第7話 岩山
「山は、ヴェスタ商会のものだ」
王都の印璽つきの採掘権利書。それを掲げるバルツァーに、ミラが一歩前へ出た。書類仕事なら、うちの大黒柱の領分である。
「拝見。……ふうん。これ、鉱山局の再開時優先採掘権だね。『閉山が解除された場合に』優先的に掘れる、という紙だ。で、この山、今も閉山中のはずだけど?」
「これから開けるのさ。五十人がかりでな」
「開ける? 竜のいる山を?」
「竜なんぞ、火薬と数でどうにでもなる」
バルツァーは笑ったが、その時、関所の扉が開いた。
出てきたのは、まだ若い関守だった。日に焼けた顔に、太い眉。腰に山刀。
「――何度でも言う。山の許しは、紙では出ん」
「またお前か、関守どの。王都の印璽が読めんのか」
「読める。だがこの関所は王国のものである前に、山の民のものだ。掟は変わらん。山に入れるのは、山の割符を持つ者だけだ」
「ならばうちは五十人で、掟とやらを説得するまでだ」
険悪になりかけたところで、テオは懐の木札を思い出した。
「あの、すみません。割符って、これのことですか」
関守が振り向いた。木札の竜の焼き印を見た瞬間、太い眉が跳ね上がった。
「……ヨルガの婆様の札だ。あんたら、婆様の筋の者か」
「石を買い損ねた縁ですけど、道筋と名前は借りていいと」
「婆様がそこまで言ったなら、話は別だ」
バルツァーが色をなした。
「おい、そっちは通してこっちは駄目か! 五人と五十人だぞ、どういう理屈だ!」
「五人と五十人だからだ」関守は取り合わなかった。「山は、大勢で押し入る者から順に怒る。……だが権利書も王国の紙だ。無下にはできん。商会は入山を認める。ただし火薬は置いていけ。それが折り合いだ」
こうして、妙な形の競争が始まった。
◇
関所を抜けた瞬間から、世界の色が変わった。
黒い岩肌。灰色の空。地面のあちこちから、湯気とも煙ともつかないものが立ち上っている。靴の裏がじんわり熱い。竜の岩山は、山全体が生きている火山だった。
「装備、点検!」
ロロが張り切って号令をかけた。耐熱の紋を刻んだ外套と靴と手袋。ロロが王都で一週間かけて刻んだ品だ。着ていると、体の周りだけ真夏から初秋になる。
冷え箱も上機嫌だった。中の水は冷たいまま、食料も無事。クヴィンに至っては、冷え箱に頬ずりせんばかりである。
「……この箱が、ないと。この山、水が三日で腐る」
「つまり冷え箱は命綱と。よし、俺が背負う!」
一方、先に出発していた商会隊は、早くも様子がおかしかった。
量産品の耐熱装備は数こそ揃っているが、質が追いついていない。登り始めて半日で靴底を溶かす者、荷を捨てる者が出始め、隊列はずるずると伸びた。
「五十人分の一級品は、金がかかるからね」とミラ。「うちは五人分に全部注ぎ込んだ。装備で負けてないのは、初めてかも」
◇
二日目。
尾根に取りついたところで、ヴェルナが不意に足を止めた。
「……こっちだ。東の尾根は昼に風が変わる。灰を吸うぞ」
「先生、この山、来たことあるんですか」
「地形を見ればわかる」
(絶対それだけじゃないんだよなあ)
とはいえ、教授の道案内は的確だった。ヴェルナの選ぶ道には浮石がなく、休む場所には必ず風の通りがあった。
そして三日目の朝。クヴィンが、突然走り出した。
「無口な人が走った!?」
追いつくと、クヴィンは崖の根元に張りついて、岩肌を撫でていた。
黒い岩の中に、赤黒い筋が走っている。まるで岩の中を血管が通っているように。
「……竜血鉱。露頭だ」
震える声だった。
「等級は中の下。でも、ある。この筋を追えば、必ず太い鉱脈に――」
クヴィンの指が、筋の走る先を追った。
筋は崖を斜めに登り、尾根を越えて、その向こう――深い谷の方へと消えていた。
「……あの谷は?」
地質書を広げたクヴィンの顔から、興奮がすっと引いた。
「……巣、だ。竜の巣の谷。太い鉱脈は、全部あの谷に落ち込んでる」
「言ってたもんね。竜を避けて掘るのは、原理的に無理って」
どうする、と誰かが言いかけた、その時だった。
ふ、と。
あたりが、暗くなった。
雲ではなかった。
見上げた空を、翼が横切っていた。岩と同じ黒に、燃えるような赤の差し色。広げた翼は馬車が何台並ぶ分か、見当もつかない。
――若き竜が、そこにいた。
咆哮が、山を揺らした。
(第8話へつづく)
追記:第8話以降は毎朝7:30・毎晩20:30の更新となります!




