↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢の完璧な婚約破棄計画 ~ヒロインと恋するはずが、なぜか私と恋しています!? でも設定通りってなんでぇ?~  作者: かず


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/43

第9話 僕の婚約者は、神出鬼没

「お兄様、大変ですわ!」


またしても、妹のエリカが僕の部屋の扉を勢いよく開けて飛び込んできた。


最近、エリカがこの部屋に来る時の理由はただ一つしかない。案の定、エリカは興奮冷めやらぬ様子で、机の上の僕に顔を近づけてきた。


「セラがまたおかしなこと、しでかし始めたわよ!」

「……今度は何だ」


僕はゆっくりとペンを置き、眉間を押さえた。


前回の『小説の中である証拠のノート』の一件以来、彼女の動向には人一倍気を配っているつもりだった。彼女がこれ以上、妙な証拠を見つけて婚約破棄などという物騒な未来を確信しないよう、僕なりに優しく接していたはずなのだが。


「セラってば最近、身分を隠して下町のパン屋さんに通い詰めているの!」

「……は?」


思わず、素っ頓狂な声が出た。


「パン屋……? セラが?」

「ええ! しかも、丸い眼鏡におさげ髪。そして飾り気のないワンピース姿で平民の子みたいなふりをしているのよ。けれども全く平民の子には見えないの。ふふふ。でも、本人(セラ)は変装は完璧! って思ってるの。そして侍女のリーナさんまで巻き込んで通っているのよ!」

「…………」


意味が分からない。


バルディア伯爵家の令嬢たるセラが、なぜわざわざ変装までして下町のパン屋に行く必要があるんだ。あそこのお抱え料理人が作るパンや焼き菓子は、王宮の夜会に出されてもおかしくないほどの絶品だ。わざわざ下町まで買いに行く理由が思い当たらない。


(まさか……それも悪役令嬢の証拠集めの一環なのか?)


嫌な予感が頭をよぎる。


まさか「悪役令嬢は下町のパンを没収して平民をいじめる設定」とか、そんなぶっ飛んだ理由ではなかろうか。胃のあたりが再びキリキリと痛み出す。


「……それで、セラはそのパン屋で何をしているんだ」

「ふふふ。それがね、お兄様。ただの常連さんよ。はちみつ仕立てのロールパンがお気に入りなのよ」

「……普通に買い食いを楽しんでいるだけなのか?」

「ううん、それだけじゃないわ。そのパン屋のサラっていう同い年の女の子と、もの凄く仲良くなりたそうにモジモジしてるわ!」


エリカは楽しそうにクスクスと笑いながら、「あ、でもパンも美味しいから通っているってのも否定しないわ」と僕に言う。


情報量が多すぎて、僕の優秀なはずの頭脳は完全に許容量(キャパシティ)を超えていた。


婚約破棄を警戒しているかと思えば、今度は変装して下町へ繰り出し、平民の女の子と友達になろうと奮闘している?


言っていることだけでなく、行動の目的まで壊滅的に理解できない。


令嬢としての品格や安全面を考えれば、今すぐ止めさせるべきなのだろう。……いや、侍女のリーナさんが同行しているなら安全面は問題ないのかもしれないが、それにしてもだ。


「……というか、エリ。すごく詳しくないか?」

「ええ。そうね?」

「……なぜだ」

「なぜって、……私も一緒に通っているからよ?」

「はぁ??」


なぜ、エリカも一緒に通っている? なぜセラを止めない? いや、その前にエリカも何を考えているのだ!


「……セラを止めることなく、なぜ一緒に通っている?」

「え? なぜって、一緒に証拠探ししているからじゃない」


なぜわからないの? という目で僕を見てくるエリカ。


(いやいやいやいや。わかるわけないだろう? というか、その理由は何? それに証拠を見つけたら、また婚約破棄とか騒ぎ出すんじゃないか!?)


「その前に、なぜセラを止めない。普通は止めるだろう」

「え、お兄様なら止められるの? あんなに楽しそうにしているセラを」

「……っ」


確かに、僕でも止められないかもしれない。あんなにキラキラとした瞳で『小説の中である証拠のノート』を書くセラを思い出し、僕は頬が緩むのが分かった。


(……セラ、かわいい)


「でしょう?」


だが、それとこれは違う。僕はエリカをキッと睨む。


「いやいや。だからって、違うだろう」

「そうかしら? ……でも、それでね、お兄様」


エリカがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。


「セラがノートに新しい証拠を更に書き加える前に、お兄様がそのパン屋に行って、セラを捕まえてみたらどうかしら? 明日、抜き打ちチェックよ!」

「……僕が、下町のパン屋に?」

「そうよ! 自分の婚約者が下町でコソコソ何をしているか、気になるでしょう?」


気になるか、気にならないか、で言えば、狂いそうなほど気になる。


他の男に変な目で見られていないか、騙されていないか。何より、僕の知らないところで彼女がどんなかわいい顔をしてパンを頬張っているのか――


「……分かった。少し、様子を見てくる」

「行ってらっしゃい、お兄様! 頑張ってね! そうそう。下町ではセラは「サラ」って名前よ」


(サラ、か。……偽名までかわいいな)


「あ、エリ。確認なんだが」

「何? お兄様」

「セラは『悪役令嬢は下町のパンを没収して平民をいじめる設定なんですの』とかは、いってない?」

「……そんなことは言ってなかったと思うわよ」


(その発想。お兄様、だいぶセラに毒されてる気がするわ)と、エリカが思っていたことを、僕が知る由もない。


「そうか。ならいい」


まったく、あんなに大人しくて愛らしい外見をしているのに、どうしてこうも僕を振り回すのだろう。


(まあ、どんな変装をしていようと、僕がセラを見間違えるはずがないけれど)


丸眼鏡をかけて平民の服を着た彼女を想像し、僕は無意識のうちに頬が緩んでいくのを止められなかった。早く見つけ出して、その可笑しな隠密行動の理由を問い詰めてやらなければ。


そう心に決めながら、僕は勉強を再開した。


◇◇◇


翌日。僕は勉強を早めに切り上げ、馬車を下町へ向かわせた。


下町の賑やかな通りを進み、エリカから聞いた木漏れ日パン工房という看板を見つけた。香ばしい焼き立てのパンの匂いが漂ってくる。


僕は物陰から、さりげなく店の様子をうかがった。


平民の行き交う小さなお店の前に、お目当ての人物はすぐに現れた。見間違えるはずがない。つつじ色の見事な縦ロールをおさげ髪にし、顔には不釣り合いなほど大きな丸眼鏡をかけている。服装も素朴な平民のワンピース。


(……っ、変装の出来栄え(クオリティ)が低すぎる……!)


というか、隠しきれていない気品と愛らしさが周囲から完全に浮いている。背後で平民の服を着た侍女のリーナが、死んだ魚のような目で周囲を警戒しているのがすべてを物語っていた。


令嬢がこんな下町で、一体何をしているんだ。


僕は物陰から一歩踏み出した。今すぐ彼女の前に進み出て、「ここで何をしているんだ?」と厳しく問い質して、すぐに邸へ連れ帰るべきだ。


そう思いながら、僕は彼女へ近づいていった。


ちょうどその時、奥から同い年くらいの平民の少女が出てきて、セラにパンの袋を手渡した。


「サラちゃん、いつもありがとう! はい、いつもの焼き立てのはちみつ仕立てのロールパンだよ!」

「まぁ、ありがとうございます、わたくし、このパンがとっても大好きですの!」

「でも、他のも美味しいから、ぜひ食べてみて!」

「サラさんのおすすめなら、食べる以外ありませんわね! 次はおすすめのパン、いただきたいと存じます」

「ふふふ。いつもサラちゃんって面白い」

「えっ? そうかしら? でもサラさんちのパンは本当に美味しいんですもの」


セラは、焼き立てのパンの袋をまるで宝物のように両手で大事そうに抱きかかえた。


そして、丸眼鏡の奥のライラック色の瞳をこれ以上ないほどキラキラと輝かせ、ふんわりと弾けるような、とびきりの笑顔を浮かべたのだ。


その瞬間、僕の胸の奥がドクンと激しく跳ね上がった。


(――っ! 僕の婚約者は、神出鬼没!)


行動の目的はやっぱり壊滅的に理解できない。


令嬢としての安全面を考えれば、今すぐここで「何をしている?」と声を大にして問い質すべきなのだ。……本当なら。


けれど、あんなに嬉しそうに、幸せそうにパンを抱きしめて笑う彼女を見てしまったら。


(……っ、ダメだ。可愛すぎる……)


あまりの破壊力に、僕はその場に釘付けになってしまった。声をかけるどころか、呼吸の仕方を忘れるかと思った。


よく見れば、平民の服を着た彼女は新鮮で、いつもより少し幼く見えて犯罪的にかわいい。一生懸命に平民のサラを演じようとしている姿も、愛おしすぎて胸が苦しくなる。


「また買いに来ますわね……サラさん!」

「うん! また待ってるね、サラちゃん! ふふふ。同じ名前だから面白いね」

「そうですわね!」


二人が楽しそうに見つめ合っている。


あんな純粋で無垢な笑顔を向けられたら、厳しく叱れるわけがない。むしろ、あの笑顔を守るためなら、下町のパン屋の一軒や二軒、僕の全財産を叩いて買い取ってやってもいいとすら思えてくる……できないけれど。


僕は押し黙ったまま、そっと右手を額に当て上を向いた。


自分の婚約者への甘さは、すでに手遅れな領域に達しているらしい。


(……まあ、いいか)


密かに護衛がついているのも確認できたし、周囲を警戒しているのも確認できた。何より彼女があんなに楽しそうなのだ。今ここで僕がしゃしゃり出ていって、彼女の秘密の隠密作戦を台無しにしてしまうのも野暮というものだろう。


回れ右をして、来た道を静かに引き返す。


問い詰めるのは諦めた。その代わり、次のデートの時には、今日の彼女がしていたような三つ編みが似合うリボンでも贈ろう。


結局、今日も彼女に振り回されっぱなしの自分に苦笑しながら、僕は愛しい婚約者の姿を心に焼き付け、下町を後にするのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。