第13話 わたくし、攻略対象がいっぱいで忙しいですわ!
アリントン侯爵邸から自分の屋敷に戻ってきた私は、自室の机に向かって意気揚々とペンを走らせていた。だって今日は、すごい証拠を二つも目撃したのに、エリと一つ目の証拠――サラさんとユリウス殿下との出会いのことで盛り上がって、二つ目を書きそびれてしまったんだもん。ネタは新鮮さが大事。なんちゃって。
ペンが紙を滑る心地よい音が、静かな室内に響き渡る。
『証拠㊱:図書室にて、ユリウス殿下とヒロインの運命の接触イベントが発生』
「よし……っ! 書けましたわ!」
ふぅ、と満足のいく息を吐き、書き終えたばかりの『証拠のノート』をまじまじと見つめる。
今日、王立学院の図書室で目撃したあの奇跡的な瞬間――!
思い出すだけで、私の胸は高鳴り、鼻息が荒くなってしまう。
◇◇◇
あの時、図書室の重厚な本棚の影に潜んでいた私は、まさにこれ以上ない証拠を目撃したのだ。
オリエンテーションの最後に案内された図書室で、一人キョロキョロと物珍しそうに本棚を巡っていた特待生のサラさん。
彼女が「あ、あの本面白そう!」と言わんばかりに背伸びをして、少し高めの棚にある革装丁の古い本へと可憐に手を伸ばした……まさにその時! スッ……と横から伸びてきた、優雅で大きな手!
(――っ!! きた、来ましたわーーーっ!!)
本棚の隙間から息をのんで見守る私の目の前で、サラさんの白くて小さな手に、ユリウス殿下の大きくて男らしい手がそっと重なったのだ!
『あ……』
『……失礼。怪我はないかい? お求めの本なら、僕が取ろう』
キャーッ!! なんという完璧な流れ! 驚いてパッと横を向いたサラさんの頬がぽっと桃色に染まり、目の前に立つ金髪碧眼の美青年王子――ユリウス殿下が、光を背負うような輝く微笑みで彼女を見つめ返す! もうテンプレ オブ テンプレ!
絶対、二人の周囲にはピンク色のバラの花びらが舞い散っていたわ! 私の目にははっきりと見えましたもの!
『手と手が触れ合って視線が交差し、お互いに雷が打たれたような衝撃が走る――』
これぞまさに、恋愛小説の黄金テンプレの一行ですわ! 絶対そう。それ以外にある? ないわ!
◇◇◇
「……ふふ、ふふふふ! 思わず思い出して顔がニヤけてしまいますわ……っ!」
イベントの記憶を脳内で何度も反芻しながら、私はペンを走らせる。
今この部屋に私か居ないけど、私の情熱は誰にも止められないのよ。エリがいたら「ただ手が触れただけでしょ」なんて冷ややかなツッコミを入れられそうだけど、あの空気感、あの接近戦は間違いなくイベント発生のフラグなんだから!
「ふふふ……思い出すのは、サラさんのあの赤くなった可愛らしいお顔。イベントフラグは順調に立っているわ!」
胸の奥に湧き上がる、なんだか少しだけ「モヤッ」とする妙な居心地の悪さを、私はぶんぶんと首を振って強引に吹き飛ばした。
「よしっ! ……ここからは、今後の展開についての重要な考察タイムよ!」
私は鼻息を荒くしながら、ノートの次のページを勢いよくめくった。
「さて……第一の攻略対象としてユリウス殿下、そして我が美しき婚約者・クロード様。ここまでは完璧な配役ですけれど……恋愛小説やラノベの攻略対象というのは、お二人だけではありませんわよね。もっといないといけないですわ」
ポツリと呟きながら、顎に指を当てる。
「テンプレから考えて、次に怪しいのは……そうですわ! 「騎士枠」ですわね!」
ピンとひらめいた私は、鼻息を荒くしてメモを書き足していく。
「騎士団長のご子息……ディルク様! 今日、式典の警備で凛々しくユリウス殿下の少し後ろに控えていらした、あの鍛え上げられたお方!」
私は、大講堂の壇上でユリウス殿下の少し後ろに立ち、鋭い眼光で周囲を警戒していたひときわ体格の良い男子生徒――ディルク・ハインリッヒ様の姿を思い出していた。
(騎士団長のご子息という肩書きは、まさに攻略対象の王道! 無骨で真面目な彼が、素朴で一生懸命なヒロインに絆されて恋に落ちる……! あらやだ、完璧なシチュエーションじゃありませんこと!?)
もしもサラさんとディルク様が出会ってしまったら――!
私の頭の中で、勝手に特大なドラマが上映され始める。
◇◇◇
【私の脳内妄想劇場】
放課後、夕暮れ時の誰もいない訓練場の裏手。風にそよぐサラさんの髪と、それを悲しげな目で見つめるディルク様。
『……サラ。これ以上、僕に近づかないでくれ』
『ディルク様……? どうして……っ?』
『僕はユリウス殿下に忠誠を誓った騎士だ。殿下が心を寄せる君を、僕が好きになるなど絶対に許されない……!』
苦しげに胸を押しつけ、ギュッと拳を握りしめるディルク様。けれど、涙ぐむサラさんの可憐な姿に耐えきれなくなり、彼は衝動的に彼女の細い肩を抱き寄せてしまうのだ!
『……ダメだ。殿下を裏切ることになると分かっているのに……君を目の前にすると、止められないんだ……!』
『ディルク様……』
『主君よりも、国よりも……君を優先してしまう自分が怖い。だが、もう遅いんだ、サラ……誰よりも君を――!』
◇◇◇
「……って、キャーーーーッッ!!」
一人で想像を膨らませ、あまりの尊さとシチュエーションの完璧さに、私は悶絶しながら机をバシバシと叩いてしまった。
「禁断の恋! 身分差と忠誠心の挟間で揺れる無骨な騎士様の葛藤! 最高ですわ……完璧なストーリー展開! 無骨で真面目な彼が、素朴で一生懸命なヒロインに解されて恋に落ち、主君への忠義すら捨てて駆け落ち覚悟で愛を叫ぶ……! これぞ恋愛小説の醍醐味ですわ!」
一人で興奮のあまりハァハァと息を荒くする私。
だけれど、ディルク様が裏で「愛とは筋肉だ!」とクロード様に熱弁している脳筋だと、私は知る由もなかった。
「そしてもう一つ、絶対に忘れてはならない黄金テンプレ……それは「先生枠」ですわ!」
大発見をしたかのように、私は持っていたペンを高く掲げる。
「年上の圧倒的な包容力、あるいは普段は冷徹なのに、教え子である特待生のサラさんにだけ見せる甘い素顔……! ああっ、これも捨てがたい! 先生枠も絶対に存在するはずですわ! そうすると、担任であるルーク先生かしら?」
私は、今日教室で初めて対面した我が最上位クラスの担任――ルーク・ウィンザー先生の姿を鮮明に思い浮かべた。
整った顔立ちに、知性があふれる銀縁メガネ。教壇に立った先生は、「これから一年間、よろしくね」と生徒一人ひとりに優しく微笑みかけていらしたわ。一見すると、誰もが親しみやすい爽やかで優しい先生……。
「……でも! その優しさこそが最大の罠ですのよ!」
私の脳内妄想エンジンが、再び大爆発を起こし始める。
ああ、今の私って最高に冴えている気がする! もう、私の妄想は誰にも止められないのよ。大事なことだからもう一度、誰にも! 止められないのよ!!
◇◇◇
【私の脳内妄想劇場・パート2】
放課後、夕陽が茜色に染める静まり返った教室。一人居残りで補習を受けている特待生のサラさん。
『……先生、この計算、やっぱり分かりません……』
困り顔で俯くサラさん。すると、教壇からゆっくりと歩み寄ってきたルーク先生が、サラさんの机に両手をついて上から覗き込む。
『ふぅ……本当に君は、手がかかる生徒ですね』
昼間の優しい笑顔はどこへやら、眼鏡の奥の瞳が妖しく光る。逃げ場を無くしたサラさんの耳元に、先生は顔を極限まで近づけて、低く甘い声で囁くのだ!
『他の生徒の前では絶対にこんな顔、見せませんよ? ……ほら、どこが分からないのか、僕が手取り足取り教えてあげますから……覚悟してくださいね?』
『せ、先生……っ!?』
普段の穏やかな雰囲気を脱ぎ捨て、二人きりになった途端に露わになるドSで危険な素顔! 先生と生徒という立場を超えた、放課後の密やかな秘密の補習指導――!
◇◇◇
「……って、ああっ!!」
あまりの破壊力に、私は机に突っ伏して身悶えしてしまった。
「サラさんにだけ見せるサディスティックな甘い素顔! 普段の爽やか先生とのギャップ! 完璧……完璧すぎるシチュエーションですわーっ! ルーク先生、今は優しそうな顔をしていらっしゃいますけれど、絶対に裏の顔を隠し持っていますわ!」
一人で興奮のあまり頬を真っ赤に染め、ハァハァと息を整える。
「明日からの授業、ルーク先生がサラさんにどんな視線を送っているか、一秒たりとも見逃さないように観察しなければ……! ああ、今の私って本当に最高に冴えていますわ!」
「それから、攻略対象といえば……そうですわ! 敵国や隣国の皇子というのも、大いにアリですわよね~!」
ふつふつと湧き上がる妄想に、私は一人で「ふふふ」と怪しい笑みを漏らした。
国同士の緊張感、身分や立場を超えたドラマチックな恋……! これぞ恋愛小説の醍醐味!
「……あら? そういえば、いらっしゃいましたわね?」
ふと思い当たって、今日発表されたクラス名簿の顔ぶれを頭の中に思い浮かべる。
「我がクラスに在籍している、隣国の皇子――レオンハルト・バルバロス様!」
彼は今日、サラさんが遅刻して大講堂に飛び込んできた時、後ろの席で「ふっ、おもしれー女……」とぼそりとつぶやいていたのは! そうよ。ヤダ、なんでその時、気づかなかったんだろう、これって、ラノベで言うところの「おもしれー女」枠じゃない? うわ。こんなところに伏兵がいた! やば。
そういえば、彼はおもしれー女を見たぞと言わんばかりに、不敵な笑みを浮かべていた! ……と思う。だって、エリがそう言ってたもの。そう言ってたよね? あれ、違ったっけ? 面白そうに見ていた。だっけ?
「まぁ、良いですわ。些細な違いなど。同じクラスで、隣国の皇子で、ヒロインを「おもしれー女」認定……! 間違いありませんわ! 彼も立派な攻略対象候補ですわね!」
さらに乗ってきた私は、ペンをくるくると回しながら思考を加速させる。
◇◇◇
【私の脳内妄想劇場・パート3】
陽の光が差し込む中庭の回廊。女子生徒たちに囲まれ、甘い言葉で軽口を叩いて誘惑している隣国の皇子、レオンハルト様。
『やあ、今日も君は可愛いね。僕と一緒にお茶でもどうだい?』
誰にでも魅惑的な笑みを振りまくプレイボーイ。けれど、それは過酷な皇位継承争いの中で本物の愛を知らず、誰かを特別にして傷つくのを恐れるための器用な防衛本能なのだ!
そんな彼の前を、お弁当を持ったサラさんが通りかかる。
『あら、レオンハルト様。いつも楽しそうですわね。でも、わたしはお腹が空いているので失礼します!』
『……っ!?』
取り巻きの令嬢たちとは違い、自分の甘い言葉に一切なびかず、素朴に笑って立ち去ろうとするサラさん。その背中を見つめるレオンハルト様の表情から、いつものチャラついた笑みが消える。
(なんだあいつ……僕の顔にも立場にも興味がないのか……?)なんて思っているの。
そして後日、放課後の屋上で二人きりになった時。レオンハルト様はいつもの余裕を完全に失い、サラさんの腕を掴んで壁際へと追い詰めてしまうのだ!
『……なあ、どうして僕から逃げるんだ? いつものように口説こうとしても、君の前だと調子が狂う……っ』
『レオンハルト様……?』
『お願いだ、僕をそんな澄んだ目で見ないでくれ! 誰でもよかったはずなのに……君にだけは、本気になっちゃうじゃないか……!』
誰のことも本気で愛したことがなかったチャラ男皇子が、愚直でピュアなヒロインにだけ初めて本気の恋を知り、プライドも余裕もズタズタになりながら溺愛していくギャップ落ち――!
◇◇◇
「……って、やだもうーーーーっ!!」
身悶えのあまり、私は机の上をクッションで何度も叩いてしまった。
「完璧……あまりにも完璧すぎるキャラクター造形ですわ! チャラチャラした女たらしの皮をかぶった、傷つきやすい孤独な皇子様! 誰にも心を開かなかった彼が、ヒロインの真っ直ぐな瞳に毒気を抜かれて、自分だけの本物の愛を見つけてしまうだなんて……! 涙が出そうですわ!」
一人で胸をキュンキュンさせ、ハァハァと熱い息を吐き出す。
「うわぁ……こんなところに強力すぎる伏兵が隠れていたなんて! クラスメート枠、侮れませんわね……!」
実際はただ度胸のある新入生がいるなと面白がっていただけの野次馬だったなんて、私が知るはずもない。
ふぅ。と私はいったん息を吐く。ちょっと興奮しすぎよ。私。落ち着いて!
「ならば……「弟枠」あるいは「年下枠」というのもアリなのではありませんかしら!?」
でも一瞬、「私たちは入学したばかりの一年生。学院に後輩はいないから、年下枠は無理かしら……?」と納得しかけた。
――が、そこで雷に打たれたような衝撃が走る。
「……ハッ!? い、居ますわ……! 我がバルディア伯爵家に、天使のように可愛らしい我が弟……セルジオが……っ!?」
思わず想像する私。実の弟が、ヒロインのサラさんに心奪われ姉であるこの私を冷酷に断罪する姿を――!
◇◇◇
【私の脳内妄想劇場・パート4】
厳かな大講堂。静まり返るギャラリーの真ん中で、冷酷な眼差しを見せる十歳の弟・セルジオ。その傍らには、脅えながらも可憐に佇むヒロインのサラさん。
『……残念ですよ、お姉さま』
愛らしい幼気な面影は消え去り、冷ややかな氷のような声で宣告するセルジオ。
『貴女が裏でサラさんにどれほどひどい嫌がらせをしていたか、僕はすべて知っています。お姉さまがどれほど恐ろしい悪女だったのか……僕は気付いてしまったんです』
『セ、セルジオ……? 何を言っていますの、わたくしはそんな――』
『言い訳は見苦しいです、セラフィーナ・バルディア!!』
セルジオはピシッと小さな指を突きつけ、大講堂全体に響き渡る声で冷酷に言い放つ!
『愛するサラさんを傷つけた罪、僕がバルディア家の名をかけて罰します! お姉さま、貴女を……我がバルディア伯爵家から追放します!!』
『そんな……セルジオぉぉぉーーーっ!!』
◇◇◇
「……って、あるかー!!」
私は全力で首をぶんぶんと横に振った。やばい妄想で言葉遣いが乱れてしまったよ。やばいやばい。
「あの素直で愛くるしいセルジオが、わたくしを断罪!? ナイナイナイ!! 絶対にあり得ませんわ! そもそもセルジオはサラさんと会ったことすらありませんもの! 愚かな妄想でしたわ、あぶないあぶない……」
冷や汗を拭い、ホッと胸を撫で下ろす。
……だが、一度浮かんだ「弟枠」という属性が頭から離れない。
「うーん、でも恋愛小説なら弟枠は必須のはず……。弟枠、弟枠……うーーーん……」
思わず席を立ち上がり、うろうろと部屋の中を歩き回る私。ぶつぶつと呟きながら頭を悩ませる。
「……あー! ダメですわ! 思いつきませんわ! 候補がいないものは仕方ありません、弟枠は今回はナシ! 不採用ですわ!」
すっぱりと諦めた私は、再び机に向かうと、鼻息も荒くペンを走らせた。
『考察:
・騎士枠(ディルク様?)
・先生枠(ルーク先生?)
・隣国の皇子(レオンハルト様は、クラスメート枠?)の登場に要警戒!
※弟枠は……今回は候補なし!』
(――っ! わたくし、攻略対象がいっぱいで忙しいですわ!)
「ふふん!」と満足気に鼻を鳴らし、余白にでかでかと書き込む。
「クロード様がサラさんと運命の出会いを果たすのも時間の問題……。その日のために、わたくしはどんな攻略対象が現れてもいいように、しっかりと悪役令嬢としての務めを果たさなければ!」
……なぜだかまた、胸の奥がチクッと小さく痛んだ気がしたけれど。
「これも全部、お胸を育てる筋トレの成果ですわね!」と自分に言い聞かせ、私は力強くノートをバタンと閉じたのだった。




