第10話 わたくし、王立学院に入学しましたわ!【前編】
とうとう、この日がやってきてしまった。運命の王立学院入学式――
目の前にそびえ立つのは、歴史ある王立学院の学舎――白磁の巨大なアーチ門をくぐり抜けた先にあるのは、天を突くような尖塔を持つ、重厚な白亜の城塞のような建物。それが王立学院本館。私たちの学び舎だ。
そして中庭には、あの! パンフレットに載っていた噴水広場があり、今日から私の――「悪役令嬢セラフィーナ」としての物語が本格的に始まってしまうのだ。そう思うと何とも言えない気持ちになってしまった。
(とうとう、わたくしの運命の歯車が動き出したんですわ。ここで、クロード様とヒロインが……)
チクッとまた胸が痛む。そういえばこの胸の痛み、お母様に相談したんだよね。そうしたら『そのうちセラフィーナにもわかるわ』ってにっこりしながら言われた。何がわかるんだろう? ……今度エリにも聞いてみようかな。エリならわかるかな。
そんなことを考えながら、大講堂へ、もらった案内図をもとにエリと一緒に向かっていた。
大講堂へ足を踏み入れれば、外の喧騒が嘘のように静まり返り、大理石の床はピカピカに磨き上げられた鏡のよう。天井ははるか高く、壁に埋め込まれているステンドグラスから差し込む陽光が、色鮮やかな光を大理石の床へと降り注いでいた。
(――っ! わたくし、王立学院に入学しましたわ!)
すごい! さすが王立学院。規模も何もかもが違う。
そして正面には大きな壇上があり、そこに向かってなだらかに傾斜する客席が並んでいた。前方の良席には、明らかに上級貴族と思われる子息たちがすでに並んでいた。
私は、大勢の新入生で賑わう壮麗なホールに足を踏み入れ、あまりの雰囲気に圧倒され、小さく息を吐いた。
「さすがに圧倒されますわね……」
「そう? セラでも緊張するのね。ふふ、大丈夫よ、セラ」
隣を歩くエリカが、緊張気味の私を見て優しく微笑んでいた。
「こんなの、今朝採れたカブと同じよ」
「……っ!」
(やっぱりエリはすごいですわ……!)
っていうか、この世界でも『こんなのジャガイモと思え』みたいなこと、言うんだね。知らなかったよ。でも、少しお上品な例えに、私はくすくすと笑い、良い感じに緊張がほぐれるのを実感した。
厳かな空気の中、入学式が始まる。広大なホールの壇上に上がったのは、三年生で生徒会長である、ユリウス・ランフォード――この国の第二王子殿下だった。
(っ! あれはまさしく攻略対象!? ……まさか、ここでヒロインと……)
ユリウス殿下が流麗な挨拶を述べている、その時――
バタンッ!
静まり返った会場に、場違いなほど大きな音が響き渡る。ホールの重厚な扉が開き、肩で息をしながら飛び込んできたのは――
(……っ! やっぱり! 出会いイベント発生ですわ!)
見間違えるはずもなかった。急いできたのがわかるくらい髪形が乱れてはいたが、あの素朴な魅力はそのままで、制服を少し着崩した少女がそこに立っていた。
「申し訳ありません! 遅刻しました!」
静寂の中、彼女の声が響く。周囲の貴族たちが「平民の特待生が初日から遅刻か?」とひそひそと囁き始めた。
(これこそが、前世で読んだ恋愛小説のセオリー。そして、二人は目が合って恋に落ちていくのです!)
私は、サラさんが壇上に目を向けたのを瞳の端でとらえた。すると、ユリウス殿下もサラさんを見つめていたのだった。
ヒロインは重要なイベントで遅刻して、ヒーローや周囲に強烈な第一印象を残す設定なのだ。壇上のユリウス殿下もサラさんを凝視している。これぞ運命の出会いの瞬間に違いない!
「つ、ついに……始まりましたわ……!」
私は、この決定的瞬間を見逃すことなく脳裏に焼き付けていた。
そんな時、私の後ろのほうの席から「ふっ、おもしれー女……」と、ぼそりとつぶやいた声が聞こえてきた。
えっ?
んん? 「面白い女」ですと? 後ろから聞こえたわよね。聞き間違いじゃないよね。えっ? 気になるんだけれど!?
今めっちゃ振り向きたい。誰? 誰がそんなセリフ言った? ヤバ、声の主が気になってユリウス殿下の挨拶なんて耳に入らないんだけれど!
えー。だれだれ?? 誰が言ったの?
「……ねぇ。エリ。今の聞こえまして?」
私は小声で隣のエリに聞いてみることにした。だって、めっちゃ気になるんだもの。
「今のって?」
「面白い女って、どなたかが、仰っていたの。……どなたの言葉だったのかしら?」
「え? そんなこと言ってる人いた?」
「……エリには聞こえませんでしたのね。それならば大丈夫ですわ。ごめんなさい。変なことを聞いてしまって」
エリには聞こえてなかったか。残念。私はシュンっとしてしまったが、まぁ仕方がない。気になるけれど。めっちゃ気になるけれど!
「んーと、たぶんだけれど、レオンハルト・バルバロス皇子じゃないかしら?」
「レオンハルト・バルバロス皇子?」
「さっきから、遅刻してきた特待生の彼女のことを、なんだか面白そうに見ているわよ」
「……えっ?」
レオンハルト・バルバロス皇子といえば、隣国の? そういえば遊学されているんだっけ。
「ほら、そんなことよりも、もうすぐクラス発表よ。まぁ、私とセラは同じクラスだと思うけど」
「そうよね。エリと同じクラスだと、わたくしも嬉しいわ。ふふふ」
エリと話していたら、「面白い女」の事など、いつのまにか頭から抜け落ちてしまっていた。
そして式は進み、クラス分けの発表となった。成績順で分けられた最上位クラスの表を見て、私は目を見開くことになった。
【首席:エリカ・アリントン】
【次席:サラ】
【五位:セラフィーナ・バルディア】
(サラさん、やっぱり次席! そして同じクラスですわ!)
下町のパン屋の娘でありながら、貴族たちを抑えての二位。平民特待生が実はものすっごく頭が良いというのも、完全に小説のテンプレ通り。私はその事実に大興奮を隠せないでいた。
「エリ! 今日はちょっと不安がいっぱいでしたの。でも、なんだか色々と自信がついた気がしますわ」
「自信? セラが言う自信って、……「悪役令嬢としての」自信かしら?」
「まぁ、エリったらなんでわかったのかしら? まったくもってその通り。やっぱり恋愛小説の中だったわ。また後で一緒にノートに書きましょうね」
「ええ。楽しみにしているわ」
教室へ移動する廊下、エリと会話しながら歩いていたら偶然サラさんと正面から遭遇してしまった。私は思わず歩みを止めて、ヒロインを凝視してしまった。だって、本物なのよ? 本物のヒロインなのよ!? 目の前にいるのよ!? パン屋で会うのとは違うのよ? これが興奮しないでいられるか。いいえ、いられないわ。
「セラ? どうかした?」
「……サラさん」
ぽつりと、小さな声で彼女の名前を呼んだ。
「……」
呼ばれたサラさんは、私を見てポカンと口を開けて、そして止まった。
ん? どうしたの? すごいびっくりしているけれど、そのお顔もまさにヒロインって感じでかわいいわね。って今気づいちゃったよ。私の周りはかわいいであふれている! さすが異世界!!
私は、少し首をかしげてサラさんを見た。今日の私は縦ロールを美しく巻いた、完璧な伯爵令嬢モードだ。あら? どこか変だったかな? リーナに綺麗にセットしてもらったんだけどな。
「うわぁ……とってもきれいな人……こういう人、本に出てくる「本物のヒロイン」って感じだなぁ……あっ! 失礼しました。わたしは、パン屋のサラです。よろしくお願いします。あの、どこかでお会いしましたか?」
「……!」
あ、私、今完璧伯爵令嬢モードだった。そうか。気づいてないのか。そうだよね。ふふふん。あの、丸い眼鏡に、ゆるく編んだおさげ髪の、完璧変装「サラ」モードじゃないんだもんね。ごめんごめん。気づかなくて。
「あ、いいえ、そうじゃないの。特待生で、先ほどすごく目立っていらしたでしょう? だからつい、お声をかけてしまいましたの」
(ふふふ、サラさんは、わたくしがパン屋によく行く、あのサラだとは夢にも思っていないようですわね。完璧な変装のおかげで正体がバレていませんわ! ……でも、ヒロインは「あなた」なのですわよ!?)
「あ! ごめんなさい。遅刻するつもりはなかったんだけど、朝、緊張してたら家出るの遅くなっちゃって。えへ」
(サラさん、やっぱりかわいい。……その笑顔はヒロインそのもの!)
萌える気持ちを抑えて、私は悪役令嬢としての威厳を保つため、フッと冷ややかな微笑を浮かべて、その横を通り過ぎた。
(ちなみにクロード様は、わたくしより二歳年上。現在は三年生ですわ。同じ学年には、攻略対象と思しき人――ユリウス殿下もいらっしゃる)
……こうして並べてみると、ますます恋愛小説の世界だわ!
◇◇◇
後編へ続く。




