第20話 わたくし、真実を知ってしまいましたわ!? / 私の親友は、今日も楽しい
前半セラフィーナ、後半エリカのお話となっています。
よろしくお願いします。
今日という日は、私にとって記念すべき一日だ。だって、セラフィーナになって初めてのアルバイトをする日なのだ。
先日エリと一緒にひだまり食堂へ行き、店主のガルスさんと顔合わせも行った。とてもいい人だった。うん。私頑張れそう。
でも、その記念すべき朝は、前日の緊張と興奮のせいで、いつもよりずいぶん早く目が覚めてしまった。
(ああ……、心臓がどきどきしますわ。大丈夫かしら……?)
鏡の前でそわそわと落ち着かず、胸の前で手をぎゅっと握る。
(注文を間違えたりしませんかしら。お料理を運ぶ途中で転んでしまったら……)
考えれば考えるほど緊張してくる。
(そういえば、ひだまり食堂の店主、ガルスさん。最初は熊さんみたいで少し怖い方かと思いましたけれど……大きなお体にエプロンをきゅっと結んだ姿は、なんだか可愛らしかったですわ)
気付けば、仕事への緊張はどこかへ消え、頭の中はひだまり食堂のご飯への期待でいっぱいになっていた。
(きっと美味しいお料理をたくさん作ってくださるのでしょうね。……うん、そうですわ。まずは、美味しくいただくことも大切です。出されたご飯は絶対にお残しいたしません! それが看板娘としての第一歩ですもの!)
一人でふんすと鼻を鳴らしていると、鏡越しにリーナと目が合った。
……なぜか、とても優しい目をしている。
「……どうかしまして?」
「いいえ。何でもありません」
リーナはそう答えると、いつもより少しだけ気合いの入った様子で、私の髪を編み始めた。
(本日の私は本気です。気品は隠しつつ、可愛さは百二十パーセント引き出す――)リーナがそんな職人のようなことを考えていたとはつゆ知らず。
「できました」
「まあ!」
鏡を見た私は目を輝かせた。だって、完璧な下町の娘になりきった私が、そこにいた。
「すごいですわ! 完璧です! さすがリーナ! ふふふ……これなら誰にも分かりませんわ!」
丸眼鏡におさげ髪、飾り気のないワンピース。完璧な(?)平民サラが完成した。
私は大満足だった。リーナも、満足そうに頷いていた。うん、そうよね。もう完璧な擬態!
(ええ、お嬢様。誰が見てもお嬢様です。お洋服は地味になりました。でも、その仕立ての良さも、歩き方も、漂う気品も、何一つ隠せておりません)と、そんなことをリーナが心の中で思っていたことを、私が知るはずもなかった。
◇◇◇
屋敷を出る前に、私はサロンへ向かった。そこでお父様、お母様、セルジオに挨拶をするためだ。みんな今日を心配してくれていた。だから、大丈夫。ってきちんと伝えてからいかないとね。
「お父様、お母様、セルジオ。行ってまいりますわ」
新聞を読んでいたお父様が顔を上げて、心配そうにしつつも愛娘の新しい挑戦を応援するように優しく微笑んでくれた。イケオジの笑顔はいつ見てもいい。お父様はいつだって優しい笑顔で私は幸せいっぱいだわ。
「行ってらっしゃい、セラフィーナ。ガルスにあまり迷惑をかけてはいけないよ」
「はい!」
その隣ではお母様が嬉しそうに微笑んでいた。
「行ってらっしゃいな、可愛いセラ。あら、いつもと雰囲気が違うのに、やっぱり素敵ね」
くるりと一回転してみせる。
「ふふふ。ありがとうございます、お母様! 完璧な変装ですわ」
丸い眼鏡に、ゆるく三つ編みにしたおさげ髪。それに飾り気のないワンピース。
「これで誰にも気づかれませんわ」
お父様とお母様は、なぜか同時に微笑んで、しばらく私を見つめていた。
「……?」
何かおかしいかしら?
「どうかしまして?」
「いいや。似合っているよ。セラフィーナ」
「何でもないわ」
二人は顔を見合わせて、また同時に微笑んだ。
……よく分からないけれど、どうやら変装は好評のようだ。
「お姉さま。とてもかわいいです」
「ありがとうセルジオ。ふふふ。今日は頑張ってくるわね」
セルジオの頭をそっと優しくなでてあげながら、私は決意を胸に食堂へ挑むことにした。
「今日は一日、きちんと看板娘を務めてまいります」
「うん。頑張っておいで」
「行ってらっしゃい。無理せず、頑張るのよ」
「お姉さま。早めに帰ってきてね」
「はい?」
私が首を傾げると、セルジオは少しだけ視線を逸らした。
「……いえ。なんでもありません」
何か心配なことでもあるのかしら?
温かな笑顔に見送られ、私は元気いっぱいバルディア伯爵邸を飛び出した。あとは頑張るだけ。うん。大丈夫!
(前世でもアルバイトはしたことがあるんだもの、大丈夫。今は少し緊張しますけれど……。きっと大丈夫ですわ。婚約破棄されたあとも安心です。これで立派な平民になれますわ!)
その決意は、今日も少しだけ方向がずれていた。
◇◇◇
ひだまり食堂へと到着すると、さっそくガルスさんが一緒に店を切り盛りしているという奥さんと息子さん夫婦を紹介してくれた。
「初めまして。私がガルスの妻のアンナです。これからよろしくお願いしますね、セラフィーナ様……あ、ここではサラちゃんと呼んでも?」
「はい!よろしくお願いしますわ、アンナさん!」
ぺこり。と私はお辞儀をした。
そんな私を見て、アンナさんは優しく目を細めていた。ガルスさんから話を聞いていたのだろう、新入りの私を家族のように温かく迎え入れてくれる空気感が伝わってきて胸が温かくなる。
「僕はエド。親父と一緒に厨房を担当しているよ。僕はおもにスープなどの仕込みを作っているんだ。メインの料理を作るには、まだまだ親父の腕には及ばないけれどね」
「わたしはクロエよ。よろしくね、サラちゃん!同世代の女の子がお店に来てくれて嬉しいわ、仲良くしてね」
「はい!わたくしこそ、精一杯頑張りますわ!よろしくお願いします!」
息子さん夫婦に向かって、私はもう一度ぺこりと綺麗にお辞儀をした。みんな優しそうでよかった。
パン!と、そこでガルスさんが大きな手を叩いて、心地よい音を響かせた。
「よし、挨拶も終わったことだし、さっそく今日からしっかり頑張ってもらいますよ!サラ嬢ちゃん!」
ガルスさんはニカッと豪快に笑って言った。ああ、こういう雰囲気大好きだわ。アットホームで、なんだかなつかしい感じがして、ここ、ひだまり食堂がもう大好きな場所になったわ。
(ああ、皆さまとっても優しくて、本当に素晴らしい職場ですわ……!これなら婚約破棄されたあとも安心ですわ。お父様、お母様。セルジオも安心してくださるでしょう。ふふふ。これで悪役令嬢ライフも安泰ですわ!)
セラフィーナとして、本格的なアルバイトをするのはこれが初めてだ。こんなに温かい人たちに囲まれてスタートできるなんて、私はなんて果報者なのだろう。
「あ、あとで、ひだまり食堂特製のオムライスつくるから、食べるんだぞ」
……ガルスさんからの、厨房から衝撃的な一言が。……えっ!? 今なんと?
「オムライスが……あるんですの?」
「ん? あるけど……サラ嬢ちゃんは嫌いか?」
「いいえ! ちょっとびっくりしただけですわ。わたくし、出されたご飯は絶対にお残しいたしませんの!」
(――っ! ……わたくし、真実を知ってしまいましたわ!?)
私は、ここにきて初めて『オムライス』があることで、ある決定的な【真実】を知ってしまったのだった。
***
その日の昼下がりのひだまり食堂――
私は、セラをびっくりさせるべく扉を開けた。
「いらっしゃいませ!」
元気いっぱいの声が店内に響き渡る。見れば、丸い眼鏡におさげ髪。平民らしい素朴な服を着た少女が、ぱっとこちらを振り向いた。
「エリ! 来てくれたのですね!」
「はい、サラちゃん。こんにちは」
くすり、と笑いながら答える。もちろん、今はサラちゃんだ。変装しているときはそう呼ぶ約束になっている。
「さっそくいらしてくださるなんて、嬉しいですわ!」
「ええ。約束したもの」
にこりと笑うと、セラ――いや、サラは嬉しそうにぱぁっと顔を輝かせた。
「今日は絶対におすすめのオムライスを召し上がってくださいませ! 先ほどわたくしもいただきましたの。とっても、とーっても美味しかったんですの!」
「じゃあ、それをお願いしようかしら」
「はい! 少々お待ちくださいませね!」
ぱたぱたと店主さんのもとへ小走りで駆けていく後ろ姿を見送りながら、私は小さく笑った。
(本当に楽しそう……)
セラは昔から、何をするにも全力だった。楽しいと思ったら思いきり笑って、夢中になったら一直線。だから私はそんな裏表のないセラが大好きだった。
「お待たせいたしましたわ!」
目の前に置かれたのは、ふわふわの美しい卵に包まれた見事なオムライス。
「いただきます」
スプーンで一口すくって口へ運ぶ。
「……っ、美味しい……!」
「でしょう!」
なぜかセラが自分の手柄のようにふんすと胸を張る。
「ガルスさんのお料理は、本当に素晴らしいんですの!」
「ふふ、サラちゃんが作ったわけじゃないでしょう?」
「っあ……!」
頬を染めて照れたように笑う姿が可憐すぎて、私は思わずつられて吹き出してしまった。
◇◇◇
その日の夕方。私はバルディア伯爵家を訪れていた。いつものようにセラの部屋の扉を開けると、「エリ!」と待っていましたと言わんばかりにセラが飛びついてくる。
「わたくし、今日のお仕事で、また決定的な証拠を見つけましたの!」
(来たわね、名探偵セラの迷推理が)
私はワクワクしながら椅子に座った。
「え? どんな証拠を見つけたの?」
「わたくし、今日からひだまり食堂で看板娘になったではありませんか」
「ええ、そうね」
「そこに、世界の真実がありましたの!」
聞いて! と期待に満ちた瞳でこちらを見るセラフィーナ。ふふふ、聞いてあげるわよ。その笑顔が可愛すぎて、つい乗ってしまう。
「この世界には、『シチュー』と『オムライス』と『ハンバーグ』が存在しますの!」
胸を張るセラフィーナ。
「もう決定的ですわね!」
「…………」
(なにが?)
あまりにも予想の斜め上すぎる証拠に、私の思考が綺麗に停止した。
「……何が決定的なのかしら? そして一応、確認のために聞くけれど。どうしてそう思ったのかしら?」
「ええ。聞いてくださいな」
セラフィーナは得意げに頷いている。
「前世の小説のお話はしたことがありましたかしら? 異世界転生モノと呼ばれる小説には、必ずと言っていいほどこれらの現代日本の定番メニューが出てくるんですのよ!」
「ええ、それで?」
「それなのに! わたくし、自分のお屋敷では一度もこれらを食べたことがありませんでしたの! 名前だって聞いたことないのです。つまり隠されていたのですわ!」
「…………っぐふ」
(……誰が、何の目的でオムライスを隠す必要があるのかしら……。隠して得する人なんていないじゃない)
目の前では、セラが「どうですか!」と言わんばかりに胸を張っている。
(もうセラってば……笑わせないで……!)
「でも、下町のひだまり食堂には当たり前のように存在しました! しかも、とっても、とーっても美味しかったんですの! わたくし、ガルスさんのオムライスが大好きになりましたわ!」
「な、なるほど……」
目を輝かせて熱弁するセラ。確かにひだまり食堂のオムライスは本当に美味しかった。だから味については否定できない。
ビシッと人差し指を私に向けて立てるセラ。
「もう何度目か分かりませんけれども! ここは間違いなく、わたくしの知る恋愛小説の中の世界なのですわ!」
「……っ、ぶふっ」
(――っ! ……私の親友は、今日も楽しい)
思わず吹き出した私は、お腹を抱えて笑いそうになるのを必死で堪えた。
「エリ? どうされましたの?」
「あ、ご、ごめんなさい、なんでもないわ」
慌ててゴホンと咳払いをして取り繕う。
「すごいわ、セラ」
「でしょう?」
「決定的ね」
「はい!」
「そんなところに気づくなんて、さすがセラだわ」
「ふふふん、もっと褒めてもよろしくてよ!」
完璧なドヤ顔を浮かべるセラ。
(下町ではごく普通の一般的なお料理なんだけど……貴族の屋敷で出ないのは、そういう理由なだけよ)
そう思ったけれど、私はあえて口には出さなかった。その方が、目の前のセラが世界一嬉しそうに笑うから。
その眩しい笑顔を見ているだけで、こちらまで幸せな気持ちになるのだった。
でも……セラの看板娘! こんなに最高で面白いこと、お兄様には絶対に教えないんだから……!




