識すらしてもらえないじゃないのよーーーっ! 恋愛小説の中の食堂って、もっとこう……優雅で静かな曲とか流れてるんじゃないの!? そういうイメージだったよ。騙された!」
結局パン一個握りしめて、目立たないように外へ退避するハメになったわたし。
「ううっ……食堂イベントも不発……! わたしの相席フラグはどこへ行ったのよーっ!」
見事なまでに現実の壁にぶち当たり、涙目になりながら中庭へと逃げ出すのだった。
◇◇◇
気を取り直して次よ、次! 次こそはうまくいく!
お昼の食堂での大混雑から命からがら脱出したわたしは、最後の望みをかけて学院の中庭へとやってきた。
【ターゲット③:中庭の木陰】
「ふぅ……食堂は戦場だったわね。でも、こここそが本命! 中庭の大きな木の下といえば――恋愛小説における絶対不可避の神イベント、木漏れ日の中の居眠りイベントよ!」
わたしは木陰に腰を下ろし、うっとりと目を閉じて最後の脳内シミュレーションを開始した。
【脳内シミュレーション:中庭の木陰】
風がそよぎ、木漏れ日がキラキラと差し込む静かな中庭。わたしが歩いていると、大きな幹の根元で、気持ちよさそうに目を閉じているクロード様を見つけるの。
『あ……クロード様? こんなところで眠っていらっしゃるなんて……』
普段の凛々しい雰囲気が嘘のように、無防備で柔らかい寝顔。わたしは息を呑み、彼を起こさないようにそーっと近づいて、その美しい顔を覗き込むのよ。
(ふふ、まるで絵画みたい……。いつもの固いお顔も素敵だけど、寝顔はこんなに可愛らしいのね……)
あまりの美しさに見とれて、思わず手を伸ばしそうになったその時――!
ガシッ。
『……ん……人質を捕まえにきたのかな、可愛らしい泥棒さん?』
パチッと開いたフォレストグリーンの瞳! 腕を掴まれてバランスを崩したわたしは、彼の胸の中にすっぽりと収まっちゃうの!
『ひゃああっ!? ク、クロード様……っ!?』
『ふふ、君が近づいてくる気配で目が覚めてしまったよ。……もう少し、このまま僕の腕の中にいてくれないかい?』
耳元で低く囁く声と、抱きしめる腕の強さ!
『も、もう……意地悪ですわ……っ』って胸を叩くわたしを、彼は愛おしそうに強く抱きしめ直すのよ……!
(きゃあああああああーーーっ!!!!!)
妄想の甘さに身もだえし、一人でベンチの上で足をバタバタさせるわたし。
「完璧! 完璧すぎるわ抱きしめられイベント!! 眠っているヒーローに近づくなんて、恋愛小説の基本中の基本じゃない!」
気合い十分で目を開け、一番大きな木の下をフンフンと鼻息荒く見張ること……数時間。気づけば周りはだれ一人居ず、辺りはほんのり暗い。
――待てど暮らせどクロード様は現れない。
サーっと虚しい風が吹き抜け、カサッと葉っぱがひらひら舞い落ちるだけ。時折通りかかるのは、散歩中の校務員のおじさんと、丸々と太った学院の飼い猫だけだった。
「……なんで?」
ぽつんと中庭のベンチに座り込み、わたしは空を仰いだ。
おかしい。あまりにもおかしい。恋愛小説なら、ヒロインが本気で探せば絶対にどこかでバッタリ出会うはずなのに。いくら探しても、カスりもしないなんて……。
あの日、木漏れ日パン工房に飛び込んできて、息を切らせて必死な顔でサラ! って叫んでくれたあの熱い瞳。あれは間違いなく運命の出会いの合図だったはず。
けれど……待ち伏せしても逃げられ、学院中を探しても会えず、イベントが何一つ発生しないこの惨状。
(……待って。もしかして……)
胸の中に、ふっと恐ろしい疑問が浮かび上がってきた。
(……もしかして、わたしの運命の相手って……クロード様じゃ、なかったりする……!?)
そろそろ一番星が輝きだす、そんな中庭で、わたしはようやく、物語の前提そのものを疑い始めるのだった。
「……ううん、ダメよ! 諦めたらそこでイベント終了だわ!」
中庭のベンチで弱気になりかけたわたしは、ぶんぶんと首を振って自分の頬を両手で叩いた。運命の相手じゃないかも。なんて弱音、恋愛小説のヒロインが吐いていいセリフじゃないわ!
「きっと、今のわたしに必要なのは守ってあげたくなる可憐さよ! 健気なヒロインのピンチに、ヒーローが駆けつけないわけがないもの!」
そう、恋愛小説における絶対不可避の神イベント――看病イベントよ!
わたしはベンチに座ったまま瞳を閉じ、脳内で完璧なシミュレーションを開始した。
【妄想シミュレーション:サラのお部屋】
わたしは今、熱で顔を真っ赤にして、ベッドの上でハアハアと可憐に息を荒げているの。 外は冷たい雨。無理をして頑張りすぎたわたしは、ついに倒れてしまったのよ。
『サラ……! サラ、大丈夫かい!?』
バァン! と勢いよくドアが開いて、雨に濡れた髪を振り乱したクロード様が飛び込んでくるの! 高貴なお召し物が濡れるのも構わず、息を切らせてベッド脇に駆け寄ってくれるのよ。
『クロード……様? どうして、ここに……?』
『君が熱で倒れたと聞いて、いてもたってもいられなくなって……! ああ、こんなに熱い……僕のサラ、辛かったろうに』
冷たくて大きな彼の手が、優しくわたしの額に触れるの。その触れ合いだけで、熱が何度か上がっちゃいそう!
『そんな、近寄らないでください……っ! クロード様に風邪が移ってしまいます……!』
わたしが健気に顔を背けようとすると、クロード様はわたしの顎を指先でそっとすくい上げて、切ないほどに甘い瞳で見つめてくるのよ!
『……バカだな、君は。僕に移せば君が楽になる。なら、いくらでも移してくれ』
『クロード様……っ!?』
『むしろ、君の風邪も、苦しみも、全部僕が奪い去ってしまいたい……。だから、遠慮なんてしないで僕を頼っておくれ』
顔が触れ合いそうなほど接近して、耳元で吐息混じりに囁かれる甘い言葉――!
(きゃあああああああああーーーっ!!!!!)
妄想が最高潮に達した瞬間、わたしの脳内では拍手喝采! 完璧! 完璧すぎるわ看病イベント!!
「『僕に移すといい』だなんて……! なんて情熱的で甘いセリフなのクロード様……っ! 妄想だけで熱が上がりそうだわ!!」
真っ赤になった自分の顔を両手で覆い、ベンチの上で悶絶しながら身をよじるわたし。
「よしっ! 決めたわ! 明日は雨に濡れて可憐に風邪をひいたフリ作戦でいくわよーーーっ!」
夕暮れの中庭に、一人で完全に大興奮したわたしの固い決意が響き渡るのだった。
……明日の天気予報は、晴れ。そんなことを私が知るはずもない。




