第3.5話 ぼくのお姉さまは、少し変わっている
途中視点が変わります。
ぼくの名前は、セルジオ・バルディア。五歳です。今日は、ぼくの家族を紹介したいと思います。
ぼくには、お父さまとお母さまと、そしてお姉さまがいます。みんな優しくて大好きです。特にお姉さまが大好きです。
朝起きると、お母さまがお部屋にやってきて、おはようのキスを頬にしてくれます。そして、ぎゅっと抱きしめてくれます。そしてまた頬にキスをして『着替えが終わったらお迎えに来るわね』と言ってお部屋を出て行かれます。そのあと、ぼくはマーサと一緒にお着替えをします。
今日は、お外はお天気だけど、吐く息は白くなるほど冷え込んでいるので、温かい格好にしましょうとマーサは深緑色の暖かいチュニックとおそろいの裏起毛のついたズボンをはかせてくれました。あたたかい。
着替えが終われば、またお母さまがやってきて、手をつないでエントランスホールへ向かいます。途中で、お姉さまがお部屋から現れて『まぁ、セルジオ。おはよう。今日もかわいいわね。毎日ご褒美もらえるなんて、異世界最高!』って、言いながらぼくの反対の手を握って歩いてくれます。
お姉さまの言っている意味はぼくにはわからないけれど、でもお姉さまはぼくが大好き、ってことだと思います。きっとそう。ぼくもお姉さまが大好きです。
エントランスホールでお父さまは、お仕事に行く前には必ずぼくとお姉さまとお母さまの頬にキスをして、そしてぼくの頭を大きな手で優しく撫でてくださいます。それが少しくすぐったいです。
それから、食堂で朝食を食べ終わると、お姉さまがいつも遊んでくれます。優しいお姉さまですが、たまに変なことをします。
例えば、こんなことがありました。
少し前、ぼくが三歳になったばかりのころ、アリントン侯爵家にお父さまとお母さまとお姉さまと四人でいつものように遊びに行かせてもらったときのこと。
お姉さまは、エリカお姉さまとクロードお兄さまと一緒にお庭へ行って、ぼくはお母さまとメアリーおばさまと一緒にお茶を飲むことになり、お父さまはチャールズおじさまと一緒に応接間へ行っていました。
お庭でお姉さまが何かしたのか、ドレスが汚れたようでした。なので、リーナが慌ててお姉さまのお洋服を馬車へ取りに走っているのが見えました。きっとお姉さまが着替えるんだと思います。でもなんで汚れたんだろう? ぼくがよく転ぶように、お姉さまも転んだのかな?
それから、お姉さまとエリカお姉さまとクロードお兄さまは、サロンに戻ってきました。エリカお姉さまはくすくすと笑い、クロードお兄さまは、あきれたようなお顔をしていましたが、なぜかとても満足そうな顔をしている気がします。そして、お姉さまの手には、……なぜか葉っぱが握られていました。
「お姉さま。その葉っぱ、なに?」
何か気になったので、ぼくは聞いてみました。手に持っているのは立派ななにかの葉っぱだけです。何の葉っぱだろう?
「これはね。お野菜のカブよ! とっても立派だったから見せようと思って抜いて持ってきたの!」
「まぁ。セラフィーナちゃんは農園に行ってきたの?」
目を丸くして、メアリーおばさまが聞いていた。
「はい! なんだかとても甘い美味しそうな匂いがすると思ったら、エリカちゃんが果樹園でイチゴが今が食べごろよって教えてくれたので行ってきました! その途中でこのとっても元気なカブを見つけたから抜いてきましたの」
「セラフィーナ。農園長にはきちんと断りを入れて抜いてきたのかしら? 仕事の邪魔をしてはいけないのよ? メアリー。ごめんなさいね。勝手に抜いていなければいいのだけれど」
「いいえ。大丈夫よ。でも、セラフィーナちゃんが持っているのは、葉っぱだけの気がするのだけれど? それに果樹園にはいかなかったのかしら?」
「はい。これは元気な葉っぱです! カブは、農園長から料理長へ渡してもらうよう頼みましたわ。美味しく食べたいですもの! ポタージュにするように事付けましたの。……果樹園、忘れてましたわ!? そうてしたわ。イチゴ!! わたくし、まだ食べてません!」
エリカお姉さまは、そんなお姉さまを見てお腹を抱えて笑っていました。クロードお兄さまは、あきれたようなお顔をしていましたが、なぜかとても嬉しそうに微笑んでいる気がします。
「イチゴ、ぼくも食べたい」
とりあえず、ぼくは思ったことを声に出してみました。イチゴ、美味しくて好き。
「では今度は、私とセラフィーナちゃんとセルジオで、果樹園に行きましょう! 美味しいイチゴ食べましょう!」
「うん。ぼく行く」
ぼくはエリカお姉さまの手を取って歩き出しました。エリカお姉さまはゆっくりぼくに合わせて歩いてくれます。優しいからお姉さまの次に好きです。
「セラフィーナは着替えてから果樹園に向かいなさい。エリカ様、セルジオをよろしくお願いしますわね」
「はい。もちろんですわ」
「エリカちゃん。すぐ着替えてきますわね」
お姉さまはリーナと一緒に着替えに部屋を出ていきました。クロードお兄さまはお姉さまが居なくなるまでずっと、お姉さまを見ていました。うん。クロードお兄さまはちょっとだけ好きじゃない。ほんのちょっとだけだけど。ぼくはそんな風に思いました。
***
そのころ、アリントン侯爵とバルディア伯爵当主たちは――
「今日はすまないね。アルバート。今この時より、侯爵としてではなく親友として接してほしい。いいかい?」
「分かったよ。チャールズ。……で、ぼくは愛する妻と離されて、何を話されるんだい?」
机を挟んで向かい合って座り、執事がティーポットから紅茶を注ぐ。そして、アリントン侯爵――チャールズが、秘蔵のブランデーを惜しげもなくひと垂らし加えて差し出してきた。
「うん。セラフィーナちゃんのことなんだけれどもね」
ティーカップに手を伸ばそうとして、ぴくり、とバルディア伯爵――アルバートは手を止めた。
「……セラフィーナはまだ八歳だ。君のところのクロード君も確か十歳だろう。正式な婚約は、まだ早いと思うよ」
「……そう、ぴりぴりしないでくれ。婚約はもう少ししてからでいいと思っているよ。ただクロードがね」
少し照れくさそうに咳払いをして、愛息の姿を思い浮かべながら重い口を開いた。
「自分から『セラフィーナ嬢と婚約したい』と言ってきたのだよ。あのクロードが。だよ……あの子が自分から頭を下げて頼んできたんだ」
「……は?」
チャールズは体を机から乗り出し、親友の目を真っ直ぐに見つめた。その瞳は父親としての感動と喜びに満ちあふれていた。
「あの子が……あのクロードがだぞ? 後日、もう一度確認したら『セラフィーナ嬢以外は、絶対に嫌です』とまで言い切ったんだ。自分の人生の選択を、誰に強制されるでもなく、あんなに強い意志と熱い目で主張したのを……私は生まれて初めて見たんだよ」
チャールズは、紅茶を一気に飲み干すと、感涙を噛み殺すように目元を押さえた。
「普段は大人びすぎていて、親として心配になることもあった。それが……あんな真っ赤な顔をして、必死にセラフィーナ嬢への想いを訴えてきたんだ。父親として、どれほど嬉しかったか……!」
アルバートは驚きに目を見張っていたが、やがてその顔に温かな笑みが広がっていった。
「そうか……クロード君が、我が家のセラフィーナを」
「どうだろうか、アルバート。もちろん、政治的な利害や家格の擦り合わせはこれからだが……親友として、ぼくは息子のあの本気の初恋を、どうしても叶えてやってほしいんだ」
頭を下げる勢いのチャールズに対し、アルバートは穏やかに紅茶を飲みほした。
「頭を下げないでくれ、チャールズ。断る理由なんてどこにもないよ。セラもね、クロード君が来るといつも本当に嬉しそうなんだ。……まあ、当のクロード君はセラの前だと緊張しすぎて、少し顔が怖くなっているようだがね?」
「うっ……それは、あの子の不器用なところでね……」
チャールズが苦笑いすると、アルバートは楽しそうに声を上げて笑った。
「いいじゃないか、それほどまでに真剣だということだろう。あんなに可愛くて愛おしい我が娘を任せるなら、心の底からセラを想ってくれるクロード君以外には考えられない。二人の婚約の件、喜んで受けさせてもらうよ」
「本当か……! 感謝する、アルバート!」
安堵の表情を浮かべるチャールズ。しかし、アルバートは少し表情を緩めながらも、真摯な目つきで言葉を続けた。
「ただね、チャールズ。一つだけ提案というか、お願いがあるんだ」
「お願い……? 何なりと言ってくれ」
「二人の将来を結ぶことには大賛成なんだが……今はまだ、「正式な婚約」ではなく「仮の婚約」にとどめておいてはくれないだろうか。まだ、セラは八歳だ。まだまだ子どもだ。婚約にはまだ早い」
チャールズは首をかしげた。
「それはもちろんだとも! クロードにも、叶うかどうかわからない。と言ってある。ただ、なぜだい? 互いの家柄にも申し分はないし、あんなに想い合っているというのに」
アルバートは少し困ったように苦笑し、静かに語り始めた。
「実はね……セラはどうやら「前世の記憶」のようなものを覚えているらしくてね。時折、何かを思い込んで頭を抱えているんだよ。……本人は必死なんだが、親から見れば愛らしくも少し心配でね」
「前世の記憶……? セラフィーナ嬢が?」
「ああ。だから今いきなり正式な婚約者として縛ってしまうと、セラがパニックを起こしてしまいそうなんだ。……それに、クロード君だってまだ十歳だ。もう少しクロード君が大人になって、男としてセラをしっかりと支え、その奇妙な不安ごと包み込んでやれるようになるまでは……見守ってあげるのが一番だと思うんだよ」
アルバートの言葉に、チャールズは深く深くうなずいた。愛娘の心を何よりも気遣う親友の優しさが、痛いほど伝わってきたからだ。
「……なるほどな。そういうことだったのか。確かに、クロードが一人前の男としてセラフィーナ嬢の不安を払拭できるようになってからの方が、二人にとっても良いだろうな」
「理解してくれて助かるよ。二人が成長して、お互いに本当の意味で支え合えるようになった時に、改めて正式な婚約を結ぼうじゃないか」
「ああ、決まりだ!」
二人の父親は晴れやかな顔で笑い合い、お互いぬるくなっていた紅茶を飲みほした。
***
お父さまとチャールズおじさまが、応接間から戻ってきて、お母さまとメアリーおばさまに何か話していました。
大人たちが何を話していたのか、ぼくにはよくわかりませんでした。
ただ、お姉さまとクロードお兄さまがこれからも一緒にいるらしいことだけは、なんとなくわかりました。
……でも、やっぱりクロードお兄さまは、ちょっとだけ好きじゃないです。その時は、そう思いました。
そういえば、最近もこんなこともありました。
この間、一緒に我が家の農園へ行ってきました。お姉さまは、なぜか人参をみて得意顔でそれを抜いたのです。そして『見てください。きっとこれから鮮やかなオレンジ色になるでしょう』とぼくに教えてくださいました。
でも、何日たっても色がわからないので、『なかなかオレンジ色になりませんわね。抜いてしまったからかしら』と不思議がっていましたが、お姉さまの持つそれは白人参ですので、オレンジ色にはならないと思います。でも、ぼくは黙っていました。白人参はとても甘くておいしかったです。
(――っ! ……ぼくのお姉さまは、少し変わっている)
でも、とっても優しいのでぼくはお姉さまが大好きです。




