第17話 わたし、「物語みたいな」イベントに憧れます! / わたくし、すごいものを見てしまいましたわ!?
前半サラ、後半セラフィーナのお話となっています。
よろしくお願いします。
下町の貸本屋で借りてきた恋結びの果実祭りの奇跡という恋愛小説を読み終えたわたしは、机に突っ伏して深いため息をついていた。
「はぁぁぁ……良いなぁ……っ!」
恋愛小説の中のヒロインは、赤く熟したルビィ・ベリーをたっぷり使った手作りのお菓子を、意中のヒーローへと手渡す。
照れながら受け取ったヒーローは、彼女の手を優しく包み込んで「君の想い、確かに受け取ったよ」なんて甘く囁いて……きゃーーーっ! 憧れちゃう!!
「わたしも! わたしも赤い果実を盛り盛りにしたお菓子を渡して、甘い告白をしてくれる運命のお相手が欲しいよーっ!」
……けれど、現実は非情である。
「……うん。渡す相手、いないよね」
そう、今のわたしには本命のヒーローなんて影も形も存在しないのだ。
今厨房でせっせと用意しているのは、家族用のお菓子と、ごく親しいお友達用の義理お菓子。それだけだ。
ちなみに幼馴染のジャックには、暗黙の了解にならって、ベリーの果汁をほんの少し練り込んだだけの、超・質素な義理クッキーをあげる予定だ。
受け取ったジャックが、浮かれて部屋で包みを開けた瞬間、「……これ、ただのプレーンクッキーじゃねぇか?」と泣きそうな顔をするのを、わたしが知ることはないだろう。
ふぅっと息をつき、わたしは立ち上がって腕をまくった。
「……ううん、諦めるのはまだ早いよ、サラ! もしかしたら! 今日このあと、奇跡的に大本命のヒーローが現れるかもしれないじゃない!」
そうと決まれば準備あるのみ!
わたしは家族用のクッキーとは別に、【大本命用(※受取人不在)】のスペシャルクッキーを焼き始めることにした。
生地が見えなくなるくらい真っ赤なルビィ・ベリーのジャムを贅沢にのせ、ハートの形に焼き上げていく。甘い香りが厨房いっぱいに広がって、完璧な仕上がりだ!
「よーし! これを持って、学院に行ってみよう!」
包みに可愛らしいリボンを結び、わたしは期待に胸を膨らませて外出の準備をした。
◇◇◇
学院へ向かう道中、わたしの脳内妄想エンジンはフルスロットルで回転していた。
(もし……途中の曲がり角で、誰かとぶつかっちゃったらどうしよう!?)
――『痛たた……あ、ごめんなさい!』
――『こちらこそすまない。怪我はないかい? ……おや、その甘い香りのする包みは?』
――『あ、これは……!』
――『まさか……僕のために作ってくれたのかい? ありがとう、サラ』
(……って、きゃーーーっ!! 完璧! 完璧な運命の出会いイベント発生じゃない!?)
あるいは! 学院の廊下で落としたクッキーを拾ってくれたイケメン生徒と視線が合って……!
それとも! 屋上で一人佇むミステリアスな先輩に「受け取ってください!」と突撃して……!
(――っ! わたし、「物語みたいな」イベントに憧れます!)
妄想で顔を真っ赤にしながら、キョロキョロと周囲を見渡して歩くわたし。
……が。
曲がり角で曲がっても誰もぶつかってこない。
廊下でわざとらしく落としそうになっても誰も拾ってくれない。
屋上に行ってみても、風が冷たく吹き抜けているだけで誰もいない。
「……あれ?」
気づけば放課後。夕暮れ時の学院は静まり返っていた。
わたしは手元にある、可愛らしくラッピングされた、大本命用クッキーを見つめる。
「……うん!」
わたしはぽん、と手を叩いた。
「やっぱり、誰もいないや! 渡す相手なんて最初から存在してなかったんだね!」
あっけらかんと笑い、わたしは自分に言い聞かせた。
「まあ、そんな恋愛小説みたいな奇跡、そう都合よく起きるわけないよね! 妄想楽しかったし、この大本命クッキーは自分で美味しく食べることにしようっと!」
ちょっと残念だけど、落ち込んでいる暇はない! 学院生活はまだまだ続くのだ!
「よしっ、今回のイベントは不発! なら、次のイベントに期待だね!」
サクサクと自分で作った大本命クッキーを頬張りながら、「美味しいー!」と笑顔になるわたし。
その帰り道、質の悪い義理クッキーを渡されていたジャックが「さっきは……サンキュ」と力なく笑う、微妙な表情の意味にはやっぱり最後まで気づかないわたしなのであった。
***
「……っ!? あ、あれは……サラさん!?」
私は、クロード様へ渡す完璧な義理カップケーキを抱え、気合十分で学院へと向かっていた。
(誰が何と言おうとも、これは義理ですわよ。わたくしがそう言ってるのですもの、義理以外なんでもないのですわ!)
そんな言い訳を脳内で展開していたら――登校中の町角で、奇跡的な光景を目撃してしまった!
物陰からそっと覗くと、前を歩くサラさんの手には大事そうに抱えている、可愛らしいリボンで結ばれた小箱の存在が!
しかも、たぶん私の目に狂いがなければ、その隙間からチラリ覗く――生地が見えないほど真っ赤なルビィ・ベリーがこれでもかと盛り乗せられた、ハート型のクッキー!!
(――っ!! き、来ましたわーーーっ!!)
私の脳内警戒アラートが大音量で鳴り響く。
あの溢れんばかりの真っ赤な果実……! 間違いない、あれぞまさに大本命へ贈る愛のクッキー!!
「ついに……ついにヒロインの本命告白イベントが始まりますのね……! 一体どなたに渡すつもりですの!? ユリウス殿下!? ルーク先生!? それとも……っ!」
ゴクリと息をのんだ私は、気配を殺し、悪役令嬢特有の目立ちすぎる縦ロールを必死に手で隠しながら、サラさんの後をこっそりと追跡し始めた!
……が、サラさんの行動は実に謎めいていた。
曲がり角に差し掛かると、なぜか急にパッと飛び出してみたり。
学院の廊下に入ると、わざとらしくクッキーの箱を落としそうになって「あら手元が?」と一人で棒読みの演技をしてみたり。
放課後になると、寒風が吹き荒ぶ誰もいない屋上へ行って、ただじっと佇んでみたり……。
(……な、なんですのあの謎の挙動は!? もしかして、意中の相手と落ち合うための特殊な合図、ですの……!?)
私は物陰や物置の陰に身を潜め、息を殺して観察し続け、今か今かと攻略対象のヒーローが登場するのを待っていたが――
「……あれ?」
いくら待てど暮らせど、サラさんの前に誰も現れず。ユリウス殿下も、ルーク先生も、レオンハルト様も……クロード様さえ来ない! なぜだ!? 解せぬ。
気づけば夕暮れ時。茜色に染まる誰もいない校庭で、サラさんはポツンと一人、手に持った大本命クッキーを見つめていた。
(えっ……? どういうことですの? 待ち合わせの約束を破られたのですか……!? どこの男ですの、サラさんをすっぽかした不届き者はーっ!?)
私が一人で勝手に憤慨していたその時――
「……うん! やっぱり、誰もいないや!」
サラさんは突然ぽんと手を叩くと、一人であっけらかんと笑い出した。
「……っ?」
「まあ、そんな恋愛小説みたいな奇跡、そう都合よく起きるわけないよね! 妄想楽しかったし、この大本命クッキーは自分で美味しく食べることにしようっと!」
なんと彼女は、可愛らしくラッピングされたはずの大本命クッキーをその場でバリッと開封すると、サクサクと実に美味しそうに自分の口へと放り込み始めた! なんですとーーーーー!?
「むぐむぐ……んん! 美味しいっ!」
「……えぇぇぇぇぇ……っ!???」
物陰で見ていた私は、思わず素の声を漏らしそうになって口を両手で塞いだ。あっぶなー。なんで? どうして? なにがどうなった??
(自分……自分で食べていらっしゃいますわーーーーーっ!!?)
「な、なぜ……!? 渡す相手が最初から居なかっただなんて……じゃああの渾身の大本命クッキーは一体何のために焼いたのですの!? 予行練習!? 単なる妄想の産物ですの――っ!?」
自分の世界に入り込んでサクサクとクッキーを完食し、「ごちそうさまでした!」と満足そうに去っていくサラさんの背中を、私は開いた口が塞がらないまま見送った。
はぁ???
(――っ! わたくし、すごいものを見てしまいましたわ!?)
「……はぁ、はぁ……恐ろしい子……! まさか「大本命クッキーを自分で召し上がる」という斜め上のオチを用意しているなんて……ヒロインの行動は、わたくしの想像の遥か上を行きますわ……っ!」
がっくりと肩を落としつつも、私の手元にある自分の特別なカップケーキをギュッと抱きしめ直した。
「……まあ、サラさんに本命が居なかったのは、ある意味全員にチャンスが残されているということ……! 気を取り直して、わたくしもクロード様へ冷徹な義理菓子をお届けに行かねばなりませんわね!」
こうして私のハラハラドキドキな追跡劇は、拍子抜けな大困惑とともに幕を閉じたのであった。




