第23話 わたし、「物語みたいな」運命的な出会いをしました! / わたくし、運命の強制力を目撃しましたわ!?
前半サラ、後半セラフィーナのお話となっています。
よろしくお願いします。
学院がお休みの今日、わたしは実家である木漏れ日パン工房の店頭で、いつものようにお手伝いをしていた。
香ばしい焼きたてパンの香りが漂う店内。トングを手に「いらっしゃいませー!」と声を張っていると、カランカランと入口のベルが鳴った。
「あぁ! とっても美味しそうな香り! いつも美味しいパン、ありがとうございます」
そういって、笑顔で入ってきたのは、両サイドでおさげ髪に結び、大きめの丸メガネをかけた少女。……そう、いつもウチにパンを買いに来てくれるお友達のサラちゃんだ!
「あ! サラちゃん、いらっしゃいませ! ……あれ? 今日はどうしたの? 来るの早いね」
思わずまじまじと見つめて尋ねると、サラちゃんは丸メガネのフレームを人差し指でクイッと直し、えっへん、と少し得意気に胸を張ってみせた。
「ふふ、驚かれました? わたくし、最近、ひだまり食堂で看板娘しているのですわ! いつもはガルスさんの奥様のアンナさんが買いにいらっしゃると思うのですけれど、今日はわたくしが代わりに来ましたのよ!」
「ええ!? そうなの? 教えてくれたら食べに行ったのに。知らなかったよ。アンナさんにはいつもお世話になっているよ! ……あ、だからその恰好?」
「ふふ、そうですわよ? 今日のわたくしは社会勉強モードですのよ!」
「そうなんだ。よくわからないけれど……すごいね!」
「ありがとうございます。これぞ、気配を消し街に溶け込むための完璧な変装というもの! リーナの手によって、誰もわたくしだと気づきませんのよ。ふふん!」
(……いや、言葉遣いが思いっきりお上品なままだから、絶対に目立ってると思うんだけどな……。あの侍女さんみたいな人、リーナさんっていうんだ。今日初めて知ったよ)
どこかズレているけれど、自信満々なドヤ顔がとっても可愛くて、わたしは思わずくすっと笑ってしまった。
「そっか! 変装、とっても似合ってるよ! エプロン姿も似合ってる! それで、今日はどのパンにする?」
「ええっと。今日の朝焼きの丸パンと、山型食パンをいただけますかしら? ひだまり食堂でお出しするパンですわ」
「はーい、了解だよ。いつもありがとね、サラちゃん!」
わたしが焼き上がったばかりのふかふかの丸パンを袋に詰めていた――その時だった。
バンッ――! カランカラン。
勢いよくお店の扉が開いて、一人の青年が息を切らせて飛び込んできた。
「ハァ……ハァ……っ」
室内に入り込んだ光を受け、さらりと揺れるサラサラの濃い茶髪。彫刻のように整った鼻筋、そして吸い込まれそうな深い深いフォレストグリーンの瞳。
一見すると仕立ての良い平民服の上からでもわかる抜群のスタイルと、呼吸を整えるだけで絵になってしまう気品あふれる立ち姿。
(……わあ、すっごくかっこいい人……! 確か、三学年の生徒会にいるお貴族様……? 何回かユリウス殿下とご一緒に居るところ、見たことある気がするわ)
あまりの美貌に思わず見惚れて固まっていると、その青年は焦ったように店内を見回し、それでいて――とびきり情熱的で甘い声で、その名前を叫んだのだ。
「――サラ!」
……え?
「「はい!?」」
わたしと、おさげに丸メガネのサラちゃんの声が見事に重なった。
(えっ……えええーーーっっ!??)
わたしは頭の中が一瞬にしてドッカンと大爆発を起こした。
ちょっと待って!? 今、なんて呼んだ!?
「サラ」!? このかっこいいお貴族様の先輩が、迷いもなくわたしの名前を呼んだのーーーっ!?
(な、なんで……っ!? なんでわたしの名前を知っているの!? イントネーションまで完璧だったよ!?)
どういうこと? だって! わたしは平民のサラ! 学年も違うしこんなかっこいいしたぶん雲の上のお貴族様。そんな人とお話ししたことなんて一度もないはずだけれど?
それなのに、息を切らせてうちの店に駆け込んできて、開口一番にサラって……! どうしてこの方は、迷いもなくわたしの名前を呼んだのーーーっ!?
(わ、わたしの名前を知っているということは……!? ま……まさか……っ!!)
わたしの中で、雷が落ちたような衝撃が走った。
(これぞ……これぞ恋愛小説で読んだ「シークレット・ラブ」の超特大イベント発生じゃないのーーーーーっ!?)
そうよ、そうに決まってるわ!
お貴族様のかっこいい先輩が、実は密かに平民のわたしのことを見そめ、名前まで調べて実家の木漏れ日パン工房に駆けつけてくれた……!? やだ。ウソ。本当に!?
(この方は……最初からわたしを探して、木漏れ日パン工房へ……!? ずっと前から、影からわたしを想ってくださっていた……っ!)
「っ! は、はいっ! わたしがサラです……っ! お名前を呼んでくださってありがとうございます!」
(――っ! ……わたし、「物語みたいな」運命的な出会いをしました!)
期待で顔を真っ赤にしたわたしが、思わず胸の前で手を握りしめて名乗り出ると――
「……え? あ、いや……違……っ!?」
なぜか目の前の美青年は、わたしを見てものすごく引きつった顔になり、「違うんだ、君ではなくてだな……」と慌てて手を横に振っている。
一方、お隣のサラちゃんはといえば、丸メガネの奥の目を限界まで見開いて顔を真っ赤にし、頭を抱えてプルプルと震えて、なぜか一人で限界突破のパニックを起こしているようだった。
必死に「君じゃないんだ」と弁明しようとしているかっこいいお貴族様と、運命がどうとか呟いてパニックになっているサラちゃんに、――わたしは、まったく気づいていなかった。
(ああ、ついに……ついにわたしの運命の輪が動き出したんだわ……っ!)
二人を完全に置き去りにして、胸の高鳴りを抑えきれないわたしは、「これが運命……!」と一人でどこまでもドラマチックに盛り上がり続けているのだった。
※※※
ひだまり食堂で出すパンを買うため、完璧な変装でやってきた、木漏れ日パン工房。
店主の娘さんであるサラさんと楽しくおしゃべりをしながらパンを選んでいた、その時だった。
バンッ――! カランカラン。
「ハァ……ハァ……っ」
勢いよく扉が開き、息を切らせて飛び込んできた人物を見て、私は心臓が跳ね上がった。なんで? なんでこんなところに?
室内に入り込む日差しに輝く、さらりと揺れる濃い茶髪。彫刻のように美しく整った顔立ち、そして吸い込まれそうなフォレストグリーンの瞳――。
(ええええええええええええええええええええ!?!? ク、クロード様ーーーっ!?)
私がクロード様を見間違えるはずがない! なぜこのような下町のパン屋さんに、侯爵家の公子であらせられるクロード様が!? え? 今回こそ本当にそっくりさん? そっくりさんって三人いるって言うしね? いやいやいや、そんなことあるかいな。
私は脳内で一人でツッコミながら、この状況を分析をしていた。
(まさか……やっぱりわたくしが下町で働いていることがバレて、追いかけて来られた……!? いえ、違いますわ! 今のわたくしは完璧な変装をした平民のサラ! クロード様が気づくはずがありませんもの! 今までだって、気づかれていませんでしたもの)
必死に心の中で自分を落ち着かせようとした、その瞬間。クロード様は店内を見回すと、私と目が合った。……と思うと、信じられないほど甘く情熱的な声で叫んだ。
「――サラ!」
「「はい!?」」
私の声と、お隣にいた本物のサラさんの声が見事にハモッた。はい、もう完璧デュオですよ、これ。カラオケなら百点満点じゃないかしら。
なんてバカのこと考えてましたけれど。現実逃避をしちゃってましたけれど。え? うそでしょ? え? やっぱりそうなのかも!?
(ひぃぁあぁぁぁぁっっっ!??!?)
私の頭の中で、巨大な鐘がゴーーーン!! と鳴り響いた! って、まって、まってまって。ちょっと待ったー! いやいやいやいや? 違うかもしれないじゃない? だって……
(今、クロード様はサラっておっしゃいましたわよね!? 本物のサラさん。運命のヒロインである、彼女を呼びましたわよね!? 変装時のわたくしではなくて)
ん? んん? 変装時って?
(んっと……クロード様は先日、わたくしのことサラと……)
うん。私「サラ」って呼ばれたね。……んで?
(えっと……クロード様、今サラと、お呼びになられましたわね?)
で?
(サラさんも「サラ」ですわね? で? わたくし、は?)
……「サラ」……あれ?
(だからわたくし、同じ名前に……って、違いますわーーーーっ!! 偶然! 偶然なんですの。これは偶然!!)
絶対、絶対サラさんを呼んだのよ!
そう自分に言い聞かせたら、脳内でカチリと全てのピースが急速に噛み合った。
(――っ! ……わたくし、運命の強制力を目撃しましたわ!?)
これは! クロード様は、運命の糸に手繰り寄せられるようにこの木漏れ日パン工房へと導かれ、ついに運命のヒロイン・サラさんと出会ってしまったのよ! そうなのよ。
(やっぱり……やっぱりそうですのね! わたくしではなくて、恋愛小説のシナリオ。それからは逃げられませんの……きっと! クロード様の運命のヒロインは……サラさん!)
そう……クロード様が呼んだのは、私の偽名ではなく――本物のヒロインである、お隣のサラさんのことだ!!
見れば、お隣の本物のサラさんは、胸の前でキュッと手を握りしめ、顔を真っ赤にしてキラキラとした瞳でクロード様を見つめている。
「っ! は、はいっ! わたしがサラです……っ! お名前を呼んでくださってありがとうございます!」
(ああ……っ! なんという甘くドラマチックな運命の出会い……! サラさんの瞳には、すでに恋の光が宿っていますわ! これぞヒーローとヒロインの惹かれ合う力……運命の強制力ですわーーっ!)
雷に打たれたような衝撃とともに、あまりの展開の早さと美の暴力の激突に、私は頭を抱えてプルプルと震えることしかできなかった。
ああ、こんな時にお胸が痛い。昨日はそんなに鍛えてないのになんで?
「……え? あ、いや……違……っ! 君ではなくてだな……!」
クロード様が何やら冷や汗を流しながら、必死に手を横に振って焦っているけれど……私にはそんなことを知る余裕なんてなかった。
(大丈夫ですわ、クロード様! 婚約者であるわたくし――悪役令嬢がここにいては、お二人の恋の邪魔になってしまいますものね……! わたくし、空気のように静かに退場いたしますわ……っ! それが正解。わたくしは……間違っていない)
一人で限界突破のパニックを起こしながら、筋肉痛を隠しながら私はそーっと忍び足で後退りを始めた。




