第16話 わたくし、やっちまいましたわ!?
私は困惑していた。聖夜の夜の、流星群の夜からというもの、どうにもクロード様の様子がおかしい気がする。頭を撫でてくださる手が妙に優しかったり、耳元で甘い言葉を囁かれたり、何かにつけて距離が近かったり……。
いえ、勘違いしてはダメ、ダメダメ、セラフィーナ! クロード様は誰にでも紳士的な完璧な人なんだから! 悪役令嬢である私にだって優しくしてくれるのは当たり前。でもそれはそれ。私なんぞに本気になるわけがないのよ! これぞ、ヒーローは義務として優しく接してくる設定間違いなし。
(……でも、おかしいですわ)
自分の胸の上にそっと手を当てて首をかしげる。最近、クロード様がすぐ近くに寄ってくると、胸がチクチク痛むのとは別に、ドックンドックンと心臓の音がうるさいくらいに激しく脈打つの。なんなのだろうこれ?
「……一体なにが原因なんですの?」
うーん、と考え込むこと数秒。ピカン! と頭の上に電球が灯る。
「……ハッ!? そうか、解せましたわ!!」
胸が痛むのは胸の筋肉を育てる筋トレの成果で、ならばこの激しい動悸の原因は――!
「クロード様のあまりの美形ぶりに、わたくしの生命維持装置が危機感を覚えて激しく脈打っているのですわ! いわゆる美の暴力による急激な血圧の上昇ですわね!!」
……さすが私。完璧な回答! 天才的観察眼! 恋心なんて乙女チックな理由ではなく、単なる生理現象だったなんて! 危ない、危ない勘違いするところだったよ。まったく私ってば、ちょっとお花畑過ぎない? ヤダもう。
「ふぅ、危うく勘違いするところでしたわ。ここは恋愛小説の世界……わたくしは初志貫徹で悪役令嬢としての務めを果たさねばいけませんわ!」
自分に言い聞かせ、パンッと頬を叩いた私は、さっそく親愛なる戦友(?)であるエリカを呼び出し、自室でお茶会を開くことにした。
◇◇◇
「恋結びの果実祭りの考察? なにそれ、おもしろそう」
運ばれてきた紅茶の湯気の向こうで、エリがわくわくした顔で笑って言った。
そう、二月といえば一大イベント――恋結びの果実祭り。所謂、バレンタインみたいなお祭り。好きな人に赤い果実入りのお菓子を渡すの。これは絶対見逃せないよね!
想いを寄せる男性に手作りのお菓子を贈る。ここで重要なのが赤い果実の使い方。本命の男性には、たっぷりと真っ赤なルビィ・ベリーを煮詰めたコンフィチュールや、鮮やかな果実を丸ごと贅沢に使ったお菓子を贈るのが常識。
逆に義理の場合は、果実の種類を少ないものにしたり、ちょこんと果汁を少量使う程度にとどめるという、貴族社会の暗黙の了解が存在する。
知ったときはびっくりしたよね。この世界にも義理もあるんかい! って。見た目でわかる義理チョコならぬ、義理菓子。手作りだからショボかったら切ないわぁ、義理菓子。
そんなことを考えていたら、エリが更に聞いてきた。
「で、それはどういうことをするの? もうすぐよね」
「えっと! そうですわねぇ。もうすぐこの一大イベントなのですが、学院の特待生であるサラさんが、一体誰に本命のたっぷり赤い果実のお菓子を渡すのか……これこそが、今後の展開を占う最重要局面。だから、誰に渡すかをよく観察するのですわ」
私は力強くカップを置くと、身を乗り出し、エリの顔にビシッと人差し指を立てて見せる。
「第一候補はもちろんユリウス殿下! 図書室でのあの接近遭遇から考えれば、殿下に本命のお菓子を渡す確率が最も高いはずですわ! ですが、万が一ということもありますもの……もしかしたら、我がクラスの担任であるルーク先生や、隣国のレオンハルト様、あるいは騎士団のご子息であるディルク様に渡す可能性もゼロではありませんわ!」
(もちろん、クロード様という可能性も……っ! うぐぐ、想像するとお胸の筋肉が痛みますけれど、それが物語の正当なルートですのよ!)
熱弁を振るう私を、エリカは冷めきった紅茶を一口飲みながら、なんとも言えない生温かい目で見つめていた。なぜそんな目を? 解せぬ。
「ねぇ、セラ。ユリウス殿下は、まぁ置いておいて。なんでいきなり、そんなに沢山の名前が出てくるのかしら?」
「あら、言いませんでしたかしら。ではこちらを」
ずずずいっと、私の力作『小説の中である証拠のノート』をエリの前で開く。そして、考案していたページを見せる。もちろんそれは、私が一生懸命考えた攻略対象との数々の妄想、……もとい、シチュエーション達である。
「証拠はここに」
「素晴らしい内容の、……恋愛小説のワンシーンね? セラが考えたのかしら?」
「ええ! もちろん。もう、身を悶えながら、それはもう大変だったのですから!」
「……そう、で、ここに書かれていること、実際に起きたのかしら?」
「……っえ?」
私は思わず目をきょろきょろとさせてしまう。え? だって、それはサラさんが体験することだし? たぶん。きっと。
「実際には起きてないと?」
「そ、そう。これから起こることですわ! きっと」
「起きてないのなら、じゃあこの三人――騎士枠のディルク様、先生枠のルーク先生、隣国の皇子……じゃなくてクラスメート枠のレオンハルト様は、果実祭りの対象外ではないの?」
「そ、そんなことはありませんわ。これから起きるのですもの。先に渡すなんて誤差の範囲ですわ!」
「ふは。なんで先に渡すのが誤差の範囲になるのよ! もう。ちょっと真面目に話してるのに笑わせないでよ!」
どこがおかしかったのか、よくわからないけれど、ツボに入ったらしく笑いが止まらない様子のエリ。うーん。だって、そうじゃない? 攻略対象なんだから、お菓子を渡すか渡さないか。でいったら、渡すでしょう。今でしょう! みたいな?
「もう。わかったわ。セラ。サラさんが誰に渡すかも気になるけれど……セラは今年の恋結びの果実祭りで誰にお菓子を渡すの? 去年まで私はもらっていたけど。お兄様にばれないようにするの大変だったんだから」
「え? 何が大変だったのです? よく聞こえませんでしたわ」
「ううん。こっちの話」
なんだか変なエリ。何が大変だったのか気になるじゃない。
「そんなことより、今年はお兄様にもお渡しするのかしら?」
目じりにたまった涙を拭きながら、何とか笑いを止めたエリが、そんなことを聞いてきた。
「……え? そうですわね。当然、婚約者であるクロード様へ義理のお菓子をご用意しますわ!」
ふふん。と胸を張る私に、エリがふっと意味深な笑みを浮かべた。
「義理、なんだ? 果実の量をうーんと減らした……」
「もちろんですわ! 『義理ですから、これくらいで十分ですわね』とお渡しして、悪役令嬢としての高飛車さをアピールするのですわ!」
「……そう。では、楽しみにしているわね。私は今年もベリーたっぷりでもらえるのよね? ふふふお兄様がどんな顔をするかしら」
エリカの呟きの後半は小さくて聞き取れなかったけれど、私の作戦は完璧! サラさんが誰に本命を渡すのかを物陰から観察しつつ、クロード様には完璧な義理のお菓子を叩きつける……!
(二月の恋結びの果実祭り、絶対に成功させてご覧に入れますわ!)
◇◇◇
お茶会を終えた私は、さっそく恋結びの果実祭りに向けたお菓子作りに着手した。なんか、昔を思い出すな。こうやって、バレンタインとかみんなに手作りチョコ作って配ったっけ。ロシアンチョコとか、あれ受けたよね。はずれは梅干しにしたっけ。なつかしい。
『チョコなのにしょっぱっ!?』
『あははは。それハズレ!』
……なんだか、久しぶりに前世の記憶、思い出した気がする。今考えると馬鹿なことよくやったなぁ。でもそれが楽しかったな。
そんなことを考えながら、小麦粉を篩う。私ができるのは、混ぜて形成するまで。そのあとは『危ないですから』って、未だやらせてくれない。何度もこうやってやってるんだから大丈夫なのに。過保護すぎるよ料理長。
さて、まずは日頃の感謝を込めて家族やエリカへ贈るお菓子から!
お姉さま特製のクッキーを誰よりも楽しみに待っている可愛いセルジオ、優しく見守ってくれるお父様とお母様、そしていつもナイスなサポート(?)をしてくれるエリカ。
「ふふふ、みんなにはルール通り、真っ赤なルビィ・ベリーのジャムをこれでもかと盛り乗せた豪華なクッキーを焼き上げますわよ! 焼くのは料理長ですけれど。気持ちはこれでもかってくらいこもってますわ!」
私は、みんなの事を思いながら作業に集中することにした。
そして、厨房に甘い香りが立ち込め、焼き上がったのは鮮やかな赤が目を惹く、とっても可愛らしくて美味しいベリーたっぷりのクッキーたち!
「料理長、ありがとうございますわ。完璧ですわ! 感謝の気持ちが目に見えるようですわね!」
満足気にうなずき、いよいよ本日の本番――クロード様への義理のお菓子作りに取りかかることにした。よし、完璧な義理菓子を叩きつけるわよ!
「ふっふっふ……クロード様には悪役令嬢らしく、果実の量を極限まで減らした、これでもか! っていう義理を突きつけて差し上げますわ!」
貴族社会のルール通り、ルビィ・ベリーの量を減らしてクッキーを作ろうと生地をこね始める。
……だが。んん?? なんだかちょっとおかしいな?
(あれ? 果実を減らしすぎたら、生地のパサつきが目立ちませんこと……? 焼き上がりが固くなったら、クロード様の口内に傷がついてしまうのでは……?)
ふと、そんな懸念が頭をよぎり、私は少し考えた。うーん。それは困るな。別に怪我してほしいわけでもないしなぁ。って、いやいや、料理長がそんなへまするか? いやでも、万が一ってのもあるよね?
(それに、クロード様には、パサパサのクッキーよりも、しっとりした生地の方が義理っぽいのではないかしら? それに嫌がらせっぽくていいのではないかしら? だって、お菓子なのにパンみたい。って、びっくりするんじゃないかしら……?)
私はなんだかワクワクして、いたずらが成功したらどうなんだろう? と思ってきてしまった。前世の梅干し入りのチョコみたいに「なんだこれ?」みたいになったら面白いよね。
気づけば私の手は、クッキーの生地を脇に追いやり、卵とバターを贅沢に使ったふわふわのカップケーキの生地を仕込み始めていた。
(まだ、クロード様にはカップケーキ渡していませんし。びっくりしてくださるかしら。ふふふふ。カップケーキの型は最高級の紙型を使って……焼き上がりには上品に、一粒だけちょこんとルビィ・ベリーを飾れば……)
数時間後。料理長の手によって完璧に焼きあがったカップケーキを、オーブンから漂う芳醇な香気を浴びながら、並べていく私。出来上がりに満足げに頷いていたその時――ハッと顔を青くして固まった。
「し、しまっ……!? しまいましたわーーーーーっ!???」
目の前に並ぶふたつのお菓子。
家族用のクッキーは、ベリー盛り盛りでとっても可愛いけれど、平たくてカジュアルなお菓子。
一方、クロード様用の義理カップケーキは――型から生地の膨らみ具合、漂う高級感に至るまで、どう見ても一番手間がかかっていて特別感満載な極上品に仕上がっていた!!
(――っ! わたくし、やっちまいましたわ!?)
や、やっちまったよー!? これは完璧やっちまった。誰がどう見てもやっちまってる。
果実は確かに一粒しか乗っていない。が! それがかえって洗練された本命の輝きを放ってしまっている!?
「ち、違いますの! 落ち着くのですセラフィーナ! これは……これは決して特別扱いなどではありませんわ! ありませんわーーーー!!」
誰にするわけでもなく、言い訳を思わず叫んでしまった。冷や汗をダラダラと流しながら、私は必死のセルフフォローを繰り広げる。
「そ、そうですわ! これは「義理だから果実の量は極限まで減らしたけれど、それだとあまりに寂しくて、バルディア伯爵家の令嬢としての威厳に関わるから、仕方なく生地のボリュームと質で誤魔化した」だけですわ!!」
そう! すべては我が家の威厳のため! 決して、クロード様が初めて食べるお菓子だから「びっくりしてくれるかな?」なんて思ったわけではない。美味しいものを食べて、クロード様に笑ってほしい――なんて、そんな乙女チックな理由でもない。決して、そんな理由ではない!!
「ふぅ……危ないところでしたわ。完璧なロジックで説明がつきましたわね。これで完璧な冷徹な義理の完成ですわ!」
……翌日。
「セラ。お兄様の……これが義理だというのかしら?」
出来上がったカップケーキを見たエリカが、言葉を失ったような生温かい目で見つめてきけれど、私は「ええ、義理ですわ」と胸を張って言い張った。




