第26話 わたし、「物語みたいな」イベント回収始めます!
なんと、注目度ランキングにランクインしてました。読んでくださりありがとうございます。
調子に乗って、もう1話投稿したいと思います
楽しんでいただけたら幸いです。
あの運命の出会いから数日――。
わたしは実家の木漏れ日パン工房の店頭で、胸を躍らせながらレジに立っていた。
(ああ、ついにわたしの人生にも物語みたいな恋のシナリオが始まったんだわ……!)
あの日、店に飛び込んできて息を切らせながら真っ先にサラ! と叫んでくれた、あの彫刻のように美しくてかっこいいお貴族様――クロード先輩。
(どう考えても、完璧な物語のヒーロー枠……!)
あの日、クロード様は間違いなくわたしの名前を呼んだ。最初は、隣にいたもう一人の――サラちゃんのことを呼んだのかと思った。でも。
「君ではないんだ」なんて必死に手を横に振っていた。ふふふ。分かっているわ。これぞ恋愛小説で読んだ、身分差ゆえに、本心を隠して冷たく突き放すヒーロー現象! でも影でわたしの名前まで調べて駆けつけてくれたんだもの、わたしたちの運命の糸はもう太い縄並みに繋がっているはず!
「まずは第一イベント。運命的な出会いを回収!」
(恋愛小説によれば、一度運命のフラグが立ったヒーローは、必ず数日以内に次のイベントを起こしに来る……!)
【イベント想定①:雨宿りハプニング】
急な土砂降りの中、彼と濡れた服で肩が触れ合の!そして――
「ううっ、これじゃあお店に帰れないわ……っ!」
激しい雨音の中、わたしはどこかの小さなお店の軒下で、自分の両腕を抱きしめて震えていた。その時――!
「くっ……雨が強くなってきたな……!」
バッと軒下に駆け込んできたのは、雨に濡れて滴を散らすクロード様! 濡れたシャツが肌に張り付き、普段の完璧な貴公子らしからぬ、どこか色っぽい姿に胸がドキンと跳ね上がる。
狭い軒下で、否応なしに密着するふたりの肩。ふと触れ合った彼の体温に、わたしがぽっと頬を染めて見上げると、クロード様は切なげに瞳を揺らしていた。
「……すまない、君を巻き込みたくないんだ」
「ク、クロード様……っ」
「だが……いまだけは、こうさせてくれ」
そう言って、彼は濡れた自分のジャケットを脱ぎ、優しくわたしの肩に羽織らせてくれたのだった――!
(……きゃーーーーっ!! 完璧! 完璧すぎるわ雨宿りイベント!! 濡れ髪のクロード様の破壊力、絶対やばいーっ!!)
それに、わたしがお使いからの帰り道にしつこい男に絡まれてピンチになったとき、どこからともなくさっそうと現れたクロード様に「僕のサラに手を出すな」と鮮やかに助け出される――
【イベント想定②:不良からの救出】
「ねえちゃん、ちょっとお茶でも行こうよ。なっ?」
「そうそう、パンの買い出しなんて後回しでさ!」
お使いの帰り道、路地裏でしつこいガラ付きの悪い男たちに囲まれてしまったわたし。
「や、やめてください! わたし、急いでいるんです……っ!」
「固いこと言うなよ~」と男の手がわたしの手首に伸びてきた、まさにその瞬間――!
ドカッ!!
「がはっ!?」
一瞬で吹き飛ぶ男。驚くわたしの前に舞い降りたのは、風に髪をなびかせたクロード様だった!
彼はわたしを庇うように背中に隠すと、冷徹な氷のような眼差しで男たちを射抜いた。
「……僕のサラに手を出すな。その汚い手を引っ込めなければ、次は命の保証はないぞ」
「ひ、ひえぇぇぇーっ! 侯爵家の……逃げろーっ!」
脱兎のごとく逃げ出していく男たち。クロード様は振り返ると、わたしの手首を優しく包み込み、心配そうに顔を覗き込んできた。
「怪我はないかい、サラ? ……ごめんね、僕がもっと早く気づいていれば……っ!」
「クロード様……! わたし、怖かったです……っ!」
わたしは思わず彼の広い胸へと飛び込むのだった――!
(……これよ! これこれ!! 定番にして至高のピンチ救出イベント!! 「僕のサラ」って言われたいわーっ! 絶対言わせるんだからーっ!!)
わたしは自分の妄想の完璧さにうっとりとしていた。
(きゃーーっ! どっちが来ても完璧だわ! 待っています、クロード様……っ!)
わたしは気合十分でパンを焼き、店前の掃除を念入りにし、いつ不審な男に襲われてもいいように裏道を通ってみたりと、完璧なイベント回収体制を整えて毎日を過ごした。
……そして、一週間が過ぎた。
「……あれ?」
何も起きない。
雨は快晴続きで一滴も降らない。裏道をウロウロしてみたけれど、絡んでくる不良どころか野良猫一匹通りかからない。極めつけに、あの日以来、クロード様は木漏れ日パン工房に一度も姿を見せないのだ。
(えっ……えええ??っっ!? な、なんでーーーっ!?)
「……来ない」
木漏れ日パン工房の店先で、わたしは通りをじっと見つめながら呟いた。
「サラ、いったい何が来ないんだい?」
「お母さん、よくぞ聞いてくれました! わたしが待っているもの。それは、運命です!」
「あっそう」
隣でパンを並べていたお母さんは、何の感情もこもっていない声で答えた。
「もっと真面目に聞いてよ〜。お母さん」
でも、そんなことは今のわたしにはどうでもいい。だって、あの日からすでに一週間も経過しているのだ。
そう――あの、運命的な出会いから。
何度思い出しても忘れられない。わたしの名前を呼ぶ、あの情熱的な声。
「ああああぁぁぁ……!」
「サラ! パン落としてる! 商品なのよ。気を付けて」
「っ!?」
慌てて手元を見ると、いつの間にか持っていたパンを床へ落としていた。危ない危ない。これでは看板娘失格だ。
「ごめんなさい、お母さん。でもわたしの人生にも、ついに物語みたいなイベントが発生したのに! なのに来ないのよ。おかしいと思わない?」
「そう」
「お母さん、もう少し驚いてよ!」
「その話、この前からずっと聞いてるもの」
「だって、お父さんは聞いてくれないし、友達も信じてくれないし。お母さんしか話す人いないんだもん」
わたしはパンを棚に置き終わると、両手をぎゅっと握りしめた。落としたパンは、野良猫にでもあげよう。
「次は、第二イベントが発生するはずなの!」
「あら、それは初耳ね。それは何かしら」
「偶然の再会!」
「……運命が来ないとか言ってたけど、自分で探しに行くんじゃないでしょうね?」
「まさか! でも偶然を待っていたらまったく向こうから来ないのよ。……ねぇお母さん。もうさ、迎えに行くのもありじゃない?」
「迎えに?」
「そう! 運命を迎えに! だって、うんともすんともやってこないんだもの。だったら、こっちから出会いに行くべきでは?」
「……それは、偶然というのかしらねぇ」
お母さんはあきれた顔をしていた。だって、だって。あまりのイベント不発ぶりに、わたしだってびっくりしてるんだから。
わたしは少しだけ真剣な顔になって言った。
「偶然が起こりやすい場所にいることは、努力だと思います!」
「は? つまり?」
「クロード様が来そうな場所に行くの!」
「それは探しに行くのと何が違うの?」
「心構えです! たから全く別物なの!」
違う。全然違う。わたしはストーカーではない。運命を信じる乙女なのだ。
「……それで、そのクロード様とやらが来そうな場所ってどこなの?」
「……ねぇ、お母さん。どこかなぁ? どこに行けばいいと思う?」
「お母さんが知るわけないでしょ」
「そんなこと言わないで〜。それが分からないから聞いてるのに! もう。分かればこんなに苦労しないのに!」
「でしょうね」
お母さんはあきれながら、奥に行ってしまった。
むむむ。そこが問題だった。私だってそれが知りたい。でも物語なのだから。運命の出会いを果たした男女は、次に偶然再会するものなのだ。
(なのに! 運命のフラグは確かに立ったはずなのに! イントネーションまで完璧なサラ! だったのに! どうして二度目のイベントが発生しないのーーーっ!?)
頭を抱えてパニックを起こしていると、店にお客さんがやってきた。おさげ髪に丸メガネをかけた、サラちゃんだ。
「こんにちは、サラさん。今日もパンを買いに来ましたわ」
「あ、サラちゃん! いらっしゃい」
「今日は何がおすすめなんですの? 昨日いただいたコーンパンもとっても美味しかったですわ! コーンパンもお気に入りになりましたわ。このお店のパンはホントどれも美味しいですし、サラさんのおすすめするパンはどれも絶品ですわ」
「うふふ、気に入ってもらえて嬉しい! でもね、今日の一番のおすすめは……」
わたしは自信満々に、エプロンの上から胸を張った。
「――焼きたての、ミルクパンです!」
「クルミパン! まあ、それもとっても美味しそうなのですわ! では、それをいただけますかしら!」
「えっ? あ、違う違う。ミルクパン!」
「……! まあ! ミルクパンでしたのね! 危うく別のパンを注文するところでしたわ。「ミルク」と「クルミ」って、なんだか似ていますものね!」
「そう……かな?」
「そうですわ!」
なんだか、強引なサラちゃんに笑ってしまう。
「あ、そうだ ……ねえ聞いてサラちゃん! もうわかっているかもしれないけれど、わたし運命的な出会いをしたの! でもね、なんだか大切なイベントフラグを折っちゃったかもしれないの……!」
わたしが涙目で訴えかけると、サラちゃんはなぜかギクッと体を強張らせ、丸メガネの奥の目を大きく見開いた。
「えっ!? 「運命的な出会い」と、……い、「イベントフラグ」? あの……どの方をおっしゃってる?」
「そうなの! あれから全然第二イベントが、わたしを迎えに来てくれないの! わたし、あの時もっと可憐に倒れ込むとか、涙を浮かべて見つめるとかすればよかったのかな……!?」
「えっと、いつのお話なのかしら? わたくしも分かっているっておっしゃってましたが、思い当たることがたくさんで。具体的にはどなたなのかしら?」
「あれから、待ってても偶然は起きないし! うまくいかないし! 待っているだけじゃダメなんだよね? だから迎えに行こうと思って。どこがいいと思う? あ、そうだ。王立学院の門の前で待ち伏せとか! いいかもっ!?」
「サラさん、だから誰を待ち伏せるんですの? 教えてくださいまし!」
サラちゃんが何か必死に叫んでいるけれど、今のわたしはそれどころではない。なにしろ、人生を左右する一大イベントについて考えているのだ。
あ……もしかして? わたしは大変なことに気がついてしまったのではないだろうか。
「……そういうこと!?」
「やっぱりお相手はクロード様なの!? それともユリウス殿下ですの?」
「そうよ! イベントには、発生条件があるのかも!?」
「それとも、ディルク様? え? やっぱりルーク先生なの? ドSなの??」
私は考える。まずは特定の場所へ行く。そして、特定の人物と仲良くなる。それから、一定の日数が経過する。
あるいは――。
(クロード様の好感度が足りない!?)
「……っ!」
わたしはハッとした。そうだ。あの日、わたしとクロード様は初対面だった。初対面で、いきなり次のイベントが発生するなんて、都合が良すぎる。
(つまり、まずは仲良くなるイベントが必要なのよ!)
ふと、隣のサラちゃんを見ると、「誰? わたくしじゃ攻略対象絞れないわ」と、ぶつぶつ言っていた。攻略対象? なにそれ。
サラちゃんは置いておいて。でも。
「どうやって……?」
最大の問題。それはクロード様が、どこにいるのか分からない。王立学院の門の前で、会えなければ仲良くもなれない。仲良くなれなければ、イベントも発生しない。イベントが発生しなければ、物語は進まない。
「……詰み、だわ。これ」
わたしはカウンターに突っ伏した。せっかく訪れたかもしれない運命の出会い。なのに、次のページがまったく開かない。
(でも……わたしは諦めない!)
わたしはゆっくりと顔を上げた。あの日、確かにクロード様はわたしの名前を呼んだ。あの瞬間、わたしは確かに胸が高鳴った。だから。
「……次は、絶対にイベントを発生させてみせる!」
隣のサラちゃんもよくわからない思考の渦から復活したらしく、私の手を取り頷いた。
「……サラさん、次のイベントは、何をお考えで?」
「……そうね。まずは……学院の階段から足を滑らせて『キャッ!』って彼の上に倒れ込むのよ! そうして、わたしという人間を視界に入れる!」
「ひぃぃぁあぁぁっ!? おやめになってサラさん!! それただの物理的攻撃ですわ! お相手は避けるか、最悪二人で階段から転げ落ちて大惨事になりますわーーっ!!」
頭を抱えて全力で止めてくるサラちゃんを余所に、わたしの胸には新たな情熱の炎が燃え上がっていた。
(見ていてくださいクロード様! 発生しないなら、わたしからイベントを起こしに行きますわ……っ!)
あ、でもサラちゃんが言うように危険なことはやめようかな。大怪我したくないし、させたらまずいもんね。
とりあえず、やっぱり明日待ち伏せしよう!
(――っ! ……わたし、「物語みたいな」イベント回収始めます!)
一人でどこまでもポジティブに勘違いをこじらせたわたしは、明日の待ち伏せ作戦に向けて、固い決意をするのだった。
わたしはまだ見ぬ次のイベントに胸を躍らせながら、拳をぎゅっと握りしめた。……なお。運命の相手候補であるクロード様が、休日のたびにひだまり食堂へ通っていたことをこの時のわたしは、まだ知らなかった。
だから今日もわたしは、イベントが発生しない理由について、盛大な勘違いをしていることに気づいていない。




