第11話 わたし、「物語みたいな」学院生活をしたいです! / わたくし、偶然見てしまいましたわ!?
前半サラ、後半セラフィーナのお話となっています。
よろしくお願いします。
「やばいやばいやばい! 遅刻するーーっ!?」
王立学院の白亜のアーチ門をくぐり抜けながら、わたし――サラはなりふり構わずダッシュしていた。
九月。今日からわたしは、あんなにも夢に見ていた、憧れの王立学院での生活が始まる! ……はずだったのに。
夕べは緊張とワクワクで全然眠れなくて、今朝は今朝で家を出ようとしたら、お母さんに「特待生なんだからシャキっとしなさい!」とお弁当やら何やらを大量に持たされ……気がつけば、完全に遅刻ギリギリの時間になっていたのだ。
っというか、お弁当なんて恥ずかしいよ。どこで食べればいいんだろう。しかもこの量を一人じゃ食べきれないし。
お母さんに持たされた大量のパンとおかずの入ったかばんを見て、ため息が出た。
「うぅ、初日から「平民の特待生はこれだから」なんて思われたくないのに~!」
息をハァハァと切らしながら大講堂の重厚な扉の前に辿り着く。わたしは意を決して、勢いよく扉を押し開けた。
バタンッ!
静まり返った大講堂に、場違いで盛大な音が響き渡る。
……やってしまった。完全に式が始まっている。
「申し訳ありません! 遅刻しました!」
大声で頭を下げると、周囲に並ぶ豪華なドレスや制服に身を包んだ貴族の人たちから、「平民の特待生が初日から遅刻?」「これだから平民は……」とひそひそ囁く声が聞こえてきた。うう、穴があったら入りたい……!
申し訳なさで縮こまりながら、そろりと壇上の方へ目を向けた、その時だった。
壇上で流麗な挨拶を述べていた金髪の男の子――ユリウス・ランフォード、この国の第二王子殿下とバッチリ目が合ってしまったのだ。
その少し後ろには、ひときわ体格のいい男子生徒が立っている。そしてユリウス殿下を守るべく、周囲を鋭い目で見渡していた。
そして、ユリウス殿下は自信に満ちたブルーの瞳で、壇上からこちらを見つめていた。光り輝くような佇まいに、思わず目を奪われてしまう。
(……わ、すご……っ! ユリウス殿下もかっこいいけれど、後ろの人もかっこいい……!)
思わず息を呑んでしまった。二人ともまるで絵本から飛び出してきた本物の王子様のようだ。すごい。これから、こんなに素敵な人と一緒に――
(――っ! わたし、「物語みたいな」学院生活をしたいです!)
想像しただけでわくわくする。だって、ユリウス殿下は本物の王子様。こんな間近で会えるなんて。そして、一緒の学院生活を送るなんて!
(ああ、こんな素敵な人と恋できたら、それはまるで夢みたいだなあ……。そういえば、この間下町の貸本屋で借りた恋愛小説、平民の女の子が身分違いの王子様と恋に落ちるお話だったわ! ふふ、さすがに現実でそんな上手いことあるわけないか……)
なんて、壇上のユリウス殿下に見つめられながら、呑気な妄想をして顔を真っ赤にしてしまったわたしだった。
◇◇◇
式が終わり、怒涛のクラス分け発表を経て(なんと二位の次席だった! お店の手伝いの合間に猛勉強した甲斐があったよ!)教室へ向かう廊下を歩いていた時のことだ。
向かい側から、とんでもなく浮世離れした美少女が歩いてきた。
つややかなつつじ色に輝く縦ロールの髪を美しく揺らし、品のある優雅な仕草で隣の人と話している。通り過ぎるだけで誰もが振り返るような、圧倒的な存在感を放つ美少女だった。
「……サラさん」
その綺麗すぎるお嬢様が、なぜかわたしの前でピタリと足を止め、小さくわたしの名前を呼んだ。
「……」
わたしはあまりの美しさに圧倒されて、ぽかんと口を開けたまま固まってしまった。
(うわぁ……とってもきれいな人……! こういう人、本に出てくる「本物のヒロイン」って感じだなぁ……あっ!)
呆然としすぎて無礼になっていたことに気づき、慌てて声を張った。
「失礼しました! わたしは、パン屋のサラです。よろしくお願いします。あの、どこかでお会いしましたか?」
なぜかわたしの名前を知っていたから聞いてみたのだけれど、そのお嬢様はふっと魅惑的な笑みを浮かべた。
「あ、いいえ、そうじゃないの。特待生で、先ほどすごく目立っていらしたでしょう? だからつい、お声をかけてしまいましたの」
「あ! ごめんなさい。遅刻するつもりはなかったんだけど、朝、緊張してたら家出るの遅くなっちゃって。えへ」
照れくさくて苦笑いすると、その綺麗な人は、少し冷ややかな(?)どこか威厳のある不思議な微笑みを浮かべて、優雅にわたしの横を通り過ぎていった。
(かっこいいなぁ……。貴族の令嬢様って、やっぱりオーラが違う! わたしもあんな風に凛とした素敵な女性になれるのかな?)
その綺麗なお嬢様が、まさかいつも自分のパン屋にやってきて、わたしの事をサラさん! と親しげに呼び、キラキラした目でパンを買っていく、あの丸眼鏡におさげ髪の風変わりなお客さんだとは――わたしは夢にも思っていなかった。
◇◇◇
「うわぁ……!」
案内された最上位クラスの教室へ足を踏み入れた瞬間、わたしは思わず声をあげそうになってしまった。
「っとと。静かにしなきゃ。びっくりした。さっきの綺麗な人、同じクラスなんだ……!」
さっき廊下ですれ違った、あの上品でとんでもなく綺麗なお嬢様――セラフィーナ・バルディア様とおっしゃるらしい――が、すでに席に座っていらした。なんと、わたしと同じ最上位クラスだったのだ!
あんなに素敵な人とこれから一緒に勉強できるなんて、幸先が良いぞ~! と一人で密かにテンションが上がってしまい、思わず心の中で「やったー!」と小さくガッツポーズをしてしまった。
担任の先生は、ルーク・ウィンザー先生というらしい。優しそうな銀縁メガネをかけた先生だった。
「これから一年間、よろしくね」なんて気軽に挨拶してくれる。うん。このクラスに何とかなじめそうな気がする。みんなと仲良くなれるといいな。そんなことをわたしは思っていた。
その後は新入生全員で、学院内をぐるりと見て回る校内案内が始まった。
貴族の生徒さんたちが優雅に談笑する広大な中庭の噴水広場や、まるで高級ホールのようにおいしそうな匂いが漂う学生食堂。ここから先は関係者以外は入っていけないと、生徒会室の扉の前で教えられた。どこもかしこも下町のパン屋育ちのわたしには刺激的すぎて、終始目を丸くしっぱなしだった。
そして、校内案内の最後に訪れたのが――王立学院が誇る図書室だった。
「……うわぁ……っ!」
足を踏み入れた瞬間、あまりのスケールに語彙力が吹き飛んだ。天井まで届く壁一面の巨大な本棚、ズラリと並ぶ革装丁の古書、そして静寂を包み込む重厚で高貴な空気感。まるで先日読んだ物語の中の魔法図書館に迷い込んでしまったみたいだ。
(きっと、魔法図書館ってこういうところだわ。魔法陣とかあったりするのかしら? ……って、ここは王立学院の図書室だった。魔法なんて空想なのに。でも、あの物語は本当に素敵だった。魔法陣のいたずらで偶然出会った王子様と下町の娘が、世界を巻き込みながら恋に落ちていく恋物語――)
わたしは、つい先日貸本屋で借りて読んだ恋愛小説のことを思い出していた。ああ、この世界に魔法があったなら、わたしにも物語のような恋が訪れて! なんて、起こるはずもない妄想を膨らませながら図書室の中を歩いていた。
案内が終わって自由見学の時間になると、わたしは吸い寄せられるように本棚の通路へと足を踏み入れ、一人でキョロキョロと動き回っていた。
(すごいなぁ、こんなにたくさん本があるんだ……! あ、あの上の段にある本、面白そう!)
背伸びをして、棚の少し高い位置にある古い装丁の本に手を伸ばした、まさにその時だった。
スッ……と、横から伸びてきた大きな手が、わたしと同じ本に重なった。
触れた手のぬくもりに驚いて、思わずパッと横を向く。
「あ……」
そこに立っていたのは――入学式で流麗な挨拶をしていた、あのユリウス殿下だった。
(ひやぁぁぁっ!? え、ちょっと待って!?)
距離が近い! 近すぎる! 金髪を優雅に揺らし、綺麗なブルーの瞳がわたしをじっと見つめている。
(う、嘘でしょ……!? 手と手が重なって同時に本を取ろうとするやつ……!? これ、下町の貸本屋で読んだ恋愛小説で一番「あるある!」ってキュンキュンする鉄板のやつじゃない!? こんな恋愛小説みたいな展開、現実に本当にあるのーーーっ!?)
頭の中でベタな恋愛小説の定番パターン展開がぐるんぐるんと駆け巡り、パニックと密かなキュンキュンで心臓が破裂しそうになる。
「……失礼。怪我はないかい? お求めの本なら、僕が取ろう」
「あ、は、はいっ! ありがとうございます、ユリウス殿下!」
ユリウス殿下がサラリと本を取って手渡してくれる様子に、わたしは顔を真っ赤にしてペコペコと頭を下げた。
……でも、なんだろう? ユリウス殿下と話している最中、本棚の影の暗がりから、「……っっ!!(ガタタッ)」と尋常じゃない熱量の視線と気配を感じた気がする。
チラっとそっちを盗み見てみると――
(あ、あれはセラフィーナ様……!?)
なぜか本棚の隙間から、あの美しすぎるセラフィーナ様が、目をこれでもかと見開いて握り拳を固め、「ここでもイベントが発生しましたわ……!」とかよく意味の分からない言葉を発し、超・大興奮の表情でこちらを凝視していた。
……イベントって何? 何のイベント??
(え、ええ……? セラフィーナ様、なんであんなに興奮してるんだろう……? もしかして、ユリウス殿下の追いかけなのかな……?)
まさか自分たちのベタすぎる出会いの瞬間をガッツリ観戦されていたなんて知る由もないわたしは、とりあえずユリウス殿下にお礼を言って、赤くなった顔を誤魔化すようにその場を後にしたのだった。
うぅ……それにしても、まさかこんなベタなシチュエーションで王子様とお近づきになれちゃったなんて。
下町のお友達に話したら絶対に「物語の読みすぎ!」って笑われそうだから……今日の出来事は、絶対に内緒にしておこうと思う。
***
(――っ! わたくし、偶然見てしまいましたわ!?)
図書室の巨大な本棚の陰で、私は声にならない悲鳴を上げながら、ガタタッと体を震わせた。
(――っ!! つ、ついに……っ! 黄金テンプレのイベントが発生しましたわーーーっ!!)
目の前で繰り広げられているのは、まさに前世のラノベで何度も読んだ奇跡の出会い。上の棚の本を取ろうとしたサラさんの手に、横からスッと伸びてきた手が重なる! その手の主はなんと、あのユリウス殿下! っきゃーーーー。
(手と手が触れ合って『あ……』『あ、申し訳ありません!』からの、見つめ合って急接近! これぞラノベ! まさに恋愛小説! 文句のつけようがない、王道のイベントですわ! ……生で拝めるなんて……!)
あまりの尊さと完璧なテンプレ展開に胸が高鳴り、両手を固く握りしめて大興奮していた、その時だった。
「……セラ? そこで何しているの?」
「ひゃいっ!?」
背後からひょっこり顔を出したエリカに声をかけられ、変な声が出てしまった。慌てて口を押さえて振り返る。
「エ、エリ!? びっくりさせないでくださりませ!」
「いや、びっくりしたのは私よ。姿が見えないと思ったら、こんな暗がりの本棚の隙間でプルプル震えて……顔も真っ赤だし、大丈夫? 熱でもあるんじゃないかしら」
呆れ顔のエリカが、私の額にそっと手を当てて心配そうに覗き込んできた。
「大丈夫ですわ! 熱などありませんことよ! それよりもエリ、見てくださいませ! あちらを……っ!」
「あちら? 何かあったの?」
「え? あら? 先ほどまで、サラさんとユリウス殿下がいらしてたんですけれど……」
もう一度、サラさんとユリウス殿下がいた場所をのぞき込んだが、すでに二人の姿はなくなっていた。
「……えっと、何でもありませんわ」
「……セラ、良くわからないけれど、興奮しすぎて頭がどうにかなりそうだったのね? まあ、元気ならいいけれど」
エリカは小さく息を吐くと、思い出したように手をポンと打った。
「そういえばセラ、この後お時間あるかしら? お兄様が『今日、式が終わったらセラとお茶をする時間があるから、うちに連れてきてほしい』って言っていたのよ」
「まぁ! クロード様がですの?」
予期せぬお誘いに、さっきまでの興奮とはまた違うドキドキが胸を走る。
「ええ。前にお手製のクッキーを持ってきてくれるって言っていたのを、ものすごーーーく楽しみに待っていたみたいでね。「首を長くして待っている」なんてレベルじゃないわよ」
「ふふ、エリったら大袈裟ですわ。でも、そうなのですわね! でしたら一旦屋敷に戻って、約束のクッキーをお持ちしてお邪魔しますわ!」
「ええ、お兄様も喜ぶわ。あ、それと……」
「はい?」
「また例のノート、書くのでしょう?」
「もちろんですわ! 今日見つけた証拠を、一緒に書きましょうね!」
「はいはい、楽しみにしているわ」
私は満足気に大きく頷き、胸を躍らせた。
サラさんがユリウス殿下とイベントを起こしたということは、物語は正しく進んでいる。そして、クロード様もいずれサラさんと出会い、運命の恋に落ちるのだ。
(クロード様がサラさんと結ばれて、わたくしが断罪・婚約破棄される未来がやってくる……!)
これから向かうアリントン侯爵邸で、自分がこれから取ろうとしている行動とノートに記そうとしている証拠が、どれほど盛大な間違いであるか――
この時の私は、まだ何も知る由もなかった。




