第15話 僕の婚約者と、聖なる星を見る夜
昨日は何故か夜中に今日の分忘れた。と思い込み投稿してしまいました。
今日はいつもの通りに投稿します。
よろしくお願いします。
今日は年に一度の聖なる夜。今夜は数十年に一度の流星群が降り注ぐ特別な夜だという。
数日前、気象の記録を扱っていた邸の執務室でその知らせを目にした瞬間、僕の頭に浮かんだのはただ一人――セラの顔だった。
(せっかくだ、二人きりで綺麗な星空を見に行こう)
僕はそう思い、人目を避けられ、かつ星が一番綺麗に見える特等席を事前に下調べしていた。
……と、そこへタイミング悪くノックもなしに扉が開く。
「やあクロード! 暇つぶしに遊びに来……おや、なんだいその熱心な顔は?」
入ってきたのは、幼馴染のユリウスだった。王子の身分でありながら「公務が早く片付いたから」と気安く侯爵邸へと遊びに来たのだ。さらに、ユリウスが持ってきていた手土産のお茶を運んできた妹のエリカまで、僕の手元にある「流星群観測の計画書(特注ブランケットと温かい紅茶の用意リスト付き)」を覗き込んできた。
「あら、お兄様ってば、流星群をセラと見ようと計画しているところだったの? ごめんなさい。邪魔しちゃって。ふふふ。でもセラのことだから、ロマンチックな演出のつもりで行っても「これは断罪イベントの予兆ですわ!」なんて見当違いなパニックを起こすのが目に見えてるわよ? 絶対やるわよ。その光景が目に浮かぶわ」
エリカはトレイのポットから紅茶をカップに注ぎながら、クスクスと笑う。
「まったくだな、クロード。お前が「星が綺麗だね」なんて甘い言葉を一つ囁くだけで、セラフィーナ嬢は脳内で愛の逃避行どころか修羅場の大惨事を繰り広げるぞ。エリカ嬢から話を聞いてるだけだが、手に取るようにわかる」
わざわざ暇をつぶしに来たユリウスとエリカが二人で、ここぞとばかりに面白がってニヤニヤと茶化してくる。
(……好き勝手言ってくれる)
二人の冷やかしを静かに圧のこもった視線で黙らせたものの、言っていること自体は否定できなかった。確かにセラは、僕が何をしても「物語の定番パターン」に変換して一人で大暴走してしまう。
だが、どれだけからかわれようが関係ない。彼女のために極上の毛布と、特製の温かいハーブティーを用意させることに抜かりはない。万全な状態で挑まなければ。
「……で、僕は忙しいのだが?」
「おや? そんなこと言ってセラフィーナ嬢とのデートのための下調べしていた君に、まったく説得力がないのだが?」
「……デートではない」
「はいはいはい。お兄様はセラ限定でポンコツになることくらい、私もユリウス様も知っていてよ。それより、とても美味しい紅茶持ってきてくれたんだから、たまには一緒にお茶でも飲みましょうよ」
「……ポンコツでもない」
ぎろり。とエリカを睨みつける。エリカはやれやれ、みたいな顔をして肩をすくめていた。……決して、僕はポンコツではない。ちょっとセラが可愛くて仕方ないだけだ。
「あ、そういえば、エリカ嬢からお茶うけに。ってこんなもの持ってきてもらっていたんだった」
ユリウスが手にしているものは、あきらかに『誰か』の手作りと見られるクッキー。しかも見たことのないやつ。
「ユリウス。お前の手に持っているものだが」
「ん? 気になるか? 気になるよね? さっき一つ食べたけど、噂通りうまいな」
「食べたのか!?」
「だってこれは、『私に』セラが作ってくれたクッキーですもの。ボックスクッキーっていうんですって。なので下さった紅茶と一緒に食べようと思ってユリウス様にお渡ししたの。でも、お兄様にもあげますわよ?」
エリがニマニマとしながら教えてくれた。
僕はがたっと、勢いよく席を立つ。やっぱり、あれはセラの手作りクッキー。
(……ボックスクッキー。また僕が知らないものを、エリカは食べたのか……。しかも僕より先にユリウスに渡すとか……っく)
この後、仕方なくエリカとユリウスと紅茶を飲むことにした。決して、セラのクッキーを食べたかったからではない。
◇◇◇
聖なる夜、夕刻、セラを連れ出すためにバルディア伯爵邸へと向かった僕。案内された応接室で、セラは話を聞くやいなや「流星群の観測……!? クロード様と二人きりで……!?」とライラック色の目を限界まで見開いてパニックになっていた。
「ま、まさか……! 星空の下での愛の告白イベントの予行演習……!? クロード様、わたくしのような悪役令嬢をお相手に練習なさるおつもりですの!? 無理ですわ。無理ですわー!」
「お姉さま、たぶんそれ違うと思います」
案の定、脳内で明後日の方向へと暴走を始めるセラ。応接室で一緒にお茶を飲んでいたセルジオにあきられていた。
「でも、そんなに嫌ならいかなくてもいいのではないでしょうか。それに今日は家族で過ごすほうがいいと思います」
……だが、なぜ行かないほうへ誘導する?
「そ、そうかしら? そう思う? セルジオ」
「はい! さっき焼いたクッキー、一緒に食べる約束もしていましたし!」
僕の顔をちらちら見ながら、そんなことを言うセルジオ。だがそんなセラに、一緒についてきていた妹のエリカが優雅に微笑みながら可憐なパスを出してきた。
「セラ、落ち着いて。お兄様がセラを誘ったのは……そう、生徒会の気象観測記録のお手伝いです」
「……は? 気象観測のお手伝い、ですの?」
首をかしげるセラに、エリカはさも「本当のことですのよ」と言わんばかりに真顔で頷いてみせる。
「ええ。数十年に一度の流星群でしょう? 生徒会として、流星の発生時刻や方角、周囲の気温変化などを詳細に記録して学院に提出しなければならないのですって……でも、お兄様お一人では手が足りないでしょう? そこで、最も信頼できるセラに記録係として同行してほしいそうよ」
「き、記録係……? それが、つまり……助手ですの!?」
エリカの見事なはったりに、セラの目がパッと輝いた。
「はい。お兄様は『セラは賢く、観察力にも長けてるから、この重大な任務を任せられるのは彼女しかいない』と言っていたわ。ね、お兄様?」
エリカから「うまく合わせなさい」と言わんばかりの圧の込もった視線を送られ、僕は一瞬言葉に詰まりつつも、何とか頷いてみせた。
「……あ、ああ、その通りだ、セラ。君の助けが必要なんだ。一緒に行ってもらえるかい?」
「……っ! そ、そこまでわたくしを買ってくださっているのなら、断る理由がございませんわ! バルディア伯爵家の令嬢として、完璧な観測記録を仕立て上げてご覧に入れますわ!」
「っち。エリカお姉さまはクロードお兄さまの味方ですか」
セルジオが悔しそうに、僕を見る。僕はにやりと笑い返した。今日は家族と一緒ではなく、僕と一緒にいるんだ。……それにクッキーは僕も、もう食べた。
(それにしても……相変わらず単純で、本当に可愛いな)
こうして、エリカの生徒会の観測記録のお手伝いという完璧な口実によって、セラは「私は重要な公務の助手!」と鼻息を荒くしながら、意気揚々と僕と一緒に馬車へと乗り込んだのだった。
◇◇◇
「……まぁ、なんて綺麗なんですの……っ!」
丘の上の大きな木の袂に辿り着くと、セラは夜空を見上げて感嘆の声を漏らした。満天の星空を背景に、つつじ色の髪の縦ロールを夜風に揺らす彼女の横顔。星の光を映してキラキラと輝くライラック色の瞳。その美しさに、僕の胸は締め付けられる。
(連れてきて良かった……本当に可愛いな)
だが、うっとりと星空を見上げていたのも束の間。セラは急に背筋をピンと伸ばし、なにやらブツブツと呟きながら身震いし始めた。
「……っく! この静寂、そして流星群……! これぞ星降る夜の断罪イベントの舞台設定にピッタリですわ……! 将来、クロード様とサラさんがここで愛を誓い、わたくしがお前との婚約を破棄する! と冷たく告げられる未来のイメトレを……寒っ! ええい、筋トレ不足で寒さに負けていては立派な悪役令嬢になれませんわ……っ!」
(……セラ。君はこんなロマンチックな夜に、一体どんな恐ろしいイメトレをしているんだ)
ユリウスたちの予言が見事に的中していることに呆れつつも、愛おしさが爆発しそうになる。
寒さに震えながら必死に一人で悪役令嬢の心得とかいう、よくわからないことをぶつぶつと言う彼女の肩に、僕は着ていた厚手のコートを脱ぎ、そっとかけてあげた。
「……っ! ク、クロード様!? ダメですわ、そんなことをしたらクロード様が風邪を召されてしまいます!」
慌てるセラをなだめるように、僕はコートの上から彼女の肩をキュっと抱き寄せた。
「いいんだ、セラ。僕は鍛えているから寒くない。それよりも……君に風邪を引かれたら、僕の心が冷えてしまう」
「……っ!?」
耳まで真っ赤にして口をパクパクと開閉させるセラ。本当に、僕の何気ない言動一つでここまで可愛らしく動転してくれるのだから堪らない。
ふと、少し離れた草むらの近くに気配を感じて視線をやると――そこには特待生の彼女と見知らぬ少年が立ち尽くしていた。
彼女は僕たちの姿をうっとりとした目で見つめており、となりの少年は「なんで俺はこんなところで……」と言いたげに絶望した顔で頭を抱えている。
(……やれやれ。あちらもあちらで、色々と大変そうだな)
彼女の目が、キラキラとしているように見えて、僕は内心でふっと口元を緩めた。僕たちは彼らに、理想のカップルに見られていたら嬉しい。
(見ているかい、君がどれだけ運命のヒロインとしてセラを困惑させようと……僕が愛しているのは、この世界でセラだけなんだ)
見せつける意図も込めて、僕はセラの身体をさらに自分の方へと引き寄せ、耳元で優しく囁いた。
「セラ。どんな未来を妄想していても構わないけれど……僕が君を放す気はないよ。この星空に誓ってもいい」
「あ、あの……ク、クロード様? 誓う相手が違いますわ! 運命のお相手は……っ」
「いいや、違わない」
僕の真剣な眼差しに気圧されたのか、セラは顔を真っ赤にしたまま「にゅ……」と変な声を漏らし、大人しく僕の胸の中に収まった。コートをキュッと抱きしめるその手が愛おしくて仕方がない。
(――っ! 僕の婚約者と、聖なる星を見る夜)
頭上を、ひとすじの大きな流れ星が尾を引いて駆け抜けていく。
(神様。どうか彼女が自分の本当の気持ちに気づくまで……僕に時間をください。いくらでも……)
隣で「筋肉痛……これは胸の筋トレの成果ですわ……っ」と必死に現実逃避している愛しい婚約者を抱きしめながら、僕は降り注ぐ星々の中で静かに願いを捧げたのだった。




